24.新しい技を覚えよう
第2部開始。今度は公国で色々事件に巻き込まれます。
ピルケスの町を出立して3日目。
俺とアミミは温かな陽気の中街道を歩いていた。
右手は木々が生い茂り林となっている。その林をさらに超えると急峻な山肌が天へと伸びており、時折涼しげな風が俺たちの元まで吹き下ろしていた。
風に乗って漂って来る緑の香りが爽やかさを感じさせる。時節は春から夏へと移り変わる頃合い。新緑が徐々に生茂る季節になってきた。
山肌と反対側には行きの山道とは違って道幅が大きくとられた街道が伸びている。その為時折交易品や食材を積んだ荷馬車が傍を通り過ぎていく。その度にアミミの視線が荷台に注がれるのだが、食べ物でないとわかると途端に興味をなくすのは、見ていて飽きなかった。
街道を外れると再び木々が茂っている。緩やかな斜面になっていて、落ちてもどこかの木に引っかかるだろうが、地面は腐葉土になっている為登って来るのは労力がかかりそうだった。
先ほどまで空を飛んでいたワシも飛びつかれたのか、今は俺の肩に止まってうとうとしている。いつからここがワシの席になったのか知らないが、恐らく体の小さなアミミに乗ると負担をかけるとの配慮だろう。鳥のくせに妙に気が利いている。
アミミはふふんと鼻歌を歌いながら元気に歩いていた。こいつはいつも元気だなと思いながら、俺は苦笑を浮かべる。
しばらく無言で歩いていると鼻歌にも飽きたのか、アミミが俺に声をかけてきた。
「トール殿。こんなにのんびり歩いてても大丈夫なのでござるか?」
アミミが示唆しているのは、ピルケスの町を出る前にギギから言われた言葉の事だろう。
俺のクランのマスターが追いかけて来て連れて行くんじゃないか不安なんだろう。
「問題ないさ。実際俺を追いかけて来るほどクラマスは暇じゃないからな。なんせ人が少なすぎていつも頭抱えてるからな」
「そ、それは逆に戻った方が良いのではござらんか?」
「ははは。まあしばらく分の仕事はやってきたから大丈夫だ。それに頼もしい親友に後を託してきたからな」
「そうでござるか。それは良かったでござる」
そんなアミミの純真な反応に、ちくりと胸が痛くなる。眩しい笑顔を向けられてちょっとだけ罪悪感を感じてしまった。
まあヘイスなら今頃しっかりとやってくれてるだろうから、心配することはない、と思う。
「所で後どれくらいで次の町に着くでござるか?」
追手が来ないだろうと言う俺の言葉に安心したのか、再び笑顔を浮かべながら聞いてきた。
「そうだな。公国の首都までは後7日くらい掛かるが、その手前の村までなら明日くらいには着くと思うぞ」
「村があるでござるか。トール殿は行ったことがあるのでござるか?」
「ああ。だがほぼ素通りしたからどんなとこだったか覚えていないな。その村を越えれば2、3日で公国の貿易拠点となっているエウレタリアが見えて来る。そこは色々な店もあるし飲食店もあるから少しは楽しめるはずだ」
「おお、それは楽しみでござる!」
アミミは目を輝かせながら口の端から漏れた涎をじゅるりと吸い上げた。段々アミミが飯と地図と刀でできているような気がしてきた。何となくこいつの将来が不安になって来る。
とは言え俺もエウレタリアは正直楽しみに思っている。ピルケス同様、以前訪れた際は大して町中を見回ることなく後にしたので、あまり知らないのだ。
チラと見ただけでも公国の貿易拠点だけあって、王国の文化と公国の文化が混ざり合った都市という印象を受けた。
文化的発展が大きく違うわけではないが、やはり距離が離れればそれだけ地域ごとの独自の特色が生まれてくる。
元の世界の日本にしても、小さな島国の中であって言葉遣いや伝統など結構な違いがあったのだから、王国と公国間でもそれは同様だ。
自分の知らない文化に触れたり体験することは、旅の目的でもあり醍醐味でもある。悠々自適とまではいかないが、休みが明けるまで暫くはこの取材旅行を楽しもうと改めて思った。
「しかし町までの移動は何もないから暇でござるな」
ふとアミミがそんなことを口にする。
確かに歩いている間は他に何かをするわけでもない。それに出立して3日目と言うこともあって、少々話のネタも尽きてきている感がある。
引き出しはいくらでもあるが、冒険者の話など子供に聞かせてもいい内容が多いわけでもない。そんなわけで話も広がらず会話にならないので、暇を持て余してきた感じだ。
とは言えこのまま無言で歩き続けるのも逆に気まずくなってしまう。一応アミミの先生的ポジションに志願した手前、それではバツが悪い。
何かないかと考えながら、アミミと出会ってから今までのことを思い返してみる。
まだ出会って数日、短い間だが結構濃密な体験をしている気がするな。アミミの今までの行いを考えながら、ちょうど良い暇明かしが頭に浮かんだ。
「ならお前に技を教えてやろう」
「技、でござるか?」
俺の言葉にアミミは首を傾げる。
技というのが一体何を指すのかピンときていないんだろう。まあ何も言ってないので当然だが。
俺は改めてどういうことかをアミミに説明してやる。
「ああ。お前の剣術の新しい技だ」
「何と。それはワクワクするでござるな!」
アミミは両手を胸の高さに上げて握り拳を作った。やる気に満ち溢れているようだ。
「所でどうしてトール殿が拙者と同じ剣術を使えるでござるか?」
アミミが質問をしてくる。
確かに東方の国で自分が身につけた剣術を、侍でもない俺が使っているのを見れば不思議に思うだろう。だから俺はたっぷりの余裕を含みながら笑みを浮かべて答えた。
「ふふふ。それは昔お前と同じ流派の侍に教えてもらったことがあるからだ」
「何と。うちの流派を扱う者はそう多くないはずなのでござるが」
そう言ってションボリするアミミ。
「どうしたんだ?」
「いえ。自分でうちの流派が少ないと言って、少々気落ちしたでござる。実はうちの流派、お爺様と拙者の父、拙者と後数人の門下生しかいなかったでござる。お陰で道場はいつも火の車だったでござるよ」
アミミはハァと溜息を吐いた。
あまり広げない方がいい話題だったかも知れない。今後は出来るだけ道場の話題は伏せておこうと思った。
「でもうちの流派は並みいる大型派閥の流派よりもよっぽど強かったでござるよ。だから東方のお殿様の指南役にもなったことがあるでござる」
途端に明るくなったアミミ。自慢げにない胸を張って偉そうに答えた。
「ならどうしてそんなに門下生が少ないんだ?」
「そ、それは……」
「それは?」
「お爺さまが力試しをして実力が認められないと入門できないでござる……」
それを聞いて俺は何となく納得してしまった。その力試しのハードルが高すぎて入門が認められないのだろうと。おおかた自分に一撃を入れろとか、そんな無茶振りでもしたに違いない。
あの人は武に真っ直ぐすぎるため、行き過ぎた行為も多々あった。それについていこうと思っても周りがついていけないがため、どうしても孤独になってしまうきらいがある。
「しかもその実力を測るやり方が、自分に一撃を入れると言うものでござった。指南役を仰せつかった剣士に対してそんなことができる人間なんて、他所から流派を変えてくるか元々武芸の嗜みがある人間しかいないでござるよ」
まさかのドンピシャだった。そりゃそんな無茶な試験に合格するやつなんて殆どいるわけがない。
腕に覚えがなければ触れることすら叶わない実力の持ち主だ。しかも手を抜くなんてこと、あの人がする訳ないしな。
「けど他流派に鞍替えする者なんてそういないし、実際にそんなことをすれば裏切り者のレッテルが貼られるでござる。武芸一般を修めたとしても態々うちに来る必要もないし。そんな訳で新しい門下生が全く入ってこず、道場の運営は何とかギリギリと言う感じでござった」
「そうか。そりゃ何とも気の毒な話だな」
アミミは再び深い溜息をついた。道場の娘として、心配に思うことも多いのだろう。
落ち込んだ雰囲気を払うように俺は両手を鳴らした。
「さ、疑問に答えたら早速本題だ」
「はい。トール殿!」
アミミの元気な返事に少し気恥ずかしくなる。今まで弟子なんてとったこともないので、若干の不安とこの弟子がこれからどうなって行くのかの期待がない混ぜになった、妙にそわそわした心地だった。
「んじゃとりあえず、歩きながらできることからな。まずアミミの流派、だけでなく侍が使用する技の基本は気闘法で成り立っている。自身に内在する気を操作することで身体能力を爆発的に上昇させ、刀に気を流し込むことで切れ味の増大や性質を付加した攻撃が可能だ。これはアミミも既に実践しているから分かっていると思う」
「そうでござるな。アンデッドロードの時は斬波を使ったでござる」
斬波は水の属性を付与して広範囲に広げる剣技だ。剣の軌跡を中心にまるで波を切ったかのように水飛沫を生み出し、攻撃と防御を合わせて行える。
「まあ気の使い方は一朝一夕で上達するもんじゃないから、これは毎日鍛錬を繰り返せ。で、今回の本題だ。アミミ、お前の彼我一刀、それは未完成だ」
「……」
俺の言葉にアミミは表情を曇らせた。
俺は実際にアミミが彼我一刀を使ったところを見たわけではない。だが先のミスリルの巨人戦で俺が戻ってきた後の切り口を見れば、アミミがどんな技を使ったかは見当が付く。そしてその精度も。
何よりそれは、アミミ自身が分かっているのだろう。
「お前も自分の技が完成の域に達していないのは分かってるだろ? お前のはまだ彼我一刀ですらない」
俺の辛辣な言葉に何も反論は返ってこない。
アミミが両手を強く握りしめるのを感じた。
「だからまずは彼我一刀を完成させることから始めよう。お前に教える技はそれが完成してからだ」
「彼我一刀は拙者の流派の奥義でござるよ。トール殿が教えてくれるのは、その先の技ということでござるか?」
「彼我一閃。この間見せたあの技だ」
「そ、そうでござる! あの時は凄すぎて突っ込み忘れてたでござるが、その技はお爺様しか使えないと聞いているでござる」
流派の中ではそういうことになっているらしい。まあこちらで使えるようになったとしても、その情報が東方の国に入るわけではないからな。何より俺も誰にも見せたことないし。
「練習さえすればお前でもできるようになるよ。控えめに言って、俺はアミミは天才だと思っているからな」
「そ、そそそ、そんなことはござらんよ!」
アミミは頬を赤らめながら盛大に否定していた。不意に褒められて戸惑っているのだろう。
だがこれはお世辞でも何でもない。アミミの歳でここまでの使い手はそういないだろう。
もちろん才能にあぐらをかかず、鍛錬を積んできたのはその手を見ればわかる。だから俺は素直にアミミは称賛に値する武人だと思っている。
「まだ子供なんだから、褒め言葉は素直に受け取っとけ」
「わ、分かったでござる……」
アミミの顔はまだ赤かったが、狼狽の様子はなく柔らかい笑顔に変わっていた。
「んじゃ肝心の練習方法についてだ。まず片手の人差し指に気を集中しろ。それを指から離して浮かせるんだ」
アミミにわかりやすいよう実践してみる。
俺の指先に光が灯り、それが指から数センチ離れた所で止まった。
アミミも同じように指先に気を集中させると、淡い光が灯る。その光が俺と同じように指先から離れ、距離を取る。が、光は止まることなくどんどんと指先から離れ、やがて霧散した。
アミミはその結果に顔を歪ませ、もう一度指先に気を集中させた。そして再び同じ工程を繰り返し、また同じ結果になった。
「む、難しいでござるな」
まあ彼我一刀が完成していない状態だとこんなものだろう。
俺はアミミの頭をぽんぽんと撫でた。
「彼我一刀の理屈は、自分が思い描く場所を切ると言うものだ。例えば……」
俺は少し離れた木に実った果実を指差す。黄色っぽくてまだ熟していないこぶし大の果実。
アミミもつられてそちらへ視線を向けた。
「あの木の実を見てろ」
俺は再び人差し指に気を集中させ、そして真一文字に腕を振るった。
すると離れた場所にあるはずの果実が半ばから両断される。果実の下半分が重力に引かれ地面へと落下した。
果実と地面がぶつかった重い音が俺たちの耳に届いた。
アミミはその事象を目の当たりにして、目を見開き驚愕していた。斬撃を飛ばしたわけではない。俺は果実のあった場所を斬ったのだ。
「す、凄いでござる……」
「彼我の距離を一刀の元に詰める。任意の場所に気による斬撃を生じさせるってのが、この技の本質だ。だから自分と離れた場所に気の力を維持し、発生させる必要がある。さっきの鍛錬をクリアすれば次は指から離れた場所に気を生じさせる。そしてその距離を徐々に伸ばしていく。単純に斬撃を飛ばす桜刀斬なんかと比べれば、遥かに防御しにくい技になるぞ」
アミミは言葉が出てこないのか、激しくコクコクと頷くのみだった。
その様子に俺は思わず苦笑する。
「さて。取り敢えずは次の野営地まで指先から気を出す鍛錬を続けろ。キツくなって来たらちゃんと止めろよ。気力使い果たして倒れられたら困るからな」
「分かったでござる!」
アミミの元気な返事が返って来た。やっぱりこいつはこれくらい力が有り余っているくらいが丁度いい。
そしてアミミは暫くこの鍛錬を続けながら、野営地に向けて歩いた。勿論野営地に着く前にアミミは力尽き、結局俺がおぶっていく羽目になった。




