14.ショートケーキ
「3人揃って漆黒のウロコよ!」
俺たちの反応がなかったからか、アルティスはもう一度自己紹介をしていた。と言うかチーム名かパーティー名だか知らないが、恐らくこれが言いたいだけだろう。
またも俺たちが反応を見せないでいると、だんだん不安そうな顔から徐々に泣きそうな顔に変わってくる。
と思っていると、アミミがアルティスに声をかけた。
「漆黒のウロコでござるか。昔話の聖女様のようでござるな」
「!」
アミミの言葉を聞いたアルティスは、はっと息を飲んで口を両手で覆った。そして目を潤ませる。
「そ、そうなの! この名前、聖女と漆黒の騎士の昔話から取ったのよ」
「おお。そうでござったか」
アルティスは嬉しそうにアミミの手を取ると、その場でぴょんぴょん飛び跳ねた。アミミの答えがよほど嬉しかったのだろう。満面の笑みで燥いでいる。俺とノノは全くの置いてけぼりだ。
暫くして落ち着くと、恥ずかしさからかアルティスは顔を真っ赤にしていた。
兎に角状況もわからないので話を進める。
「で、その漆黒のウロコは何故こんなところにいたんだ? こう言っちゃ何だがここは今危険地帯だぞ」
「確かにさっきなんかすごい禍々しいアンデッドがいたわ。びっくりして逃げてきたけど」
あまり嬉しくない情報だが非常に有益ではある。
まあダンジョンにボスは付き物だ。ここがダンジョンでもなければ本来魔獣や魔物なんていないはずだと言うことを除けばだが。
「まあその情報は感謝する。で、ここにいた理由は?」
「理由ね。聖女の物語にあやかって世界征服の旅をしてるのよ。で、それに繋がるものがここにあるって神託を授かってきてみたらアンデッドがウヨウヨしてたってわけ」
自信満々にアルティスが告げる。
さらっと世界征服とかとんでもない言葉が飛び出した気がする。と言うか聖女の物語にしては随分物騒な言葉だが、そんな物語はあっただろうか。
取り敢えず今は流しておこう。見た目どう考えても世界征服できそうに見えないし。
「理由はわかった。ちなみにここの入り口はゾンビだらけになってたと思うが」
「入り口? 地面がいきなり陥没したら謎の建物についてたんだけど」
「地面の陥没。つまりこの建物上部の崖にいたわけか」
俺たちは反対側の崖をわざわざ降りてこの建物の入り口まで行ったが、どうやら長年の老朽化の影響は入口だけでなくその上の地盤にまで及んでいたようだ。
正直地盤沈下した所でこんな場所にたどり着けるとも思えないが、嘘をついているようにも見えない。取り敢えず俺はその言葉を信じることにした。
「さて。あんた達の事情は把握した。出来ればこのままここから去ってもらえると有り難いんだが」
「何で私たちが去らないといけないのよ。まだ目的のものも見つけてないのに」
「何か探し物があるのか?」
「まあ一応ね。私が授かったのはここに必要なものがあるって神託だもの」
神託の真偽がどうかは知らないが、まあ古代遺跡なのは確かなので、何かしらの発見は出来るはずだ。大方欲を出してまだこの場に止まろうと考えているのだろう。
ちなみに聖女とは称号の一つで、人々から認められると授かるらしい。ここ数百年は聖女が現れたという記録はないと以前本で読んだ事を思い出す。
勇者も昔はいたそうだが、あくまで称号であってそれで特殊なスキルが芽生えるとかはない。と書いてあった。
実際持ってるやつに会ったこともないので知らんが。
「まああんたらの意見はわかった。ここは確かに貴重な遺跡かもしれないし、公表すれば大金も転がり込んでくるかもしれない。俺もわざわざそれを止めようなんて思わないから好きにしてくれ。ただ、俺たちの邪魔になるようなことはしないでもらえると助かる」
どの道村の異変解決にはアルティスの言った禍々しいアンデッドとやらを倒す必要がありそうなのだ。こちらとしてはその依頼が達成できさえすればいい。
遺跡発見の名誉に心を動かされないかというと多少は興味があるが、依頼を受けている以上、あくまでそちらの解決が優先だ。
とりあえずここが最後の休憩所になりそうなので、腹ごしらえでもしたら先へ進むことにする。
「んじゃ、俺たちは休憩したらその禍々しいアンデッドとやらを退治しに行ってくる。遺跡の中の探索はしてもらって構わないから、くれぐれも戦闘の邪魔になるようなことはしないでくれ。あんたらでもゾンビくらいなら余裕で対処できるだろう」
ひょろ長のゲロとずんぐりむっくりなガスを目線で指してそう伝える。
「分かったわ。できるだけ邪魔にならないようにするわ」
話が済んだ所で俺は3人組から少し離れた台へと向かう。椅子を3つ取り出してそれを台の周りに置いた。
アミミとノノを招き寄せると今度は空間から人数分のティーセットを取り出した。その場で手早く紅茶を入れ、カップを2人に差し出す。
勿論小腹を満たすための甘味も忘れない。
戦闘前にあまり物を食べるのは良くないが、相手はアンデッド。長期戦になる可能性も考慮に入れ、甘い物でエネルギーを補給しておく。
今回用意したのは昨日買っておいたショートケーキだ。お土産に買っておいたものの、ギルドでのごたごたで結局食べれず仕舞い込んでいたのだ。
朝に追加分も購入しているのでノノの分も用意してある。
ワシの分もあるのでケーキの皿は俺含め4つだ。
「おぉー! 本日のオヤツはけーきでござるか!」
「カァー」
「やっぱりトールんのそれいいねー。ますますトールんが欲しくなったよー」
「お前はケーキなしでもいいんだが?」
「ウソウソ! 私もケーキ欲しいー!」
そうして和やかなティータイムが始まる。
その光景に驚いていたのはアルティス達、漆黒のウロコの面々だ。
勿論空間収納は希有な能力ではあるが、使えるものが全くいないわけではない。能力に驚いているというよりはそういう使い方をしているということにだろう。
空間収納は術者の魔力によって収納できる量が変わってくる。俺はまだ一杯になったことがないが、普通の術者なら収納限界は馬車の半分程度だそうだ。
勿論食料を収納する術者は多いが、それでも椅子やティーセットなど余計なものまで入れる者は少ない。大抵、武具防具を収納してしまうとそれで大部分の容量を使ってしまうためだ。
或いは敵地のど真ん中でいきなりティーブレイクを始めた事を信じられないと思っているのかもしれないが。
見るとゲロとカス(本当にヒドイ名前だなこいつら)を見るとそういう目を向けてくるが、ただ1人アルティスだけは違った。
視線がケーキに固定され、口の端から若干涎が垂れている。
俺の視線に気づいたのかアルティスはよだれを拭うとそっぽを向いた。
だが俺が風魔法でアルティスのもとに甘い匂いを運ぶと匂いに反応してどうしてもケーキの方へと視線が吸い寄せられてしまうようだ。そしてまた暫くじっとケーキを見つめる。
俺がフォークに刺した白くて甘い誘惑の塊を上下左右に動かすと、つられてアルティスの視線も上下左右に引っ張られた。その姿を御付きの2人が呆れた様子で見ている。
「あんたらもケーキ食うか?」
「いいの⁉︎」
俺でさえ反応できないほどの速さで間合いを詰めてくるアルティス。アルティス、恐ろしい娘。
俺はもう3人分ティーセットとケーキを用意すると、それを台の上に乗せていく。もちろん椅子も用意した。
俺の空間収納からポンポンものが出てくるのを見てゲロとカスはあんぐりと口を開けている。アルティスはもうケーキに目を奪われているので全く視界に入っていないようだ。
「さぁ。紅茶が冷めないうちに召し上がれ」
俺が作ったわけじゃないが、取り敢えず振る舞う。
アルティスはそばに置いたフォークを手に取ると、目の前のショートケーキに目を向けた。
側から見ていてもゴクリと喉を鳴らしたのが分かった。顔に少しかかった赤く絹糸のような髪を背後へ掻き上げる。しっとりと汗に濡れた頸がちらりと見え、妙な艶かしさを感じさせた。
フォークを持つ手が震える。
そっと気持ちを落ち着けると、彼女はいきなりショートケーキの要害とも言うべき赤々しい果実へと手を伸ばした。ぷすりと4本の銀の槍がその果肉に突き刺さり、中から瑞々しい果汁が溢れて少しだけ表面を伝う。果実の表面が漏れ出た果汁でてらりと光った。
やがて槍に突き刺された果実は磔刑の如く宙へと持ち上げられると、僅かに身を震わせながら一直線にその愛らしくも妖しさを放つ紅い蕾へと運ばれた。
紅い蕾は恐る恐る上下に開くと、赤い果実がその狭間へ一気に半ばまで潜り込む。
彼女の愛らしい蕾から小さく『んっ!」と艶かしい音が漏れた。
徐々に紅い蕾に包まれた赤き果実が、彼女の深奥へと吸い込まれて行く。少しずつ、少しずつ。焦ったくもある程時間をかけて、やがてその果実の全貌が見えなくなった頃、紅い果実は蕾の中で小さくその身を弾けさせた。
「ぅんっ、まぁ〜〜〜〜〜〜〜いっ!!! おいひぃ〜!」
アルティスは頬を紅潮させながら口に放り込んだ苺を旨そうに頬張る。
その表情は天真爛漫を絵に描いたようだった。
喜んでもらえたのなら暁光。
他の2人も美味しそうにケーキを啄んでいる。
これからアンデッドと戦いに行くにしては緊張感のかけらもない光景だが、これくらいリラックスしている方が不足の事態にも柔軟に対応できるだろう。
取り敢えず俺はこれから戦うアンデッドに関する情報をできるだけ多く集めておくことにした。
「なあ。あんたらが遭遇したその禍々しいアンデッドってのは一体どんなやつだったんだ?」
突然の問いかけに驚いたのか、アルティスがゲホゲホと咳込む。見かねたカスが背中を摩ってやり、代わりにゲロが俺の質問に答える。
「あちきらが見たのは5人組のアンデッドでやんす。鎧やローブを着た冒険者みたいな奴らが4人いたでやんすが、顔色からしていずれもアンデッド化していると思うでやんす。知能はなさそうでやんしたんで、それならあちきらでも対応は可能と考えたでやんす。ただ真ん中に陣取っていた奴がヤバそうで、一目散に逃げてきたでやんす」
「その真ん中の奴はどんなだったんだ?」
「正確な姿は黒い瘴気に覆われていて確認できなかったでやんすが、うっすらと遠目に見えた限り人のようなシルエットでやんした。だから5人組だと言ったんでやんす。あれだけ雰囲気が他の4人と違って、迫力のレベルが全く違ったでやんす」
4人組のアンデッドに1人様子の違う人の形をした黒い瘴気の塊。人の姿をしている魔獣、魔物は自然に発生しないのでアンデッドで間違いない。恐らくゲロもそう判断してアンデッドの5人組だと言ったのだろう。
話を聞く限りその4人は失踪していた『閃光の牙』の面々で間違いないだろう。
一応ギルドマスターからは彼らの素性を聞いている。俺たちに依頼をした時点でこうなる可能性も考慮していたのだろう。
リーダーのデイブはBランク冒険者。剣と盾を使い、攻撃から防御まで満遍なくこなすパーティのタンク役だったそうだ。彼のおかげでパーティーの生還率は非常に高かったらしい。酒が好きで酔っては道端で倒れている姿がよく目撃されたそうだ。同じパーティーのエシェルに告白してフラれたらしい。
次にシーフのアスラー。Bランク冒険者。斥候の役目を担っており、素早い動きで敵を撹乱、攻撃の対象を分散させるやり手だ。口もうまく、ギルドとの交渉ごとは彼が行う、パーティーの頭脳だった。ギルドの受付嬢にちょっかいを出しては頬を打たれるほど女に目がなかったらしい。同じパーティーのエシェルに告白してフラれたそうだ。
そして魔術師のラッバルト。Cランク冒険者だ。炎系の魔術が得意でCランクの魔獣程度なら一撃で屠れる程の火力を誇っていた。火力と同じく性格も竹を割ったようにはっきりしており、意中の相手に告白してフラれたそうだ。もちろん相手は同じパーティーのエシェルである。
アスラーが敵を撹乱、デイブが受け止めて隙が出来た所にラッバルトの高火力の魔術が襲い掛かると言うのが彼らの勝ちパターンだと、ギルドマスターは言っていた。陣形としては理想的なパーティーだ。
最後にヒーラーのエシェル。パーティーの紅一点で、全員から好意を寄せられていたが全員振った中々の女性、との事。
……いらん情報が大半だが、ギルドマスターは彼らのことを非常に心配していた。それは確かなようだ。
後は瘴気を放つアンデッドとの事だが、俺とノノにはそれに心当たりがあった。
ノノに視線を向けると同じ事を考えていたようで、こくりと頷く。
俺は一拍呼吸を溜めて、導き出された答えを口にする。
「恐らくその黒いやつの正体はアンデッドロードだ」
※アルティスはただ普通にケーキを食べてるだけです




