99.城塞都市クレエスタ
大山脈を目にしてから飛ぶこと約2時間。
景色が商業地や農地、放牧地などと様々に移り変わっていく。
そんないくつかの町を通り過ぎ見えてきたのは、高い城壁に囲まれた巨大な都市だ。
遠目から見るとまるで巨大な岩と見紛うような無骨でどっしりとした姿。
まるで街ひとつを要塞化したような威容は、地上から見るとその高さも相まってより圧迫感を感じるだろう。
城壁の内部には街が広がり、中央にはまるで城壁を小さくしたような円形の施設が見えている。
この都市の代名詞とも言える大闘技場である。
ちょうど甲板にでていたアミミは、その景色を目にしてぴょんと飛び跳ねた。
「何だかゴツい街が見えてきたでござるな!」
「あれが俺たちの目的地、城塞都市クレエスタだ」
「へー。私こっちの方に来るのはじめて!」
アルティスも楽しそうにその景色を眺める。
その隣でエリカが何やら機械をいじっていた。
ボタンを押すとカシャっと音が鳴り、ジジジと歯車を回転させている。
「まさかとは思うがそれってカメラか?」
「うふふぅ。このカメラにアルティス様のお姿を保存するのが私の使命ですぅ」
相変わらずおっとりとした喋り方で俺の言葉を肯定する。
他の皆は何を言っているのか理解できずぽかんとなっていた。
まだこの世界にカメラは発明されていない。少なくとも、エリカ以外に持っている人間は見たことがなかった。
まあエリカなら元の世界の技術を色々持っていても不思議ではないので、こう言う機械が出てきてもおかしくないが。
なにしろエリカ自身が更に複雑な技術の塊なのだから。
「ほほぅ。それは魔法具かな?」
「はいぃ。これはボタンを押すとぉ、その場の景色を紙に焼き付けて保存することができるのですよぉ」
「おお、それはすごい! つまり現実の景色を絵として保存できるというわけだね。絵描きを雇わず時間もかけず、そんなことができるなんてやはりエリカ君はすごいね!」
「うふふふぅ。それほどでもぉ」
嬉しそうに微笑むエリカ。
こうして見ると普通の人間にしか見えない。
今はこの穏やかな時を楽しんでいるようで、何だか俺も嬉しく思えた。
しかしその言葉を聞いて顔を赤らめるアルティス。
一体どうしたのかと思っていると、つかつかとエリカの元まで歩み寄る。
「ちょっと。それそんな魔法具だなんて聞いてないわよ!」
「あらぁ。言ってませんでしたっけぇ?」
「聞いてないわよ! この間お風呂でそれ使ってたじゃない。つまり……その、えっと…………」
「どうしましたかぁ?」
エリカがほんの僅かに目を細めてアルティスに問いかける。
アルティスは耳まで真っ赤にしながら、みんなに聞こえないようボソボソっとエリカの耳元で呟いた。
それをふむふむと聞くエリカ。
「はいぃ。勿論アルティス様の美しい裸体を余す事なくバッチリ撮影しておりますよぉ〜!」
「言うなぁ〜〜〜〜!!!!」
エリカから頑張ってカメラを取り返そうとするアルティスだったが、エリカの方が身長が高いため手を伸ばしても届かない。
ぴょこぴょこ飛び跳ねて奪おうとするものの、巧みに位置をずらされ触れることすらできずにいた。
そのままエリカが駆け出し追いかけっこが始まる。
暫くすると船内放送から音楽が流れ、次いで操縦士の声が聞こえてきた。
「間もなく目的地に到着いたします。皆さま着艦の衝撃に備え座席に座ってベルトをつけてください。間も無く目的地に到着いたします。皆さま着艦の衝撃に備え座席に座ってベルトをつけてください」
どうやらもうすぐ飛龍便の発着場に着くようだ。
オリオールもそうだが、基本的に飛龍便の発着場は街から少し離れた場所にある。
それは墜落や物が落ちた際の安全を確保するためだ。
高所からの物の落下と言うものは、例え小さなものでも材質次第で人の命を奪う凶器になりうる。
だからこそそう言った危険を排除するため簡単に人が近寄れない場所に発着場が設置されるのだ。
俺たちが着席してベルトを締めると、徐々に重力が減り体が浮遊感を感じ始める。
その状態が暫く続くと、やがてがしゃんと船が大きく振動する。
飛竜の羽ばたく音が止んだ。
「……皆さま、無事着陸が完了しましたのでベルトをお外しいただいて結構です。本日は当飛竜便にご乗車いただきありがとうございました。またのご利用の際はギルドの受付にてご用命ください。皆さまの旅に幸あらん事を」
俺たちは飛竜便が完全に停止したことを確認すると、ベルトを外し船体後部にある扉から外へと出た。
扉を開くと自動で階段が展開される仕組みになっており、少し高さがあるので気をつけて降りる。
降りた場所は開けており、遠目に幾つか飛竜便の着艦場所が見えた。
飛竜便の着艦場所は元の世界でいうと船のドックに似ている。
船がちょうど収まる形に造られたスペースがあり、それを囲むように周囲は組み木の塀で囲われている。
この組み木は丈夫で弾性のある特別な木材を使っており、飛竜の体重ですら支えてしまう優れものだ。
船を下ろした際、飛竜の脚がちょうどこの組み木に乗る形となっている。
イメージで言うとクレーンで持ち上げた船をドックに収める感じだ。
長旅で疲れた飛竜が休む姿を見送りつつ、少し離れた場所にある馬車の停留所へと向かう。
そこからクレエスタ行きの馬車へと乗り込み目的地へと向かうのだった。
都市の堅牢性を象徴する不動の大門。
目の前に聳えるそれは、名前の通りの頑強さを誇っているように見える。
高さ5メートルはあるだろう門は、今は完全に開け放たれており人や馬車の往来が盛んだ。
「で、でっかいでござるな……」
「お、大きいわね……」
「随分と立派だね」
「おっきくて逞しいですねぇ」
「あちきのよりデカいでやんす」
「ガスガスガス」
馬車から覗く景色に皆一様に驚いていた。後半になる程よくわからない感想だったが。
馬車に乗る際身分チャックが行われたため、門衛のチェックもそこそこに俺たちが乗る馬車は城塞都市へと進み入った。
中央には広めの道が通り左右で馬車の進む方向が分かれている。右車線、左車線といったところか。
馬車用の道の外側は歩道になっており、かなりの人の往来が見られた。
クレエスタは冒険者ギルドの総本山。ギルド本部が設置されている都市で、普段はギルド関係者やその人々を相手に商売する商店、周辺の魔獣を狩る冒険者などを中心に賑わっている。
しかし冒年会が近いこの時期、一般人がこの都市に集まってくる。
と言うのも冒険者とは世間で憧れの職業であり、ノノのように人気の冒険者も数多くいる。
ランクの低い冒険者であれば直接依頼を出すことも可能だが、高ランクの冒険者となると話が別だ。
受けるクエストの難度も高くなるし、何よりその規模が大きくなる。一般人が近づけないような秘境でのクエストも少なくない。
だから有名な冒険者ほど、高ランクになるほど、その姿を見られる機会が減ってしまう訳だ。
だが年に一回開催される冒年会では有名冒険者も数多く集まるので、一目だけでもその姿を見たい人間はこぞってこの地に駆けつける。
ギルド側からしても有名冒険者を集めることで集客効果を期待する側面もある為、実は両者にとってウィンウィンな関係だ。
それもあって今この都市全体がお祭り状態となっているのである。
「有名な冒険者になるとグッズとかも作られたりするのよね」
「そうだな。ノノなんかもいろんなグッズが作られてるみたいだし」
「さすがSランク冒険者は違うわね」
アルティスは俺の言葉にうんうん頷いていた。
すると隣に座るアミミがこちらに視線を向けてくる。
「どうしたアミミ?」
「ノノ殿のグッズがあるならトール殿のグッズもあるでござるか?」
「あ、私もそれ聞きたい!」
アミミとアルティス、2人から期待のこもったキラキラした瞳を向けられる。
俺はバツが悪くなってつい視線を逸らした。
答えに困る俺を見かねてヘクスが助け舟を出す。
「残念だけどトールのグッズは売られていないよ。グッズというのは所属クランが作って売り出すことが多いんだけど、うちのクランではトールのグッズを作っていないんだ」
「それはどうしてでござるか?」
「んー。単純にトールのことを知ってる一般人が少ないからだね。冒年会は高ランクの冒険者を集客手段にする側面もあるけど、一方で低ランク冒険者のアピールをする場でもあるのさ。ここで目立てばまだ駆け出しで低ランクの冒険者でも有名になれる可能性がある。有名になれば大手クランから声がかかるかもしれないし、パトロンがつくケースもある。そう言った一種のお披露目みたいな場なんだが……。トールときたらこの手のイベントにほとんど顔を出さないからね。高ランクでありながら知名度が圧倒的に低いのさ」
「ほほぅ。何だかトール殿らしいでござるな」
「ほんとよねー」
「うるせー。ほっとけ」
呆れを滲ませた視線を向けられつい悪態をついてしまう。
そもそも俺がSランクになったのも、師匠やレイラなど先達のSランク冒険者に付き従っていたからと言う側面も大きい。
逆に言えばそちらの名声が大きい為、俺はあくまで◯◯と愉快な仲間たちの仲間たちでしかないのだ。
だから俺たちのクランは一般にSランク冒険者のレイラともうひとりSランクがいる程度にしか認識されていない。
もちろんギルドの担当者や共闘したことのあるクラン連中は知っているし、国や貴族様からは事実だけで判断される為関係なく依頼が回ってくるわけだが。
「ちなみにボクのグッズは売られているから、機会があったらプレゼントするよ。残念ながら今回うちのクランから冒年会への出店はされていないみたいだけどね」
冒年会では様々なクランが自前のグッズを販売したり、飲食店などの店を出している。
催し物をすれば一般人や有力者に顔を売ることにも繋がるので、冒険者個人だけでなくクランにとっても重要なイベントなのだ。
「ねぇ、エリカも新しく増えたことだし私たちもクランの売り込みするのはどうかしら!」
「いいでやんすね。我ら、漆黒のウロコでやんす」
「ガスガスガス」
「あらあらぁ」
アルティスが妙案とばかりに声を弾ませゲロとカスが狭い車内でポーズを決める。
が、ここで疑問が湧き上がる。
「お前らってギルドにクラン申請出してるんだっけ?」
「…………」
ふいっとアルティスが視線を逸らした。
ゲロとカスにも視線を向けるが、同じように視線を逸らされる。
挙句下手くそな口笛まで聞こえてくる。何とも雑な誤魔化し方だ。
クランの設立の最低条件は、いずれかのギルドに加わること。
これによりギルドの庇護下に置かれると共に、周囲にも身元がしっかりしていると証明できるのだ。
それがなければ闇クラン扱いされてしまう。
「冒険者ギルドに許可を取らず出店したら即捕まるから、今日のところは諦めるんだな」
「ふ、ふん。仕方がないわね。トールがそこまでいうなら止めてあげなくもないわ」
「やんすやんすやんす」「ガスガスガス」
「やんすやんすは気持ち悪い」
「…………」
そんなくだらない会話をしているうちに馬車は停留所へと到着する。
料金を渡して俺たちは降車しそのまま馬車を見送る。
「さて、まずは何を食べにいこうか」
「ご飯でござるな!」
「私もお腹ぺこぺこ〜」
「しばらく空の旅だったからね。ちょうどお昼時だ」
「私もぉ、外の世界の食べ物には興味津々ですぅ」
開口一番の俺の宣言に、誰も異論は無いようだ。
とりあえず以前来た時の近辺の情報を頭の中に思い浮かべた。
「ここにはどんな料理があるでござるか?」
「そーだな。クレエスタは冒険者が多いからか、麺料理が多いんだ。麺料理は出てくるのも食べ終わるのも早いからな」
「冒険者はせっかちな人間が多いからね。今なら各クランが出してる屋台でも色々な麺料理を提供しているんじゃないかな。ついでに他のクランを見て回るのも一興というやつだよ」
「それ楽しそう! 行きましょ」
「あちきも他のクランがどんなのか見ておきたいでやんす。漆黒のウロコが正式なクランになる日も近いでやんすよ!」
随分とゲロが張り切っているが、冒険者ギルド所属のクランであれば、ある程度金があればそれほど難しくはない。
ただどうしても身元の確認が入るため、3人の身の上からすればそうすんなりと許可は降りないのかもしれないな。
そうして俺たちはイベント会場へと向けて歩き出す。
俺たちの降りた停留所から都市中央の闘技場までは、イベント期間中馬車の侵入が禁止になっている。
周囲にも同じ方向へ向かって歩く一般人や冒険者が多く見られた。
恐らく俺たち同様イベントの出店を目指しているのだろう。
冒年会自体は1週間程度続く祭りで、ちょうど今日から始まったところだ。
特に初日と最終日は人が多くなるが、1週間ずっと宿をとって滞在する者も多くいる。
それが可能なのもこの都市に宿屋が多いからだ。
冒険者はクランでもなければ基本拠点を持たず、宿屋に長期滞在している。
またクレエスタの近くにはダンジョンがあるので、冒険者はダンジョンに潜って日銭を稼ぎ、酒をかっ喰らって宿で休む。
まさにお手本なまでの自由な冒険者像が、この都市では至る所で見られる訳だ。
必然的に、そんな冒険者たちを満足させることができるとなると飲食店と宿屋の組み合わせになってくる。
普段は飲食店だけやっている店でもこう言ったイベントの際は臨時で宿屋に転身する所は多いのだ。
更にイベント期間中は冒険者ギルド側でいくつかの広場にテントを立てて臨時の宿を増やす。
簡易テントで安全性は保証出来ないので一般人はあまり利用しないが、この時期だけ冒険者がそちらに移ってふつうの宿を開けたりする。
そう言った冒険者の協力もあってこのイベントは成り立っている。
そうこうしているうちに俺たちは出店のエリアへと到着した。
出店のエリアは東西南北複数あるので一度で回りきれないが、それもまた冒年会の醍醐味でもある。
「取り敢えず手近なところを見てみるか」
「全部食べるから大丈夫でござる」
「いや、それはやめとけ」
「カァカァ」
ショックを受けるアミミを慰めるようにワシがアミミの頭を撫でていた。
まずは入り口近くに構えている店へと近づく。
まだそれほど混み合っていないのか、並んでいる人はまばらだ。これならそう時間をかけずに飯にありつけそうだ。
しばらく並んでそれぞれ品物を受け取った。
この店は小麦で練った麺を熱々のスープに入れて提供するスタイルだった。
俺たちは近くに設置されているテーブルへ向かい椅子に腰掛けた。
改めて見ると、黄金色に色付いた澄んだスープの中に白い中太の麺が揺蕩っている。
どう見ても元の世界のうどんである。
この世界は元の世界から持ち込まれた文化も多く、特に食の面でそれが顕著だ。
まあこちらとしては懐かしい味を味わえるのでありがたい限りだが。
俺はスープを一口啜る。程よい温度で、出汁の効いたほっとする味だ。
一緒にもらった木製のフォークで麺を口に含むと、しっかりとした弾力が歯に伝わってきた。細かく噛み砕いて喉の奥に流し込む。
歯応えから、どうやら讃岐に近いタイプのうどんのようだ。
「んまいでござるなぁ。この出汁は拙者の故郷のソバに似てるでござる」
「東方には蕎麦があるのか。まあルーツは同じ和食だからな」
和食と言ったところで誰も分からないため、皆首を傾げながらも麺を食べ進める。
唯一エリカだけがうんうんと頷いていた。
「んむ。これは確かに、あっさりしているけれども旨味がしっかりと感じられるね。この麺も弾力があるけど歯切れがよく面白い。小腹が空いた時のさっとしたエネルギー補給に良さそうだ」
「あちきもこんな麺料理は初めてでやんす。ソースをからめるだけのヌードーはよく食べてやんしたが、こんなひたひたなスープにつけて食べる麺料理は初めてでやんす」
「うふふ。これがうどんと言うやつですね。知識としてはあっても口にするのは初めてです」
初めてのうどん、正確にはオウードンと言う名前で売られていたが、皆うまそうに食べていた。
アルティスだけ猫舌なのでふーふーしながら麺を冷ましていた。庶民的ながら気品を感じさせる仕草がいちいちかわいい。
そのまま食べ続けていると、ふと周囲の話し声が耳に届いてくる。
「この後イベントスペースでボイジャー様が登場するんですって!」
「うそ! それは絶対見なきゃダメなやつじゃん。急いで行こ!」
そんなことを言いながら2人組の女の子たちがイベントスペースの方へと走っていった。
「ふむ。思ったほど人がいないのはどうやらイベントステージに有名冒険者が登場するようだね」
「有名冒険者!? 一体誰かしら!」
「ボイジャーと言っていたね。恐らくAランク冒険者のボイジャー・ジョージじゃないかな」
「ボイジャー・ジョージ!? あのイケメンで有名な!」
「Aランク冒険者ですかぁ。私も参考までにどれくらい強いのか見ておきたいですねぇ」
どうやらアルティスはその冒険者を知ってるようだ。
女の子から目も前でイケメンで有名な冒険者と聞かされると、何だか心が摩耗して行く気がした。
そしてエリカはふふふと暗い表情をする。
いつもなら止めようと思う所だが、相手がイケメンというなら放っておこう。
これも有名税というやつだバカやろー。
「ボイジャー・ジョージは人気、実力共に高いがあまりお勧めはできないね」
「と言うと?」
「整った容貌で熟達した槍の腕から『槍聖王子』なんて二つ名がついているんだ。けれど女癖が悪くて手当たり次第、中には無理やりにでも気に入った相手を手篭めにしてしまうなんて噂が絶えないんだよ」
「あー。それ俺も聞いたことあるかも。やっかみも含まれてるんだろうが、裏で『槍聖王子』をもじって『ソーセージ』って揶揄されてるって」
「ソ!?」
それを聞いてアルティスが顔を真っ赤にする。
アミミは意味がわからず首を傾げたが、すぐに興味をなくして残ったうどんを啜っていた。
……あれ?さっきまであった俺のうどんがいつの間にか無くなってる気がするんだが。
アミミに視線を向けるとぷいと態とらしく目を逸らされる。しかしうどんを食べる手は止まらなかった。
俺から気取られずにうどんを奪うとは、アミミも成長したものだな。
そのことに少し嬉しさを感じた。
「まあそう言うことだから、ボクはお勧めしないとだけ言っておくよ。それでも見たいなら行ってもいいけど」
「や、やっぱり止めときましょ!」
そうしてアルティスは器に残ったスープを慌てて飲み干すのだった。




