22.仕事終わりの飯はうまい
俺たち3人が再びピルケスの街にたどり着く頃には陽が高く登っていた。門衛は俺たちの顔を覚えていたこともあり、特に何も言うことなく通してくれる。やや遠慮がちな表情になっていたのはきっと俺たちの疲労具合を見てとったのだろう。
その前に無事村人達がピルケスにたどり着けたのかを確認しておく。
「昨日ボロンの村人がピルケスまで来たと思うんだが」
「ん? ああ。あんたらがボロンの町に行った冒険者か。彼らならちゃんとこの町にたどり着いたぞ。今はギルド預かりで町の集会所にいると思う」
「無事たどり着けたようでよかったでござるな」
「そだねー」
門衛の報告を聞いてアミミとノノが嬉しそうに笑った。
村人の無事を確認できたので、一先ずギルドでの報告を完了させてから村人たちに挨拶に行くということで話がまとまった。それが完了したら腹ごしらえでもしようかという話になったので、門衛にこの町のおすすめの店を尋ねておく。
「すまないがこの町で食事を取るのにおすすめの店があったらいくつか教えてくれないか?」
「ははは。それを今聞くのか?」
門衛に問うと苦笑まじりにそう返された。普通なら初めて町に入った時に聞くだろうから、再度町に入る際にこんな質問をするものは少ないのだろう。ギルドからの依頼を受けていることも含めての反応かもしれない。
「そうだな。俺のおすすめはギョギョ亭って所だな。門から真っ直ぐ中央通りを抜けた先の広場から、さらに右の方に進んだ所にある魚介料理を多く扱っている店だ。そこのガムレットっていう魚料理が名物で美味いから一度は食べておいた方がいい。後はーー」
門衛の彼も退屈していたのか、他に町へ入る人間もいなかったこともあり、色々とおすすめの店を教えてもらった。やはりピルケスは湖があるからか魚介料理の店が多く、しかし山も近いので山の幸や獣肉を使った料理を出す店もいくつかあるようだ。
順序が逆になった感は否めないが、こう言った所で行う情報収集はグルメガイド作成に非常に役に立つ。情報を発信する手段が少ないこの世界では、口コミや人伝での伝聞が行動を大きく左右するのだ。
「ありがとう。この町に滞在している間にいくつか回ってみるよ」
「ああ。良い出会いを」
きっと人と飯と、両方に掛けてるんだろうななどと思いながら、俺たちは門を潜った。少し進んだ所で背後から門衛に呼び止められると、こちらに小走りで駆け寄ってくる。
「待ってくれ!」
「どうしたんだ?」
「いや、その……。ボロンの町を救ってくれて感謝する」
そう言って門衛は俺たちに頭を下げた。
門衛の話ではピルケスの町とボロンの村は交易が盛んではないが、距離も近いこともあって村人と顔を合わせる機会は多いそうだ。今回避難してきた村人の中に知り合いもいて、そしてゾンビとなってしまったものの中にも知り合いがいたらしい。
だが今回の件で領主は派兵を行わなかったため町付きの門衛では身動きが取れず、応援に行くこともままならなかった。
何もできなかった自分を悔いるように、門衛は言葉を口にする。
「少しでも村人の命が助かって良かったって思うなんて、我ながら酷い人間だと思うよ。自分は助けようともしなかったくせにな。だが彼らを知る人間のひとりとして、君たちには感謝したい。本当にありがとう」
そう言ってまた深々と頭を下げた。
一門衛でありながら感謝の意を表されたことに驚きを感じつつも、その実直な性格には好感が持てる。
その後すぐに持ち場へ戻った門衛を見送り俺たちはギルドへと向かった。
中央通りを抜け広場に出てそのまま真っ直ぐ進む。広場を右に曲がればおすすめの店があるとのことだったが、まずはギルドへの報告だ。
暫く歩いてギルドへ辿り着くと入口の扉を押し開け中に入る。中は先日と同じように何人かの冒険者がいたが、アミミとの一件を知っているのか俺たちを遠巻きに眺めるだけだった。
ただひとり、俺たちの存在に気づいたリヴェータが慌てて受付カウンターから駆け寄ってくる。そしてそのまま俺たちはギルドマスターの部屋へと案内された。
応接室に座らされ出された茶菓子をもりもり食いながらアミミが呟く。
「ふぉれにふぃへほ、ふぃはふぉふぁんふぉふぃふぇふぇふぁふぇふぉふぁふは」
「ハムスターみたいに口に物を詰め込んで喋るな。何言ってるか全く伝わらんぞ」
慌ててアミミは口内の菓子を紅茶で流し込むと、再び口を開く。
「それにしても、みんなぽかんとしていたでござるな」
そんなことを言っていたのかと思わず突っ込みたくなるがぐっと堪える。ノノはノノで可笑しそうに笑い声を上げていた。
「俺たちの待遇が一転して戸惑ってたんだろ。冒険者とギルドマスターが直々に面会するなんてそうあるもんじゃないからな」
そうこうしているとギルドマスターが姿を現し俺たちの向かいの席に着席する。少し疲れた顔をしているが、村人の受け入れなどの対応のせいだろうか。
俺たちの言葉を待たずにギルドマスターはにこやかな笑顔を向け話し出した。
「いや待たせてすまなかった。それと、今回の件本当に助かった。礼を言う」
「そんな改まるな。ギルドは依頼を出し、俺たちは依頼を受けて達成した。それで十分だろ」
「そうか。まあ事を荒立てたくないようだし、各方面には穏便に住むように手配しておく」
正直ありがたい申し出だった。依頼自体はランクも低くかったので注目されるほどのものではないが、実情を述べると周囲から何かしらの圧力をかけられるに違いない。それだけ遺跡の件やアンデッドロードの話は国を揺るがす一大事だ。
ギルドマスターに秘密にするという手もあるが、恐らくそれでは納得しまい。ピルケスの町の冒険者パーティーが全滅しているのだから、引き下がることはないだろう。
「で、今回の顛末は?」
「その前に、さっきの言葉は信じて構わないか?」
「穏便に済むように、という話しか? 勿論出来る限りと言いたい所だが、あまりに重大事であればその限りではないな。だが私が可能な範囲で最大限の便宜は図るつもりだ」
「そうか。分かった」
俺としても別に今回の件が公になっても構わないのだが、少しでもそれが遅れてくれれば良いだけだ。具体的には俺たちの旅が邪魔されない程度には。
遺跡は崩れ去ったのでどうともならないが、アンデッドロードの話は国としてはかなり重大案件だ。それを確かめることもできないまま放置すると言うのは外聞としてよろしくないだろう。真偽を確かめるため俺たちにも声がかかる可能性は高い。
少なくとも追求の手が伸びる前にこの街を離れておきたい所なので、明日にはピルケスを発つべきだろう。
「報告は以上だ。後ギルドマスターのあんたにこれを渡しておくよ」
俺は空間収納からいくつかの装備品を取り出すとそれを机に並べる。それを見たギルドマスターが目を見開いた。
「これは……」
「閃光の牙のものだ。遺品として弔ってやってくれ」
「……ああ。ありがとう。きっと彼らも喜んでいるだろう」
ギルドマスターは目尻に涙を浮かべながら深く頭を下げた。肩を震わせる嗚咽を堪えている様が、彼らがどれだけこの町にとって大切な存在だったかを物語っていた。
その後ギルドを出て教えてもらった集会所で村の人たちに挨拶をした。ボロンの村の今後がどうなるかはまだわからないそうだが、ギルドマスターが領主にも掛け合って悪くならない様にすると約束してくれたらしい。
初めて会った時はアミミにベルトを切られた間抜けなおっさんだったが、改めてギルドマスターとしては有能な様だ。前線から退いて久しい様なので、腕の方は鈍っているそうだが。
「やっとでござるな」
「わたしもお腹ペコペコだよー」
ギルドでたらふく菓子を食っといてどの口が言うと思うが、チョップ一発で済ませておく。
頭を抱えて蹲るアミミに、肩に乗るワシが慰める様に足を頭に乗せていた。側からは足蹴にしている様にしか見えなかったが。
俺たちは門衛に教えてもらったギョギョ亭に来ていた。時刻は3時ごろ。ギルドや集会所で話してすっかり昼を過ぎてしまった。
店は開いている様なので、俺たちは扉を空けてそのまま中へと入った。
入った瞬間魚介の豊潤な香りが鼻腔をくすぐった。それだけで食欲が湧いてくる。
店内は少し遅い時間帯だと言うのに8割ぐらいの席が埋まっている。どうやらかなりの繁盛店の様だ。
俺たちに気づいた給餌をしている小柄な少女が小走りにこちらへ近づいてくる。
「3人さんですか?」
「ああ。席は空いてるか?」
「大丈夫ですよ。今お席にご案内しますね」
予約で埋まっていないか確認したが、どうやら問題なく入れる様だ。少女は空いてる席へと俺たちを案内する。案内された4人用のテーブル席に俺たちは着席する。
「メニューはあそこの木版に書いてあるので注文が決まったら声をかけてください」
少女が指差した先には文字が彫られた木版が吊り下げられていた。そこに料理の名前と値段が書かれているようだ。そんな木の板が壁の数箇所に下げられている。
安価になったとは言えまだまだ紙は庶民には高級品。こう言うところは庶民の生活の知恵だな。
「やっぱり教えてもらったガムレットは頼みたいところだな。他に頼みたいものはあるか?」
「拙者はボア肉の串がいいでござる」
「わたしはお酒が欲しいかなー。後はつまみになりそうなものー」
「了解。なら俺も酒でも頼むかな」
元の世界では昼間から大人が酒かっくらって幸せとか言っている光景にだらしなさを感じていたが、冒険者となってからはその気持ちもわかるようになった。疲れた後の酒は体に染みるものだな。決して俺がおっさんになったというわけではない。と思いたい。
「店員さん。注文いいか?」
「はい。何にしますか?」
「ガムレットとボア肉の串を3本。エッギルの煮込みと人数分のパン。後エールを2つで」
「わかりました。おかーさーん。ガムレットとボア肉の串3本とーーー」
注文を聞いた少女は元気に厨房の方へ向かうと、大きな声で注文を伝えていた。他の客にまる聞こえだがこれがこの店のルールなのだろう。しかしまさかこの店の娘だったとは。文字通り看板娘だな。
しばらく3人で談笑して待っていると料理が運ばれてきた。それが次々テーブルへと並べられていった。
「お先にお酒と猪肉の串とエッギルの煮込みです」
「ありがとうでござる」
アミミのお礼に少女はにこっと笑顔を返して戻っていった。
改めてテーブルに並べられた料理にアミミはよだれを垂らす。
「エッギルってなんでござるか?」
「エッギルは四足歩行の鹿みたいな魔獣だ。魔獣の肉は動物に比べ全体的に旨味が強いからな。料理店などでよく使われてるんだ」
「ほー。それは美味しそうでござるな」
「トールん分かってるー。お酒に合うんだよねー、それ」
アミミとノノはエッギルの煮込みを自分たちの皿に取り分ける。アミミはガツガツと、ノノは酒と合わせてちょびちょびつまむように食べる。
「うーまーいーでござるな!」
「ほんとだねー。このエッギル美味しい」
俺もエッギルの煮込みを自分の皿に取った。ドロっとしたブラウンのソースに肉とゴロゴロした野菜が絡み合う。肉は脂身の少ない部位だろうが、フォークを立てるとほろっと崩れた。
エッギルの肉を取って一口食べる。
口に入れた瞬間口内でも肉がほろっと崩れた。軽く噛んだだけでも食いちぎれるほどに柔らかい。しかし噛めば噛むほど肉の味はしっかりと溢れ出てくる。ソースも肉に合う程よい濃さで少ない脂身をまろやかにしてくれる。下ごしらえがいいのだろう、臭みもまるで感じなかった。
今までエッギルを色々なところで食べたが、その中でも1、2を争うほどに美味い。魚介料理屋と思っていたが、肉料理も文句なしに美味かった。
猪肉も弾力が強いが噛み切れないほどではない。噛みごたえがあり脂も舌の上で蕩けた。これも文句なしに美味い。
アミミやノノもその味に満足しているようだ。
俺たちが肉料理に舌鼓を打っていると残りの料理が運ばれてきた。広めのスープ皿の様な食器の中に、小ぶりの魚が1匹丸々乗せられている。
それがコトリとテーブルの中央に置かれた。
「当店名物のガムレットです。熱いので気をつけて食べてくださいね。パンはここに置いておきます」
運び終えると別のお客さんに呼ばれてパタパタとそちらへと駆けて行った。よく働く娘だ。
「これがガムレットでござるか」
「これは中々インパクトあるねー」
アミミとノノは興味深そうに皿の中の料理をのぞいている。確かにインパクトは中々のものだ。
広めの皿に収まる程度の魚が一尾横たわっていた。素揚げしているのか表面が薄らとこんがりしている。その魚の下半分には熱々のオイルの海が広がっていた。まだ僅かに油が跳ねていることから直前まで温めていたのだろう。看板娘の熱いから気をつけてという注意も頷ける。一言で言い表すなら、丸ごと素揚げした魚のアヒージョであった。
魚にフォークを持っていくと、表面の皮がパリッと弾けて中の身がふわっと溢れ出た。湯気が立ち魚の持つ磯の香りが周囲に広がる。その匂いだけでよだれが溢れ出てきた。
フォークで一口分身を切り取り少し油に燻らせて口へと運ぶ。
熱っ! 美味っ! 熱っ! 美味っ!
交互に熱と旨味の暴力が口の中に襲いかかってくる。
熱が加わりすぎて身が固くなっているんじゃないかと思ったが、ホクホクした身がはらりと口の中に広がり脂と混ざり合って胃の中に溶け込んでいく様だった。
磯由来の淡い塩加減がくどくなく食欲をそそる。気づけば二口目を口に運んでいた。
様子を伺っていたアミミたちは、俺に続く様に魚へと殺到した。そして熱さに身悶えしながらホクホクと空気を取り入れ冷ましつつ、その美味に酔いしれる。
「何でござるかこの美味い食べ物ー! 食べるのがもったいなくなるでござる」
「言い得て妙! ずっと食べたいけどなくなって欲しくない味だよー」
2人の満足の仕方が今までの比じゃない。かく言う俺も、2人と同じ気持ちだった。いずれ来る終わりが勿体なくなるくらいに美味い。
次きたら絶対またこれを食べよう。ガイドブックに載せるのは今更かもしれないし、もし載せて繁盛しすぎても嫌だが、他の人にもこの感動を味わって欲しいとも思う。
ただ今はそんな事はどうでもいい。一途にこの料理に向き合おう。それ以外の感情は失礼だ。
俺たちは仲良くがっつきながら、あっという間に1匹丸々の魚を平らげるのだった。




