26.歓迎会
翌朝。
朝日が野営地に差し込み、周囲の木々が陽の光を浴びて鮮やかな緑を露わにした。背の低い草が朝露に濡れキラキラと光を反射する。
周囲の緑の面積が徐々に広がる中、もぞもぞと毛皮が蠢き出す。
「おはようでござる。トール殿」
昨夜はやや冷めたい風が吹いていたせいか、すっかり毛皮にくるまって眠っていたアミミは、もぞもぞと毛皮の間から頭を覗かせると、朝日に目を眇めながら俺に起き抜けの挨拶をした。
まだふやけた表情をしながらアミミは小さく欠伸をする。
ちゃんと口を隠すところは童女ながらに一端の淑女を感じさせた。
「ほら。これで顔でも洗え」
俺は水で満たした桶を差し出した。もちろん水は魔法で生み出したものだ。
「忝いでござる」
毛皮から抜け出たアミミは寝床から出ると、衣服を整え水桶を受け取った。少し離れたところへ移動すると、バシャバシャと水音が聞こえてくる。
周囲はすっかり日光で満たされ、徐々に気温も活動しやすいくらいに上がってきた。鳥達もそれを察したのか囀りで言葉を交わしている。
空気が朝の匂いを帯び始めていた。
暫くすると洗顔を終えたアミミが、顔を袖口で拭いながら桶を片手に戻ってきた。そう言えば拭くものを渡していなかったなと思い、収納から真新しいタオルを取り出す。
「これで顔を拭け」
「大丈夫でござる。もう水気は拭ったゆえ」
確かに顔は水一滴ついていなかったが、上衣の袖先はやや湿り気を帯びていた。
俺はちょいちょいとアミミを呼び寄せ、目の前に敷物を広げて座らせる。ドライの魔法で服を乾かし、取り出した櫛をアミミのおかっぱ頭に通した。
アミミの髪は上質な絹糸のようにサラサラで、櫛は引っかかることなくすっと流れていく。特に寝癖もついていなかったので1分もかからず髪を梳き終えた。
ポンポンと頭を撫でながら食事の準備に移る。
アミミは頭を押さえながらじっと動きを止めていたが、暫くして回復したのか不機嫌そうな顔を俺に向けた。
「何だかズルいでござる」
「何がだ?」
「何でもないでござる!」
なにに怒っているのかよくわからなかったが、とりあえず朝食の準備をしあかいする。
あらかた準備を終えた頃、アミミが疑問を口にした。
「そう言えば昨日挨拶に来たアーリア殿御一行はもう出発されたのでござるか?」
アミミが視線を向けた先には、昨日止まっていた馬車は何処にもなかった。辛うじて焚き火の跡は見えるが、それも注意しなければ気づかないほどに綺麗に片されている。
「ああ。お前が起きる少し前に出発の挨拶に来たよ。急ぐ旅だそうだからな」
「そうでござったか。結局拙者はちゃんと挨拶できなかったでござるな」
そう言って少し残念そうな表情をアミミは浮かべる。
まあ旅をしていればこういうことはざらにある。出会いは一期一会とは言え、すべての出会いを大切にできるわけではない。
「こう言うのは気にしても仕方ないさ。それぞれの事情があるんだ。その中で縁があればその出会いを大切にすればいいし、逆に縁が薄ければ引きずらないほうがいい。ま、あくまで気の持ちようって話だがな」
「そうでござるな。縁があれば、また会えるでござる」
「そうだな」
アミミは再び笑顔を浮かべる。俺もつられて笑みを浮かべた。
今日の朝食は白パンと目玉焼き。アプーの実を煮詰めたジャムも付け合わせに添えている。後はアングリーボアの燻製肉の薄切り、つまりベーコンだ。加えて今日の朝食用に取っておいた昨日のスープ。
この世界に来てもう随分長くなると言うのに、自分で作る食事はどうしても元の世界の食卓に近づいてしまう。長く染み付いた習慣、或いは故郷の味を知らぬうちに懐かしんでいるのかもしれない。
今でも時々元の世界のことを夢に見る。懐かしさはこみ上げてくるものの、しかし故郷への郷愁なんてそんなノスタルジックな思いに耽ったりはしなかった。
心のどこかで、きっと元の世界に帰ることを諦めているんだろう。自分のことながら鈍感だと誰知れず嘲笑してしまう。
……やめよう。
そんなことを考えていたら、いつまでも暗いところから抜け出せなくなりそうだ。俺は気持ちを切り替えるべく、目の前の食事に集中することにした。
匙を取りスープを口に含む。
昨日より野菜がトロトロになっており味が染みている。口に入れると舌の上で野菜が崩れ、舌と口蓋で簡単にすり潰せる。野菜の出汁も完全にスープに溶け込んでいるため、昨日よりもさらに味わいが凝縮されていた。
スープで口を潤した後、白パンを口に中に放り込む。噛むごとにまだ口の中に残っているスープの味わいを拐って胃の中するりと落ちていく。
続けて手を伸ばしたのは目玉焼き。
この世界で卵は貴重だ。鳥は多くいるがまず保存が効かない。だから新鮮な状態で提供できる限られた場所でしか口にすることができないのだ。
幸いにも空間収納に納めたものは時間が経過しないため、食材の保管にはうってつけだ。
白身の海に浮かぶのは黄色い孤島。俺は半熟の黄身をフォークを一指しすると、表面が破けて中からオレンジ色をした濃厚な黄身が溢れ出た。
慌てて千切った白パンで余すことなくそれを掬いとり溢さないよう慎重に口に運んだ。舌の上に広がる黄身がコクと微かな甘味を感じさせる。エンジンのかかり切っていない朝の体に、ガソリンが注がれるようにエネルギーが充填されていった。
時折手を伸ばすベーコンは一口大に切っており、表面はカリカリ、しかし中はジューシーでしつこくない脂が噛むたび溢れ出す。
俺の腕どうこうと言うより食材の質が高いため、余計な手を加えなくても非常に満足のいく朝食となった。
「「ご馳走様でした」」
2人揃ってご馳走様をする。この光景も随分慣れたものだ。
「今日も美味しかったでござる。朝からこんな美味しいご飯が食べれるなんて幸せでござるな」
「はいはい。今日は次の村まで進む。そこで宿が取れれば良いが、無理なら場所を貸してもらって野宿だな」
「拙者は野宿でも問題ござらんよ。トール殿と出会うまでも結構野宿したでござるからな」
この年齢でどれだけワイルドな生活を送ってるんだこいつは。もう少しまともな生活はできんのかと言いたくなる。
「まあ野宿かどうかは村についてからだな。とりあえずこれを片したら出発だ」
「合点承知の助でござる」
……こいつほんとに生まれも育ちもこの世界なんだろうか。実は俺と同じように異世界転移か、もしくは転成したと言う可能性も捨てきれない。
「どうかしたでござるか?」
思案顔の俺が気になったのか、アミミが小首を傾げた。俺はその様子に少しだけ笑って見せる。
「何でもない」
変に考えすぎるのは俺の癖だ。アミミがどこから来ただなんて、そんなことは些事に過ぎない。今を一緒にいたいかどうかは、あくまで自分で決めることだ。
それで言うなら答えはとっくに出ている。
俺はささっと食器類を片付けると、収納に放り込む。焚き火を完全に消火し、敷き布なども回収した。
「さて。それじゃあ次の村を目指すか」
「承知でござる!」
野営地を朝に出て、村についたのは日暮れ前。
時間で言うと4時ごろだろうか。
村の周囲は獣除けの柵程度で特に見張りなどもいない。兵士が怠慢なのか、または衛兵の巡回が行き届いているためか。
住居は村という割には立派なものが多く戸数も多い。もう少し規模が大きくなれば町といえるだろう。
「やっとついたでござるな」
「そうだな。できれば宿でもあれば良いんだが」
村に足を踏み入れるとすぐに村人と出会した。畑作業の帰りなのか、背中に籠を背負って桑を持っている。
村人は俺たちの姿を認めるとすぐに駆け寄ってきた。
「旅のお方ですか?」
「あ、ああ」
「そうですか。今他の旅のお方もいらしてるまして、これから宴会なんです。宜しければあなた方もご一緒にいかがですか?」
いきなりの好意的な挨拶に若干戸惑ってしまったが、歓迎してくれると言うのならありがたい話だ。
こう言った村々では、外界からの旅人を排斥するか、或いは娯楽に飢えており旅の話を聞きたいがため歓迎するか、反応が両極端に分かれることがある。
この村はどうやら後者のようで、他の旅人もいると言うのならそこまで心配することもないだろう。
以前村ぐるみで野党の真似事をする者たちに襲われたこともあったが、彼らは初めは気前良く歓迎してくれて、寝静まった頃に襲いにくると言う方法を取っていた。まあそうなったらそうなったでいくらでも対処はできるので問題はない。
ひとまず案内されて俺たちは村の中央広場へと連れていかれた。
そこには大勢に村人が集まっており、広場の中央にからは香ばしい香りが漂ってくる。
「良い匂いでしょう? 村総出での歓迎会なんで、豪勢な料理が振る舞われるんです。是非楽しんでください」
そう言って俺たちを案内してくれた村人は人垣をかき分けながら中央へと俺たちを引っ張っていった。
そこには大きめのテーブルに並べられた色とりどりの料理。鳥の丸焼きや葉野菜のサラダ、肉野菜の炒め物から大鍋に煮込まれたスープなど、確かに村をあげての豪華な食事の数々。
そして村長と思われる老翁と談笑をしているのは冒険者と思われる数人の男女。後ろに控えるのは御者と青い髪をなびかせる女騎士。背後にいる幼子を庇うように位置取っている。
それは紛れもなく今朝早めに野営地をたったアーリアたち一行であった。
アーリアは俺たちの姿に気づいて一瞬だけ緊張した表情を見せたが、すぐに元の平静な顔に戻った。
「村長。もう一組旅人さんがいらっしゃいました。ご一緒して頂いてはどうかと思いますが」
案内人の言葉で老翁がこちらに振り向く。
白い髭を蓄えた背の低い老人だ。片方の手に杖をついて体を支えている。
「おお。旅のお方。お疲れでしょう。まずはこちらに用意しております食事でもいかがですかな。その後は私の家で皆様をお迎えいたします」
俺たちは村長の元まで近づくと挨拶を交わす。
「俺は冒険者のトールだ。お招きに預かり感謝する」
「拙者はアミミでござる。じゅる」
涎を隠し切れていない弟子が心底情けなく思えてくる。まあここに着くまで軽く昼食を取ったくらいで何も口にしていない。加えてアミミは道中も気の修練をずっと続けていた。疲労も溜まっているのだろう。
「トール殿。アミミ殿。歓迎いたしますぞ。ではささやかながら、皆様の歓迎会を開催させていただきましょう!」
村長の宣言を皮切りに、村人数人が一塊となって、料理を手に俺たちへと詰め寄ってきた。
各々が手に持った料理を俺たちに差し出し、そして旅の話をねだってくる。
俺は料理を受け取りながら時に舌鼓を打ちながら時に村人に話を聞かせる。この村は余程娯楽に飢えているのか、たわいも無い話でも随分と食いつきが良かった。
アミミもあっという間に大人の女性達に囲まれまるで人形のように撫でまわされている。肝心の本人はそれを意に介さず、唯ひたすらに料理に手を伸ばすだけだった。
大物なのか鈍感なのか。何方にしても何も問題はなさそうである。
遠くを見ると他の冒険者達も同じように村人に囲まれている。女性冒険者には村の若い男達が、そして男の冒険者達には若い女性達が群がっていた。
冒険者達も悪い気分ではないようで、歓迎されるがままに自身の冒険譚を鼻高々に語っている。その話を聞いた村人達の間で嬌声が上がり、さらに冒険者達は気を良くしたようだ。
それに連れて酒の量も進み、顔を赤くしていく。
そこから少し離れた場所で、しかし村人達を避けてアーリアとローブを目深に被った幼子が静かに食事をしていた。まるで誰も近づけないような鋭い空気を発しており、村人も無理にそちらに行けないようだ。
あまり他社と関わり合いになりたくないと言う冒険者も多いので、そこは村人も配慮しているのだろう。ましてアーリアはあの子供の護衛をしているのだろうから尚更だ。
よく見ると村長も何処にもいない。
それにしても一つどうしても納得いかないことがある。
それは……。
「トールさん。俺たちにもっと旅の話を聞かせてくやせぃ!」
「ええ。俺たち、トールの兄貴に惚れましたぜぃ!」
「兄貴! 兄貴!」
「ええぃ! 煩いわっ! どうして俺のところには若い女性が来ないでこんなマッチョしか来ないんだ!」
俺の周りは男だらけ。それもガチムチの筋肉マッチョのみ。暑苦しいことこの上ない。
隣ではアミミが相変わらず、若い女性に囲まれながら飯を食っていた。これ交換してくんないかな。
そうしてガチムチの肉の壁に囲まれ夜が深くなっていく。やがて宴もお開きとなり、俺たちは村長の屋敷へと招かれたのだった。
最後まで俺の周囲は筋肉しかいなかった……。




