13.漆黒のウロコ
遺跡の中は直線の道が続いていた。暫く歩くと左右への分かれ道が姿を表す。
「これはどっちだろうな」
「そだねー。右かな? 腐臭が強いから」
ノノが言うなら間違いないだろう。俺たちは迷わず右に進む。
「それにしても墓というには随分と無機質な印象を受けるな」
俺は人工的な金属で作られた壁をコンコンと叩く。
古代文明は今と比べ科学と魔術が発展していたらしいが、何かしらの要因で滅びたそうだ。
当時あった多くの文明が無くなったそうなのだが、学説では天変地異が起こったと考えられている。
多くの技術がそのとき失伝してしまったためロストテクノロジーとなったものも多いそうだが、時折こうやって古代の遺跡が発見される事がある。
そこは様々な技術が集まっているため、見つけると一攫千金、さらには国によって管理下に置かれ技術の発展に役立てられる。
今こうして未知の存在に触れられている時点でものすごく貴重な体験ではあるのだが、ゾンビの群れなす古代遺跡とは正直ロマンのかけらも感じられなかった。
「うごがぁぁ」
「ていや」
いきなり飛び出してきたゾンビが一刀両断される。
俺たちが遺跡に入ってからも時々ゾンビが襲いかかってきたが、集団で襲いかかってくるわけではないため今はアミミとノノに任せきりだ。
それから暫く一本道を進むと正面の通路とは別に、左右の壁に切れ込みが入った場所がある事に気づく。
「これなんだろねー」
「はて。何でござろうか。扉のようにも見えなくないでござるが」
そう言って壁に手を触れるアミミ。すると突然壁が消えてなくなりその先から数体のゾンビが現れた。
突然のことで身動きが取れなくなっているアミミを背後に押しやり、俺はゾンビ共を切り伏せていく。
ちなみに今は武器に聖属性を付与しているためゾンビを切ると勝手に昇天してくれる。何がありがたいって、変な汁がつかないのだ。アミミなんて泣いて喜んでいたほどだ。
その場にいたゾンビを始末し終わってから、俺たちは中の探索を開始した。
部屋は大体学校の教室を2つ繋げたくらいの広さだった。その中に長方形の箱が左右に1列ずつ、等間隔で並べられていた。奥の方までその行列が続いている。
近くにあった箱の中を見てみるが何も見当たらなかった。いや、箱の底に小さな穴が開いているようだ。それがなんなのか全然見当はつかない。
「この箱はもしかしてゾンビ殿の寝床でござろうか?」
「ゾンビ殿って何だ。まあ恐らくそうなんだろう。だが墓というには少し違和感を感じるな」
「そだねー。この箱、蓋とか何もないもんねー」
ノノの言う通り、どの箱を見ても蓋と呼べるものが存在しない。ここが墓で、これがもし棺桶であれば、中を密閉するために蓋が用意されている筈だ。
とは言え俺たちも古代の供養の仕方がどんなものか知ってるわけでもないため、これが普通なのかは判断できない。あくまで現代の感覚だけでみると違和感を感じる程度だ。
「後は肌寒いくらいか」
数度程度、外の通路に比べ中の気温は低くなっている。ひょっとしたら人の目に見えない奴らが潜んでいるのかも知れないな。
そう言うスポットは気温が低いと言うし。
めぼしい成果は何も見つからなかったので、対面の部屋と思しき場所にも踏み込んでみる。
俺が扉に触れるとやはり扉が消失したようになくなる。と思ったが、どうやら引き戸になっているようで、扉が中に入り込んだだけのようだ。
こちらも先ほどの場所と同じような作りになっており、やはり棺桶のような箱が整然と並んでいた。暫くその部屋を物色するが、有益そうなものは何も得られなかったので、俺達は再び通路に戻る。
ここから改めて戻り、分かれ道を反対側に進むと言うのも一つの手だが、ノノ曰く、腐臭はやはりこの先から強く漂ってくるらしい。
ノノの感覚に従い俺たちは先へと進んだ。
途中、先ほど開いたのと同じような扉がいくつもあったので中を確認したが、どれも同じように整然と箱が並べられていた。
そしていずれも何か手掛かりになるようなものは発見できなかった。
暫く進むと一段と強烈な腐臭が漂ってくる。しかも瘴気まで一段と濃いようだ。
通路の先、遠くの方で微かに光が見える。何者かが遺跡の機能を一部利用しているのかもしれない。つまりそこにいるのが今回の黒幕というわけだ。
光に向かって進むと、恐らく先の部屋に辿り着くまでに最後となるだろう部屋が左右に広がっていた。何もないだろうが一応確認する事にする。
片方の部屋にいたゾンビをさくっと倒した俺たちは、部屋の中を物色するがやはり何も成果は得られなかった。
そしてもう一方の部屋の扉を開ける。
部屋に入った瞬間、今までになかった気配を感じる。先ほどまでと比べ物にならないほどの緊張感の高まり。
アミミとノノも同じくその気配を感じ取ったようで、足を踏み入れた直後に身構えていた。
ゾンビの気配は感じない。目につく範囲ではどこにもゾンビはいなかった。
そこは今までの部屋と比べると若干大きいくらいの部屋だったが、今までと違い整然と並べられた箱は置かれていない。代わりに大きめの台のような物がいくつかおかれていた。
見た目だけで言うといくつもの手術台が置かれた手術室のような印象だ。
台の影にでも隠れているのか、姿を表す様子はない。俺たちは武器を構えると、周囲を警戒しながらジリジリと中へ足を踏み入れる。
「おい。もし話がわかるなら危害は加えないから出てこい。だが抵抗するなら容赦はしないぞ」
俺の発した声が部屋に響く。
威圧も声に乗せて放ったので、相当な胆力がなければこれで出てくると思うのだが。
しかし気配はあるが、一向に出てくる様子がない。俺は仕方なく目星をつけていた方向に小さな火球を放った。
ひゅるるるるといた感じに尾を引きながら小さな火の玉が飛んでいく。そして部屋の端のほうにある台の裏、俺たちからは見えない位置に落ちた。
別に爆発する類のものではなく、種火を放ってそれを燃焼させ続ける魔法だ。外的要因が働かなければ消えないので、焚き火の火をつける際などに役立っている。
だが火を放ったものの一向に反応はなかった。気取り間違えたかなと首を傾げつつ、微かに声が聞こえた気がしたので、風魔法でこちらまで声を運んでみた。
『ねぇ。あれどうするの? 喋ってるってことはさっきの魔物よね? 危害を加えないって言ってるけど、見つかったら私たちどうなるの?』
『お、おおお、落ち着くでガス。ななな、何とか命辛々逃げてきたんでガスから、こ、ここここで慌てちゃおしまいでガスよ』
『そうでやんす。あちきらが束になって掛かっても勝てなさそうな相手でやんす。相手は魔物。甘言に騙されて八つ裂きにされるなんてよくある話でやんすから、ここは息を潜めてじっとしとくのが得策でやんす』
女1人に男2人。
どうやら俺たちは魔物と勘違いされているようだ。恐らく声をかけた事でそう思わせてしまったのだろう。
どうするべきかと考えている間にも話は続く。
『やっぱり一か八か当たって砕けるのはどうかしら?」
『砕けたらだめでやんすよ』
『そそそ、そうでガス。こ、ここは、誰か1人が囮になって、そのうちに、ああ後2人が逃げるってのはどうでガスか?』
『それ良いわね。じゃあ囮お願い』
『頼んだでやんす』
『え? オイラが囮でガスか⁉︎』
どうやら逃げる算段をつけているようだが、どうにも間抜けな会話が繰り広げられている。そろそろ飽きてきたのでアミミとノノに合図を出して、彼らのいる方へと向かう。
『ちょっ、ちょっと! なんかこっちきてるみたいなんだけど!』
『や、やばいでやんす。このままだと見つかるでやんす』
『もうだめでガス! オイラたちみんな食われちまうんでガス!』
『ちょ、ちょっとゲロ。どうにかしなさいよ!』
『そんなの無理でやんす。あちきの力はアルティス様が一番よく知ってるでやんすよ』
『そそそ、そうでガス。そんなの死死、死にに行くようなもんでガス』
『どうせ死ぬんだから先に死んでも後に死んでもどっちでも良いでしょ!』
『じゃあアルティス様が囮でやんすね』『そうでガスね』
『何で従者がご主人様を差し出してんのよ!』
『ところでアルティス様。さっきからマントが燃えてるでガスが、熱くないでガスか?』
『え?』
よく見ると彼女たちのいる背後から、まだ小さいが黒い煙が立ち上っている。どうやら先ほど投げ込んだ種火が、運悪くそのアルティスとやらのマントに当たったのだろう。
少し時間が経ってからなのは、マントに多少耐性がついていたりするのだろう。
男の指摘でこの状況にようやく気づいたのか、アルティスと呼ばれた人物が慌てて台の影から飛び出してきた。
「あわわわわわわわわわわ! 火がっ、火がぁ! 誰か消してぇ!」
「だ、大丈夫でござるか!」
地面をバタバタと転げ回るアルティス。
アミミが慌てて駆け寄ると懐から取り出した風呂敷で燃えている部分を叩き落とそうとする。が、風を送られた火種は一層勢いを強くすると、燃え広がる速度を加速した。
「のわーっ! 燃えるぅ! 私のマントが燃えるー!」
周囲の誰も近づけないほどの勢いでのたうつ。スカートがめくれ上がってもお構いなしだ。
やがて疲れてきたのか、荒い息とともに動く勢いが弱まった頃には、すでにマントも鎮火されていた。大きな穴を残して。
「ぜはー、ぜはー。あー、危なかったわ」
ふぅと一息ついて、額の汗を拭っている。
周囲の誰もがその姿に呆れていた。
やがて俺たちの存在に気づいたのか、アルティスはばっと素早い動きで距離を取ると、素人丸出しの構えで臨戦態勢を取った。
2人の男もアルティスに付き従い武器を構える。
改めて3人を見ると、真ん中のアルティスは燃えるような赤い髪を後ろで縛っており瞳は朱色に近い。容貌は非常に整っていて、格好も深紅の衣装で身を包んでおり、どことなく貴族のような品を感じさせた。
左右の男たちは片方がひょろ長くてもう片方が背は低いがガッチリした体格だ。多分やんすやんす言ってたのがひょろ長で、ガスガス言ってたのがゴツいほう。
男達は堂に入った構えで隙が見当たらない。ふざけた態度とは裏腹に、きちんと研鑽を積んだことが窺える。
油断ならない相手に俺たちも武器を構える。空気が張り詰め、お互いに動くべきタイミングを図る。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……誰か何か言いなさいよ!」
長い沈黙を破って痺れを切らしたアルティスが叫びだした。
この場でただ1人戦闘経験がないであろうお嬢様だ。お互い隙を窺っているなど考えてもいないだろう。
その雰囲気に毒気を抜かれた俺は、武器をしまい対話を試みることにした。
「俺たちはあんたらに危害を加えるつもりはない。それにあんたらは俺たちをアンデッドだと思ってたんだろ? 幸か不幸か、俺たちは上から下まで混じり気のない人間だ。出来れば武器を収めてもらえると助かる」
俺の言葉にアミミとノノも武器をしまう。勿論何かあっても対応できるからこそであるが。
俺の言葉を吟味しているのか、構えは解かずに3人で話し合っている。まあ話している内容はまる聞こえなのだが。
とりあえず聞こえてくる言葉からも敵意は感じられないため、恐らく戦いになることはないだろう。
暫くののち、結論が出たのか武器を収めてアルティスが前に出てきた。
「いいわ。あなたのその言葉、信じましょう」
「そうか。戦いにならなくて何よりだ」
握手を求めて手を差し出す。アルティスは少し逡巡したが、恐る恐る手を差し出すと俺の手をきゅっと握った。
少し頬を染めているように見えるが気のせいだろう。俺がアルティスの顔を見つめていると、それに気づいた彼女は驚いたような表情になり直ぐにそっぽを向いた。
少し微笑ましいが、いつまでもこんなことをしている状況でもない。
「で、こんな場所にいる理由について説明してもらえるか?」
「む。名前も名乗らずいきなり質問するなんて礼儀がなってないんじゃないの?」
「それはすまなかった。俺はトールで、こっちのちっこいのがアミミ。で、肩に乗ってる鳥がワシで、そっちの変態がノノだ」
「ちっこいのとは何でござるか」「変態って、いい響きだねー」
アミミは抗議の声を上げノノは相変わらず変態していた。2人のその反応を目をパチクリさせながらアルティスが見ている。
「俺たちは冒険者で、今はギルドの依頼でアンデッドの調査を行っている所だ。で、あんたらはこんな所で一体何を?」
俺が質問を投げかけると、なぜか少し威張ったように胸を張るアルティス。
「そんなに聞きたいなら教えてあげましょう! 私は聖女アルティス!」
アルティスがドヤ顔を決める。
そしてその後に続……かなかった。
アルティスは2人を引っ張って後ろへ連れて行くと、ポーズを決めるだの何だのと相談し始める。
やがて3人の意思が合致したのか、再び俺たちの前へ戻ってきた。
『じゃあ行くわよ』とアルティスが2人に合図を出し、再び自己紹介が始まった。
「私は聖女アルティス!」
「あちきはゲロでやんす」
「オイラはカスでガス」
「3人揃って、漆黒のウロコよ!」




