12.地下遺跡
それから俺たちは手分けしてゾンビを狩って行った。
ノノは最初から問題ないが、アミミも忌避感はありそうだが問題なくゾンビを狩っていた。変な汁がつくのだけ涙目になっていたが。
あらかたゾンビを狩り終えた頃、周囲は赤に包まれ始めていた。
取り敢えず最後のゾンビを倒したところで村の問題は解決だ。所々身が残っているが、まあ雨とかなんかが洗い流してくれるだろう。
と思っていると、ノノがじっと俺を見つめてくる。
俺もじっとその目を見つめ返す。
「……」
「……」
「……ポッ」
ちょっと待て。そこで頬を赤らめるな。変な空気になるだろうが。
ノノが言わんとしていることに見当はついている。
でもあれ疲れるから嫌なんだよなぁと思っているが、しかしノノからの熱視線に耐えられなくなった俺は、ため息を吐きつつ1つの魔法を行使する。
「我、御身に祈りを捧げる。この心をもって、我に一雫の慈悲を授け給え。命脈の輪から解き放たれよ。イノセントホロウ」
俺の手から一雫の炎がこぼれ落ちる。それは瞬く間に周囲に波紋をもたらし、やがて村全体を包み込んだ。
その波紋が通過する際そこら中に飛び散ったゾンビ共の肉片は、何もなかったかの様に光の粒となって浄化されていく。
最後に光が収束すると、そこは元の綺麗な村に戻っていた。
「んもー。トールん初めからこれやっとけば楽だったのにー」
そう。この魔法はこの世に彷徨う魂を浄化する魔法。
ノノの言う通り、初めからこの魔法を発動していればアンデッドを簡単に浄化できたのだ。なら何故使わなかったって? そんなもの疲れるからに決まっている。
神聖魔法と呼ばれるアンデッドに絶大な威力を発揮するこの種の魔法は、非常に大量の魔力を必要とするのだ。そうホイホイと使える様なものではない。
「とか思ってるんでしょ? トールんの魔力なんて腐る程あるんだから、全然問題なーいの」
勝手知ったるノノの発言に、俺は歯軋りをしながらしかし文句は口に出さない。それをすると後々恐ろしい目に会うのが分かっているからだ。
「トール殿。今のは何でござるか? 光が広がったかと思えば、ゾンビの肉片やら汚汁やらが綺麗さっぱり無くなったでござる!」
汚汁て……。中々痛烈な表現を使うなアミミさん。
しかし刀についた汁っぽいものまで浄化された様でものすごく嬉しそうだった。
「今のはトールんの魔法だよー。神聖魔法って言って、アンデッドみたいな彷徨える魂を持つ対象に対して絶大な威力を持ってるんだよー。つまりトールんは私の天敵だよねー」
逆にノノは俺の天敵です。色んな意味で。
当然そんなことは口にしないが。
しかしアミミはしっかり食いついた様で、魔法という言葉にものすごく盛り上がっていた。
「おおー! 拙者、剣と魔法、そんなのに憧れてたのでござる! 今までトール殿の魔法を色々見てきたでござるが、ここまではっきり効果が見えたのはものすごく興味深いでござるな!」
「ちょっとアミミさん。地球人ならまだしも、何で剣と魔法の世界に暮らしてる住人が剣と魔法の世界に憧れてるんですか!?」
俺は思わずツッコミそうになりながらアミミを見ていた。
「チキュウジン? とやらは何か知らぬが、やはり剣術だけの東方にいると魔法というものには憧れを抱くのでござるよ」
バッチリ口に出していた様だ。
しかし何だか意外だ。魔法がある世界で魔法に憧れる人間がいるとは。
まあ魔法を使えない人間からすると、存在が認知されている分寧ろ憧れが強いのかもしれない。魔法の才能がなければ魔法は使えないと言うしな。
そこでふと疑問が生じる。
「でも東方の国にも妖術使いがいるだろう?」
俺がそれを口にすると、アミミは嫌そうな顔をして答えた。
「妖術使いは何と言うか、ちょっとじじ臭いでござる。魔法の方がものすごくカッコいい響きではござらんか!」
んー。ちょっとその感性は分からないが、お国事情というものがあるのだろう。取り敢えず黙っておくことにする。
「で、この後はどうするのでござるか?」
「そうだな。取り敢えずさっきの婆さんが言ってた『閃光の牙』が掴んだ手がかりを当たってみようと思う」
「遺跡を発見したという奴でござるか?」
先程話をした老女が教えてくれた情報。『閃光の牙』が見つけたという今回のアンデッド騒動の原因について。
それによると、彼らは瘴気が発せられる場所を発見したそうなのだ。
瘴気とは、魔力が纏まる事で発せられるものだ。簡単に言えば黄砂の様なものだと思えばいい。一つ一つは小さなものだが、それが寄り集まることで有害な物質へと変わる。
微小な魔力の粒の集合により霧の様に漂ったもの、それが濃く目に見えるほどになったものが瘴気だ。
目に見えるほどに濃いと人体にも悪影響がで始める。そして瘴気が漂う周辺には大抵録でもない事が起こっていることが多い。
今回『閃光の牙』が見つけたと思しき場所は老女に聞いて知っていたので、ゾンビを狩った後は元凶を叩きに行くだけだ。
俺たちは早速問題の瘴気の出所に向かうことにする。
ただ一つ気がかりなのは、このゾンビ達の中に冒険者がいなかったことだ。すなわち、その先にアンデッドと化した『閃光の牙』がいる可能性が高いということ。
一抹の不安を残しながら、俺たちは問題の場所へと向かうことにした。
そこは昔から村の人間に知られる場所。だが誰もが近づこうとしなかった場所だ。
そこに近づくと祟りが降りかかる。昔からそんな風に言われていた。
村人が、依頼を受けた冒険者パーティーを信じきれなかった理由にそれもあった。
祟りが降りかかると言われていた場所に踏み込んだ結果、ゾンビが溢れ彼らは全滅したばかりか村人にまで被害が出た。
うち何人かはゾンビの仲間と化し、親しかったものを襲う様になった。その事にさらに村人達は心を痛めた。
まさに昔話に言われていた様な祟りが現実となったのだ。
全てはあの冒険者達の所為だ。彼らさえ来なければこんな事にはならなかった。
彼らさえ来なければ、俺たちは、家族は、彼女は。こんな事にならなかった筈だ。
いつもの様に朝起きて畑を耕し、昼食は母の作った弁当を食べる。そして遠くから駆けて来るのは幼馴染みの少女。
将来を誓い合い、近々結婚の約束もしていた。順風満帆だった。何不自由なく幸せな生活を送る筈だった。
なのにそれが奪われた。
アイツらに! 冒険者達に!
そうだ。全部あいつらのせいだ。
全部。全部。全部。
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部ぜ全部全部全ん部ぜゼ全ブぶ全部ぜん部ゼぶぜンぶゼブゼゼゼンンンンンンンンンンン…………。
そしてかつて人だったそのゾンビは、深い闇の中に意識を飲み込まれていく。だがその妄執は無くならなかった。その意思も、恨みも、どこまでも昏く深く沈み込んでいく。
それら全てを瘴気が犯し、壊し、噛み砕き、そして集約する。やがて瘴気に包まれたそれは、新たな“魔物”へと生まれ変わる……。
「あれが婆さんが言ってた地下遺跡だな」
俺たちは今、村から少し離れた崖の上にいた。老女に聞いていた地下遺跡は崖下にあるとのことだった。
ここに来るまで何体ものゾンビを蹴散らしてきたが、崖下は一層ゾンビの群れに覆い尽くされていた。瘴気も目に見える形で漂っている。
そのほとんどは何も衣服を身につけていないことから、村人ではない様だ。だが逆にそれが、彼ら彼女らがどこからきたのかという疑問を抱かせた。
「王国や他国にも古代の遺跡が多くあるが、ひょっとしたらここは古代人の墓なのかもしれないな」
「墓でござるか?」
「えー。それ何のご褒美ー?」
墓と聞いて嬉々とするノノに俺とアミミは冷たい視線を投げかけた。ノノは全く気にしていない。
「あれだけの屍体がどこからきたかを考えていたんだ。皆一様に衣服を身につけていない。つまり村人ではないという事だ。となるとそれ以外の大量の屍体が必要になってくるわけだが、屍体が多くある場所なんてそうそうない。それこそ墓地なんかでなければな。だが婆さんに聞いた話では村人達の墓は全く別のところにあるらしい。何より連中が古代遺跡からやってきている事を考えると、古代の墓で何かしら瘴気が発生して、保管されていた屍体がゾンビになったんじゃないかと思う」
「確かにその可能性が高そうだねー」
ノノも同意する。一応専門家の同意を得た事で、俺はこの状況の原因を改めて認識する。
「と言う事は拙者達はこれから墓荒らしをする事になるのでござるか?」
「まあ悪い言い方をすればそんな所だな。中を確認してみない事には確実な事は言えないが」
とは言えそれ以外の可能性も思い至らないため、恐らく間違い無いだろう。
問題はその原因対してに俺たちが対処できるかどうかだが。
「まあ行ってみるしかないか。取り敢えずあいつら片付けるぞ。結構濃い瘴気も発生してるから気を付けろよ」
俺は剣を握り崖下へと向かおうとした。が、2人はそんな俺を見て一向に動きを見せなかった。どうしたと思って振り返ると、2人揃ってにっこり笑っている。
物凄い圧を感じるその笑顔。
背筋に冷たいものが流れる。
徐にアミミが口を開いた。
「トール殿。さっきのやってほしいでござる」
「嫌だ。今回はだいぶ数が多いぞ。それにこの魔法を使うとアンデッドが浄化されるから経験値が得られねーんだよ」
通常魔獣や魔物を倒すと力の残滓が戦った人間に流れ込み、力を高めることができる。それを少しずつ貯めることでより強い力を獲得できるのだ。
まあ簡単に言えば経験値稼いでレベルアップである。
だが神聖魔法とは、彷徨える魂に自らの解放を促し、彼岸へと渡るための手助けをする魔法なのだ。その際力のほとんどは外へ流れ出る事なく消滅する。
なのでアンデッドは経験値にならないのだ。
疲れる&身につかない。俺があまり神聖魔法を使わない理由である。
が、そんな事は2人には関係ない様で……。
「あんなゾンビの経験値なんてたかが知れてるよー? だからトールんは神聖魔法を使った方がいいと思います」
2人顔を見合わせ、
「「ねー」」
「……」
いつの間に2人はこんなに仲良しになったのか。
どうやら俺は初めから是以外の回答が許されないらしい。
俺はまた呪文を詠唱しあまり高くない崖下へと光の炎を投げ込んだ。
すると炎は広がりを見せゾンビも瘴気も纏めてかき消していく。気のせいか、少しだけゾンビ共の表情が安らいで見えた気がした。
最後のゾンビが光の粒となって消えてから、問題なさそうなことを確認した俺たちは崖下へと降りる。
「はぁ、疲れた。流石に遺跡の中までは魔法が届いてないと思うから、ここからはゾンビ共が蠢いてると思うが、まあお前らなら大丈夫だろう。と言うわけで後は任せるぞ」
「問題ないでござるよ」
「もーまんたーぃ」
ノノはどこでそんな言葉覚えたんだとツッコミそうになったが、なんとか言葉を飲み込み遺跡の入り口へと向き直る。
遺跡の入り口は崖の奥へと続いており、光のないそこは先が暗闇に包まれていた。傍らには金属と思われる残骸が残されている。
恐らくかつて扉だったものが、長い年月による老朽化かはたまた外部からの衝撃か、とにかく何かしらの要因で砕けてしまったのだろう。それにしては断面が綺麗すぎる気もするが、今は考えている暇はない。
魔法で入り口のゾンビ共は撃退したが、中からは若干の腐臭が風に乗って漂ってくる。瘴気も足元を靄のように流れていた。
底知れない嫌な雰囲気だ。間違いなくこの先にまだ敵が潜んでいる。
俺は魔法で光源を作り出し放り投げた。すると俺たちの少し前でフヨフヨと光の玉が宙に浮かぶ。光源の確保は完了した。
続けて全員に瘴気を防ぐための魔法をかける。これで中が瘴気に覆われていても問題なく動ける筈だ。
「じゃあ、いくぞ」
「承知でござる」
「あぃー」
なんとも気の抜けた返事が聞こえたが、俺は意識を遺跡へと切り替えた。
そうして俺たちは遺跡の中へと足を踏み入れた。




