102.出会いinダンジョン
予約忘れてた。。
そのままサクサクっと第一階層を進んだ一行は、第二階層への入り口を見つける。
第二階層への入り口は少し広めの空間のその先にあり、分かりやすい様に入口の左右に魔法灯が掲げられていた。
ご丁寧に看板まで設置されている。
「ようやく次の階層へ行けるでござるな」
「待つのよアミミ」
意気揚々と第二階層へ進もうとしたアミミを腕を出して制するアルティス。
視線をキョロキョロと左右に動かし周囲を用心深く観察する。
そんなアルティスの様子にアミミと肩に乗ったワシが小首を傾げた。
「どうしたでござるか?」
「アミミ、よく聞きなさい。ダンジョンの階層には階層主と言われる強力な魔獣がいるの。次階層へと続く道を守護して英雄たちの行手を阻むのよ」
目をぎらつかせつつもその口元には笑みを浮かべている。側から見たらヤベー奴と化していた。
きっと物語りや英雄譚への憧れが過ぎてそう言ったシーンを思い描いてしまっているのだろう。
しかし特に強力な魔獣が潜んでいそうな気配などは感じない。
アミミは肩の力を抜きながら一応警戒を強めた。
そこに口を挟んできたのはヘクスだ。
「アルティス君。楽しんでいるところ悪いが、階層主は出てこないよ。討伐されても定期的に復活はするけど、まだこの部屋の戦闘の後は新しい。討伐からそれほど経ってないみたいだから、復活までは暫くかかるだろうね。」
「………………。さぁ、みんな次の階層に行くわよ!」
その言葉に一瞬固まるアルティスだったが、しばらく目をぱちくりした後気を取り直して檄を飛ばす。
耳まで真っ赤になっているところ、きっと恥ずかしかったのだろう。けど誰も野暮なことは言わない。
エリカだけ『そんな魔王様もカワイイですぅ』と相好を崩していた。
その声が耳に届いたのかアルティスの耳はさらに真っ赤になった。
そんなこんなで下層へ続く階段を降りて薄暗い通路を進むと、急に光が強くなる。
通路を抜けるとそこは一面草原が広がっていた。
気持ちのいい風が頬を撫でる。地面に生える青々とした草が風に戦いでいた。
遠くには木々がまばらに見え、色とりどりの木の実がなっている。
ふと空を見上げると洞窟の中にいると言うのにそこには雲ひとつない青空が広がっていた。
太陽こそないが光に満ちており清々しい雰囲気だ。
ひょっとするとダンジョンから外に出てしまったのかと思い背後を振り返る。
するとそこには先程自分達が降りてきた階段へ続く通路があり、その周囲は岩の壁が広がっていた。
その壁が天井まで伸び何処からか青空に変わっている。
境目はよく見ても分からず何故かぼんやりとしており、急に空が姿を現していた。
「どうなってるでござるか?」
「ふふふ。不思議だろう。初めてここを訪れる冒険者は皆同じ反応をするんだよ」
ヘクスだけが余裕のある笑みを浮かべ、他の面々はポカンと口を開けて目の前の光景を眺めていた。
否、エリカは変わらず笑顔を湛えていた。
「まあこういった光景が広がるのは何もこのダンジョンだけって訳じゃないさ。世界には色々なダンジョンがあるからね。なぜダンジョンの中でこんな光景が広がっているかはまだはっきりと分かっていないけれど、一説には環境を変化させる事で侵入者の負担や油断を誘うためじゃないかと言われているよ」
「侵入者の負担? 油断を誘うってまるで生きてるみたいだけど、ダンジョンってただの瘴気溜まりなんじゃないの?」
「ふふふ。確かにそう言う考えもあるけどね。ボク個人は、ダンジョンと言うものは魔物だという説を支持している」
「ほー。ダンジョンは魔物だったでござるか」
「まあそう言う説があるってだけだけどね。けれどダンジョンはまるで何者かの意志が働いている様に感じる時がしばしばあるんだ。それは罠だったり生息する魔獣だったり、環境だったり。厭らしいタイミングでまるで智略を巡らし仕掛けてくるような時がある。魔獣や魔物は瘴気の濃い場所や大量の瘴気を浴びる事で生まれると言われているけれど、ダンジョンが意志のある巨大な魔物で、ボクたちは今その腹の中に入っていると考えると、何だかおもしろいだろう?」
そう言ってヘクスはくつくつと笑う。
皆はその言葉を想像すると妙に厭な気分になった。
現在進行形で魔物の胎内を探索していると考えると、まるでじわじわと真綿で首を絞められるかの様だ。
魔獣の襲撃や罠など徐々に弱らせにかかっている様に感じる。
そんな状況で嬉しそうにする人間は、この場にヘクス以外いなかった。
アミミは食べる側は良くても食べられる側はごめんだ、とちょっとズレたことを考えていたが。
「あながちその考えは間違ってないですよぉ。最初のダンジョンはこの世界に顕現した最古の魔物らしいですからぁ」
「何だってぇ!?」
エリカの言葉にヘクスは嬉々として飛びついた。
自分の信じる仮説の一部が、自分よりはるかに年月を経た存在が肯定したのだ。
ヘクスからすると嬉しくて仕方がないだろう。ずずいとエリカに詰め寄ると質問の連打を繰り出した。
対するエリカはうふふと微笑んで躱すだけ。
そんな2人の様子を側で呆れ気味に見ながら、アミミやアルティス達は周囲を観察する。
見渡す限り草と木しか見えず、魔獣の姿も見当たらない。
かなりの広さがあるのか下層へ続く入り口はここから見えない様だ。
一見するとほとんど危険がない様に見える。
一先ず盛り上がる2人(主にヘクスが暴走しているだけだが)を放置して、アミミ達は歩をすすめた。
多少離れたところで障害物も何もないだだっ広い場所だ。流石に見失うことはないだろう。
そのまま少し進んで見るが、特に魔獣の気配は感じられない。
アミミのアンテナにも掛からないところを見ると、本当に近くに魔獣がいない様だ。
「ここは魔獣がいないのかしら?」
「そう言う階層なのかもしれないでやんすね」
「ガスガス」
「そんな事はないはずなんだけどね」
突然背後から発せられた声に飛び退く3人。
声の主はヘクスで、エリカとのやり取りを終えいつの間にか背後に来ていた様である。
「ヘクス殿。あの木の実は食べられるでござるか?」
「この流れで聞くのがそれかいアミミ君……。まあ一応食べられたと思うけど、不味いからおすすめはしないよ」
その言葉を聞いて今日一番ショックな表情を浮かべるアミミであった。
その様子にヘクスもやや呆れ気味だ。
「さっきほどの話、この階層にもやはり魔獣がいるでやんすか?」
「そうだね。本来は四足獣の魔獣が草原を彷徨いてるはずだけど。妙だね。確かに魔獣の気配がない」
周囲の違和感に目を細める。
見渡す限り草木しか存在しておらず、魔獣の姿は窺えない。
草むらにも意識を集中するが隠れている様子もなさそうだ。
以前ここを訪れた際は遠くからこちらを窺う複数の魔獣の視線を感じたが、やはり今はどこからも見られていない様子。
ダンジョンにおける魔獣の発生要因は解き明かされていないが、ある程度一定の間隔で生まれるとされている。
しかしそれがいないとなると、これは明らかに異常自体。
考えられるとすれば他の冒険者が徒党を組んで、短い期間で魔獣を狩ったか。
或いは階層主をも超える非常に強力な個体が生まれ、他の魔獣を一掃したか。
ここは冒険者ギルド本部のお膝元。ダンジョン内の管理もある程度冒険者に任せられているが、それでも資源採取の観点から前者の様な行いをするものはまずいない。
であれば可能性としては後者が高い。
過去に何度かダンジョン内にて特殊個体が発生し、生態系が塗り変わる事件が発生した。
そのほとんどのケースで、ダンジョンから魔獣が溢れ出し、近隣に被害を及ぼす結果となっている。
それはギルドが定めたランク以上の個体が多く発生することにより、冒険者の対応が後手になりがちで対処しきれないからだ。
冒険者は自分に合ったランクのダンジョンに潜る。
その為突発的なダンジョンのランク上昇があっても直ぐに見合った高ランク冒険者を集める事が出来るわけではない。
それでも滅多に起こる事ではないため、現実的に対処が難しい問題でもある。
そして今のこの状況。
このダンジョンは全十階層からなるダンジョンで、第五階層までを浅層、第六階層以降を深層と呼ぶ。
浅層ならC〜Bランク、深層ではB〜Aランク相当の魔獣が発生する。
もし仮に特殊個体が発生していれば浅層ならまだしも、深層であればヘクスの手に負えない可能性が出てくる。
本来であればランクの上昇となるある程度の確証を掴んでから報告が常だが、今のパーティーメンバーを連れてそれをするには不安が大きすぎる。
となると選択肢は一つ。
「みんな、直ぐにここから離れよう」
その言葉に異を唱えるものは誰もいなかった。
ヘクスの様子から皆この状況が異常事態だと察していた。
「ボクが最後尾を務めるからアミミ君を先頭で進んでくれ。魔獣との戦闘はできれば避けたいが、時間がかからなければ倒す判断をしてくれてもいい。アミミ君ならそれが出来るだろうからね」
「承知したでござる」
「後は――――――!」
それを言い切る前にヘクスとアミミがアルティス達の前に飛び出して武器を構える。
一瞬だがこちらに何かが近づく気配を感じた。
それも、圧倒的な力を持つ何者か。
ヘクスは本を握りながら相手の強さを測っていた。
一瞬感じた気配。
まるでトールやクラマスに匹敵するほどの濃密な力の塊。
驕るわけではないが、ヘクスも冒険者の中で言えばそれなりの力を持っていると自負している。
だとしても目の前の相手には時間稼ぎしかできないと一瞬で理解させられた。
つまりどうあっても勝ち目がない。
ならば自分にできる事は、前途有望な者達を逃すため壁になる事。
(もしボクが死んだらトールは悲しく思ってくれるかな……)
気付くとそんな事を考えている自分に驚き、ふっと微笑を浮かべた。
体内の魔力を練り上げ本に光を灯す。
「アミミ君。先ほどの手はず通りに、みんなを連れて逃げてくれ」
「ヘクス殿は、どうするでござるか?」
「ボクは……多少でも時間を稼いでみせるさ」
「…………分かったでござる」
何が相手でも、多少は時間を稼いでみせる。
それが先輩冒険者として、そしてトールの弟子達に対してしてあげられる自分の精一杯だ。
その時、ふわっと何かが飛来する。
一瞬皆の意識がそちらに持っていかれ、ヘクスが咄嗟にその物体へと雷を落とした。
黒焦げになった何かがゆっくりと落下し、地面に当たって音を立てる。
それは人間大はある虫の頭部。
それを認識した時には既に、何者かが目の前まで迫っていた。
今の今まで姿が見えなかったが、辛うじて視界の端で捉えたのはまばらな木の影からとてつもない速さで距離を詰めたという事実。
意識がゆっくりと流れ、目の前のそれが足を突き出すべく体を動かした。
ヘクスは咄嗟に隣にいるアミミを突き飛ばし背後のアルティス達を風の魔法で散り散りに吹き飛ばす。
加減をする時間はない。生き残れたら後で謝ろう。
前面に魔法の壁を展開しできるだけの防御を固め、体を土魔法の鎧で覆う。
それらを全て、同時に行う。
次の瞬間、目の前の相手の蹴りがヘクスへと炸裂した。
土の鎧を砕くと口から掠れた息が飛び出し、軽いとは言えその体を意図も容易く吹き飛ばす。
流星のような勢いで入り口近くの壁にぶつかり辺りに爆音を撒き散らす。
隣にいたアミミは一連の出来事を理解していた。理解していたが、その速度に反応ができなかった。
隣を見ると、先ほどまでヘクスのいた場所には、菫色の髪を靡かせた少女が足を振り上げた体勢で立っていた。
「ん?」
少女が声を漏らす。
何かに気付いたのか少女はアミミへとゆっくり視線を移した。
髪と同じ菫色の瞳。
その瞳を見た瞬間力の差は自覚した。それでも今自分ができることはヘクスの代わりにアルティス達を逃すこと。
一瞬で判断し抜刀。
至近距離にもかかわらず、少女は難なくそれを躱す。
続け様に踏み込み距離を詰めながらの袈裟斬り。少女は半身になって躱すとバックステップで距離を取る。
すかさず桜刀斬で桜の花弁を散らした。
少女は飛ぶ斬撃に一瞬目を見張り、しかし手に力を集中すると斬撃を上から叩き砕く。にやりと笑みを浮かべた。
今度はアミミが驚愕する番。まさか素手で斬撃を砕くとは想像もしていなかった回避策だ。
しかし直ぐに意識を戻して春雷で距離を詰める。
少しでも距離を詰め意識を割き、出来るだけこの場から距離を稼ぐ。
アイコンタクトでアルティス達に目配せする。
その意を汲んで、すぐにアルティス達はヘクスの方へと向かった。
このまま自分が時間を稼ぐ間にこの場から逃げてくれればそれでいい。
ヘクスでさえ勝てなかった相手。自分が太刀打ちできる道理はないが、多少の時間を稼ぐ事は出来るはずだ。
今も自分の攻撃を躱し続けるだけで攻撃してこない。
逆に言えば、これだけ肉薄して刀を振るっても攻撃を当てることができない。
それだけで実力差が測れるというものだが、今はそれで十分だ。
刻を稼げば目的は達せられる。
そんなアミミに対し、菫髪の少女は余裕の笑顔を浮かべていた。
攻撃の速度も速かったが、回避もまた速い。一つ一つの動きが洗練されている。
先ほどから回避される度に何度も視界からその姿を見失うが、それでもアミミが喰らいつけたのは上空のワシと視界を共有しているからだ。
ワシの目を通して位置関係を把握。至近の距離では致命的でも、俯瞰で見れば相手の次の一手が読める。
そこを邪魔し続けることで何とか均衡を保っている状況だ。
今どれだけ経った。後どれだけ刀を振るえばいい。
刀を振る手が鈍るのを感じながら、それでも裂帛の気合を込めて攻撃を繰り出す。
「たあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「いいね、お前」
ぴたっと刀の動きが止まる。
剣先が、少女の指2本で摘み取られ、押しても引いても1ミリも動かない。
その時になってようやく気付いた。
目の前の相手は自分の猛攻で攻撃出来なかったんじゃない。攻撃しなかっただけなのだと。
やろうと思えばいつでもこちらの攻撃を止めることが出来た。寧ろ止める必要もなく、気づく間もなく止めを刺せただろう。
圧倒的力の前に、アミミの胸中に絶望が広がる。
アルティス達はまだヘクスの元へ駆けつけたところだ。
全員が逃げるにはまだ全然足りない。
「おっと」
刀に炎を纏いアルティス達を隠すように立ちはだかる。
今はいい。何も考えるな。集中しろ。
凪いだ瞳が刀に纏った炎に薄く照らされる。
その瞳を見て少女は、ぶるりと身震いした。戦いの高揚に。
静かに互いが、触れ合うほどの距離で構えをとる。
とその時、2人の間に割って入るように一条の雷光が降り注いだ。
即座にお互いが後ろへ跳び距離を取る。
「無駄な喧嘩はやめたまえ2人とも」
「ヘクス殿!」
先ほど吹き飛ばされたヘクスがアルティス達を引き連れアミミ達の元へと歩いてきた。
口端は僅かに赤が残っており血を拭った後がある。まだダメージがあるのか腹部を押さえながら辿々しい足取りだ。
慌ててアミミもヘクスへと駆け寄る。
「大丈夫でござるか?」
「ふふふ。ボクは大丈夫だよ。まあ無事とはいかないけどね」
痛みを堪えるように笑みを浮かべるヘクスを見て、アミミは顔を伏せた。
そんなアミミの頭に優しく手を置く。
「アミミ君はみんなを逃がそうとしてくれたんだね。ボクが不甲斐ないばかりにすまない。ありがとう」
「…………また何も出来なかったでござる」
その言葉の意味はわからなかったが、ただ黙ってアミミの頭を撫でた。
そのままアミミはヘクスの野体に抱きつく。
少し傷が痛んだが、ヘクスはアミミの頭を撫で続けた。
暫くそうした後、落ち着いたのを見計らって肝心の人物へと視線を向ける。
「さて、そろそろ事情を聞いてもいいかな。ナナカ・エスト・ウィッチ君」
そう問われた少女、ナナカはにやりと笑みを深めた。




