100.はじめてのダンジョン
やっと話数で100話到達しました。
取り敢えず一つ目標達成ということで。
食事を終えた俺たちは、結局アルティスの意向もありイベントステージには行かないことにした。
エリカは行く気満々で、何かをもぎ取る気も満々だったが。
自身がどうこうというよりアルティスに不快な思いをさせたことが許せないのだろう。
「さて。トールはそろそろギルド本部へ行かないといけないんじゃないかい?」
「ギルド本部?」
アルティスが首を傾げる。
そもそもこの都市に来たのは俺がギルドから呼び出されたことが要因だ。
それがなければ来ることもなかったが、呼ばれたからと言ってそう相手の意向に乗ってやるのも癪である。
何せほぼ強制的なお呼び出しなのである。
自由を標榜する冒険者をこのようなイベントに呼び出すなど、ある意味権力の横暴だ。
だからそう簡単に従ってやるものかという思いがなくもない。
「という訳で、しばらくぶらぶら遊んでから行こうと思う」
「何がという訳で、なのかしら?」
そんな言葉が背後から聞こえてきた。皆の視線が俺を通り越して後ろへ向けられる。
その声はよく知っている声だった。
何せ俺はこの声から逃げてきたのだから。
俺はまるで油の切れたロボットのようにギギギと首を後ろへ回すと、その途中でガシッと頭を掴まれ強制的に後ろへ向かされた。
「久しぶりねぇ。トールぅぅぅぅ」
にっこりと、笑顔とは言えない笑顔で俺の瞳をまっすぐ見据えたのは我らがクランマスター、レイラ・スカーレットだった。
肩にかかるくらいの真紅の髪を揺らしながら、笑みに反した冷徹な瞳が周囲を凍えさせる。
心なしか周りの気温が下がったような気がした。
「や、やぁ。クラマス、久しぶり……。髪切った?」
「うんうん。髪切ったけどぉ? それにしてもあんたはずいぶん楽しく冒険してるみたいねぇ。こーーーーーーーーーーーーーーーーんなにいっぱい女の子に囲まれてぇ、私やヘイスや他の仲間たちがあくせく働いてるって時にねぇ」
「い、いや、ヘクスもいるし」
「トール! ボクを売るなんてそれでもボクの男か!」
「お前のじゃねーよ!? て言うかお前の依頼受けてオリオール行ったんじゃねーか!」
「へー。オリオール行ったんだぁ。あそこ観光スポットとして人気なのよねぇ。へぇ。たくさんの女侍らせながらそんなとこ行っていちゃついてたんだぁ。へぇ。男日照りの私への当てつけかしらぁ?」
なぜか今日いち機嫌が悪くなるレイラ。
そういえばレイラにとって男女間の話は禁句だった。
ただでさえSランク冒険者という肩書きのせいで釣り合う相手が見つからず、30を目前に未だ恋愛経験がない。
だから他者の色恋沙汰に敏感に反応し、その大半が祝いではなく嫉妬の対象となるのだ。
「まあ〜、そんな事はどーーーーーーーーーでもっ、いいけどぉぉ。さっさとギルド本部行くわよ!」
有無を言わさぬ迫力で俺は襟首を掴まれると、抵抗虚しくそのまま引きずり去られる。
遠くなる皆の姿を見ながら俺は救いを求め手を伸ばすが、皆は手を振りながら俺を快く送り出したのだった。
「さて、気を取り直してボクたちはどうしようか」
直ぐにいない者扱いされるトールである。
自分が巻き込まれないようにするための処置とは言え、こう言う所はこの場に集った皆、淡白なものだった。
「そう言えばここって近くにダンジョンがあるのよね」
「ふむ。確かにダンジョンはあるね。その所為でここのギルドの依頼は大体ダンジョン関連のものが多いかな」
「なら私ダンジョン行ってみたいわ」
「ほー。拙者もおとぎ話で読んだことがあるでござる。ダンジョンとやらには出会いを求める場だとか何とか」
「うん。それはきっと違うお話だね」
ヘクスが呆れ気味にアミミにツッコミを入れる。
こういう時トールというツッコミ要員がいないといつまでも話が脱線し続けるので、仕方ないから今日はヘクスがその役目を買って出ることにした。
「あちきもダンジョンは初めてでやんすが、ただダンジョンに生息する魔獣の種類やダンジョンの構造、必要な物質などそれ相応の準備をしっかり整えなければ危険だと聞いたでやんすよ」
「確かにその通りだね。魔獣の種類が多いほど必要な物資も多種多様になるし、けどそれだけの荷物を持つとなると荷物持ちが必要になる。他にも斥候など罠発見に秀でた人間や敵の攻撃を防ぐための壁役、回復を専門とする回復役など、各々専門的な技術を持った人間が役割を異にしてパーティーを組む事が多いね。ダンジョンでは不足の事態が起こることも多い。けれど直ぐに帰還したり助けを求めることも難しいから、どんな事が起こっても対処できるよう、できるだけ多くの役割をこなせるメンバーを揃えて十分な備えをする事が不可欠なんだよ」
「なるほどでござるな。ちなみにこのメンバーでパーティーを作るとしたらどうなるでござるか?」
アミミの質問を受けてヘクスが皆を見渡した。
腕を組むと眉間に皺を寄せる。
「正直このメンバーの特性をボクは把握していないので何とも言えないが。強いて言うなら、壁役はカス君、攻撃役はアミミ君とゲロ君かな。アルティス君が回復を行えるならそれでいいし、ボクは後方支援ってところだろう。あとエリカ君は……何だろうね」
「うふふふぅ。私もトールさんのように空間収納を使えますよぉ」
「そう言えば君は時空間魔法を扱っていたね。なるほど、それなら納得だ。ならエリカ君は荷物持ちといったところか。さて、本来ならこのメンバーだとダンジョンには潜らない。それはさっき説明した役割が欠けているからだけど、それが何かわかるかな。アミミ君」
「簡単でござる。ずばり料理人でござるな!」
「……はて、ボクは料理人なんて一言も呟いた記憶はないのだけれど。ちなみに何故料理人かな?」
「腹が減っては戦はできぬ。良質な食事は活力を生み出し、士気の高揚にもつながるでござるから、料理人は非常に重要でござるよ」
「うん。トールがいつも頭を痛めている気持ちがよく分かったよ」
かく言うトールも昔同じことを呟いてダンジョン内で料理を作っていたのだから、ある意味師弟の絆を感じさせる。
今度はアルティスが声を上げて元気よく手をあげた。
「はい。斥候だと思います」
「アルティス君、正解」
いつの間にか先生と生徒みたいな感じになっているが、不思議と悪い気はしないヘクスであった。
「斥候はパーティーにとって非常に重要な役割を占める。この役割ひとつで冒険の行く末が大きく変わると言われているんだ。危険を察知し、避ける技能というのはダンジョン内では命に直結するため非常に重要だと言うことだね」
「じゃあ斥候がいないとどうするでござるか?」
「んー。一番は斥候を探すことだけど、どうしても見つからない場合は動物やモンスターを利用する手もあるね。彼らには申し訳ないが、わざと先行させて危険を確認することで自分達に及ぶ被害を最小限にとどめるんだ」
「なるほど。なら拙者たちは大丈夫でござるな」
そう言うとアミミは自分の頭の上にいるワシを掴むと目の前に引き寄せる。
ワシは訳がわからず首を傾げた。
「何と言ってもワシは不死身でござるからな。罠にかかってちょっと死んだくらいでは死なんでござるよ。な?」
アミミの言葉を聞いてワシは慌てたように首をぶんぶんと左右に振った。
それをアミミは笑顔のまま頭を撫でるようにして押さえつけ、無理やり上下に動かし頷かせる。
ヘクスはその様子をどこか遠い目で見つめていた。
「……まあここのダンジョンならボクが何度も潜ってるから問題ないよ」
「じゃあみんなでダンジョン探索ね!」
アルティスは椅子から立ち上がるとウキウキした表情を見せた。
その表情がヘクスからすると懐かしさを感じさせる。
かつて自分達が通った道を、今この娘たちが通ろうとしているのだ。
先輩冒険者として嬉しさを感じずにはいられなかった。
「一応クエストを受けなくてもダンジョン探索はできるけど、できればクエストを受けた方がいいんだ。ダンジョンでのアイテムに加えてクエストのクリア報酬も手に入れられるからね。ちなみにみんなは冒険者登録は済ませているかな?」
「拙者はトール殿にやってもらったでござる。ちなみにEランクでござる」
冒険者になってから道中色々な魔獣を討伐したことでアミミのランクはFからEへと昇格していた。
中々のスピード昇格だったので、オリオールの冒険者ギルドで受付嬢に褒められたのだ。
だが続くアルティスの言葉にアミミの表情が一変した。
「私とゲロ、カスも冒険者登録してるわよ。道中お金を稼ぐのに必要だったし。ちなみにCランク冒険者よ」
「ば……かな……。拙者よりランクが上、だと……? でござる」
「何でそんなに驚くのよ。私の方が冒険者歴長いんだから普通でしょ。というか、それござるいらないんじゃない?」
「ふふん。だめでござるよ。これは拙者のアイデンテテーでござるからな」
「アンデンティティーね」
アルティスが呆れ顔でため息を吐く。
そんなこんなで腹も満たしたメンバーはダンジョンへと赴くことになった。
今回は改めてギルドでクエストは受けず、そのままダンジョンへ向かう。
途中道具屋で必要な道具を揃え、エリカの空間収納に放り込みながら進んだ。
人の流れと逆行するように、入ってきた時とは反対側に位置する西門へとたどり着くと、手続きをして町の外へと出た。
冒年会の期間は冒険者たちも祭りの準備や運営に忙しくなるため、ダンジョンへ潜る冒険者が少なくなる。
勿論人が減るから稼ぎ時だと息巻く者たちもいるが、そう言った冒険者は大抵低ランクの者が多かった。
ダンジョンに潜る冒険者が多ければ、それだけ恩恵からあぶれる者もいるというわけだ。
門を出てアミミ達は小高い丘を登っていく。
丘は道が整備されており、ダンジョンで採れた資源などを運べるよう馬車が走りやすいようになっていた。
それから程なくして岩で出来た洞窟のような入り口と、その側に出店のような簡素な受付が見えてくる。
周囲に他の冒険者の姿はなく、気だるげな受付嬢が受付カウンターにもたれてだけだった。
「もう着いたでござるか?」
「ふふふ。驚いたかい? 都市から直ぐのところにダンジョンがあるのはクレエスタくらいじゃないかな」
「ねぇ。これって危なくないの?」
「ふむ。アルティス君の疑問も当然だ。確かにこれだけダンジョンが近いと魔獣が溢れたら都市が大変なことになるだろうね。でもギルドは常にここを監視しているし、冒険者がしょっちゅうここに潜って魔獣を狩っているから、溢れることはまずないよ。仮に溢れそうになったら動ける人間は多いしね」
「なるほどねー」
ヘクスの答えにアルティスは感心したように頷く。
ヘクス達はそのままダンジョン側の受付へと足を運ぶ。
「ふふふ。今日も相変わらず眠そうな目をしているじゃないか」
「へ?」
声をかけられた受付嬢はヘクスに気づくと、眠そうな目を一度擦り、まじまじとその姿を確かめる。
徐々に落ちていた瞼が上がり瞳が大きく見開かれた。
「へ、ヘヘヘへ、ヘクスさん!? どどど、どうしたんですか?」
受付嬢は慌てた様子で返事をすると、せっせと髪を整え始めた。
「今日は若い冒険者達にダンジョンを案内しようかと思ってね」
「若い冒険者?」
受付嬢がヘクスの背後に視線を移すと、アミミ、アルティス、ユカリと順番に見る。
そしてゲロとカスのところでピタッと止まった。
訝しげな視線を向けながら無意識にといった様子で呟く。
「若い?」
「確かに一部若くない人もいるけど、まあそこは気にしないでくれたまえ。それで、ダンジョン入場の申請をしても大丈夫かな」
「は、はひっ!」
ヘクスの呼びかけに意識を戻すと受付嬢はせっせとペンを走らせる。
するとくいくいと誰かがヘクスの服の裾を引っ張るのを感じた。
「どうしたんだい、アミミ君」
「申請って何でござるか?」
「ふむ。ダンジョンへ潜るときは申請をする決まりになっているんだ。誰がいつ、何人で潜ったかを申請することで、ギルド側がダンジョンに潜っている冒険者を把握するのさ。予め目指すべき階層を申告しておけば、おおよその散策時間が分かるからね。戻りがあまりに遅いと何か異常が発生したとみなして救援、或いは亡骸の回収クエストが発令されるんだ」
「なるほど。それなら遭難しても安心でござるな」
「いや、安心ではないけれど」
「では皆さん、こちらの用紙に名前とランクを記載してください。記入ができたら冒険者カードと一緒にお渡しください」
準備を終えた受付嬢が各々に紙とペンを差し出す。
皆は受付嬢に言われた通り、名前とランクを書き込むと、自分のカードと一緒に渡した。
「ありがとうございます。………………はい、処理が完了しました。遭難した場合はカードに魔力を通してもらえれば位置を把握できますので、最後まで諦めないでくださいね。まあヘクスさんがいればいれば問題ないでしょうけど。では行ってらっしゃい。無事の帰りをお待ちしてます」
「ありがとう。では行ってくるよ」
「はぅぁ!?」
ヘクスが微笑みかけると受付嬢は頬を真っ赤に染めながら心臓を跳ねさせた。
「では行ってくるでござる」
「行ってきまーす」
「うふふふぅ。行ってきますねぇ」
「行ってくるでやんす」
「ガスガスガス」
受付嬢に別れの挨拶を告げると一列になってダンジョンの入り口へと歩き出す。
岩の洞穴が大きく口を開けて目の前に聳えていた。入り口から下へと階段が続いている。
中は暗闇に包まれ階段の先は見通せない。
まるで飲み込まれそうな闇の深さにアミミたちはぶるっと体を震わせた。
「このダンジョンは地下に潜るタイプのダンジョンなんだ。場所によっては上に登るタイプもあるらしいけどね。さて、ここから先は弱肉強食の世界。敵は魔獣だけじゃなく環境や罠、更には冒険者と様々だ。みんな、心の準備は大丈夫かな?」
掌に光を生み出しながらヘクスが皆に問いかける。しかしその言葉に首を振るものは誰もいない。
皆どこか期待や楽しさを感じさせる瞳を向けた。
その返事に、ヘクスも思わず笑みを浮かべる。
「いい覚悟だ。じゃあ、行こうか」
「ござる!」「カァ」「はい!」「ええぇ」「やんす!」「ガス!」
「……ござる?」
そうしてヘクス達はダンジョンへと足を踏み入れたのだった。




