17.遺跡の秘密
「お疲れさん」
俺はアミミの頭をガシガシと撫でる。
アミミの小さな頭が右に左にとぐるぐる動く。
ワシも頭上から少しずつ高度を落としながら旋回し、アミミの肩に止まった。
「やったねー。アミミちゃん」
「トール殿。ノノ殿。拙者、倒せたのでござるか?」
「ああ。間違いなくお前が倒したんだ。胸を張っていいと思うぞ」
「カァー」
その言葉を噛みしめるように、アミミは自らの手を見つめる。そしてぐっと拳を握りしめた。
「トール殿。この戦いで拙者はまだまだ弱いと言うことが分かったでござる。ノノ殿を見て、拙者は立っていられなかったし、アンデッドロードにも自分ひとりでは勝てない事を痛感させられたでござるよ」
「そうか。それで、どう思った?」
アミミは真っ直ぐ俺に眼差しを向け、笑みを浮かべながら答えた。
「もっと強くなりたいでござる。だからこれからも、拙者のことを末長くお願いするでござる」
俺は無言でアミミの頭を撫でた。その対応にアミミは嬉しそうにしていた。
「てちょっとー。アミミちゃんのその言い方ー、なんかトールんと結婚するみたいじゃない。トールんと一緒になるのはこの私なんだからねー」
そう言ってノノが俺の腕にしがみついてくる。
豊かな双丘がぎゅうぎゅう腕に押し付けられる。
「何の!」
アミミも負けじと逆側の腕にしがみ付いてくる。
俺はロリコンじゃないのでコメントは差し控えさせてもらう。
「アミミ。やったわね!」
「すごかったですやんす」
「本当でゲス」
「アルティス殿と……。ありがとうでござる」
他の2の名前が出てこなかったのだろう。
アルティスだけしか名前が呼ばれなかった。心なしかゲロとカスから哀愁が漂っている。
「とりあえずその傷を治すか」
アミミはまだ怪我をしたままだ。
ちなみに目もまだ薄ぼんやりとしか見えていないそうで、半眼になっている。
俺はアミミに回復魔法をかけてやる。
すると肩と脇腹の傷が跡形もなく消え去った。目の異常も無くなったようだ。
「おおー。すごいでござる。傷が全く無くなったでござるよ!」
アミミは体を捻って傷が全く無くなった事を確認している。だが衣服は破れてしまっているので、また町に行った時に見繕う必要がありそうだ。
「取り敢えずこれでも羽織っておけ」
「忝いでござる」
俺は小さめのマントを取り出しそれをアミミに渡す。アミミはそれを受け取り羽織った。
「さて。これで一応は依頼達成か。この後はどうする?」
「今何時くらいでござろうか。腹具合から見てもう夕食時くらいだと思うでござるが」
「疲れたし帰ろーよ」
とは言えまだこの遺跡内にゾンビが残っている可能性もある。統率されているわけでもないのでほとんど脅威は無いだろうが、放っておくのも後味が悪い。
「まあ動くにしても腹ごしらえでもするか。さっきは軽くしか食ってなかったからな」
「賛成でござる!」
「わたしもー」
食欲娘達は俺の提案に一も二もなく同意する。さて何を用意しようか。 そんな事を考えていると、何かが起動する音が聞こえた。
音のした方をみると先ほどのモニターのようなものが光を放っている。
操作板にはアルティスの姿が。
「アルティス。一体何を触ったんだ?」
アミミの治療に気を取られていた隙にアルティスがこの遺跡の機能を動かしたようだ。
モニターに何か文字が浮かび上がっている。
「何か分かんないけど触ってたら動いた」
「……」
俺たちは呆れ顔でアルティスを見つめる。
突っ立っていてもしょうがないので俺たちも操作板の方へと向かった。
「何が書いてあるでござるか?」
「それが読めないのよね。これが古代文字なのかしら?」
合流した俺たちもそのモニターを覗く。
「んん? 確かになんて書いてあるのか分かんないねー」
「そうでござるな。だが御伽噺とかに出てくる古代文字とも少し違うようでござるが」
光を放つモニターには文字が羅列されている。
それはこの世界の文字でも古代文字でもなく、しかし俺はその文字を知っていた。
「未来の世界に望みを託す」
俺がモニターに映った文字を読み上げると、アミミ達は驚いた声を上げる。
「トール殿はこの文字が読めるでござるか?」
「……」
そう。俺はこの文字が読める。
これは日本語だ。つまり、この施設は日本を知るものが作ったと言うことだ。
俺以外にもこの世界に来た人間がいる事は以前から予想していた。そうでなければ説明がつかない文化がこの世界には多いのだ。
勿論この世界独自に生まれたと言う可能性もあるが、それだけでは無い気がする。何と言うか、違和感を感じるのだ。
東方の国なんてまんまだし。
そして今回のこれは、それが事実である事を決定付ける証拠だった。
モニターには他にも色々と書いてあった。この施設が作られた理由や、いつ作られたのか、建設当時の世界情勢など。
それによるとここは一種の冷凍睡眠施設だったようだ。
俺たちが棺桶だと思っていた箱は冷凍睡眠装置。蓋はなかったが、昔の技術で何とかなっていたのだろう。箱の底にあった穴から冷気が出て体を凍らせていたらしい。
何故こんな施設を作ったかは元の世界と似たり寄ったりで、病気の進行を食い止め未来の世界で治せるまで待つためだったそうだ。
当時は魔王と呼ばれる存在が跋扈しており、世界中に瘴気が溢れていた。瘴気は人体に有害で、放っておけば魔獣や魔物になり変わってしまう。まだ変異しないまでも、瘴気を多く浴びた事で倒れる人が世界中にいたそうだ。
だが当時の魔法技術では快癒させる事は不可能で、未来に望みを託すしかなかったようだ。
魔王がいたと言うのは史実でも語られているため恐らく本当のことだろう。その中でこう言った施設が作られていたと言うのは、それだけ当時の医療事情が逼迫していたと言える。
治せない患者を置いておくこともできず、それならばこう言う形でと考えたのかもしれない。
だが彼らの目論見は失敗した。何故なら現代にも瘴気を多量に浴びた際に発生する瘴気症と言う不治の病が存在するからだ。
そして残念なことに、その当時の文明は一度滅んで大幅に衰退することとなった。仮に文明が維持され続けていれば完治させる方法が見つかっていたかもしれない。だがそうはならなかった。
だからたとえ現代に蘇ろうとも彼ら、あるいは彼女らに望みはなかったのだ。
あまつさえ再び目覚める事なくゾンビと化してしまうなど、誰が予想できるだろうか。
きっと長年保存しておくための冷気を発生させる装置に不具合が起き、瘴気が流れ込む形になったのだろう。
元々瘴気症に罹っている人間があまり多くの瘴気を浴びてしまえばアンデッド化は加速される。
冷凍睡眠だからこそ何ら抵抗もできずに病が進行し、爆発的にゾンビが増えたのだろう。そして遺跡の機能が停止した際にそれが溢れ出た。
そう思うと、未来に一縷の望みをかけて装置を利用した人々が余りにも報われない。何とも残酷な結末である。
一通り、ここが何の施設で何があったのかを皆にも説明する。正直歴史的な発見と言っていいレベルの話なので最初は驚いていたが、やがて俺と同じように今に至る結末を想像しなんとも言えない表情を作っていた。
アミミがポツリと呟く。
「悲しい話でござるな。せめてゾンビになった人たちだけでも助けたいものでござる」
その言葉に、俺とノノは同意する。
「もう行くのかしら?」
「ああ。俺たちはアミミが言ったように残ってるゾンビ達を解放してやろうと思う。アルティス達はこれからどうするんだ?」
「そうね。私たちはこの装置が目的だったから、もう少しいじって何かないか探してから帰るとするわ」
「そうか。変なところ押して自爆とかさせるなよ」
「大丈夫よ。ここに来てこの装置を操作することが、世界征服に近づくって言う神託だもの」
「まあ程々にな」
アルティスの言葉に思わず苦笑いが漏れた。
「んじゃ、また何処かでな」
俺が手を差し出すと、アルティスは一瞬ぽかんとする。すぐにそれが握手だと気づくと、慌てて俺の手を握り返してきた。
恥ずかしかったのか顔を赤らめそっぽを向いている。
「こ、こっちこそ、少しは……楽しかったわよ」
そんなアルティスの反応に温かいものを感じながら、俺たちはアルティス達と別れた。
入り口とは反対のもう一方の通路へと向かう。アミミはアルティスに最後まで手を振って別れを告げていた。そんな姿にノノは陽気に口笛を吹いていた。
アルティスは去っていく冒険者達を見送っていた。ふとアミミに反応して自分も小さく手を振り返していることに気づく。
その手を引き戻し、ギュッと力強く拳を握った。
「いい奴らだったでやんすね」
「そうね。思わず頼っちゃいそうになったわよ」
「しなかったでガスか?」
「まあ、私の勝手な都合を押し付けるわけにはいかないものね」
世界征服。本来の目的は別のところにあるが、それもまた彼女の思いの一つ。
巻き込んでしまえば迷惑がかかってしまう。そう思ってこれまで旅を続けてきた。
できるだけ人に関わらないような動きを取っていたつもりだが、今回は思いの外関わりが深くなってしまったようだ。
とは言え食べ物をご馳走になったり少し話をしたりという、旅をしているものからすれば普通の話だが。
だがアルティスの今までからすると、それは新鮮でとても楽しいものだった。
だがこれ以上一緒にいると名残惜しくなってしまう。アルティスは未練を振り払い、自分のなすべきことを為すため行動を開始した。
別れを済ませたアルティスは再び操作板に向かいあう。神託ではここに来て遺跡の装置を動かすことで、自分の目的に一歩近づけると告げられている。
信託は今まで外れたことがない。だから適当に触ってもどうにかなるはずだ。
仮に問題が起こったとしても、それはきっと自分にとっていい方向に働いてくれるから。
さて。改めて操作板を見る。
四角く切り取られたボタンが縦横にいくつも並んでいた。正方形もあれば長方形もあり、すべてのボタンが一定の大きさというわけではなさそうだ。
多くは青っぽい色をしているが、中には赤いボタンも見受けられる。
その他にも少し出っ張った円形の機器がある。触ってみるとくるくると回せるようだ。とは言え一見したところでどうすればいいのかさっぱりわからない。
「どれ押したらいいのかしら?」
「あちきにもさっぱりでやんす」
「オイラもガス。さっきアルティス様が触ってたようにうまくいかないでガスか?」
「んー。さっきも適当だったから……。よし!」
アルティスはどうするべきか頭を悩ませるが、一瞬で諦める。困ったときは直感に従うのみ。
こう言った諦めの良さが、アルティスの長所でもありまた短所でもあった。
「えい!」
「アルティス様⁉︎」
「よりによってそれでガスか⁉︎」
アルティスは取り敢えず目についた赤いボタンがあったのでそれを押してみた。周囲から2人の悲鳴が上がる。
次の瞬間、
ズガンッ!
何かとてつもない重量を持ったものが降ってきたような音が聞こえた。
続けてサイレンのようにけたたましい音が室内に響きだす。
ブーーーーーーーーーーーー
「……あれ?」
室内を赤い光が染め上げ、それが白と赤交互に明滅していた。挙句に何やら声が響きだす。
『エマージェンシー。エマージェンシー。施設への侵入者を確認。隔壁閉鎖。撃退シークエンスを開始。これより強制排除を執行します。エマージェンシー。エマージェンシー。施設への侵入者をーー』
光の明滅とともに同じ言葉が繰り返される。
それは何とも危機感を煽る音声だった。
エマージェンシーなる言葉はアルティスには理解できなかったが、侵入者と強制排除という言葉は理解できる。
つまり、自分たちが侵入者で、排除のための何かしらの機構が作動したのだろう。
「アルティス様。何やら不味そうでやんすよ!」
「でガス!」
ゲロとカスも素早く状況を判断し、アルティスに脱出を提案する。
アルティスもこのままここにいるとまずいというのは直感的に感じ取ったので、2人の言葉に同意した。
と、背後から怒号が飛んでくる。
「アルティース! お前一体何しやがった!」
「……あれ?」
急ぎ足で戻ってきたトール達であった。
見るとどうやらこの部屋に通じていた三方の入り口が全て閉じられている。恐らくトール達が部屋を出ていく前に先ほどの機構が作動したのだろう。
「通路に入る直前で扉が降りてきたぞ! 前髪が何本か逝っちまったわ!」
「いやー。ボタン押したらこんな事になっちゃっいました。……何かごめん」
申し訳なさそうな表情で謝るアルティス。
わざとでは無いとは言え、自分のミスで人が死にかけたのだ。大事にならなかったとは言え、自分に責がなかったと言えるほど図太い神経はしていない。
「しかしこれはどうしたものでござるか。確実に嫌な予感しかしないのでござるが」
鳴り止まないサイレンと警告の音声。室内を染め上げる危機感を煽るライト。明滅が激しく目がおかしくなりそうだ。
だが脱出路は絶たれ、どこに行けばいいかもわからない。トールが操作板を確認してみるがロックがかかっているようで動かせなかった。
やがて音声がプツリと止まる。
今までの激しい警告から一転、静寂が辺りを支配する。が、先程までよりも遥かに不安感をかき立てた。
続いて反応を見せたのはこの大広間の中央。光が発生したかと思えば、そこに魔法陣が生まれていた。
遠くからはなんの魔法陣か理解できないが、嫌な予感しかしないのは確かだ。
それを見ていたノノが答えを口にする。
「あれは召喚の魔法陣だねー」
「つまりこの遺跡を守るガーディアンのお出ましってことか」
全員が見守る中、徐々に光が収束していく。
そして魔法陣が完全に消滅した。
「……何も出ないでござるが」
「……何も出ないねー」
「……ひょっとして壊れてるのかしら?」
「……古い遺跡でやんすからね」
「……ガス」
「いや最後のいるのか?」
すると突然、自分たちの立っている場所を中心に魔法陣が展開される。正確にはモニターを中心として、地面と頭上に光で描かれた魔法陣が浮かんでいた。それが互い違いの方向に回転している。
「魔法陣から離れろ!」
トールの一声で全員が駆け出す。
すぐに変化が現れた。頭上に展開された魔法陣。その光の中心から、2本の巨大な青みを帯びた金属の塊が出現する。
それは足のような形をしており、まるで水に飛び込んだ人を水中から眺めているかのようだった。まだ足の付け根あたりだろうが、それだけで大人一人分はありそうなほど巨大だ。そして上端が魔法陣を抜けて次第に露わになっていく。
魔法陣から離れるように皆が走るが、その速度には大きく違いがある。アルティスが遅れているのだ。ゲロとカスはと言うと、主人が遅れていることに気づかずさっさと先を走っていた。
アルティスは心の中で『後で覚えてなさいよ』と悪態を吐く。
あまり悠長にしていられるほどの余裕はないが、まだ本体が出てくるまで時間はかかりそうだ。このまま走ればなんとか間に合う。アルティスはそう思いながら必死に腕を振り駆け抜けた。
が、その期待は一瞬で吹き飛ばされることとなる。
巨大な脚が、付け根が、そして腰が現れたあたりで加速する。まるで爆弾が着弾したたかの如き衝撃波を伴って、大地にその両足を着けた。
それと同時に床に亀裂が走り、アルティスを追い抜いて地面がバラバラに崩壊する。
アルティスがふわりと一瞬の無重力を感じる中、視線の先で他の全員が振り返りこちらを見ていた。まるで時間が止まったかのような感覚。酷く現実感がない。
だがゆっくりと着実に、自分の視線が下がっていくことに気づいた。
足をつく場所がない。手を伸ばしても届かない。瞬きの間に距離が離れる。後ろに引きずり落とされる。
アルティスの口から思わず、呆けた声が漏れる。
「あれ?」
そうしてアルティスは深い穴の中へと飲み込まれていった。




