18.守護者
俺たちの頭上に魔法陣が出現した。
「魔法陣から離れろ!」
瞬間的に俺はそう叫び駆け出していた。
足元に、頭上に魔法陣が展開された瞬間、猛烈な悪寒に襲われたのだ。
この中にいてはマズいと、直感が告げていた。
魔法陣はそれほど広くはない。
だから少し離れればその中に入る事はないはずだ。
その通りに、少し走ったところで既に境界線は超えている。
ふと後ろを振り向くと、頭上の魔法陣からは足のようなものが見えていた。金属の塊のような、元の世界で言うロボットのような物体。
間違いなく遺跡のガーディアンだろう。
光沢のない鈍い青色をした金属の塊。それが徐々に魔法陣から生み出されていく。あの質量の金属塊が落ちてくるなど、考えただけで背筋が寒くなる。
アルティスが1人遅れているが、まだガーディアンが現れるまでは時間がかかりそうだ。このまま走れば逃げ切れるだろう。
……そんな浅はかな考えを持ってしまった。
次の瞬間、まだ腰あたりまでしか出ていなかったガーディアンは、銃弾がはじき出されたかのようなスピードで地面に激突する。衝撃が地面に伝わり動けなくなるほどの揺れが起こった。
そして俺たちが体勢を立て直そうとしている間にそれは起こる。
ガーディアンの降り立った場所を中心として地面に亀裂が走る。その亀裂が猛烈な勢いで拡散されていった。
俺たちが立っている場所まではギリギリ届かない。
だが、まだ追いついていないアルティスが立つ地面は、その効果範囲内だった。一瞬で地面がバラバラに砕け散る。
そしてアルティスは、深淵へと飲み込まれた。
「アルティス殿ー!」
「くそっ!」
この世界は優しくない。
そんな当たり前のことすら忘れていた自分に悪態を吐き、すぐ様来た道を引き返す。風の魔法で加速、バラバラになった地面が落ちる前に足を一歩前に踏み出し続ける。
既にアルティスの姿はそこにはない。だが間に合う。間に合わせる。
「ノノ! アミミ達を頼んだ!」
「りょーかぃ!」
そうして俺はアルティスを追って深い穴の底へと飛び込んだ。
揺れが収まり地面の崩壊も無くなった。だがぽっかりと開いた穴が、その存在感を主張していた。
「うおーーーーん! アルティス様ぁ!!」
「あ、アルティス様! あちきが気づかなかったばかりに……」
主人が穴の底へと落ちたのだ。ゲロとカスも動揺を隠せない。
そんな2人にノノは力強い言葉をかける。
「トールんが行ったから大丈夫。トールんなら絶対連れ帰ってくるから」
それはトールなら何とかしてくれると信じて疑わない、信頼のこもった言葉だった。
アミミはそんなノノの様子に、とても強い思いを感じ取った。
ゲロとカスもその言葉に頷く。
だが感傷に浸る暇はない。そんな猶予など、目の前の巨人が与えてはくれない。
『グモォ』
青味を帯びた金属塊の巨軀。ミスリルでできたその巨人は睥睨する。侵入者達を。
自らが排除すべきターゲットを。
「みんな来るよー」
呑気な声で告げるノノ。だが巨人の攻撃はそんなのんびりした声とは真逆で苛烈だった。
まだ距離があったはずが一瞬でその腕が彼らに迫る。
ガキィン!
避ける間も無く到達した大重量の拳が何かに阻まれる。
目の前には、先ほど閃光の牙達を葬った白銀の騎士の姿。それが剣の腹で自分より遥かに巨大な拳を受け止めていた。
「これは先程のヴェルテン殿? しかし召喚のそぶりなどは見られなかったでござるが」
先程ヴェルテンが登場した際は地面から棺桶が迫り出し中から出てきていたが、今回は目の前にいたにも関わらずいつ召喚されたか全く気付けなかった。足元にはしっかり魔法陣が描かれているため、ノノが召喚したに違いない。
その恐るべき速度と目の前の巨大な腕を受け止めた膂力に、アミミは二重に驚愕を表した。
『主人殿。この機械人形はどうやら周囲から魔力を吸い上げているようです。人間であれば触れなければ問題ないでしょうが、私のような存在では直接触れていなくても魔力を吸収されるようです』
「んー。それはまずいね。ちょっと私の天敵かも」
ヴェルテンが拳を跳ね飛ばす。
よくみると拳の先は本体とは別離しており、腕の先だけ飛ばしていたことに気づく。
まだ目の前には巨大な穴が広がっている。巨人が動けばまず真っ先に落ちていくはずだが、そうならなかったのは腕の先だけを飛ばした為のようだ。
「あちきらも行くでやんすよ!」
「ガスガス!」
気持ちを立て直したゲロとカスは各々の得物を手に巨人へと向かって駆けていく。大穴を迂回するように左右から大回りし、側面から飛びかかり攻撃を行なった。
その動きは熟練の腕を感じさせる。
が、2人の武器が巨人に当たると、鈍い音を立てて弾かれる。
「ぬお⁉︎ こいつの体とんでもなくかたいでやんす!」
「オイラのハンマーでも傷ひとつつかないでガス」
巨人は飛ばした腕を即座に引き戻すと続け様、周囲のゲロとカスに向かって振るった。周囲に土埃が巻き上がり勢いを伴って壁際まで押し飛ばす。
間一髪で攻撃を躱した2人は左右に距離を取った状態で再び武器を構えた。
巨人も態勢を立て直すため振るった腕を戻そうとする。が、その隙を見逃すノノではなかった。
どこから取り出したのか、指揮棒のような杖を取り出し魔法を放つ。
「ブラックロンド」
地面から無数の黒い手が生まれ、それが一直線に巨人へと殺到する。数本は巨人の左右の腕を抑え、他の数本が足を抑える。両手両足を雁字搦めにされた巨人は身動きが取れなくなった。
そして残りの黒い手が寄り集まり一本の巨大な腕へと変貌する。それが力任せに巨人の胸元を殴りつけた。
先ほどゲロとカスが攻撃した時とは比べ物にならない程の轟音が響き、巨人の身体が大きく傾いだ。そのまま真後ろに倒れようかと思われた所で、両手足に巻き付いた黒い手を無理やり引き剥がし何とか踏み止まる。
「くっそー。やっぱりミスリルだと魔法が効きづらいねー。それに魔力吸収されるんじゃ長く抑えとくのも無理そうだよ」
いつも余裕を感じさせるノノでさえも、その言葉使いから若干の焦りを感じさせた。
ミスリルといえば御伽噺の中でも魔を打ち払う武器として登場することが多い。魔獣や魔物、果ては魔族なんかを追い払う話の中では定番と言ってもいいほどだ。
逆に言うとそれだけミスリルという素材は魔の物に対して優秀だと言える。つまり魔法に対しての圧倒的優位性を持っているのだ。
『ふん』
体制を立て直した巨人に間を与えず、ヴェルテンが上空から攻撃を加える。白銀の甲冑を着込んだ騎士が宙を舞うというあり得ない光景に、周囲は今日何度目かわからない驚愕を顔に浮かべた。
鎧の重量を乗せた一撃が巨人の頭部に叩きつけられる。だがそれでも打撃にしかならず、切断するまでには至らない。
巨人はまだ宙に浮いたままのヴェルテンに腕を叩きつけた。
即座に自分と巨腕との間に剣を挟み込んだが、踏ん張りのきかない状態での攻撃に数十メートル離れた壁際まで弾き飛ばされる。
ヴェルテンの体が壁に叩きつけられ、壁面が歪な形に凹んだ。
全員がミスリルの巨人から距離を取りつつ、次の攻撃に備える。
今の一連の攻防で全員がその戦力差を実感させられる。
ノノの魔法は効かず、熟練の戦士であるゲロとカスでさえも傷一つつけられない頑強さ。物理、魔法両方に対しての高い防御性能を誇り、対して巨体に似合わぬ敏捷性を持ち一撃でも喰らえば戦闘不能に陥る程の攻撃力。
まさに遺跡の番人にふさわしい性能だった。
そんな中アミミは、祖父からの教えを思い出していた。
『ねぇ。お爺様。どうして御伽噺の英雄に侍は出てこないの? 侍が騎士より弱いから?』
『おやおや。アミミは英雄に憧れておるのか? そうじゃな。御伽噺とはな、世界の綺麗な部分を集めた物語なのじゃよ。じゃが侍とは自らの信念に従ってその力を振るう者。決して日陰者とは言わぬが、その信念が綺麗事ばかりでないのも事実なのじゃ。だからと言って、侍が弱いなどという事はない』
『侍は騎士より強いの?』
『単に剣の腕だけではどちらが強いとは言えんの。現在の世界最強の剣士は侍じゃし、それに匹敵する実力を持つ剣士は侍以外に何人もいる。じゃが何れにせよ、最も重要なものは力ではないのじゃ』
『最も大切な物?』
『ああ。それは心じゃよ。心技体。気闘法の基本中の基本であり、極意でもある。心が折れれば刀も折れる。逆に心が強ければどんな物でも切れる名刀となる。じゃからアミミよ。困難に直面した時は、簡単に諦めずどうにか出来ると自分を強く信じるのじゃ。そうすれば案外なんとかなる物じゃ』
『んー。よく分かんない!』
『ほ、ほほ。アミミにはまだ難しかったかの?』
『アミミー。おやつよー。今日のおやつはどら焼きよー』
『どら焼き⁉︎ 食べるー』
『あ、アミミよ。今じいじと将棋を指しとるところじゃろ。じいじよりおやつを取るのか⁉︎』
『うーん。おやつー』
『お、おやつに負けた。わしの心は折れてしもうた……』
……。
気を強く持てばどんな物でも切れる。これ即ち、気闘法の基本であり極意。
アミミは今、人生で最も気を落ち着けていた。若干余計な事まで思い出したが、今はもう邪念はない。目の前に立ちはだかる困難に対して、自分の一刀でこの困難を切り開く事だけを考えていた。
納刀。そして前傾の姿勢を取る。
一念。ただ一刀のもと、目の前の敵を斬り伏せる。ただそれだけ。
瞳の揺れがおさまり、周囲の音さえ今のアミミには届かない。極限まで高めた集中力がさらに研ぎ澄まされ、その気が刀に宿っていく。芯鉄が気を帯び始め、刀全体を青白い光が覆っていく。
その様子に、他の面々はアミミが何かしようとしている事を理解した。
即座にアミミに注意が向かないようゲロとカスが攻撃を仕掛ける。一向にダメージは通らないが、それでも撹乱程度にはなると考え攻撃の手を休めない。
ノノも再び黒い手を生み出し巨人の動きを止める。一瞬で両手両足を拘束完了。だが抑えていられるのは僅かな時間に過ぎない。
しかしまだアミミの準備は整っていない様で、未だに気を高め続けている。
「くぅ。これは中々厳しいねー」
ノノは巨人を縛る腕を維持し続ける為魔力を送り続ける。しかしミスリルの巨人の魔力吸収能力は想像以上に強力で、生み出す側から魔力を吸い上げられる為、急激な速度でノノの魔力は失われ続けていた。
そんじょそこらの魔法使いであれば既に魔力を吸い尽くされて気を失っていただろう。そもそも魔力を奪われながらも魔法を行使する事自体、ノノが尋常ではない使い手である事を証明している。
そんなノノでさえ、額に汗を浮かべながら必死に魔法を行使していた。
急に、魔力が吸われるスピードが緩やかになった事にノノが気付く。巨人を見ると、その右腕が動きを取り戻していた。それ以外の手足にはガッチリと黒い手がしがみ付いている。
巨人はミスリルの魔法吸収効果を即座に右腕に集中させたのだ。それにより自由を取り戻した右腕は、ゆっくりとアミミに向けられる。
「あいつの右腕を止めて!」
ノノの言葉に反応したゲロが巨人に飛びかかる。右腕の関節部分に剣を突き立て動きを阻害しようとするが刃が通らない。繰り返し攻撃を続けるが、狙いをアミミから逸らすことが出来なかった。
まだアミミは身動きが取れない状況だ。だがそれを食い止めることすらできない。ゲロは自分の無力さに歯噛みした。
巨人はゲロの攻撃を歯牙にも掛けず、腕を伸ばしきる。そして、
『ぐもぉ』
巨人の腕が猛烈な勢いで射出された。
「うらぁ!」
ゲロはその瞬間を待っていた。巨腕が打ち出される瞬間。
普通に攻撃しても外部からは傷一つつけられない。ならば射出された後、その後に攻撃を当てて軌道を逸らせばいい。
たとえ攻撃が成功しても、当たらなければ問題ないのだ。
ゲロの攻撃は射出直後の巨腕を完璧に捉えた。金属がぶつかり合う音が響く。
銃弾が発射されるに等しい速度の腕を捉えただけでもゲロの実力の高さを物語っている。だがそれ程の技量を持ってしても、腕の軌道を変えることはできなかった。
「アミミちゃん!」
ノノが腕の軌道上に巨大な黒い手を作り出す。その手は巨腕を真正面から受け止めた。それでも威力を弱められたのは一瞬。
一瞬後には、黒い手を突き破って巨腕がアミミに迫った。
アミミはまだ動かない。
ただ一点を見つめ、只管に力を蓄える。
巨腕がアミミに迫る中、何か質量のあるものが横からぶつかりその軌道を逸らした。巨腕はアミミを避ける様に軌道を変える。アミミの直ぐ側を腕が通り抜け、猛烈な風圧がアミミの髪を揺らした。
くるくると頭上を舞った騎士の剣が、アミミの目の前に突き立った。
「感謝するでござる。ヴェルテン殿」
遠くで『ふん』と鼻息だけが聞こえて来る。
アミミは無言の騎士に薄く笑みを返して駆け出した。跳躍、目の前に突き立った剣の柄頭を足場にすると、渾身の力で前へと跳んだ。
目の前に広がる大穴を飛び越え、ミスリルの巨人に肉薄する。
巨人は自分を縛り付けていた黒い腕を既に振り払っていた。先程ノノが、腕を止める為に展開した巨大な手に魔力を注いだため、巨人本体を縛る魔法が弱まった為だ。
巨人は目の前に迫るアミミを迎え撃つ為左手を後ろに引き絞る。そして音速の拳を振るう。
「彼我一刀」
鞘から走った刀は一直線に真上に切り上げられる。青白い光が巨人を通り抜け、さらに背後のモニター群を両断する。青白い光は剣筋に沿って棚引いていた。
一拍遅れて巨人が左右に分かれる。ゲロとカスが自分たちに向かって倒れてきた巨体を慌てて避けた。
ずん、と音を響かせて巨体が地面に横たわる。
着地したアミミは、一息ついて鞘に刀を納めた。




