25.野営地にて
野営地は街道から見て山側にぽっかりと開けた形状になっていた。山側の木々が切り開かれた感じで、数十人は収まれるほどの平地だ。
何か襲撃があった時に気づきやすいようにだろう。木々の近くは芝のような葉が茂っており、足音がよく通りそうな作りになっている。
荒れた感じがしないのは巡回の兵士などが定期的に手入れしているのかもしれない。
俺たちが野営地についた頃、既に先客がおり1台の幌馬車が止まっていた。見ると数人の人間が焚き火を囲んでいる。少し離れたところにはテントも設えられており、中にも人がいるようだ。
恐らく町間を行き来する旅客用の馬車だろう。そういえばここに来る途中に俺たちを追い越して行った馬車があったことを思い出す。
馬に餌をやっているのが御者だろうか。
焚き火に当たっているのは男2人に女1人。男たちは軽鎧を着ており女も皮の胸当てと腰に短剣を差している。
恐らく馬車を護衛している冒険者だろう。
馬車は町間を行き来する際、護衛を雇うことが多い。特に次の村や町まで距離がある場合は、間に山賊などが待ち構えている場合もあるため必須と言える。
巡回の兵士も隅々まで警備できるわけではないため、距離が開く程身を隠すのに事欠かないからだ。
しかし冒険者にとって馬車の護衛依頼は拘束時間に対して賃金が安い。雇う冒険者の数が多ければ多いほど馬車の人員が圧迫されるため、稼ぎが少なくなることも要因の一つだ。そのため主に町間を移動したい冒険者が、自費で馬車に乗るくらいならと請け負うケースが多かった。
御者からすれば負担になりすぎない程度の金額で冒険者を雇え、冒険者にとっては賃金が安くても馬車代が掛からないためお互いメリットがある。
冒険者たちは俺に気づくと一瞬視線を向けた。
今の俺は頭にカラスを乗せて背中に異邦の童女を背負った怪しげな風体だ。町中であれば衛兵に声をかけられそうだが、ここは野営地。取締りなどない。
冒険者は基本お互い不干渉が原則だが、野営地では魔獣や山賊の襲撃が予想されるため、協力する場合も多い。夜営の準備が済んだら挨拶に行くことにしよう。
取り敢えず俺は馬車の一団から少し離れたところで収納から敷き布を取り出した。一応向こうに見えないよう背を向けておく。
アミミを起こさないようゆっくりと、敷き布に横たえた。ワシが小さくひと鳴きし、アミミのそばに着地する。
それから焚き火を準備を始める。
遠くの空はまだ薄紫に染まっているが、後半刻もしないうちに夜の帳が下りるだろう。その前に光源は確保しておかなければならない。
焚き火の用意ができれば寝床の確保だが、結界を張っていれば虫は入ってこれないため、今アミミが寝ているように敷き布を引いて横になるだけで充分だ。
季節が夏へと移ろいゆく時分、まだまだ夜風が温かいとは言えないが、毛布一枚もあれば十分な気候である。
寝床が確保できれば後は夕食の準備だ。俺は取り出した鍋に水を張り、簡易で作った竃に鍋を置いた。切り分けた状態で収納に仕舞い込んでいる食材を次々鍋に放り込む。
俺が食事の準備をしていると、さっきの冒険者たちとは別の気配がこちらに近づいて来た。そばまで来た気配に俺は顔を向ける。
「食事の準備中すまない」
俺に声をかけて来たのは中性的な人物だった。首にかからない程度に切りそろえられた薄く青味を帯びた髪。海の様に深いマリンブルーの瞳と透き通る様な白い肌。胸部はブレストアーマーで覆われており、腰には一目で上等と分かる剣を帯びている。
一見優男の様にも見えるが、ブレストアーマー越しにもわかる女性特有の膨らみがあった。
歳若くまだ少女と形容してもいいくらいの見た目をしているが、内に秘めた存在感の大きさに思わず体に力が入る。
騎士然とした女性は、澄んだ声で言葉を続ける。
「キミは冒険者かな? 一応身分を確認したいのだけれど」
「相手に尋ねる前にまず自分から。冒険者のルールだぞ」
本当は俺の方から先に到着した者たちに挨拶するべきだったのだが、そんな自分を棚に上げて文句を言ってみる。
女性は自らの非礼を詫び、俺に名乗った。
「すまない。私はアーリア。冒険者だ。キミは?」
そう言って冒険者カードを掲げて見せた。カードは確かに本物で、アーリアが冒険者だと言うことを告げていた。
冒険者だから安心できるというわけではないが、この野営地で協力を求められれば、一応手を貸したほうがいいだろう。
「俺はトール。冒険者だ。こっちはアミミ」
俺も冒険者カードを提示しながら自己紹介を終える。アミミはまだすやすやと寝息を立てているので代わりに紹介しておいた。
「すまないな。こちらから挨拶に行くべきだったのに」
「いや。構わないよ。食事の準備をしていたのかい? 美味しそうな匂いだ」
見ると火にかけた鍋がぐつぐつと小気味良い音を立てていた。野菜と肉の出汁が滲み出て香り立つのを感じる。
するとその匂いに気づいたのか、アミミがガバッと起き上がる。その勢いに驚いたワシがばっと短く跳躍する。
「ごはんでござる!」
「起きて第一声がそれか……」
俺は呆れながら溜息を吐いた。
その様子にアーリアが可笑しそうに笑った。
「ふふ。キミ達は面白いね。山賊の一味だったらどうしようかと思ったよ」
「もし一味だったらどうしたんだ?」
「その時は首と胴体はさよならしてただろうね」
「ははは」
笑顔のまま放たれた酷薄な言葉に苦笑を禁じ得なかった。
「まあだいぶ怪しげだったとは俺も思っている。気を使わせた様ですまない」
「いや、良いよ。安心そうだと分かったからね」
アーリアは俺とアミミに別れを告げると再び自分の夜営地へと戻っていった。
俺との会話の内容を報告したのか、他の冒険者も胸を撫で下ろした様子であった。
話を終えたのか、アーリアはそのままテントへと入っていった。
「今の人は誰でござるか?」
そう言えばアーリアが名乗った時にこいつはまだ眠っていたなと思いながら、先ほどのやりとりを伝える。ついでに野営地での冒険者の役割と対応についても教えておいた。
ピルケスの町でアミミも冒険者となったのだ。こう言ったルールもちゃんと覚えておいた方がいいだろう。
「アーリア殿というでござるか。それにしても綺麗な方でござったな」
アミミの言う通り、アーリアの容貌は非常に整っていた。加えて全体的に透明感と言うか、儚さを感じさせる。彼女の柔らかな表情がそれらの印象を一層引き立てているように見えた。
まあ明日の朝には出発するので、何もなければこのまま別れるだけだ。それに向こうは馬車を利用しているので移動速度が早い。
こちらはちんたら歩いているので、あっという間に引き離されるだろう。
「それよりご飯でござる!」
こいつはほんと食い意地が張ってるな。
そんなアミミのマイペースぶりに思わず苦笑が漏れる。
「そんな上等なもんじゃないから文句言うなよ」
「トール殿のご飯はどれも美味しいから文句などないでござるよ」
と言っても今回は材料を放り込んで味付けをしただけの簡素なスープなんだがな。一応育ち盛りのアミミのために、量は多めに作っているが。果たして満足してくれるものか。
俺は椀にスープをよそってアミミに手渡した。皿に乗せたパンも一緒に手渡す。
アミミは礼を言いながらそれを受け取った。続けてワシの分を小皿に盛って置いてから、自分の分を用意する。
「「戴きます」」「カァ」
今日のメニューは野菜と肉のコンソメスープだ。この世界にコンソメが売っているわけではないので、以前作って収納しておいたブイヨンをベースに調理している。
色とりどりの野菜が柔らかく煮込まれており、肉はアングリーボアを燻して一口サイズに角切りしたものを入れた。元々のブイヨンに加えて、投入した食材の出汁がしっかりと溶け出した事で味わいがかなり濃厚になっている。旨味がギュッと濃縮されたようだった。
陽が落ちて涼しい風が頬を撫でる。寝冷えしないよう少しでも暖かなもの作って正解だった。胃の中に落ちたスープがじんわりと身体中に広がっていく。
千切ったパンをスープに浸すと汁気を吸い込んで柔らかくなる。口に放り込むと咀嚼するたびに中から旨味が溢れ出し、サクリとしたパンの表面がまた食感のアクセントになった。
「トール殿。うまいでござる!」
「カァ」
「そりゃよかった」
アミミはその後もうまいと言って食事を頬張っていた。ワシも小皿に盛られたスープに嘴と足で器用に千切ったパンをつけて食べていた。時々ワシが本当にただのカラスなのかと疑わしくなってくる。
しかしクエストを受けたり旅をする時は大体ひとりだったことを考えると、こうして誰かと一緒に食べるのも悪くないなと思う。アミミがいると何だか歳の離れた妹ができたみたいな感覚だ。
そこそこ量を作ったと思っていたが、あっという間に鍋は空っぽになる。アミミの食欲が想像以上すぎて少し困るが、それでも満足してもらえたことにほんのりと胸が温かくなるのを感じた。
「ご馳走様でござる」
「お粗末様」
後に残った食器類は水で洗い流した後に乾燥させる。水魔法と風魔法を使えばものの数十秒で完了した。
ふと見るとアミミはまた指の先に気を集中していた。
結局あの後、道中では一度も一定距離での気力の維持ができず、何処かへ飛ばしてしまうだけだった。今も唸りながら真剣な表情になっているのを見ると、出来なかったことがよっぽど悔しかったのだろう。
食器をあらかた片付け終えた頃も、アミミはまだ練習を続けていた。
俺は焚き火に薪を放り込みつつ、一息つけるよう3人分のミルクを温める。
馬車の方を見ると見張り番にアーリアの姿はなかった。ひょっとすると馬車の護衛ではなく利用客の中に護衛対象がいるのかもしれない。
俺と同じように火の番をしている無精髭を生やした大柄な男と目が合う。男はにかっと人のいい笑みを浮かべ手を振った。つられて俺も小さく笑みを浮かべて反応をする。
野営地に複数の冒険者が出会した場合、大抵は各自で夜番をすることになる。冒険者という繋がりだけで安全を担保できるほどこの世界は優しくない。
協力を約束して夜番をしても、背中からばっさり、なんて話はざらにある。
冒険者と言っても全員が真っ当であるわけではない。ギルドは冒険者カードを発行する際人となりを確認するが、それでも抑止には大した効果にはならない。むしろ冒険者になってから道を踏み外すものの方が多いくらいだ。
普段であれば俺も夜番なんてしないが、一応相手方のこともあるし今日は久々に寝ずの番を決め込んだ。
幸いにもこちらに来て今まで、元の世界ではありえないほどに自分が強くなったという実感はある。加えて2、3日程度であれば、睡眠を取らなくても問題なく行動できるくらいには頑強な体になった。
勿論この世界にも元の世界と同じくらいか弱い人間も多い。しかしこと冒険者においては、魔獣や魔物を討伐することで得られる力の残滓があるため、どうしても元の世界の人間より基本的な力などが強くなるようだ。
そんな訳で今夜は寝ずの番をする。明日は村にも到着するはずなので、そこで宿でも取ることにしよう。
完全に陽が落ちた周囲は漆黒の闇に包まれ、遠くには鬱蒼とした木々が広がる。時折吹き下ろす風が木の葉を揺らし、ざわざわと不気味な音色を奏でた。
焚き火の火がパチパチと弾ける音が嫌に大きく響く。
俺たちを照らす光は焚き火の灯りと雲間から覗くか細い月明かり、そしてアミミが指先に集中した小さな気の塊くらいだ。
今日何度目か分からない失敗を重ねて、それでもアミミは再び指先に力を集中する。
じんわりと額に汗をかきながら、それでも諦めることなくじっと自らの指先を睨んでいた。
根気強い反復の成果か、光は指先から少し離れた場所で止まるようになっていた。しかしすぐに霧散してしまう。
この鍛錬は気闘法の中で気の繊細な操作を必要とする。
気闘法は気を自らの体や刃に纏わせ肉体や切れ味を強化するのが基本的な戦いだ。だから今回の修練は基本から進んだ応用編といえる。しかし様々な相手と戦う上で、基本だけでは通用しないことも多い。
アミミがこの修練を終えれば、彼我一閃の体得だけでなく、基本的な技の練度が上昇し、戦いのバリエーションが大きく増えるだろう。
俺はカップを取り出し温めたミルクを注いでアミミに差し出す。
差し出されたカップに気づき、アミミは手を止めた。
「あまり根を詰め過ぎるな。時間は有限だが焦り過ぎるとかえって遠回りになることもある。とりあえずこれでも飲んで気持ちを落ち着けろ」
アミミは暫しカップを見つめた後、静かにそれを受け取った。そしてコクンと頷くと、両手で持ったカップを口元へと持っていく。
「甘いでござる……」
ほんのりと湯気のたつミルクを飲んだアミミは、その味に目を見開いていた。
「ホットミルクにハチミツを混ぜたんだ。人は頑張ると糖分を消費する。だから頑張ったら甘いものをとって頭を労ってやらないとな」
アミミは猫舌なのか、ちびちびと舐めるようにホットミルクを飲んでいた。ひと口含むたび、口内で転がして味を確かめる。まるで飴を舐めるようにミルクを味わっていた。
カップの中身を最後の一滴まで飲み干した後、ほうと一息つく。さっきまで眉間にシワを寄せながら鍛錬に励んでいたが、今は幸せそうな表情を浮かべていた。
「何事も緩急ってもんが大事だ。力を入れるところと抜くところ。常に力を入れっぱなしじゃすぐに力尽きて倒れちまうからな。リラックスしながらことに臨んだほうがいい結果が出ることも多い」
「なるほど。トール殿は物知りでござるな。……あ、出来たでござる」
俺の話を聞きながら、今度は柔らかな表情で再び気を指先に集中させた。すると先ほどまで霧散していた小さな気力の塊が指先から一定の距離を置いて、ぴたりとその光を留めていた。
本当はもっと時間がかかると踏んでいたのだが、きっとアミミの努力と今まで培ってきた基礎がしっかりと出来ていたからこそだろう。
「おめでとう。まずは第一段階クリアだな」
俺はアミミを誉めてやりながら優しく頭を撫でた。アミミはくすぐったそうにしていたが、笑顔だったので嫌がってはいないようだ。
「やったでござる。これで彼我一刀はマスター出来たでござるか?」
「精度は上がっただろうがまだまだだ。元々アミミの彼我一刀は超近距離で、しかも斬撃を無理やり飛ばしてただろう。次のステップは距離を伸ばすことだ。まずはそうだな。少なくとも3メートルくらいの位置で維持できるようにならないとな」
「さ、3メートルでござるか……。むぅ」
「まあいつまでにって訳じゃないんだ。気長にやれば良いさ。とりあえず今日は寝ろ。明日の朝も早いからな」
「分かったでござる!」
アミミはいそいそと寝支度を整え、敷き布に横になる。
「あ、寒くなるかもしれないから一応これかぶっとけ」
俺は収納から毛皮を取り出すとアミミに放り投げた。ちなみにアングリーボアの毛皮だ。耐寒性、通気性に優れている為この季節なら暑くはないはずだ。
アミミは宙を舞うそれを見事に受け取る。
「忝いでござる」
アミミは毛皮を被り再び横になった。暫くして小さく寝息が聞こえてくる。
揺らめく火を眺めながら、時折パチパチと焚き火が爆ぜる音だけが響いた。
久々の夜番は、いつもより温かい気がした。




