106.予選開始
簡易的に作製した舞台の上には30体ほどの小鬼とアミミの姿。
皆それぞれの獲物を定め武器を構える。
「じゃあ始めるぞー。もう一度ルールを言っとくが、武器は使って良いけど攻撃は禁止。防御、回避だけに努めろ。自分含め3人以下になったら攻撃解禁な」
「ちなみに、回数を繰り返すほど難易度が上げるから楽しむと良い」
「全然楽しむ要素ないでござるが?」
「では始めー」
気だるげな開始の合図と共に舞台上の小鬼が動く。まずは手近な相手に対して攻撃を開始した。
棍棒を振り上げ目の前の相手に襲い掛かる。
しかし相手は盾でそれを防ぐと手にした剣で切り掛かった。
棍棒側もむざむざやられはしない。すかさず剣を弾いて再び初期位置へ。お互い睨み合って距離を測る。
両者同時に仕掛けると棍棒側が竪琴ごと腕を跳ねさせ空いたスペースに返した一撃を加えた。
その衝撃で場外へと弾き飛ばされる。
そのような光景が至る所で繰り広げられた。まさに大乱戦だ。
肝心のアミミはと言うと、他と同じく小鬼に攻撃を仕掛けられている。
鎌というやや変則的な武器を使った相手だが、小鬼自体の力量はそれほど高くないらしく、問題なく攻撃も捌くことができる。
ただ自分から攻撃を仕掛けられないことが何とももどかしく、それでいて目の前の相手を倒せない事に苛立ちが募った。
そんな感情で思考が鈍ったのか、背後からの気配に気づくのが一瞬遅れる。
そこには別の小鬼が棒を構えており、器用に杖術を扱いアミミ目がけて突き出した。
すんでのところで気づき脇腹を掠める程度で回避する。
相手が弱くともこう乱戦ではいつ被弾してもおかしくない。
思っていた以上に気を抜けない修行だと、ここに至ってアミミは気づいた。
更に自分から手が出せないということは積極的に数を減らすことができない。
小鬼たちが勝手に争って減っていくのを待つしかないという状況だった。
そのまま暫く攻撃を避け続けると、いつの間にか舞台上の小鬼は約半数まで減少している。
そこで変化が訪れた。
数匹の小鬼が塊になり出したのだ。そのままあぶれた1匹目掛け挟撃を仕掛ける。
攻撃された小鬼は数度周囲からの攻撃を凌いだが、数の暴力には抗えず周囲からの暴威に飲み込まれた。
そうして盤上にはアミミと小鬼2匹、3匹1組の小鬼グループが2組。
互いが互いを牽制し合い膠着状態となる。
だがアミミは攻撃を避けるか防御しかできないため、積極的な攻勢には出られない。
今の状況が長引くほど修行の時間が削られていく事にアミミは焦りを感じていた。
既に修行真っ最中であるが、アミミとしては今のところ成長の実感もない。
試合は明日。それまでに自分を伸ばす必要があるが、徒に時間が経過していくばかりだ。
この盤上で自分ができることは何か。
目を瞑り精神を落ち着ける。横からの攻撃をいなしながら集中して思考を巡らせた。
果たしてどこまでが許容範囲だろうか。
だがこれは練習だ。本番ではない。それに本番であればルール違反ということもないだろう。
覚悟を決め、アミミは一歩を踏み込んだ。
その先は小鬼たちの群れの中心。
考えた末に出した結論。積極的な同士討ち。
相手の動きをコントロールし結託した者達で争わせる。
元々仲間でなかったもの同士、僅かな亀裂で関係が瓦解する可能性が高い。
であれば、自身の立ち回りでそれを誘導する。
小鬼の群れに突っ込んだアミミは、側面からの攻撃を刀でいなし中心へと潜り込む。
そのまま三方からの攻撃に耐えつつ隙を窺う。
だが言うは易し、行うは難しとはこの事。理屈では分かっていてもそれを実現させるのは非常に困難だった。
相手を誘導しようと手を出そうにも、その間隙を縫って別の攻撃が飛んでくる。
攻撃してしまえば簡単だが、禁止されている以上耐える以外の方法がない。
只管耐え忍び機会を待つ。
やがて小鬼たちが一定の距離に広がった。
訪れた機会に、すかさず小鬼の一体へと距離を詰める。そのまま腕を取り腰を入れて別の小鬼目掛け放り投げた。
急な事に驚き対処が間に合わなかった小鬼たちは、そのままぶつかり転倒する。
残った一体が隙をついてアミミに飛びかかった。だがそれも体捻って位置を入れ替えると、勢いそのまま小鬼は今立ち上がろうとしている小鬼たちへと直進し周囲を巻き込みながら転倒する。
他を警戒しながら様子を確認すると、立ち上がった小鬼たちは言い争いを始め、そのまま互いの武器を持って斬り合い始めた。
気づけば決着がつき残ったのは1匹。
そいつは息を荒げたままアミミを睨みつけると手に持った鉈を振り翳し襲い掛かった。
我を忘れた者ほど御し易い者はない。
そのまま引き連れ他のグループへ突っ込めば、あっという間に乱戦となり、気づけば小鬼は残り2匹となっていた。
「トール殿。これで攻撃解禁でござるか?」
アミミの問い掛けにトールは笑みを浮かべて答える。
その答えにアミミも笑みを浮かべ、残った小鬼を一瞬のもとに切り伏せた。
大きく息を吐いて、ゆっくりと納刀する。
舞台の外から拍手が聞こえてきた。
「お主の弟子は中々やるのう。久々に面白い余興が見られたわい」
「こっちは一応真剣なんでね。余興とか言わないで欲しいよ」
「すまんすまん」
ばしばしとトールの背を叩くルヴィア。
そのあまりの勢いにトールもつんのめっていた。
「ふぅ。疲れたでござるよ」
「ああ、お疲れ。これで乱戦時の立ち回りを少しは意識できたか?」
問われて思い返す。
アミミにとって、ここまで大人数との戦いは経験したことがないものだった。
周囲全てが敵の状態。しかし全てに気を配っていては精神力が保たず、かと言って警戒を解くわけにもいかない。
両方のバランスをとって戦わなければならない。
その初めてがいつもと違った疲労感をアミミに感じさせていた。
「はっきりと分かったわけではないでござるが、気の配り方は掴めた気がするでござる」
「それだけわかれば上出来よのう」
トールも言葉の代わりにアミミの頭をぽんぽんと撫でた。
アミミはその答えにくすぐったそうに笑みを浮かべる。
「じゃあ早速次の段階だな」
「え?」
「よし来た! では先ほどよりもう少し数を増やすかのう」
「ええ?」
「ついでにもう少し強くしておくぞい」
「えええ?」
そうしてルヴィアが両手を叩くと舞台に現れるのは鬼たち。
先ほどまではまさに小鬼と呼ぶのが相応しかったが、今舞台上にいるのはアミミよりも上背のある鬼たち。
それらがやはり手に種々の得物を持ち始まりの合図を今かと待ち侘びていた。
その迫力は先ほどまでとはまるで違う。
「さあ始めるとするかのう。準備はいいかの?」
「では始めー」
「ええええ……」
第二ラウンドがスタートした。
「さぁ今年もやって参りました冒年会名物ぶ・と・う・さ・いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!! Aランクまでの冒険者による最強決定戦! 本日集ったのはいずれ劣らぬ勇猛果敢な獅子たち。毎年素晴らしい戦いを見せてくれるこいつらは、今年も派手にぶちかましてくれるはずだぁ! 俺たちも、それにまけないくらいもりあがっていこうぜぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇっぇぇ!!!」
実況の声に、耳が張り裂けんばかりの大音声が観客席から沸き上がった。
年に一度、無名の者から有名な者まで多くの冒険者が集い、また多くの者が成り上がっていく場。
そしてそれを決めるのは今この場にいる観客たちに他ならない。
冒険者は貴賤なく評価され、また評価する観客たちも貴賤なく評価する。
無論貴族のパトロンがつけばそれだけ大きな依頼を受けられるが、逆に大衆に評価されれば人気を得ることができる。
そして無様を晒せばその限りだ。
自身の人生を左右する大舞台。冒険者たちの目はギラついていた。
「さあ簡単にルールを説明しておこうか。その前に自己紹介。実況は俺様ことルール・ザ・ルールがやらせて貰うぜ。ルールは絶対コレ大事! さて予選一回戦は大量の参加者を篩い落とすための大乱戦だ。30人以上の参加者が同じ舞台上で戦い最後のひとりが予選突破。舞台から落ちるか負けを認めれば失格当然悪死んじまったら自己責任だ。これで16人が次に進めるぞ。16人になればあとは明日のトーナメント戦だ。4回の試合を経て誰が最強の座にふさわしいかを決める。途中休憩はないからペース配分も気をつけろよ。長ったらしい話はこれくらいにして、冒険者ども、この場にいる俺たちに己が最強を証明しやがれ!」
ルールの解説に歓声と怒号と悲鳴を混ぜたような声が響き渡る。
舞台上には既に冒険者達がスタンバイしている。その熱量に当てられた彼らも自然と興奮と緊張が高まった。
そんな中、アミミは目を瞑り冷静な様子で精神を研ぎ澄ませる。
昨日の修行を心の中で思い返し、思わず喉元にこみあげるものを感じ慌てて考えを振り払った。
体力はルヴィアの魔法で万全、体の傷もトールの回復で癒えている。ちょっと修行で心は折れかかったが、今は目の前の試合に集中できていた。
感覚が研ぎ澄まされ周囲の様子が感じ取れる。
アミミのブロックは第8ブロック。幸いにも仲間達と当たる事はなく、周囲には見知らぬ冒険者ばかり。
だがいずれの冒険者もこの場に立つに相応しい空気を纏っている。
中でも頭一つ抜きんでた強者も数人おり、この乱戦で真っ向からぶつかっては消耗も避けられない。だからこそ気配を消して身を潜めるのが肝要。
予選は出来るだけ目立たず、数が少なくなるまで様子を伺う。それがトールからのアドバイスだ。
そして間も無く予選が開始されようという間際、ひとりの男がアミミの前に陣取った。
その男はアミミの2倍はあろうかという巨漢で筋骨隆々。背に大剣を背負っており如何にもな迫力だった。
「おいおい。こんなガキまで参加してるのかよ。ギルドも落ちぶれたもんだぜ」
声を張り上げた男は周囲を威圧するかのように威圧を撒き散らす。
しかしアミミは何も答えずただ開始の合図を待っていた。
「おいおい腰抜けかよ。せっかくAランク冒険者の俺が注意してやってるってのによぉ」
それでもアミミは何も答えない。
ここで無闇に実力を見せればトールのアドバイスが無駄になってしまう。
気配を消すとは即ち自分の強さを隠す術でもある。
自分を弱く見せる事で相手の油断を誘う。相手の甘さもあるが、それで多少の力の差は埋めることができる。
それに相手に実力を出させる前に倒してしまえばそれだけ力の温存につながるのだ。
自信を弱く見せればそれだけ警戒対象として外れ、集中して狙われにくくなるというもの。
だから目の前の男を倒せば自分へ注意が向いてしまう。それはどう考えても得策ではない。
そんなアミミの様子に男は痺れを切らしたのか、まだ開始前にもかかわらず大剣を引き抜きアミミの目の前で地面に突き立てた。
そしてアミミへと顔を近づけ酒気を帯びた息を撒き散らしながら嫌らしい笑みを浮かべた。
「まあいいさ。お前はすぐに俺が引導を渡してやるよ」
皆が警戒を強める中、開始の合図が上げられた。
「うおらぁぁ!」
開始と同時に男が大剣を引き抜きアミミに切り掛かる。
そしてアミミの身の丈と同じくらいの大剣を上段から力任せに振り下ろした。
剣の威力に舞台が小さく揺れ石の床が砕けて周囲に破片を撒き散らした。
「遅いでござるな。Aランクとはこの程度でござるか」
男はアミミに気づくと素早く背後へと視線をやり、全身を向けようとした所でアミミの掌底が男の腹へと突き刺さった。
全身を襲う衝撃に腹の中のものが込み上げるが、いち早く察知したアミミがそれを嫌って男を場外へと蹴り飛ばした。
「あ、しまったでござる」
気づいた時には後の祭り。
アミミの実力に気づいた周囲の冒険者たちが警戒を一気に強める。
その様子を見ていたトールはため息をつき、隣で見ていたルヴィアはアミミの行動に声を上げて笑っていた。
所変わって第3ブロック。ここにいるのはヘクスだ。
優勝候補の一角として注目されており周囲の冒険者からの警戒も一際高い。
予選は第1から第8までを前半戦として実施し、残りを後半戦として開催する。
その為アミミの様子も同じ会場にいるヘクスには遠目に見えており、その失態に思わず苦笑する。
周囲の冒険者はそれを余裕と取ったのか、警戒以上に怒りや不快さを滲ませた。
それでも迂闊に飛び出すものはいない。
何故ならヘクスの周囲には魔法陣が張り巡らされており、あからさまに罠だと主張しているからだ。
予選には時間制限があるが、それはヘクスにとって十分すぎる時間。こうしてヘクスはひとり安全圏から有象無象を観察し、数が減るのを待つのであった。
そして第5ブロック。
その様子を見ていたトールは険しい表情を浮かべた。
そこに立っているのはアミミが言っていたメスティという少女。
既に第5ブロックは半数以下に数を減らしている。
特筆すべき点はその殆どがメスティによってもたらされたという事。
そして周囲の冒険者もその状況に動けないでいた。それ程までに実力差を痛感させられたのだろう。
因みに予選はある程度強者同士がぶつからないよう冒険者ランクが上から順に各ブロックへ割り振られる。
また大会の特性上、未来ある冒険者やまだ評価されていない冒険者が多い為、出場資格がAランクまでとは言え本当のAランク強者は意外と出場していない。
とは言え曲がりなりにもAランク冒険者も出場している中で、力の差を見せつけ萎縮させるのは容易ではない。
それをアミミより少し歳が上の少女がやってのけたのだ。正直言って末恐ろしい事である。
そしてその光景に、トールはアミミが彼女に勝てるビジョンが浮かばない事に歯噛みする。
戦うことに専念して修行をしていればいい戦いになったかもしれない。
だが今更言った所でどうしようもない。
トールはアミミが予選突破できると信じ、本戦までに何をするか思考を巡らすのだった。




