101.レッツラダンジョン
「うーみーはーひろいーなーおおいーなー」
「アミミ君。なんだいその歌は」
「拙者の故郷に伝わる歌でござる。冒険の時にピッタリと聞いたでござるよ」
「どう考えても海関係なくない? しかもおおいーなーって何よ」
「多い? でござるかね?」
「私が知るわけないでしょ……」
壁に設置された魔法石の発する光に照らされた通路を歩きながら、一行は順調に進んでいた。
側から見ればその姿に緊張感などまるで感じられないのは一目瞭然。
まるでピクニックでもするかのような気軽な雰囲気にヘクスも苦笑いを禁じ得ない。
「あ、ここの角を曲がったところに魔獣が2匹ほどいるでござる」
「……全く、君には驚かされるね」
ここまで呑気に歩いてこられたのもアミミの索敵あっての物種。
斥候云々と言ったレベルではなく、気配から魔獣の存在や罠などの違和感を悉く察知してしまうのだ。
流石にどのような罠かまでは認識できないものの、それでも何かがあると分かるというのはダンジョン探索において非常に有用なのは言うまでもない。
それだけで魔獣や罠の回避ができるとなれば、安全に探索する上でこの上ない能力であるのは間違いなかった。
ヘクスですらも、ここまで何もなくダンジョン探索できるのは初めてのことだ。
ワシを特攻させるような場面も今の所ないため、誰かしらが犠牲になったということもない。
ヘクスは言われるがまま通路の角へと炎の魔法を放つ。
すると角の先から魔獣の叫ぶ声が一行の元へと届いた。
「アミミってすごいのね……」
「正直ボクもこんなに驚いたのは久しぶりだ」
「もっと褒めてくれてもいいでござるよ。トール殿は塩対応が多いでござるからな」
「まああれは照れ隠しの一種だろうね。トールはだいぶ捻くれた性格してるから」
「それ分かる」
「あちきもそう思うでやんす。なんか素直じゃないんでやんすよね」
「カァカァ」
本人のいないところで散々な言われようのトールだったが、皆同意してうんうんと頷いていた。
「ところでここのダンジョンはどんな所なの?」
「そうだね。ここは地下に多層構造になっているダンジョンで、主に爬虫類に似た魔獣が棲息しているんだ。第一階層は見た通り洞窟で、第二階層は植物が生い茂る草原になっているよ」
「洞窟の中に草原でござるか?」
「ふふふ。不思議だろう? 空も明るいから、ボクもダンジョンという事を忘れそうになるよ。ダンジョンとはそんな不思議な場所なのさ」
「不思議空間でござるな!」
何故かその一言で皆納得してしまう。
それから暫くダンジョンの中を探索する一行。
アミミがあまりに素早く魔獣や罠を見つけてしまうため訓練にならないので、罠はともかくせめて魔獣を見つけたら教えないようヘクスが言い含める。
とは言え何かに気づくとアミミがソワソワするため、近くに魔獣がいるだろうことは一目瞭然だったが。
先頭を歩くのはゲロとカス。共にCランク冒険者と言うこともあり、纏う雰囲気は積み上げられた経験を感じさせる。
通路の先に魔獣の気配を感じながらにじり寄るように歩を進める。
光源はあるものの薄暗い通路の先、きらりと光る4つの赤い点が見えた。
前方の暗がりの中で影がゆらめくと、のそりと姿を表したのは1匹のトカゲ。
体長は大人ひとり分はあろうかというほどの大きさ。
地面に張り付くように低い位置を歩いており、口の間からチロチロと舌をのぞかせる。
そして何より特徴的なのは、そのトカゲの頭が左右にひとつずつあると言うことだ。
Cランク魔獣であるダブルロックリザード。岩のように硬い皮膚と2つの頭を持つトカゲの魔獣。
「ダブルロックリザードだね。Cランクの魔獣だ。まずはアルティス君とゲロ君、カス君の3人で戦ってみようか。アミミ君は背後を警戒しておいてくれ」
「分かったわ!」
「分かったでござる」
ヘクスの言葉でアルティス、ゲロ、カスの3人が武器を構える。
前衛のゲロはロングソードに盾、カスは両手持ちの重量のあるハンマーを。
後衛のアルティスは2人の背後で杖を構えた。
何かあった時のため、一応ヘクスも本を構える。
4つの赤い瞳をギラつかせ獲物を視界に捕らえたダブルロックリザードは、値踏みする様に3人を見つめる。
そしてまるで笑みを浮かべたように口を歪めると、いきなり体を跳ねさせ突進してきた。
予想外の早い動きに驚いたゲロは、しかし流石は経験を積んだ冒険者、盾を前に体重を乗せた突進を受け止める。
ガインッ、と鈍い音が響き衝撃にゲロの盾を持つ腕が跳ねる。
だがしっかりと威力は殺し切り、ダブルロックリザードの追撃を防ぐ。
その隙をついてカスがハンマーを横から叩き込んだ。
ダブルロックリザードは衝撃に耐えきれず通路の側面へと吹き飛ばされると、壁に叩きつけられ小さく悲鳴をあげた。
すかさずゲロが走り出すと追撃を加える。が、振り下ろしたロングソードは硬い皮膚に弾かれた。
その隙をついてダブルロックリザードがゲロに襲い掛かる。
するりと地面を這うように移動してゲロの足へと飛びかかった。
すんでの所で体を引くと、先ほどまで足のあった場所でダブルロックリザードの顎がガチリと音を鳴らした。
「気をつけて。そいつは毒を持っているよ」
「ひえ〜でやんす!」
間一髪攻撃を避けたゲロだったが、しかし残った頭が今度こそ足に噛みつこうと首を伸ばした。
飛び退いた時に体勢を崩したゲロはダブルロックリザードの追撃を避けきれない。
開いた顎が足に食いつこうとしたその時、カスのハンマーが足と顎の間に差し込まれる。
ガキンと金属同士がぶつかる様な音が通路内に響いた。
ガッチリとダブルロックリザードがハンマーに食らいつく。
「2人とも離れて!」
アルティスの声にゲロとカスはその場から一斉に飛び退いた。
ダブルロックリザードの2つの頭がゲロとカスそれぞれの姿を追いかけ、続いて4つの目が一斉にアルティスへと向けられる。
魔獣からの鋭い視線に僅かに恐怖心が生まれるが、無理やり押し込め手に持った杖を前方に翳して力強く呪文の名を口にした。
「ライトアロー!」
アルティスの杖先に光が集約し矢となって一直線にダブルロックリザードへと飛来する。
危険を察知したのか双頭をくねらせ慌てて回避しようとするが、既に回避が間に合う時間はない。
光の矢はダブルロックリザードの片側の頭に命中すると、着弾位置で小さな爆発が発生し苦悶の声を上げた。
矢の攻撃で片側の頭部が沈黙したことを理解すると、その隙をついてゲロが地面を蹴って肉薄、残る頭部の喉元深くへ手に持った剣を突き刺した。
グゲッ、とカエルの様な鳴き声を漏らす。
ダブルロックリザードは剣から逃れるためじたばたともがくが、ゲロが剣をガッチリと押さえ込み離さない。
カスもハンマーで真上から追撃を加えて動きを抑え込んだ。
徐々にダブルロックリザードの動きが鈍く弱くなり、やがて完全にその動きを止めた。
討伐が完了したことを確認すると、ゲロは手に持った剣を抜き取り鞘に収める。
「ふぅ。やったででやんすな」
「ガスガスガス」
「どんなもんよ!」
アルティスが力瘤を作って誇らしげに笑顔を浮かべた。
中々の手際の良さにヘクスとアミミはパチパチと手を鳴らす。
その隣でエリカは煩いほど激しく拍手をしていた。
「流石Cランク冒険者。中々の連携だったよ。実力だけならBランクパーティーでもやっていけそうだね」
剣士として十分な実力のゲロと隙は大きいが一撃の破壊力を持ったカス、そして威力のある魔法を扱える聖女であるアルティス。
3人とやや人数は少ないが、バランスの取れたいいパーティーだとヘクスは判断した。
「実力に見合った相手との戦いを繰り返していけばBランクに上がるのも近いと思うよ」
「うそ。やった。Bランクですって!」
Bランクという言葉にアルティスはぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ。
Bランクと言えば一流冒険者と言って差し支えないランクである。アルティスが喜ぶのも無理はない。
ゲロとカスもそんなアルティスを温かく見守っていた。
するとダブルロックリザードの血臭を嗅ぎつけたのか、前方から再び魔獣の気配を感じる。
光に照らされ現れた姿は、どす黒い顔で爬虫類の様な目の魔獣。
ダブルロックリザードと比べ口が長く、鋭い牙が見え隠れしている。その頭はひとつ。
体躯は大人2人分を優に超えている。
地面に這っているので体高はないが、横幅は通路の半分を占めるほどの大きさだった。
狭い通路とはいえそれでも全長5メートルは超えるだろう巨体の迫力に、アルティスたちは一気に緊張感を引き上げる。
「ふむ。クイーン……キングアリゲートル……かな? Bランク魔獣でオスがキング、メスがクイーンなんだ。Bランク昇格試験の条件はいくつかあるけど、この魔獣の討伐もそのうちのひとつに数えられたりもする。因みにこの魔獣は食用にもなるからギルドで買取してくれるよ」
「食用!? 美味しそうでござるな!」
「出てきた感想がそれって……。アミミらしいわね」
苦笑しながらアミミの言葉に突っ込むアルティス。
そんなことを言いつつも目の前の相手への警戒は解かないところ、自分もずいぶん逞しくなったものだと実感する。
いつ攻撃が来てもいい様、ゲロも盾を構えた。
片腕を覆う程度のシールドのため、目の前の巨体の攻撃に果たしてどこまで耐えうるか心配だったが、それでもないよりはマシだ。
盾役という役割を改めて認識して、ぐっと体に力を込める。
そんな緊張感を知ってか知らずか、意気揚々と3人の前に歩み出たのはアミミだった。
「次は拙者の番でござるな!」
まるで子供がおもちゃを見つけた様なワクワクを隠しきれない様子で刀を抜く。
「アミミ君の戦いは初めて見るね。トールが君の事を天才だと自慢してたから、ボクも楽しみだよ。さて、Bランク魔獣相手にどれだけの戦いができるか。侍の戦い方と言うやつをボクに見せておくれ」
ヘクスはヘクスでアミミの戦い方に興味津々だ。
アミミもトールは自分のことを天才と言っていたと聞いて、評価の高さに気後れしつつも胸が熱くなるのを感じた。
自分が師と仰いでいる相手から、直接ではないにしろ評価してくれていると言われたのだ。
嬉しくないなど、嘘である。
自分の中の血が滾り、活力が溢れてくる。
それを閉じ込める様にスッと心を落ち着け刀を握った。
目の前の相手に視線を向ける。
キングアリゲートルはその巨体をのそのそと動かしこちらへと向かってくる。
決して速さはないが重量があり力強さを感じさせる歩みだ。
距離が詰まるとどす黒い全身が光に晒され威圧感が増した気がした。
爬虫類に似た瞳がギョロリと動いて周囲を観察する。
距離は十分に離れているがアミミにとっては関係ない。視界に入りさえすれば刃は届くのだから。
まずは小手調べ。
「彼我一刀」
構えも取らず何もない空間目がけ刀を一度振る。
するとキングアリゲートルの首元で斬撃が発生し、刃の衝撃が襲い掛かった。
首元に着弾した斬撃は、しかし皮膚を撓ませるだけで傷もつかない。
どうやらダブルロックリザードと違い硬さよりも柔軟性に富んでおり、衝撃を吸収してしまうのだと理解する。
「キングアリゲートルは物理攻撃が効きにくい。表面を覆うゴムの様な皮膚が衝撃を吸収して威力を殺してしまうんだ。生半な斬撃は隙を作るだけだよアミミ君」
答え合わせの様なヘクスの解説。
このまま距離をとって彼我を放ち続けてもいたずらに気力を消耗するだけだ。
特に斬撃を任意の位置に発する彼我は、気力の損耗が一段と激しい。
ダンジョン探索は体力の温存も重要な要素。
ここで力を使って後に差し障るのは得策ではない。
であれば、ここは高攻撃力の一撃で早々に勝負を決める。
キングアリゲートルは先ほどの彼我で目の前の人間であるアミミを敵と認識したのか、その瞳に暗い炎が灯る。
まだ5、6メートルの距離があるが、実はキングアリゲートルにとってこの距離は既に攻撃の範囲だった。
全身のほとんどが柔軟性を帯びた筋肉でできているキングアリゲートルにとって、全身に力を込め跳ねればこの程度の距離を詰めるなど造作もない。
体にギチギチと力を込め、爪を地面に食い込ませる。
砲弾の様に溜め込んだ力を一気に解放しようと構えたその時、それは起こった。
目の前にいるアミミが自分目掛けて突っ込んできたのだ。
こちらから飛び出そうとしていたところに面食らい、思わず力が入って飛び出すタイミングを逸する。
しかしそれはキングアリゲートルにとって致命的な隙となった。
アミミは緩やかさを感じさせる動きから一瞬で速度を上げ跳躍。
キングアリゲートルの視界から消えると、側面の壁へと飛びつき着地した。そのまま壁を走り再びの跳躍。
「紅燕」
キングアリゲートルの首元真上。
アミミは真っ直ぐに刀を振りかぶり真下目がけて勢いよく振り抜いた。
刀が炎の尾を引きそのまま空中で一回転。
アミミの発した炎の軌跡がまるで車輪を象った様に幻想的にその場に浮かび上がる。
キングアリゲートルを通り越してアミミが着地すると、キングアリゲートルはじろりとアミミの方へ目を向ける。
そのまま首を動かそうと真横へ向くとごとりと何かが落ちた。
それは、キングアリゲートルの首だった。
自分の顛末に気づいていないのか必死に動かない頭を向けようと目だけでアミミを追う。
首を忘れた体だけがそちらへ向きなおると、しかしすぐに力を失くしその場に体を横たえた。
頭だけはまだ自身の敵を追い求めるように動こうとするが、しかし既にその命は灯火でしかない。
やがて自身の命が失くなったことにも気づかず、キングアリゲートルは間抜けに口を開けたままの姿で命を散らした。
「ふぅ。終わったでござるかな」
その光景を見ていた一堂は、あまりに鮮やかな戦いの結末に目を丸くしていた。
アルティスは『私たちのCランクって……』とアミミと比較して実力の乖離に軽いショックを受けている。
ヘクスも予想以上のアミミの動きに驚きを禁じ得ない。トールから聞いてはいたが、改めて自身の目で見るとその実力の高さが窺い知れる。
エリカだけは『あらぁ』とおっとりした様子。
戦いを終えたアミミはトコトコとヘクスの元まで戻ってきた。
「これで拙者もBランク冒険者でござるかな?」
ぱぁっと笑顔を浮かべてそんなことを言うアミミ。
年相応の嬉しそうな表情を浮かべた少女に、ヘクスは一瞬で毒気を抜かれてしまった。
無邪気とも取れるその様は、まだまだ幼さを感じさせる。
「ふふふ。君は本当に面白い娘だね。ああ、冒険者ランクだったね。残念だけど、キングアリゲートルを討伐できたからと言ってランクが上がるわけじゃないんだ。他にも一定数のクエストを完了させて実績を積まないといけないし、そもそもCランクになっていないアミミ君はランク昇格クエストを受けることができない。高ランク冒険者からの推薦で飛び級も出来なくはないけど、年齢を考えると周囲との軋轢が生じるかもしれないし。まあでも、今の戦いぶりを見る限り戦闘面ではAランク相当だから、いずれAランクになれると思うよ」
「ほうほう。ならSランクも直ぐでござるか?」
「いやぁ。Sランクは……あれは一種のバケモノの集まりだからね。何かしらが壊れている人間ばかりだよ。だから目指さないことをお勧めする」
Sランク冒険者は何かしらの感情を捨てて、力を得た様な人間ばかり。
何人かSランク冒険者に会ったことのあるヘクスは、そう認識していた。
トール然りクラマス然り。……トールにつきまとう死体愛好者然り。
そう言えば彼女の保護者のギギ・グリザリフはまだまともだったかもしれない。
自分の中の何かを壊したり捨てたりして、それほどまで強く思い描き追い求めてやっと辿り着ける頂。
だからこそ自分には無理だと、ヘクスは冷静に分析していた。
実は他者から見てヘクスも十分そう思われているのだが、気づかないのは本人ばかりである。
「まあ冒険者について語るのはひとまず置いておこう。エリカ君。この魔獣たちを収納できるかい?」
「お安い御用ですぅ」
そう言うと手も触れずに離れた位置にある魔獣の亡骸が消失する。
トールからエリカが異次元の空間能力を有していることは聞いていたが、その様子を見て冷や汗を垂らす。
仮にエリカが敵に回ったとしたら、果たして止められるのかどうか。
アルティスがいる限り味方である事を祈るばかりである。
「さて、それじゃあ今日はもう一階層下まで降りて、そこで野営をしようか。明日帰還したら後は祭りを楽しもう」
「晩御飯はさっきのキングアリゲートルでござるか?」
涎を溢れさせながら目を輝かせるアミミにヘクスは苦笑しながら頷いた。
その言葉にアミミは喜び勇んで魔獣の索敵をバンバンするすることになってしまったため、ヘクスはさらに苦笑することになるのだった。




