104.ライバル
和装というアミミにも馴染みある格好をした男は、切長の瞳を向けて尋ねた。
「お嬢さん方、どこか怪我などはしていないですか?」
「だ、大丈夫です」
「拙者も、特に怪我などはないでござる」
「そうですか。それはよかった。冒険者はああ言う輩も多い。女子供だけで行動するのは危ないですよ」
「一応男もいたでござる」
そう言って背後で伸びているゲロとカスに視線を向けた。
その様子を見て男は苦笑いを浮かべる。
「何はともあれよかったです。あれ以上やっていたら……ギルドが半壊しかねなかったですしね」
そう言いながらアミミへと目を細めた。その瞳の昏さに思わず心臓が跳ねる。
強い、と言う以上に男からは不気味さのようなものを感じた。
「一体何があったんだ」
「おや?」
バタバタと足音を鳴らして駆けつけたのは壮年の痩せぎすな男。
覇気もないが隙もない。草臥れた表情で、騒ぎの中心だろうと判断したのかアミミたちの元へと歩み寄る。
その後ろにはヘクスとナナカの姿もあった。
「……ゲンショウ。まさかお前が問題を起こしたのか?」
「いえいえ。私は喧嘩の仲裁をしたまで。こちらのお嬢さん方が絡まれていたので」
「そりゃよかった。いやよくないか。何はともあれこれ以上面倒ごとが増えなくてよかったよ。君たちも災難だったね」
「大丈夫かい、アミミ君、アルティス君」
ヘクスも心配そうにアミミたちの元へと駆け寄る。
どこも怪我をしていないと分かりほっと息をついた。
「ソーセージに絡まれたでござるよ」
「ソーセージ?」
「……『槍聖王子』のことよ」
意味がわからず首を傾げるヘクスに頬を赤らめながらアルティスが説明を追加した。
その言葉にヘクスも納得したのか、しかし直ぐに苦虫を噛み潰したような表情になる。
余程ボイジャーの事が嫌だったのだろう。
「ボクの仲間たちが世話になったようだね。と、今日は随分な人間に会う日だ。厄日かもしれないな」
「それはこちらも、と言いたいところですが、良き出会いもありましたのでね。まあよしとしますよ」
「良き出会い?」
ヘクスの問いに、ゲンショウは何も答えず笑みを浮かべただけだった。
すると何処からか誰かを呼ぶ声が届くと、ゲンショウが反応する。
「シショー。どこー?」
「ああ。ここですよ我が弟子」
冒険者たちをかき分け現れたのはひとりの少女。
年齢はアミミより上、アルティスよりも少し下くらいだろうか。
短めに切られた銀の髪にエメラルドの瞳。気だるげに細めた目が印象的だった。
和装ではなかったが、羽織は東方で織られたもののようで何処か和の趣を感じさせる風合いだ。当然と言うべきか、腰には刀が下げられている。
「ちょっと幼女とソーセージとの喧嘩を仲裁していまして」
「……ワケフメイ」
眉間に皺を寄せて意味のわからない答えに頭を悩ませる少女に、ヘクスが事情を説明してやる。
説明に納得した少女はしかし、先ほどのヘクスと同じような表情になる。
顔すら見ていない相手にも嫌われる人気っぷりのようだ。
「それはそうと……」
ゲンショウはアミミへと顔を向けると、笑みを湛えたまま賞賛を口にする。
「君はかなりの剣の腕ですね。何より先ほどの冒険者に立ち向かっても臆する事がなかったその胆力、素晴らしい。いくつもの修羅場を潜らなければ中々身につけられるものではありません」
「それほどでも無いでござるよぉ」
「しかしそれだけに惜しい……」
「?」
ゲンショウは細めた目を少しだけ開き、まるで全てを見通すような達観した瞳を向けた。
「君には剣の才がある。それも並外れたものです。だが今はその才も蕾の状態。それを花開かせられるかは師の力量次第です。残念ながら、今まで君に剣を教えた人間はそこまでの器を持っていなかったのでしょう。ですからちゃんとした師の元で剣を磨いた方がいい。君さえ良ければ、私が手ほどきを致しますがどうですか?」
「シショー。弟子の目の前で浮気ダメ」
「これは……浮気かい? ただ勧誘してるだけですが」
「それを世間では浮気という」
「言いませんよ」
2人のやり取りに反してアミミの内情は穏やかではなかった。
褒められた事は素直に喜ばしいが、今の言葉は自分の師を貶したものだ。
自分の祖父とトール。2人の師を貶されて心中穏やかでいられるはずがない。
アミミとて、自分の夢を諦め剣に邁進すれば今より強くなれるだろうと考えた事はある。
しかし祖父はアミミの地図作りを応援した上で送り出し、トールもそれを理解した上で剣を教えてくれているのだ。
寧ろゲンショウの言う通り、今のアミミが蕾だと言うならば、それは中途半端な自分のせいに他ならない。
そんなアミミをここまで強くしてくれたことを褒められこそすれ、貶される謂れなど毛頭ない。
だからこそ今の言葉に憤りを隠せなかった。
だからキッパリと、簡潔に自分の意思を伝える。
「遠慮させてもらうでござる」
ゲンショウも分かっていたのか「そうですか」と軽く言っただけでそれ以上食い下がることもなかった。
寧ろ冷静に言葉を紡いだアミミに感心してさえいるようだ。
ひょっとすると先ほどの問いかけは自分を試すものだったのかもしれないと思ってしまう。
だがその答えに食いついたのは、ゲンショウをシショーとよんでいる少女。
「シショーの誘いを断る。本気?」
アミミの目の前まできた少女は攻撃的な口調でそう告げた。
先ほどの会話で浮気だなんだと言っていたくせに、断れば文句を言ってくるとは、アミミとしても理解が追いつかなかった。
ゲンショウへと視線を移すもただ笑みを浮かべるだけ。口を挟むつもりはないようだ。
「えっと……。お主の名は?」
「私はメスティ。……他人に名を尋ねる時はまず自分から」
「すまぬ。拙者はアミミと申す。メスティ殿は拙者への勧誘が嫌なのではござらぬのか?」
「嫌」
「ならば拙者が断った方が嬉しいのでは?」
「うれしい」
「……なら、これで良いのでは?」
しかしメスティは眉間に皺を寄せ不服そうな態度だ。
その反応にアミミはさらに頭を悩ませた。
アミミがゲンショウの誘いを断る。これで円満解決だと思うのだが、メスティにとってそれは最良ではないらしい。
「ではどうしろと?」
周囲で聞いていたヘクスたちもアミミと同じ気持ちだった。
何が正解やら全く分からない。
アミミにそう問われると、暫しメスティは固まった後、視線を彷徨わせて答えを探し始めた。
しかし言い出した本人でさえすぐに答えが見つからないようで、ぐるぐると彷徨う視線が速さを増していく。
やがて思考が耐えきれなくなったのか頭を抱え出した。
みんな「えー……」といった反応でそれを見る。
「すみませんね。この子は腕は立つのですが、些か残念なところがありまして」
「シショー、侮辱罪。後でお菓子奢る」
「えぇ……」
ゲンショウの言葉を抜きにしても、既にメスティが残念という印象しか抱けなかった。
そんな時メスティの顔が僅かだがぱぁと明るくなる。そして態とらしく掌の上を拳でぽんと叩いた。
「分かった。アミミと私が勝負すればいい」
「全然意味が分からぬが!?」
「そして私が勝てばいい」
「説明なしでござるか? しかも拙者負けるの!?」
「そう」
「肯定されたでござる!」
突然のメスティの案にこの場にいた全員が置いてけぼりを喰らっている。
ゲンショウに視線を向けるも肩をすくめ首を振るばかりだ。
「ちなみになぜ拙者がメスティ殿と戦うでござるか?」
「ふふふ。私とアミミが戦って私が勝てば私の方が強い。つまり私の方が優秀。そしたら優秀な弟子が既にいるから新しく弟子を取る必要がなくなる。だからアミミはいらない。完璧」
ふんすと鼻息を荒げてドヤと自信満々な表情を浮かべる。
筋は通っているようで実は全然通っていないのだが、本人はいたって真面目なのでアミミも反論はしなかった。
その様子に側から見ていたヘクスがぽつりとこぼす。
「アミミ君ばりだな」
「どう言う意味でござるかヘクス殿!?」
「いや、相手の意見を聞かずに一方的に言い募る部分は通じるものがあるかと」
「拙者そんな風に思われてたでござるか……」
「私は時々子供だなぁって思ってたわよ」
「アルティス殿まで!」
「アルティス君も大概だから」
「えぇ!?」
なぜかアルティスにまで飛び火していた。
すると側にいた痩せぎすの男、このギルドのマスターが口を挟む。
「ええっと……その、メスティと言ったかな。君はそちらのアミミと戦いたいのかい?」
「そう」
「そうかい。けどギルドとしては冒険者同士の私闘を禁止しているんでね。できれば遠慮してもらえると助かるんだけど」
まあ裏でやってる奴はいるけどと小さくこぼす。
ギルドマスターの言葉を聞いて反応したのはアルティス。
「へー。そうなのね。知らなかった」
「アルティス君はCランクのはずでは?」
ヘクスの突っ込みにアルティスが苦笑いを浮かべた。
「大丈夫。勝負はできる」
「それはどういう?」
「武闘祭」
「……なるほど」
「武闘祭って何でござるか?」
「このお祭りのイベント。一番決定戦」
「うむ。全然分からんでござる!」
「……ボクから補足すると、武闘祭は冒年会の中程で行われる冒険者同士の決闘だよ。勝ち上がり方式になっていて、冒険者の実力者No1を決める大会だ。観客も入れた大々的な興行で、多くの人や貴族の目に止まることでパトロンがついたりクランに勧誘されたりする。要は冒険者にとってのお披露目会だね。No1と言っても出場資格は決められていて、C〜Aランクの冒険者であることが条件になっている」
「もはや補足じゃないわね……」
「ほんとでござる……。所で、Cランクからと言うことは、拙者まだFランクだから参加できないでござる」
アミミのカミングアウトにメスティが固まる。
少し考え込んだ後、またぽんと掌を拳で叩いた。
「じゃあCランクということで」
「いや無理ではござらぬか!?」
「行ける。明後日までにいっぱい魔獣倒す」
「急に強行軍!」
メスティの天然かわからない言葉に反応しすぎて流石のアミミも肩で息をしていた。
呆れを隠さずギルドマスターが溜息をつく。
「ギルド側から言わせてもらうと、冒険者のランクはそんな簡単に上がらないからね。ギルドの最短記録でもFランクからCランクに上がるのに2週間は掛かってるからね」
「何それすごい」
アルティスが目を見開いて驚いていた。
自身もCランクであるためその凄さが余計身に染みるのだろう。
一方メスティは困ったように顔を歪めると、残念そうに息を吐いた。
「それは残念。じゃあシショーよろしく」
「えぇ……」
その丸投げに流石のゲンショウも顔に疲労を滲ませる。きっとゲンショウとメスティはいつもこんな感じなのだろう。
何となく2人の関係性が分かってきたアミミ達だった。
「こう見えてあなたのシショーも忙しいんですよ? まあ私の推薦という事で掛け合っては見ますが」
チラと隣にいるギルドマスターに視線を向けながら、自信なさげに苦笑するゲンショウ。
ギルドマスターもやや困った風の反応を見せた。
すると今まで黙っていたナナカも突然口を開いた。
「それなら大丈夫ね。ダメなら私もアミミを推薦するよ。それに、アミミはトールの弟子ね」
「へー。トール弟子とったんだね……。なるほど」
ナナカの言葉を聞いてギルドマスターは今日初めて楽しそうな表情を浮かべた。
アミミへと視線を向けると何事か考えながら、数度頷く。
「それはそれで楽しそうだ」
何故かギルドマスター直々の許可が降りた形になっている。その回答にナナカもうんうん頷いていた。
すっかり置いてけぼりになったアミミだったが、さっきからずっと気になっていたことを口にする。
「その武闘祭でござるが……拙者が参加して何か得なことがあるでござるか?」
「……確かに」
何故かすっかり参加する流れになっていたので誰も気にしていなかったが、アミミの言う通り参加した所でアミミに何のメリットもない。
しかも望む結果のためにはアミミが負けなければいけないのだ。それは一剣士として頷けるものではない。
なら何のメリットがあるのかというと、聡明なヘクスを持ってしても適当な理由が見当たらなかった。
「んー。シショーの弟子にならなくて済む」
「それはメスティ殿に負けた場合でござろう。もし拙者が勝ったらどうなるでござるか?」
「それはないから大丈夫」
「大丈夫じゃないし拙者は負ける気ござらんよ」
「なら私に勝ったらもう勧誘はしない。シショーが」
「それ既に断ってるでござるが?」
「そしたら……えっと、強い人と戦える?」
「何故疑問系? まあ確かに強敵と相見えるのは魅力的でござるが……。けれど別に参加しなくてもいい気がするでござる」
「えー。もっと欲望に忠実にー」
「忠実に従った結果、今お断りしてるでござるが……」
アミミの反論にメスティが頬を膨らませる。
周囲の人間は納得しているのだが、メスティはどうにも納得できないようだった。
もはやメスティひとりが不服な状態。何ともタチの悪い話である。
しかしもっとタチが悪いのは、その様子を見て楽しんでいる節のあるゲンショウとナナカであった。
ナナカに至ってはどうにか2人を戦わせたいようにも見える。
多分単純に戦いが見たいだけだろうが。
しかしここでアミミにとって最悪の助っ人が現れる事になる。
アミミの背後から口を出したのは、エリカであった。
「ギルドマスターさん。この大会に参加すればぁ、賞金か何か出るんですかぁ?」
「一応ギルド側としても多く参加して盛り上げてほしいからね。参加だけで漏れなく銀貨10枚は貰えるよ。準々決勝まで進出すれば金貨5枚、準決勝で10枚、決勝で20枚、優勝なら35枚だ」
「ならゲロさんとカスさんも参加ですねぇ」
「あ、それいいわね。旅のお小遣い稼ぎになりそう」
「気を失ってる間に決められるゲロ殿とカス殿、不憫でござるな……」
自分たちの知らぬ所でいつの間にか武闘祭に参加させられた2人が、一回戦で負けて無様な姿を晒すのはもう少し後のことである。
「仲間が参加、アミミ参加」
「いや参加せんでござるよ?」
「大丈夫。ちょっとだけだから。先っちょだけでいいから」
「女の子が口にしていいセリフじゃないけど……」
そんなやりとりをしている間に、いつの間にか隣でエリカがサラサラと紙に何かを書いていた。
空間魔法を使って空中に紙を静止させた状態で筆を走らせる。
周囲の冒険者が驚愕する中、ギルドマスターは温かな目でそれを見ていた。
数枚書き上げたそれをギルドマスターに渡す。
「参加登録ありがとう。5人の参加だね」
「よろしくお願いしますぅ」
「あれ? 5人?」
アルティスが登録された人数に首を傾げた。
「はいぃ。ゲロさんとカスさんとぉ、アルティス様ですぅ」
「私まで入ってるの!?」
「はいぃ。それとアミミさんとヘクスさんですぅ」
「何で拙者まで!?」「くっ、エリカ君、やってくれたね……」
何故かアミミとヘクスまで勝手に申請されていた。
アミミの参加が決定したことでメスティが満足げな表情を浮かべる。
「ふふ。これで戦える」
「ぐぬぬ。不本意とは言えちょっと楽しそうと思ってしまった自分がいるでござる」
「諦める。そして精一杯楽しむ」
「メスティ殿に言われるとなんかムカつくでござる」
成り行きとは言え参加が決定してしまった以上、アミミも仕方なしと言った雰囲気で表情を緩めた。
その隣ではアルティスが頭を抱え、ヘクスはエリカに恨めしそうな目を向けていたが。
とは言え既に決まったこと。仕方がないと意識を切り替える。
「所で君たち。お互い戦いたいようだけど、試合は予選と決勝で分かれてるから当たるまでせいぜい頑張ってね」
「「……え?」」
ギルドマスターにの至極当たり前な指摘にぽかんとする2人であった。




