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20.アミミ、弟子入りする

 金属と金属がぶつかり合う音が響く。

 ゲロとカスが巨人を牽制しながら、交互に攻撃を行い注意を引きつける。

 途中攻撃を喰らいそうな危うい場面も見られたが、そんな時はノノが魔法で巨人を抑えるか、或いは黒い手を使って2人を窮地から救い出すように動いていた。

 そしてアミミは攻撃を避けつつ、3人が稼いでくれた時間を使って気を極限まで高める。裂帛の気合いを込めて袈裟懸けに刀を斬り下ろした。


「ていやぁ!」


 巨人は声も上げる事なく、目の光を消失させて地面へ倒れ込んだ。

 室内に重い音が反響する。

 

「はぁはぁはぁ。これ以上は無理でやんす」

「オ、オイラももう動けないでガス」


 ゲロとカスは大の字になって地に伏した。巨人2体を相手に注意を引くため動きっぱなしだ。流石に全身に疲労が蓄積されている。

 アミミも同じく膝をつきながら息を整えていた。今は鞘に収めた刀が杖代わりだ。文字通り全身全霊をかけた一撃を日に二度も放ったのだ。疲労困憊で動けなくなるのも頷ける。


 1体目を討伐した後に登場した2体目の巨人。寸分違わず同じ能力を有しており、やはり魔力吸収という厄介な能力のせいでノノの攻撃が効きづらく、またアミミの体力も先の一撃で相当消費されていた。


 攻撃の要がいなくなったことで倒す手段が無くなったかと思われたが、何とか気力を振り絞ったアミミが再び巨人を両断する事に成功したと言う訳だ。


 とは言えアミミも体力の限界。次あの巨人が現れでもしたら何処まで対応できるのか分からなかった。気休め程度かと考えながら、ノノが体力回復のポーションをアミミに手渡す。

 ゲロとカスももう動けない様子だ。攻撃を引きつける要員がいないことも、更に勝率を下げる事につながる。


「流石に2体はキツイでござるな」

「そだねー。また次が現れたら正直私だけじゃ守りきれないかも」


 今回ノノはひたすらサポートに徹していた。とは言え魔法を使っての足止めや救出など相当量魔力を吸収されているはずなのだが、今のところ息一つ乱していない。流石Sランク冒険者としての貫禄を見せつけている。

 まあ必ずしもその態度が余裕を示している訳ではない事は、まだ2日程度の付き合いであるアミミにも分かっていた。


 現状自分たちの直面している問題は、非常に危機的である。

 先ほどノノが言った通り、次の巨人が現れてしまえば恐らく全滅。アミミとしても、正直後一撃入れられるかどうかと言う状態で、しかも相手がそれを待っていてくれればだ。


 どう考えてもあり得ない状況である。心の底からもう巨人が現れないようにとアミミは願った。そしてそれは、その場にいる全員の総意でもあった。


 しかし無慈悲にも、再び地面に魔法陣が浮かび上がる。

 思わずアミミの口から悪態が漏れた。


「トール殿。早く戻ってきてくれないと恨むでござる」

「どーかん」


 トールが戻ってくるまでこの戦力で凌がなくてはならない。先に脱出するのも手だが、それにしても仲間を残したまま行けるような輩はこの中にはいなかった。


「あちきらもう無理でやんすから、先に逃げてもいいでやんすか?」

「オイラも逃げたいでガス」


 アミミはジト目で2人を見ながら、ノノはそんな様子に苦笑を浮かべていた。まあ本当に逃げ出さないだけましだろうと思いながら、魔法陣から再び巨人が現れるのを待つ。

 徐々に足から上半身へと姿を移し、やがて重量を伴った着地音とともに、本日3体目の巨人がその姿を表す。ぶぅんと低い音を鳴らして目に光を宿した。


 アミミ達に本日3度目の緊張が走り、互いに武器を構える。腕が重いがそれは意思の力で何とかする。顳顬を汗がつーっと流れ掌にも汗がじんわりと滲んだ。

 巨人は目の前の標的を見定めると、両手を上げ銃口を向けるように発射態勢に入る。そして、コケた。


 巨人が地面に倒れたことで巻き上がった砂礫が周囲を覆う。4人は何があったのか訳がわからず目を白黒させていた。そしてすぐにその姿に気づく。


 砂埃が晴れ姿を現したのはトールだった。倒れた巨人の頭に乗り刀を突き刺している。まさに、危機的状況に颯爽と駆けつけた騎士のような出立だ。


「おお、トール殿!」


 アミミが思わずトールの元へ駆け寄ると、そのままトールにダイブした。


「ふぐぅ!」

「む?」


 トールに届く前に何かに阻まれたようだ。よくよく見ると、何か紅色の塊がトールの体にくっついている。


「むむ? アルティス殿でござるか?」


 先程のアミミの体当たりでちょうどサンドイッチになったアルティスが思わず呻き声を上げていた。

 アミミを追って近くまで来たノノも、アルティスの存在に気づきにんまりと悪い笑みを浮かべる。


「アルティスちゃんも結構大胆だねー。トールんを前から羽交い締めにするなんて。しかもロープで固定までして」

「ちちち、違うわよぉ〜! これはトールが勝手にやった事なんだから!」


 アルティスが文句を言うのにつられて後ろで束ねられた深紅の髪の毛がぴょこぴょこと上下する。


 アルティスの言葉を聞いてノノがトールに非難がましい視線を向けた。トールは思わずついと視線を逸らす。やましい気持ちは何もないが、状況だけ見ればそう思われても仕方ない。不用意な発言をすれば更に誤解を生みかねないため、こう言う時は黙っているのが一番とトールは沈黙を貫く。


 アルティスももぞもぞしながら誤解を解こうとするが、体が完全に固定されているので暴れるどころか向きを変えることすらままならない。むしろ動けば動くほど紅いスカートがずり上がって際どい状況になっていた。そっとアミミがずり上がったスカートを戻してやる。

 遅れてやってきたゲロとカスも、その主人の姿にイタズラな笑みを浮かべる。


「アルティス様。その格好だとなかなかエロいでやんすよ」

「ガスガス」

「ちょ、ちょっと〜!」


 真っ赤になった顔だけ向けて小さく反論するが、逆にそれが滑稽な姿で周囲の笑いを誘った。

 アルティスももう諦めたのか、しくしく泣きながら力なくトールに体を預けている。


「取り敢えずアルティスを下ろすから部屋の端に移動するぞ。たぶん後何体か出てくる」


 トールの言葉に皆が驚きながら、揃って壁際へと退避する。すると再び魔法陣が中央に発生し、そこから巨人の姿が現れ始めた。


「ずいぶんと嫌な罠だな。戦っても戦っても終わらないとは」

「ほんとだよー。いい加減飽きてきたよー」

「この状況で飽きたとか余裕ぶっこいてられるのはお前くらいだろうな……」


 手早くロープを外してアルティスを下ろすと、トールはひとり、巨人の方へと向かっていく。


「トール殿。協力するでござる」


 慌ててアミミが駆け出すが、トールはそれを手で制した。そして先にアミミ達によって討伐されたミスリルの巨人を眺める。


「アミミ。一応お前を強くするって言ったからには、ちゃんとするつもりだ。だが剣術は既に師匠がいるだろうから、それを細かく教えるつもりはない。ただそんなんじゃ、俺の実力が疑われちまうからな。俺がそこそこやる男だってこと、見せてやるからちゃんと見とけよ」


 トールの言葉を受けて、アミミは静かに首肯した。

 そしてその一挙手一投足を余すことなく、全ての目を使って真剣に見る。


「アミミ。お前免許皆伝じゃないよな」


 集中していた所にかけられた声で一瞬、反応が遅れたが、思考を巡らせすぐに回答をした。


「は、はい。免許皆伝ではないでござる」

「なら今からやる技はよく目を凝らしておけ」


 そして腰を落としどっしりと居合の構えをとる。それだけで周囲の空気が変わる。緊張の糸がピンと張り詰めた。

 まだ巨人との距離はあるが、巨人には腕を飛ばすという遠距離攻撃がある。今のトールの立ち位置だと既に射程圏内だ。


 その場にいる他の面々、ノノとアルティスを除いた3人は、トールがどれほどの実力なのか分かってはいない。どのような戦いが繰り広げられるのか、果たして自分たちが苦戦した巨人とどう戦うのか、その結末に集中していた。

 巨人はゆっくりと腕を構え、発射の態勢に入る。


「彼我一閃」


 トールがそう呟いた次の瞬間、巨人は真っ二つになって崩れ落ちた。遅れて鍔鳴りの音が耳に届く。


「は?」


 ゲロは間抜けな声を上げた。その声すら無意識。本人も声を出そうなど思ってはいなかった。だが思わず口をついて出たのがそれだった。

 一瞬ですらない。何が起こったか理解が追いつかない。熟練の腕を持つゲロでさえそれだ。

 カスも相応の腕は持っているが、目の前の事象は理解の範疇を超えていた。斬ったのだろうと推測はできるが、剣の軌跡さえ目で追うことが出来なかった。印象だけでいえば巨人が勝手に2つに別れたと言えば、まだその方がしっくりくる。


 そしてアミミは、その剣閃をしっかりと目で捉え、それが今の自分より遥か高みにあると痛感していた。同じ剣術同じ流派。なぜトールがそれを扱えるのかなど、そんな事は頭になかった。ただ目の前でトールが繰り出した剣技の、その技巧の高さに打ちのめされていた。

 そして自分も、この背中に追いつきたいと思う程度に衝撃を受けた。


 憧れ。

 幼き心は、目の前のひとりの剣士のその背中に、どこか懐かしい御伽噺の英雄の姿を見た気がした。


「相変わらずトールんの剣技は冴えてるねー。Sランク最強はやっぱりトールんじゃないかなー」

「そうなのでござるか?」

「私がそう思ってるだけだけどねー。正直剣なら闘技場無敗の“七星剣魔”とかもいるからねー。戦って見ないとわかんないねー」

「色々いるのでござるな」


 敵を屠ったトールは悠々とした足取りでアミミ達の元へ戻ってきた。

 先ほど巨人と対峙した時のひり付く様な雰囲気は霧散している。その姿格好を見る限り、ただの人のいい青年にしか見えなかった。


「ちゃんと見たか?」

「見たでござる」

「どうだった? 少しはカッコつけれたか?」


 トールは屈託のない笑顔を浮かべて答えた。その様はどこか誇らしげな少年の様にも見えて、アミミも釣られて笑みを浮かべる。


「すーー」

「すごいでやんす! トール殿はお強かったんでやんすなぁ。いやーお見それしたでやんす」

「本当でガス。オイラ達が攻撃しても傷付けるのがやっとだったでガスが、あんなにあっさり倒すなんてすごいでガス!」


 やんやとトールの周りで騒ぐゲロカスコンビ。

 言葉を遮られたアミミは感情のこもらない瞳で黙って2人を見ていた。やがてアルティスがくると、2人は拳骨を落とされて引き摺られて行った。最後までアミミは感情のこもらない眼差しを2人に向けていた。


 トールが苦笑いを浮かべながらアミミの側へと歩いてくる。


「で、どうだった? 俺が教えることについて不安は払拭できたか?」

「……凄かった、としか言いようがないでござる。拙者はまだ一刀でも未完成でござるから、トール殿には遠く及ばないでござるな。それに不安など、初めからなかったでござるよ。むしろより一層師事したくなったでござる」

「そうか。まあ剣技はこの先磨いていけばいいさ。俺は別にお前の剣の師になるわけじゃないしな。それにアミミは目がいい。お前の成長は他の奴らより何倍も早いはずだ」

「そうでござろうか。正直トール殿やノノ殿が凄すぎて成長しても実感湧かなさそうでござるが」


 自信なさそうに俯くアミミに、トールは眉間に皺を寄せながらため息をつく。そして強い口調でアミミの額を人差し指で小突いた。


「お前はバカか。お前の歳を考えろ。お前くらいの頃の俺と比べたら俺なんて秒で殺されてるぞ。それにそもそも、お前のこの旅の目的は地図作りだろ? だから俺はお前に冒険者としてのイロハや旅で気をつけた方がいいこととか、身を守れるだけの術を教えてやる。まあ、時間がある時に剣の手ほどきくらいはしてやるがな」

「トール殿……」


 アミミは感極まったように瞳を潤ませた。そして鼻を啜りながら元気よく返事する。


「よろしくお願いするでござる。師匠!」

「……師匠ってのは気まずいから別の呼び方にしてくれ。それにお前にも剣術の師匠がいるはずだろ?」

「そうでござるが。……では先生ではどうでござるか?」

「んー。先生かぁ……」


 その言葉を聞いてなおも思案顔のトール。アミミもなんと呼べばいいかわからなくなってきたので、首を捻って一緒になって考える。するといつの間にか近くに寄ってきていたノノとアルティスからも案が上がりはじめた。


「じゃあトールん」

「それは却下」

「では親方様」

「どこの武将だ」

「ご主人様とかは?」

「何か小さい娘を側仕えさせてるみたいで抵抗が……」

「じゃあ、あ・な・た」

「それ事案に発展するやつだか……」

「なら何がいいでござるか。トール殿に決めて欲しいでござる!」


 アミミが若干切れ気味に返す。何でこいつがちょっと怒ってんだとトールは不思議に思いながら、何が良いかしげしげとアミミを見ながら考える。

 暫く考えた末、やがてアミミの頭にポンと手を置いて乱暴に撫で回した。


「ならそのまま、トール殿でいいよ。他の呼び方は変に気を遣われてるみたいで逆に気になっちまう」

「そ、そうでござるか。では、トール殿。これから宜しくお願いするでござる!」

「ああ。暫くの間だろうが、よろしくな」


 そしてもう一度乱暴にアミミの頭を撫でるトール。アミミは必死に抵抗するが、なす術なくされるがままだった。

 そんな中そばにいたゲロから声がかかる。


「感動な場面ですまないでやんすが、次の巨人が現れそうでやんす」


 見ると床に空いた大穴を避ける位置に、再び魔法陣が展開され、光の陣の中から巨人の体が現れ始めていた。青白い輝きを放ちながら全貌を表した巨人は、周囲を見廻し排除対象を見定める。

 そしてその人工的に作られた瞳を鈍い光を灯らせた。


「んじゃ、残りの奴らもちゃっちゃと片付けて町に戻るとするかね」


 そうして前に進み出るトールは、直上に立てた鞘から刀を引き抜き、巨人へと躍り掛かった。

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