15.白銀の騎士ヴェルテン
アンデッドロード。別名死王。
それは強い妄執に囚われた死者が、濃い瘴気の影響を受けてまれに生まれ出る存在だ。
全てがそうなるわけではない。思いが、妄執が強ければ強いほど産まれ出る確率は高くなる。
誰がそんな妄執を持っていたのかは知らないが、黒い瘴気を纏ったアンデッドであればアンデッドロードでまず間違いない。
俺とノノは以前同じクエストでアンデッドロード討伐を行ったことがある。その際は都市の1つが滅びた後に依頼が回ってきたのだが、その様相は悲惨としか言いようがなかった。
その時は外法の錬金術を行使した錬金術師が、不死を得ようとした結果アンデッドロードに変性。都市にいた人間すべてをアンデッドと化した上で支配下に置いたと言う事件だ。
不死を得たいがためにそんな結末を迎えるなんざよくある話だが、生憎規模を考えるとそうそうあっていいものではない。
しかも配下のアンデッドにはゾンビだけでなく都市の防衛を担っていた冒険者や騎士などもおり、元々の冒険者ランクを上回る脅威度になっていた。
その時はAランク冒険者多数とSランク冒険者数人を動員する事で、都市外に拡散する事なく事態を収集することに成功した。
今回はそこまで大規模ではなく周囲にはゾンビと閃光の牙4人のアンデッドがいるだけなので、脅威度としてはあの時よりも遥かに小さい。だがその質は恐らくあの時よりも上であろう。
単純にアンデッドロードの脅威度だけ見てもギルドの認定ではAランクオーバーだ。ただアンデッドロードの脅威度はその個体の能力以上に、周囲のアンデッドを支配下に置いて使役、強化する点にある。
以前は冒険者といえどEランク程度、駐在の騎士もそれほど力を持っていない中での事件だった。今回はBランク冒険者がアンデッド化しているとなれば、やはり脅威度は跳ね上がる。
前回の事件に及ばないまでも、放っておけば前回を上回る事態になる可能性が高い。まだこの段階で事態に対応出来たのは幸運だったと言えるだろう。
ティーブレイクが終了して、先ほどの話から作戦を立てる。
「やりようはあるがどうするか。俺の神聖魔法だとアンデッドロードを打ち消すほどの力は持っていない。真正面からぶつかるしかないわけだが」
「トールんが本気出せばすぐ終わぶっ!」
俺はノノの頭にチョップを落とす。
余計な事をいう前にその口を閉ざした。
「トールん何するのー!」
「今回はできればアミミに対応してもらいたいと思ってる」
「拙者でござるか?」
「ああ。俺とノノは以前にアンデッドロードの討伐経験がある。だがアンデッドロードはそうそうお目にかかれる存在じゃない。ならこの機会にアミミに任せたいと考えている」
「なるほどね〜。トールんの親心だね」
俺は再びノノの頭にチョップを落とす。
別に親心とかそんなものは微塵もない。ノノの飛んだ勘違いである。ただ俺は今後のことを考えるとアミミが力をつけておくのは悪くないと思っただけだ。
金策もそうだが、アミミの特技は色々な面倒ごとに巻き込まれたりする可能性が高い。その時に自衛ができるだけの力があった方が選択肢は広がるはずだ。
俺やノノがいる状態であれば何かあってもサポートできる。
アミミの腕は間違いない。だがもっと強くなれる素質を秘めている。安全マージンを取った上で経験を積ませることが出来るのはチャンスは非常に稀有なのだ。
本来なら今頃アミミとは別れている所だ。だから一緒にいれる間に少しでもアミミを強くしておきたい。
こいつは酷く危なっかしい。だからこそ心配が尽きないし、何とかしてやりたいと思っている。それと同じくらいアミミなら大丈夫だとも思っている。
短い付き合いだが、アミミの人間性が俺にそう思わせてくれる。素直で真っ直ぐで、曇りのない瞳。だからこそそれを汚したくない。
今俺が出来ることはそれくらいだ。こいつの師匠に言ったら甘っちょろいと言われるかもしれないが。
「と言うわけで、アミミはどうだ? アンデッドロードは単体でもAランク相当の脅威度を持った魔物だ。魔法を使ってくるし生命力も高い。正直今のアミミにとっては手強い相手だと思う。だが俺は、お前ならやれると思ってる。厄介な配下のアンデッドはこっちで相手する。だから、どうだ?」
俺は真剣な眼差しでアミミを見る。
アミミも、俺のその気持ちを汲んだのか真剣な眼差しを返した。
「拙者は今回の旅で地図を作ることが目的でござった。爺様にも世界を見て経験を積んでこいと言われたでござる。正直、自分が強くなることなど求めてはいなかった。けれど、ピルケスでの人助けや、ボロンの町で人から感謝される、その時に自分の力が役にたったのはとても嬉しかったでござる。今までは拙者の力で何とか出来たでござるが、今から戦いに行く相手は拙者1人では敵わないのでござろう?」
アミミの言葉に俺は無言で頷いた。その答えに、アミミは笑顔で応える。
「であれば、拙者は強くなりたいでござる。その時にきっと力がなかったら、無力であったら、拙者は必ず後悔する。自分が後悔しないだけの力が欲しいでござる。だからトール殿。拙者を強くして欲しいでござる」
アミミのその眼差しは、とても真剣だった。どこまでも真っ直ぐで、自分が置いてきた色々なものがその中に詰まっているようで、酷く眩しかった。
だからこの光を曇らせないよう、できるだけの手助けをしてやりたい。
俺はぱんと膝を叩いて立ち上がる。
「それじゃあ行くか。まずは実物を見てからだが、周りの閃光の牙たちはノノが押さえる。だからアミミは何も気にせずアンデッドロードと戦ってくれ」
「ちょっとトールん! 何で私だけで4人を押さえることになってるのー」
ノノが1人文句を言っているが、その表情は言うほど嫌がってはいない。
その様子にアミミも笑顔を見せて笑っている。けどその体は強張っていた。きっとこれから戦う相手が強者だと体で理解しているのだろう。
アミミは大きく、深呼吸をする。
瞳にはもう、不安は写っていなかった。その目には確かな力が宿っていた。
俺たちは、戦いの場へと向かった。
そこは円形の巨大な空間だった。
俺たちが入ってきた入り口の他に2箇所入り口がある。ちょうど左右の斜め前に通っており、円を3等分するように設計されているようだ。
そして目の前の奥の方には巨大な何らかの装置。モニターのようなものが格子状に隙間なく埋まっている。その下には操作板のようなものがあった。
その手前、その空間のちょうど中央あたりにそれはいた。黒い瘴気に覆われたボロ切れを纏ったアンデッド。
見た目は村人のゾンビと変わらない。だが放つ気配が禍々しい。ゲロの言った通り、ヤバい気配がぷんぷんする。
そしてその周りには閃光の牙と思われるアンデッドと化した冒険者達が行手を阻んでいた。こちらも相当に禍々しい。
「で、何でお前らまでここにいんだ?」
「え?」
アルティスが首を傾げてこちらを見上げる。
今俺とアミミとノノは武器を携えいつでも臨戦態勢を取れるようにしている。そして邪魔にならないよう忠告していたはずのアルティス達は、仲良く俺たちの後ろに控えていた。
「ここにいたらめちゃくちゃ邪魔になるんだが」
「しょうがないじゃない。私たちのお目当てはあれなんだから」
そうして指差すのは奴らの後ろに見えるモニターだ。
一体何に使うのか知らないが、何となく素人が触っても幸せな結果にはならなさそうな気がする。
出来ればここから離れていて欲しい所だが、言った所で聞かなさそうなので取り敢えず俺が後ろに控えていつでも動けるようにしておく。決してサボろうと思っているわけではない。
「んじゃ、予定通りノノはあの冒険者達を相手にしてくれ。で、アンデッドロードと引き離せたらアミミの出番だ。上手くやってくれよ」
「おっけー」
気の抜けた返事でノノが前に歩み出る。
先ほどまでのほほんとした表情だったが、相手との距離が詰まると雰囲気が一変した。
山高帽を目深にかぶり、凶悪的な笑みを浮かべた口元だけを覗かせる。瞬間、周囲が凍りついたように温度が下がる。
「さぁおいで。ヴェルテン」
ノノの眼前に地面に平行な魔法陣が浮かびあがる。その魔法陣が上下に広がり円柱状になると、地面から棺桶のようなものが呼び出された。
棺桶が完全に姿を表すと、扉がギィィと音を立てて開いた。
中から現れたのは白銀の甲冑を纏った鎧騎士。ガシャリと鎧が触れ合う音を立てながら、地面に足を踏みしめた。
銀騎士が棺桶から完全に離れると、棺桶は地面に吸い込まれるようになくなった。
「ごめんねー。急に呼び出しちゃって」
『主人様。私はあなた様に剣を捧げた身。いついかなる時であろうとお呼びいただいて否などあろうはずもございません』
銀騎士はくぐもった声で応えた。声からでは男性か女性か判断がつかない。
「ありがとー。呼び出すの久しぶりになっちゃってごめんねー」
『いえ。お呼びいただけただけで感謝の念に絶えません』
ふと銀騎士が俺の存在に気づく。
瞬間、銀騎士からとんでもない怒気が漏れ出る。
ゲロとカスは何とか耐え、アミミですらも竦んでしまうほどの殺意が向けられる。勿論アルティスが耐えられるわけもなく、ヘナヘナとその場に倒れ込みそうになる。
すんでの所で俺はアルティスを受け止めた。
くしくもお姫様抱っこのようになったのを見て、ノノが頬を膨らませ、アルティスは顔を赤くした。
銀騎士の怒気がさらに強くなる。
『貴様。トール! 主人様に二度と近づくなと忠告したはずだ!』
「言われたが、従う必要があるのか?」
『貴様ぁ!』
銀騎士が俺に飛びかかろうとした瞬間、ノノがその肩にそっと触れる。
「ヴェルテン。トールんに手出したら殺して殺して殺し尽くすから」
それは酷く静かで、酷く恐ろしい声音だった。
自分に対して敵意を向けられていないアミミでさえ、その場に倒れ込みそうになる程の威圧。膝が震えて立っていられないようだ。
俺はそっと片手を空けてアミミの頭を撫でた。それだけで先ほどまで震えていた足は、何とか持ち直したようだった。
ヴェルテンはただそっと肩に触れられているだけで、指一つ動かせなくなっていた。
ヴェルテンはノノに使役されるアンデッドだ。勿論主人には手を出すことは出来ない。それ以前に、忠誠を誓った主人に手を出すことなどヴェルテンの感情が許さない。
ヴェルテンはアンデッドになってから久しい。今まで数多くの戦場で戦ってきた。その長い長い戦いの中で、いつからか恐怖は感じなくなっていた。死より恐ろしいものなどあろうものか。意思のあるアンデッドと言う存在はある種、それを超克した物であると言える。
そんなヴェルテンでさえ、今ノノの言葉に対して恐怖を感じていた。死への恐怖を克服した存在であって、しかし根源的な恐怖を想起させられていた。
ノノが肩に乗せた手をそっと離す。
ヴェルテンは思わず荒い息を吐く。しかし直ぐに自分が息など必要のない存在であることを思い出した。
それほどのプレッシャー。死した存在であろうと関係なく、それだけで相手を居竦ませてしまう存在。それが当代最強のネクロマンサーと謳われるノノ・サーヴェッジという女であった。
するとノノは先ほどとは打って変わって柔らかい声で告げる。
「早速で悪いけど、あのアンデッド4体倒しちゃって。後ろの黒いのは残しといてね」
その一言で、ヴェルテンはもう余計な考えは捨てた。今はただ主人に従う事が正義であり悦び。
『御意』
ヴェルテンは静かに頷いた。
ヴェルテンは改めてアンデッド達に向き直る。
目の前の知性をなくした畜生共は、先程の主人の威圧に気圧され動けないでいた。
知性があり、長くアンデッドをやっている自分でさえ竦んで動けなくなったのだ。
ヴェルテンの主人は幾人も変わってきてはいるが、恐らくノノは今までの主人の中で文句なしに最強だろう。自分の力を脅かす程の存在が主人であると言うことに、ヴェルテンはこの上ない悦びを噛み締めていた。
威圧が解けた畜生共は、ようやく動き出す。
一応ゾンビのような下等な輩ではないようだ。だがそんなことは関係ない。
自分は、自分の主人は、最強のネクロマンサー、ノノ・サーヴェッジだ。ならばその配下のアンデッドである自分に、負けなど許されるはずが無い。完膚なきまでに叩き潰す。
ヴェルテンはふっと小さく笑った。
瞬間、ヴェルテンと畜生共の距離はゼロになる。
まず1体。盾を持った騎士風の畜生が剣の一薙で盾ごとバラバラになる。
2体目。恐怖を感じないのか、近くにいたナイフを持った盗賊風の男がヴェルテンに飛びかかってくる。だが次の瞬間盗賊風の男は上段からの一撃で真っ二つに両断された。
3体目。魔術師のローブを纏った男が魔術を展開しようと動く。が、発動の兆しが見られる前に背後から頭を掴まれ地面に叩きつけられた。圧倒的圧力に頭部は原型を留めていない。
4体目。司祭のような女。ヴェルテンが指を鳴らした瞬間極大の光が彼女を包み込み、晴れたときにはその存在はどこにも無くなっていた。
それらがヴェルテンによって、僅か5秒足らずのうちに行われた。
事が済んだ後、ヴェルテンは静かに主人の元まで戻ってくると、膝をついて恭しく頭を下げた。
『主人様。御下命遂行いたしました』
「うん。ありがとー。じゃあまたね」
『はい。お待ちしております』
再び魔法陣が現れると、ヴェルテンは光の粒となって消えていった。
「トールん。アミミちゃん。害虫駆除は終わったよー」
「おう。ありがとな」
「……」
その場にいたトール以外の面々は、誰も何も言葉を紡げなかった。それほどまでに圧倒的な実力差。呆気ない幕切れ。
アミミは改めて噛み締めていた。これが冒険者。これがSランク。まさしく化け物。
そして、自分が教えを乞おうとしているトールもまた、この域にいるのだと。
まるで自分が追いつける気などしないが、それでも近づいてみたい。そう思えるほどの圧倒的な衝撃が、アミミの心に深く刻み込まれた。




