105.修行でござる
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「それでお前ら武闘際に参加する事になったの?」
もぐもぐと目の前の食事を平らげながら、俺は周囲を見回した。
同じテーブルにつきながら疲れた表情を浮かべる面々。
エリカだけはにっこにこしている。
「ふふふ。ほんと参ったよ。まさか自分が武闘祭に参加する事になるとはね」
「そりゃご愁傷様」
そう言いつつ皿に盛られたサラダに手を伸ばす。
色鮮やかな野菜がふんだんに盛られたプレートで実に健康的だ。
しかし味付けにかかっているのは紫色をしたドレッシングで、思わず食欲が失せそうになる。
その色味からゴブリンの生き血と言われるが、実際食べると味はまあまあだったりする。
とは言えこの世界の調味料事情はまだまだ改善の余地がありそうだ。
「そう言えばトール殿はクラマス殿に連れて行かれた後どうしてたでござるか?」
その質問に俺は思わずげんなりする。
その表情を読み取ってアミミはそれ以上何も聞いてこなかった。が、ヘクスはそんなの全く気にしないやつなので、嬉々として俺を質問攻めにしてくる。
やがてその攻勢に屈した俺は、嫌々ながら口を開いた。
と言ってもあの後ギルド本部に連れていかれてお偉方に散々褒められた後、聴衆へのお披露目という形で俺の模擬戦を行うという内容だったわけだが。
「褒めそやかされて疲れた」
「上から高圧的に来られるより下手に出られると拒否しにくくなるからね」
「一度は拒否したんだがな」
「うん。君はそういうやつだった」
「でも結局受けたの?」
「ああ。流石に冒険者である以上、ギルドの中枢相手には逆らえなかった」
「あまり突っぱねて冒険者資格剥奪、なんて事にでもなったら前代未聞だからね」
流石に意地を通すにはリスクが大きすぎる。
それに今まで逃げ続けていたツケが回ってきたのだろう。
冒険者といえど半ば客商売みたいなところがある。娯楽の少ないこの世界で、冒険者とはいわば格闘技団体に所属する選手に近い存在だ。
冒険者個人もそうだが、寧ろ冒険者ギルドからして人気と信用を得たい側面が強く、そう言った点で冒険者を全面的にアピールし資金を稼ぐ。
だから強くて花のある冒険者をギルドは表に立たせたくて仕方がないのだ。
「トールは今までがあまり表に出ていなかったから尚更出したかったんだろうね」
「確かに私もSランク冒険者は何人も知ってるけど、トールの情報は聞いた事なかったもの。月刊冒険者でも見た事ないわよ」
「お前それ読んでるの?」
「何? 悪い?」
「いや。別に……」
まさかこんな所に月刊冒険者を読んでいる者がいるとは。
月刊冒険者は冒険者の情報をまとめた雑誌で、紙が安価になってから大衆の娯楽として普及し出した雑誌だ。
様々な冒険者を追跡、特集するのだが、中々のゴシップ度合いに取り上げられた冒険者は辟易する、という傍迷惑な雑誌である。
しかし女性冒険者への扱いは優しく丁寧で、巻頭のグラビアや袋とじ、女性冒険者ランキングは一般書民に非常に人気のコンテンツらしい。
そう言えば以前レイラがランキングに入ってない事に腹を立て、事務所に怒鳴り込んでいたな。
「でも模擬戦かぁ。て事は相手もSランクってことよね! Sランク同士の戦いなんて凄いわ。絶対見なくちゃ」
「疲れるからやだなぁ。個人的には武闘祭の優勝者と戦ってすぐ負けたいけど」
「そんなことしたら非難轟々でしょうね」
「だろうな」
少し気力が戻ってきたのか、アルティスやヘクスもパンを手に取り千切ったかけらを口に運んだ。
その隣でアミミとワシはガツガツとスープをかき込んでいる。
全くこいつらに緊張感というものはないのだろうか。
「それにしてもお前ら呑気だな。予選は明後日、本戦は明明後日だろ? 他の冒険者は今頃戦いの準備してるぞ」
今日は冒年会二日目。武闘祭はちょうど四日目、五日目に行われるイベントだ。
そして中一日を挟んで最終日の七日目に有名な冒険者のステージや魔法によるショー、エキシビジョンマッチなどが行われる。
武闘祭に出場する冒険者は皆今後が掛かっていたり人気を得る絶好の機会だ。なので様々な手を使って何が何でも勝ちに来る。
当然相手の方がランクも経験も、そう言った策略も上手である。
つまりアミミたちはそんな猛者たち相手に戦わなくてはならないのだ。
なのにこいつらときたら、準備もせずあまりに呑気なため心配にならざるを得ない。
とは言え低ランク冒険者が一概に不利というわけではない。
逆に有名だからこそ予選で大勢に狙われ敗退という話も少なくない大会だ。
無名の低ランクであれば注目されにくいのは確かなので、実は予選を勝ち抜く確率も高かったりする。
だがそんなことを教えると調子乗りそうなので俺は黙っておくことにした。
「一応そこら辺は僕がサポート予定だよ。それに各々自分のやり方があるようだからね」
そう言ってヘクスはアミミへちらと視線を向けると、すぐに俺をみて微笑んだ。
だがその反応がどういうことかわからず俺は首を傾げるしかなかった。
そうして食事を終えた俺たちは、そのまま各自の部屋へ移動して眠りにつくのだった。
翌日、俺は朝日を浴びる前に目を覚ました。
正しくは起こされた、だが。
「トール殿、起きるでござる!」
「カァ!」
ゆっさゆっさと、毛布にくるまる俺を力任せに左右へ揺らす。
気持ちよく寝ていたところで起こった揺れに、俺は再び微睡の中へと溶けてゆく。
「いい加減起きるでござる!」
「ぁたっ!」
バチンと額を棒のようなもので叩かれた。それも結構な威力で。
ようやく目を覚ますと目の前にいたのはアミミ。すっかり身支度を整えている。
手には刀を携えているのを見るに、どうやら鞘で俺の額を殴ったのだろう。
「うおい。なんて起こし方をしてくれるんだこの野郎」
「拙者は野郎ではないでござるよ。さぁ、出発するでござる!」
「……は?」
いきなり何言ってんだこいつ。どこかで悪いものでも食ったのか?そもそも今何時だ?
そう思いつつ、窓の外に視線を向ける。
カーテンが掛かっているため陽の光は見えない。それどころか光の類さえ漏れてこない。
どう考えても日の出前である。
「……うん。お休み」
「起きるでござるー!!」
もう一度毛布にくるまろうとした俺から必死に毛布を引き剥がそうとするアミミ。
ワシも加勢して俺をがむしゃらに起こそうとしてくる。
……いたい。
周囲でわぁわぁ騒がれるのも手伝って、まだ半覚醒だった頭が覚醒に近づいてしまった。
意地でも俺を寝かせてはくれないらしい。
「あー。わかったわかった。で、こんな日も昇ってない朝早くから何の用だ?」
「何って、修行でござる」
「……いや当然のように言われても理解が追いつかないんだが」
キョトンとしたアミミに思わず文句を言うが、アミミは首を傾げる。
こっちの方が首を傾げたいんだが。
「だから予選に向けての修行でござるよ。早く行くでござる」
「誰が、誰と修行に行くって?」
「勿論トール殿が拙者と修行に行くでござる」
「…………。何で、俺が、お前と一緒に修行に行く?」
「先生だからでござる。それとも拙者が武闘祭で負けても良いのでござるか?」
一応昨日の経緯はヘクスから聞いているが、勝っても負けてもいい経験になりそうなので、正直どっちでもいい。
まあせめて予選くらいは突破してほしいところだが、予選は予選で強い奴のいるブロックと当たると極端に勝ち目が薄くなるので、ある種運ゲーなところもあるからな。
それより今は如何に最終日に控える模擬戦を回避するか、そちらの方が大切だ。まあ回避はできないんだが。
俺はため息ひとつ。
「はぁ。まあどうしようもないことを考えても仕方ないからな。いいぞ。付き合ってやる」
「! 早く、早く行くでござる!」
アミミは嬉しそうに今にも飛び出しそうな雰囲気だった。
そう言えば最近アミミのことを見てやれてなかったし、いい機会かもしれない。
俺はあくびを噛み殺してベッドから起き上がると身支度を始める。
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「……あのー、アミミさん? 出て行ってはくれんのかね?」
「?」
俺の言葉にアミミはキョトンと首を傾げた。
自分の時はあんなだったくせに、俺に対しては何も恥じらいとかないのか。
こいつには剣よりもまず先に常識を教えた方がいいかもしれない。
……まあアミミだからいいか。
そのまま手早く着替えを済ませ、一通りの準備を整える。
「よし、出発でござる」
「で、どこに行くんだ?」
「ダンジョンはどうでござるか?」
「ダンジョンか……」
確かにこの周辺で稽古できるような場所といえばダンジョンくらいか。
とは言えあそこは魔獣相手に経験を積む場所だ。
一方武闘祭の相手は人。つまり対人戦闘の経験を積む必要がある。
武闘祭は特に予選、本戦通して様々な相手と戦うことになる。
本来であれば時間をかけて色々なタイプの相手と模擬戦を行い、どんな相手にも対応できるよう引き出しを増やすことが理想だが、流石に今日一日の付け焼き刃では時間がなさすぎる。
ならば、今できる最善の策を取るべきだ。
「んじゃ今日は登山と洒落込もうか」
「登山?」
「カァ?」
2人揃って首を傾げるアミミとワシに、俺はニコリと微笑んだ。
「と言うわけでやってきました山頂です!」
後ろでぜぇはぁ息を切らすアミミに収納から水袋を渡す。
アミミはその中身を一気に飲み干すと暫くして息を整えた。
俺たちが今いるのはダンジョンの入り口をさらに進んだ山の上。
標高はそれほど高くないが切り立った岩山に囲まれ普通の人間であればまず立ち入れないだろう場所だ。
なぜこんなところに来たかと言うと、まず第一に誰にもみられない。
相手に情報が漏れる事こそ、対人戦闘では弱点となってしまう。
武闘祭参加者は周囲に情報網を張り巡らせたり子飼いの密偵に情報を探らせる者もいるほどだ。
そんな奴らに当たれば確実にその弱点をついてくるので、ダンジョンやギルドの訓練場などは勿論使えない。
かと言って普通に行ける様な場所だと既に目があるかも知れない。
だがこの山頂は道中厄介な魔獣が生息しているため、Aランク冒険者でも無ければ訪れらない場所だ。
仮にAランク冒険者でも何も得るものがないので訪れない。
相手に探りを入れてくるのはBランク冒険者が殆どなので、つまりここであれば目を気にせず修行に励める。
そして第二に広い。
周囲を見渡せば、ここに来るまでの峻険な山肌に対して、頂上は開けた平地になっている。
少し歩けば飛び出た岩が剣山のように隆起しているが、それでもかなりの空間が開けていた。
こと武闘祭を仮想した場合の修行には広さが必要だ。
何故なら武闘祭の舞台自体が結構な広さだからだ。
元の世界で言うと東京ドームのグラウンドくらいはある。
と言うのも武闘祭の参加人数は相当数なため、2日で予選、本戦を行うには時間が厳しい。
その為予選は16のグループに分けられ乱戦が繰り広げられる。
例年500人以上は参加する為、単純に16等分しても1ブロック30人以上はいるわけだ。
多種多様な戦い方をする30人を相手に、最後のひとりになるまで生き残らなければならない。
それだけでも相当過酷な戦いだ。
だからこそ広さのある場所で大人数と戦う。その経験を積む必要があるのだ。
「とまあそんな感じで、周囲から絶え間なく襲ってくる攻撃をどう裁きどう対処するか。予選はそれが重要となる訳だな」
「ほうほう。では各攻撃に対しての対処法を学べば良いのでござるな」
うむうむ。我が弟子ながら理解が早い。
が、残念ながらそれは100%の正解ではない。
「これから行う修行の本質はもっと違うところにある。まああれこれ言うより実行するのが早い訳だが……。ん? ちょっと待て、この気配……」
「何でござるか?」
首を傾げるアミミを他所に、俺は背後を振り向いた。
振り下ろされるは木刀。
それをすんでのところで白刃どりする。刃は無いけど。
「よく受けた。久しぶりだのう。小童」
「おいおい。何であんたがこんなとこにいるんだよ」
「そりゃあ弟子の晴れ姿を見にの。模擬戦をやるのだろう?」
「……くそっ、ギルド本部のジジイどもか」
犯人に目星がついて思わず舌打ちしてしまう。
すっと目の前の人物が木刀を引いた。全く、この人はいつもいつも突拍子もないことをしてくれるものだ。
改めて目の前の人物を見る。
純白と言って差し支えのない髪にエメラルドの瞳。そして実年齢皆無な、白磁のように白く瑞々しい肌と美しい容貌。時折ピンと尖った長耳がぴくぴくと揺れるのが愛らしい。
と、後ろにいるアミミが随分と警戒した、それでいて怯えたような視線を向けていた。
「いや、この小童はお前さんの弟子かの?」
声をかけられびくりと肩を跳ねさせる。
その様子を見て柔らかな笑みを浮かべると、ルヴィアはアミミに手を差し出した。
「ワタシはルヴィアだ。一応こやつの師匠をやっておった」
「拙者はアミミでござる。……トール殿の……師匠?」
「うむ。そうじゃ」
「おお、そうでござるか! いやいや、こちらこそいつもうちのトール殿がお世話になっているでござる」
「お前は俺の母親か」
「ふはっ。主ら面白いのう」
俺の師匠と聞いてさっきまでの警戒心がすっかり消えたようだ。
まあ取り敢えず打ち解けたようで何よりだ。
しかしここでルヴィアに会えたのは幸いかもしれない。
「ルヴィア。久々の再会すぐで悪いんだが、頼まれごとをしてくれないか?」
「ふむ。可愛い弟子の頼みだ。何でも聞いてやるぞ。内容によるがの」
聞いてくれるのか聞いてくれないのかどっちなんだと言いたいが、取り敢えず言ってみることにする。
「実はアミミが武闘祭に参加することになってな。それで予選突破に向けた修行に来たんだが、多人数の仮想戦闘を経験させたいんだ。俺がやってもいいけどルヴィアの方が上手くできるからお願いしたいんだ」
「ほぉ。お前さんも中々どうして、師匠やっとるのう。あい分かった。弟子の弟子のためだ。ワタシがひと一肌脱いでやろうぞ」
「おおー。忝いでござる!
「そうと決まれば善は急げじゃ。早速始めるぞ」
するとルヴィアは両手をパンと打ち鳴らす。
瞬間、周囲が光るとポポンと小さな爆発が所々で起き煙が立ち上った。
その煙から現れたのは白く愛らしい小鬼たち。彼らは手に種々様々な武器を持ち、それを構えた。
「おっと。一応舞台もあった方がいいか」
俺は指を鳴らすし地面を少しだけ隆起させると、風の魔法で表面を削り平らに馴らして即席の舞台を作り上げる。
小鬼たちは次々舞台に飛び乗ると、何も言わずともやるべきことを理解しているのか武器を構えた。
「さてアミミ。お前には今からこの舞台の上で小鬼たちと戦ってもらう。ただし、ひとつ条件をつけさせてもらう」
「条件でござるか?」
「ああ。まあ簡単な事だ。お前は一才攻撃するな」
その言葉を聞いたアミミは、一瞬驚いた表情に変わり、すぐそれを引き締めた。




