23.ドナドナ
これで一応第1部が終了となります。次回はオマケを挟んでその次から第2部に入っていきたいと思います。
3人とも料理を完食し大変満足した。水を飲みながらひと心地ついていると、不意にノノが質問を投げかけてきた。
「トールんはこれからどうするつもり?」
ノノの言葉に俺は暫し考える。これといって特に予定はないが、一応今は休養期間としてクランに休みを申請したので、捕まる前に次の町へと行きたい。明日にはこの町を発とうと思っていることを話す。
「あまりこの町には長居せず明日には次の町へ向かおうと思ってる。ぼやぼやしてると色んなもんに捕まりそうだからな」
「なるほどねー。アミミちゃんはそれで良いの?」
「拙者もそれで構わないでござる。拙者の目的は地図を作ることでござるから、トール殿の予定に合わせてその間手ほどきしてもらえれば良いでござるよ」
「そっかー。じゃあわたしも一緒についていこっかなー」
「まじか⁉︎」「ほんとでござるか⁉︎」
アミミは嬉しそうに、俺は心底嫌そうな表情を浮かべる。
ノノの性癖が無ければ全然歓迎なんだが、いかんせんそれが一番の問題だ。下手をすれば本当の意味でとって喰われかねん。
とは言えアミミが喜んでいるし、できれば女性が一緒の方が何かと世話を焼いてもらえるだろう。ノノもアミミのことは気に入ってるし、それだけでも一緒に来てもらうのはいいことかもしれない。
「まあ、アミミが構わないならいいぞ」
「拙者は大歓迎でござる」
「おほー。やったー」
「ただし!」
一緒に連れては行くが、もちろん条件付きだ。
「俺に危害を加えようとするな。目を離すとすぐに何かしようとしてくるからな」
「えー。性的なやつも?」
「当たり前だ!」
アミミが一緒にいるのに一体何をやらかすつもりなんだこいつは。色々と自重してもらいたいもんだ。
とくとくと俺はノノを説き伏せ、今後変なことをしないよう約束させた。
「うへー。分かったよー。ところで次はどこ行くの?」
「拙者もそれは気になるでござる。次はどんな美味しいものを食べに行くでござるか?」
アミミは何で旅の趣旨が変わってるんだ。自分で地図を作ることが目的だと言ったそばからこれではブレブレにも程があるだろ。
何だか2人を連れて一緒に行くのが猛烈に不安になってきた。もうこのままひとりで逃げてしまおうかな。
そんなことを考えているとアミミがじっとこちらを見つめてくる。暫く無言で視線をぶつけられた。何だか俺の考えが見透かされてる様で、なんとなく居心地の悪さを感じる。
「トール殿。ちゃんと責任は取って欲しいでござるよ」
どうやらバレていたらしい。本当に見透かされていた。
するとその言葉を聞いたノノが勘違いを加速させて艶かしい嬌声を上げた。
「アミミちゃんだいたーん。いつの間にトールんとそんな仲になったの?」
「? ノノ殿は何を言ってるでござるか?」
「お前は理解しなくていい」
2人の意見の食い違いに頭を抱えたくなったが、これからそんな心労が続いていくのかと思うと嫌になる。とは言えアミミにも言われた様に、もう諦めるしか道はない様だが。
「で、結局どこ行くのー?」
真面目な顔つきになったノノが、改めて俺に問うてきた。俺は少し悩んでから、考えを話す。
「次はインダール公国に行ってみようと思ってる」
「インダール公国ってセルスト王国の隣だよね?」
「ああ。ちょうどピルケスの山を越えたところだな。馬車で5日、徒歩だと10日くらいの距離か」
今俺たちがいる国はセルスト王国と言う。大陸の中心に存在しており、周辺国からの交通の要所にもなっている国だ。その為交易が盛んで、世界各国の様々な品が集まると言われている。
その中心地が俺の所属するクランのある交易都市だ。そして交易都市から離れて魔法学園の存在する魔法都市、ノノの属するクランが拠点を置いている王都がある。他にも都市や町はあるがセルスト王国の主要な都市を挙げるならそれだろう。
そして肝心のインダール公国はセルスト王国に比べ小国だが、セルスト王国と友好関係を築いている国である。昔から仲は良かったそうだが、セルスト王国の王女がインダール公国に嫁いでからより親交が深まったそうだ。
まあ俺がこちらに来る前の話だそうだが。
「隣国で近いってこともあるが、あまり行ったことがないんでな。国内は色々面倒そうだから国外に出るってのと、まあアミミが東方から来たなら離れる方向がいいかなと」
「何と。拙者のことを考えてくれてるとはありがたいでござる」
「先生してるねー」
「くだらん事を言うな」
次の行き先も決まった事だし、残りの飯を平らげて店を出ることにする。俺は代金をテーブルに置いて給仕の少女に声をかけた。
「美味かった。ありがとう。金はここに置いておくよ」
「ありがとうございましたー。またきてくださいね」
ちょこちょこと少女は近づいてくると、代金を確認して感謝の言葉を述べた。それを確認した俺たちは店を後にする。
店を出たところでペットお断りで外に追いやられていたワシが俺の頭に舞い降りるとクチバシで突いて不満をあらわにする。ちゃんとお土産は買ってきてやったので後で分けてやろう。所で何故主人であるアミミでは無く俺の方に抗議してくるんだろうか。
これは後でしっかりと話し合いをしないといけないな。
店の入り口では俺たちが店を出た後も新しい客が入店して行くのが見えた。間も無く夕方になる頃間が、まだまだ客足は引きそうにない。本当に良い店を教えてもらえて、俺は心の中で門衛に感謝した。
俺は伸びをしながら、一先ず旅に必要なものを揃えようと考える。
大体のものは空間収納に入っている為、特に仕入れるべきものなどないのだが、それは俺が男一人旅だったからだ。旅のお供に女性がついてくると言うのなら、それ相応の支度が必要になってくるはずだ。
と問い掛けたところで、返ってくる答えは随分素っ気ないものだった。
「拙者は別に用意するものなどないでござるよ。今までも着の身着のままでござったから」
「私もいらないかなー。必要なのは替えの下着くらいだし、クリーナーの魔法使えば清潔に保てるし」
と言うことで特に買い出しも必要ないようだ。と思っていたら、アミミが声を上げる。
「あ、ひとつ忘れていたでござる」
「何が必要だ? 今のうち言っとかないと暫く補給はできないからな」
「ぜひケーキを買って欲しいでござ」
「却下」
俺の言葉に絶望に打ちひしがれたような表情を浮かべるアミミ。その場に膝から頽れる。
こいつにとってケーキはどれだけショックなんだ……。
そんなアミミを見かねてノノが頭を撫でながら慰める。
「大丈夫。わたしが買ったげるから。元気出してー」
「ノノ殿ー!」
目に涙を浮かべながら大仰にガバッとノノに抱きつくアミミ。通行人が不思議そうに俺たちを見ながら通っていくのが恥ずかしい。本当に置いて行ってやろうかこいつら。
「ふふふ」
「どうした?」
突然のノノの笑い声に疑問を投げかける。ノノは目元に浮かべた涙を拭いながらこちらを向いた。そしてお可笑しそうに小さな笑い声を上げながら答えた。
「ふふ。何だかこれから楽しくなりそうだなーって」
「そうか?」
「そだよー。トールんとアミミちゃんと一緒に旅が出来るんだから。楽しみで仕方がないよ」
そう言って柔らかく笑ったノノに、俺は一瞬心臓が跳ねる。蠱惑的でも無く妖しさもないごく自然な笑顔。けれどその笑みはノノが今まで見せた中で一番魅力的で、いちばん可愛らしかった。
じっと見つめるのが何だか気恥ずかしくなって、少しだけ視線を横に逸らした。
と、そこに意外な人物を発見する。
鬣の様に逆立ったプラチナブロンドの髪の毛。服の上からでもわかるはち切れんばかりの筋肉。豪快と言う言葉を体現したかの様なその人物は、ノノのすぐ背後に立っていた。
「そうか。楽しくなりそうか。そりゃよかったな」
そう言ってガシッとノノの頭を鷲掴みにした。
「え? え、え?」
すかさずアミミが刀を構える。が、それを俺は手で制した。アミミを見ると、その手は小刻みに震えていた。一瞬で力量差を感じ取ったのだろう。
その人物はノノの頭を鷲掴んだまま無理やり背後に向けさせる。2人の目がバチリと合う。その人物は歯を剥き出しにしながらにかっと笑った。
本人曰く笑顔らしいのだが、周囲から見るとどう見ても野獣が獲物を前にして浮かべる獰猛なそれだ。
ノノはその存在に気付いて驚きから口をぱくぱくさせ、そして叫んだ。
「ククククク、クラマスぅ!!!!!」
「おう。迎えにきたぞ」
そう言って、ノノが所属するギルド『アースガルズ』のクランマスターは、再び獰猛な笑みを浮かべた。敵ではないと認識したのか、アミミは刀に添えた手を下ろす。しかし片方の手はそっと俺の服の裾をつまんでいた。ワシも釣られてクチバシで俺の服を咥えた。
何気ない行動ひとつとっても圧倒的な威圧が伴う。それが王都最大のクランを率いるマスターであり、Sランク冒険者であるギギ・グリザリフという男だった。
「よお。まさかトールがいるとはな。久しぶりだな」
「ああ。半年以上ぶりだな」
「いい雰囲気のところ悪いが、こいつは連れて帰らせてもらうぜ」
「えー。嫌だー。わたしはトールんと一緒に行くのー!」
「うるさい。これはクラマス命令だ」
「そんな命令断固拒否だー」
まるで子供かと言わんばかりの駄々のコネ方に少々呆れるが、それでも俺と一緒に行きたいと言ってくれているのだ。
何とかならないかギギに掛け合ってみた。
「どうしてもノノが帰らないといけないのか?」
「ああ。アルク山の調査だ。最近魔物の動きが活発になってきてるようでな。近々スタンピードが起きるんじゃないかって専らの噂だ」
「アルク山か。あそこは強力な魔獣が多いせいで逆に個体生息数は少ない筈だろ?」
「そのはずだったんだがな。何故か最近は近辺で魔獣の目撃例が増えているんだ。王都から近いから俺たちを含めた王都のクランに協力要請がかかったって訳だ。何でも魔物の存在も確認されているみたいでな。そんな訳で王都の高ランク冒険者に緊急クエストが発令されたんだが、こいつそれをほっぽりだして逃げやがってな……」
「ノノ。お前……」
「だだ、だってアンデッドいないんだよー!」
ギギは頭痛を堪える様にノノを掴んでいるのと反対の手でこめかみを抑える。
俺も同じ気持ちで天を仰いだ。
アルク山はただでさえ高ランクの魔獣が生息する地域だ。しかも王都に近い。そんな場所でスタンピードでも起きようものなら、どれだけの被害が出るか想像するだけでも恐ろしい。
そう言った危険度の高い状況になると、今回の様にギルドから緊急クエストが発令されるのだが、Cランク以下は任意、Bランク以上の冒険者は強制参加となる。国の兵士だけでは対応が難しいため、戦力となる冒険者を確保するためだ。
冒険者ギルドに属しているものに課された義務だといえる。
そんな緊急性の高いクエストなのだ。国が絶対的戦力となるノノを放って置くわけがない。恐らくノノがいないとなればそれだけでクランの評価に悪影響が出てしまうだろう。
「どうだ? トールも一緒にくるか?」
「そ、そだよー。トールんもアミミちゃんも、王都においでよ。それがいいよ!」
期待のこもったノノの眼差しは、さっき感じたときめきを全部吹き飛ばしても有り余るほどだった。俺は柔らかく微笑みながら、生暖かい眼差しを2人へ向ける。
「丁重にお断りする」
「えー。そんなー」
何がそんなー、だ。こいつは俺を王都に連れて行って何させようとしてんだ。絶対戦わせるつもりだろ。
「今回も振られちまったか。どうにも男を口説くのは苦手でいかんな」
「……どうか苦手なままでいてくれ」
筋肉もりもりのおっさんが男を口説いている図を想像してげんなりする。
「だが俺はいつでも歓迎だぞ」
「俺そう言う趣味ないから」
「そう言う意味じゃ無いわ! てか俺もそんな趣味はない! クラン勧誘の話だ。お前なら実力も申し分ないし、ノノも喜ぶ。うちぐらい大所帯の方が負荷も軽減されるぞ?」
確かに『アースガルズ』の様な大規模クランの方が人員や資材も潤沢だろう。
だがなんだかんだ言いつつ、俺は今のクランが好きなのだ。ずっと一緒にやってきたメンバーだ。今になって他に行こうなどとは思ってもいない。
「毎度同じ返事で申し訳ないが、遠慮しておくよ」
「そうか。まあ気が向いたらいつでも歓迎するからな。じゃあまたな」
「トールんー。アミミちゃんー。かむばーっく!」
いつの間にやら布で簀巻き状態にされたノノが、ギギに軽々と担ぎ上げられた。クネクネもがくがきつく締まった布は解けることはなく、更に食い込んでノノを締め上げている。
やがて暴れることもできなくなったのかぐったりとして大人しくなった。
「そうだ。トール。お前に伝言があったんだ」
「?」
去り際に思い出したのか、ノノを担いだままギギが俺に声をかけてくる。どこか楽しげな笑みを浮かべていた。
「レイラから頼まれたんだが、お前を見つけたら伝えてくれとさ。すぐに行くからそこで待ってろ、てな」
きっとその時の俺は心底嫌そうな顔をしていただろう。俺の顔を覗き込んだアミミがギョッとしていた。
「まあお前がここにいたことは言わないでおいてやる。残りの休暇を精々楽しめ」
それだけ言うと、ギギは今度こそ本当に去って行った。ノノを担ぐその背中が小さくなり、やがて完全に見えなくなった。
最後までノノはぐったりしながらも、俺たちに助けを求める視線を投げかけていた。
「トール殿。先程の伝言とやらは?」
気を取り直したアミミが声をかけてくる。アミミからすればレイラと言われても何のことかわからないだろう。うちのクランマスターを知らないからな。
「一言で説明すると、今のギギみたいな実力の奴が俺を捕まえにやって来るってことだ」
「…………」
「提案なんだが、日が暮れる前に次の町に向けて出発しようと思う」
「奇遇でござるな。拙者も今そう言おうと思っていたでござる」
「「……ははははは」」
そうして俺たちは陽が落ちる前にピルケスの町を後にした。アミミにねだられケーキを大量に購入したのは言うまでもない。




