98.空の旅路
ここはオリオールから少し離れた森の中の開けた土地。
周囲は木に囲まれており、オリオール方面へ続く一本道と側には小屋がひとつ。併設された厩舎は馬車なども置ける様そこそこの大きさだ。
小屋の中には複数の椅子やベンチが並んでおり、来た人間が小休止できる様になっている。
椅子やベンチの対面には受付のカウンターがあり、冒険者ギルドの様に受付が待機していた。
受付と言ってもここに来る客は少ない。来る人間と言えば商人が殆どである。
何故ならここは、飛竜便の発着場だからだ。
飛竜便は飼い慣らされた翼竜を使って物や人間を運ぶ輸送手段である。
地上に比べ空は障害物も少なく、また翼竜種であれば滅多に襲われることもないので、非常に高速に物流を行うことができるのだ。
いかんせん、飼い慣らされた翼竜の絶対数が多くないため、どうしても値が張ってしまうので利用者は大商人や貴族がほとんどだ。
ドラゴンの様な大型種を用いた大規模輸送をすればコストを抑えられると言うものもいるが、それこそ数も少ない上、大抵軍に徴発されるので民間での利用には至らない。
特にオリオールから王都への道中は街道や町村が整備されているため、多少の危険は伴うものの、金額から馬車を選択するものが多い。
そんな訳で、ここオリオール発着場の飛竜便受付は、閑古鳥が鳴く様な状態が常である。
そんな飛竜便の受付の男は、今日も今日とてほとんど来ない客を待ちつつ、カウンターで大きなあくびを隠すこともなく晒していた。
気を配る必要のない仕事。とは言え、そんな時に限って客が来たりするものなのだ。
男が目に涙を溜め瞬かせていると、がちゃりと扉の開く音が聞こえた。
扉を潜って姿を表したのは7人の男女。
男3人、女4人のグループで、雰囲気から冒険者だろう。
ここに来るのは貴族か商人、冒険者くらいのものだ。冒険者は商人の護衛が多いため、荷の取り扱いをしている間ここで休憩する者も少なくない。
ただ女性陣が歳若く、ほとんど子供と言っていい年齢だろう少女までいることに珍しさを感じた。
両親が冒険者同士だと子供も幼い頃から冒険者として育てられると聞いたことがあるので、きっとそうなのだろうと納得する。
ただ何故かメイド服を着込んだ女性までおり、本当に冒険者かとやや自信がなくなってくる。
ひょっとしたら貴族のお忍び旅行かと考えを巡らせるが、そう言った雰囲気も感じられなかった。
何にせよ貴族や商人でなければ飛竜便を利用する事はまずない。
受付の男は一応あくびを噛み殺しながら、最低限の対応ができるようカウンターで姿勢を整えた。
すると、冒険者一行のうちの2人がこちらへ近づいてくる。
この辺りでは珍しい黒髪の男と、先程珍しさを感じた年若い黒髪の少女である。
男もまだ若く見えるが、どちらも黒髪であることからこの2人が親子だろうかと推測する。
一体何の用かと訝しんでいると、ひょっこりとカウンターから少女が顔を覗かせた。
「ひりゅうびんとやらに乗りたいでござる!」」
「ひえっ!? あ、はは。お嬢ちゃん、飛竜便は何種類かあるんだけど、どれに乗りたいのかな?」
飛竜便の利用と聞いて一瞬声が上ずったが、直ぐに気を取り直して応対する。
咄嗟の対応が出来たことに男は心の中で自分を褒めたい気分だった。今日イチのファインプレーだ。
「んー。どれがどれかわからんでござる」
この語尾はどう言う意味だろうかと疑問がよぎるが、そんな事はさて置き自分の職務を全うするべく丁寧に説明する。
「この発着場では中型、小型の飛竜便が運行されているよ。中型は大体12人、小型だと6人乗りと言ったところだね。あまり多くの荷物があると人数を減らさないといけないから気をつけてね。で、お嬢ちゃんはどれに乗りたいのかな?」
「んー。カッコいいやつがいいでござるなぁ」
「ははは。それは好みの問題だけど、飛龍はどれもかっこいいと思うよ」
「ほほぅ。なら一番かっこいいやつでお願いするでござる!」
「アホか。お前は少し黙っとれ」
隣の男から手刀を落とされた少女は、頭を摩りながらすごすごと引き下がった。
「一応指定の飛竜便があるんで、それで頼む。多分もうついてると思うんだが」
そうして黒髪の男は飛竜便の番号を伝えた。
飛竜便には個々に名前代わりの番号が付けられており、それが重複することがないようになっている。
したがって番号を伝えればどの飛竜便か分かるわけだ。
先刻飛竜便の着艦連絡が入っていたことを思い出し、記録していた番号と照らし合わせると該当する発着場を案内した。
「5番発着場になります。ここから出ていただいて、向かいに設置されている案内板に従ってください。と言っても、今着艦している飛竜便は一台だけですので、見ればどこか分かると思います」
「分かった。ありがとな」
「ありがとうでござる!」
元気よく手を振り去っていく少女の姿に、受付の男は心が温かくなるのを感じた。
子供を持つとあんな感じなのかと考えながら、そういうのも悪くないなと思う。
自分が家庭を持って、家に帰ると妻と子供に迎え入れられる。そんな笑顔の溢れる暖かな家庭。
「まあ、子供の前に彼女見つけないとな……」
そんな男の呟きが小屋の中に虚しく響くのだった。
「すごいでござる!」
「カァカァ」
アミミとワシが飛竜便の船体から顔を覗かせて楽しそうに笑顔を見せた。
受付で案内された通り発着場に他の飛竜便はなかったので、すぐに俺たちが乗るべき便を見つけることができた。
中型の飛竜便で、操縦士に話をすると直ぐにでも出発できるとのことだったので、現在は空の旅と洒落込んでいるわけだ。
飛竜便は飛竜に小型の船を取り付け、そこに人が乗ったり荷物を積載できる仕様になっている。
俺たちが乗ったのは人の移動がメインのため、船内にいくつか腰掛けが設置されている形式であった。
雨に備えて屋根もあり、座席の左右には丸窓が設置されている。
階段を上がれば甲板に出ることもでき、風よけの魔法が展開されているため飛ばされる心配もない。
アミミとワシはちょうど左右の丸窓から顔を出している状態だ。
ちなみにここは風避けがないのでダイレクトに風を感じられるスリルが人気だったりする。
「こらアミミ。ワシが飛ばされるから窓から顔出すのはやめろ」
「わがっがががっででででごだるぅぅぅぅ」
「ガァァァァァッァァ」
アミミとワシは向かいから受ける風に対して、まるで扇風機の前で声を出す様に口を開けながら話していた。
子供かこいつらは、と思ったが子供だった。
まあ楽しそうだからとりあえず放っておこう。どうやら地上を見ながら地図作りにも勤しんでいる様だし、これもアミミの旅の目的には必要なことだろう。
問題は他にもある。
俺は階段を上がって甲板に出た。
そこには欄干にもたれあさっての方向を向いているヘクスとわいきゃい楽しそうなアルティスがいた。隣でエリカが甲斐甲斐しく世話を焼いている。
ゲロカスコンビもそんな2人の様子を後ろから温かく見守っていた。
「……お、おぉぉ。トールぅぅ。ちょっとこっちに来ないかぃ?」
欄干にもたれながらヘクスが力無い声で俺を呼ぶ。
仕方なくそばまで行くと生気のない顔でこちらを見た。
「ちょっと酔い止めの魔法をくれんかね?」
「何で老人みたいな言い方なんだ。馬車は分かってたがやっぱこれもダメなのか?」
「ふ、ふふふ。ボクを見くびらないでくれるかな? こんな船、何も問題はハハハハハはハハハハアハハハ」
「途中からテンションおかしくなってんぞ」
「ま、まあいいさ。早く、早くくれないか。キミのを、ボクの中に」
「なんか言い方がやらしいからイヤだ」
「お、おま! そんなこと言ってると後悔することになるよ」
「何で俺が後悔するんだ」
「ふ、ふはは。ならキミは見捨てるというのだね。この空から降り注ぐ絶望の爆弾の餌食となる無辜なる民達を。おぇ」
「分かった! 分かったから堪えろ。それは流石に俺の良心が痛む」
仕方なくヘクスに魔法をかけてやると、一瞬でスッキリした表情へと変わる。
「ふふふ。最初から素直にしたがっていれば良かったのに。全くキミはボクを痛ぶって楽しんでいるのかなぁぁぁぁあぁ!?!? う、ううぷぅ。急に魔法を解かないでくれないか」
なんかイラっとしたので魔法を解いたのだが、予想以上にダメージが大きかったようだ。
必死に吐き気を堪えているのか足元がおぼつかない。
仕方ないのでもう一度魔法をかけてやる。
「ふ、ふふふ。やはりキミはボクを喜ばせる天才だね。世界広しと言えど、ボクを満たしてくれるのはキミしかいないよ、トール。こんな焦らし&高度な攻めをしてくるなんて、ボクのカラダが喜んでしまいそうだ」
これ以上関わると碌なことにならなさそうなので俺はそそくさとその場を後にした。
アミミにはヘクスの言うことを信じないようにしっかりと伝えておこう。
「よぅ。お前ら2人は混ざらなくていいのか?」
俺はゲロとカスに声をかける。
ひょろっとした体型のゲロにずんぐりむっくりなカス。2人が並ぶと見た目からも凸凹コンビという言葉がぴったりだ。
「トール殿。今回は一緒に着いて来させてもらって感謝してるでやんすよ」
「ガスガスガス。オイラも感謝してるでガス」
相変わらずの2人の反応にどこかホッとした気持ちになる。
休暇をとって逃避行をしたと言うのに何だかんだ魔獣退治や世界の危機を救ったり、魔王の歴史探索を手伝ったりと、ここ最近忙しかったからな。
あれ?俺全然休めてなくね?
「しかしゲロとカスも色々あって大変だな。アンデッドに襲われたり奴隷になったり盗賊に襲われたり。……お前らよく無事だよね」
「ほんと丈夫な体に産んでくれた両親に感謝でやんすよ」
「ガスガスガス」
まあ体の丈夫さとかそんな問題でも無い気がするが、本人たちがそこまで気にしていないようなのでツッコまないでおく。
すると突然船内に声が響き渡った。
「あー、あー。皆さま、本日は当飛竜便にお乗りいただきありがとうございます。わたくし、操縦士のアリオと申します。この子、飛龍の名前はアネッサです。短いお付き合いとなりますがよろしくお願いいたします」
どうやら操縦士の挨拶だったようだ。
飛竜便はそうそう異常事態に巻き込まれることはないが、何か危険なことがあると全体に伝播できるよう操縦士の声が船内に届くようになっている。
これも風魔法を応用したもので、魔法具の一種らしい。
「さて空の旅は楽しんでいただけていますでしょうか。間もなく右手に見えてきますのがインダール公国とセルスト王国を分断する大山脈でございます。一説には雲の上まで突き抜ける大きさと言われ、実際の高さを測った者は誰もいません。山脈の上に行くと峻険な山肌に凶悪な魔獣がウヨウヨしているそうで、高ランクの冒険者ですら手出しが難しいと言われています」
「そう言えば前にお前らあの山突っ切ってたよな。魔獣に助けられて」
「そうでやんすね。かの御仁はほんとうに紳士でやんした」
だから魔獣が紳士ってなんだ。
魔獣は瘴気に当てられ意志をなくして暴れ回る獣というのが通説だ。
だが確かに例外もある。それは高位の魔獣である。
アングリーボアなどはただ獲物に突進する程度の低い知能しか持たないが、ベヒモスの様な幻獣種や冒険者ギルドに高位と設定された魔獣は知能が高いものが多い。
逆に知能が高いからこそ高位に設定されている。
ただそこに意志が存在するというよりは、生存本能に由来するものが多いようだ。
飛竜便の飛竜もある種それに近い。
討伐されかけた状態から世話をすることで、人に従えば餌がもらえると理解して従順になるのだ。
だからあくまで友好的というより、自身が生きるための生存本能に近いと言われている。
まあ実際に言葉や考えを聞いたものは誰もいないため、それが真実だとは言い切れないが。
とは言えたまたま出会った魔獣が人を襲わないほどの知能を有していたと言うのはあまりに出来過ぎだ。ましてや世話を焼くなどあり得ない。
その魔獣が魔物化していたと言われた方がまだ信じられる。何故なら一般に魔物化=意志の獲得とされているからだ。
そういった魔物は特殊個体と呼ばれ、同種の魔獣に比べ格段に強い。
知能がある分無闇に人を襲わないこともあるが、こいつらが出会った個体はきっと人間に対しても友好的だったのだろう。
本当に運が良かったようだ。
暫くすると再び操縦者の声が聞こえてきた。
「アネッサは別の場所で捕まえましたが、この山脈の上には翼竜も数多く存在しているそうです。なのでこうして飛んでいると……。ほら、右手の方をご覧ください。飛行している翼竜の姿を見ることができるのです」
皆が一斉に言われた方向を見ると、遠くの方に小さくだが飛行する竜の姿が見えた。
距離が遠すぎるため大きさまではわからないが、アネッサといい勝負かもしれない。
翼竜は数頭の群れになって飛んでいるようで、その姿は仲睦まじげだった。
遠くに見える飛竜の姿に、ゲロカスコンビも男心がくすぐられたのかどこか嬉しそうだ。
アルティスも目をキラキラさせながら翼竜のいる方向を眺めていた。
「ふふふ。こういう光景も懐かしいものだね」
「……まあ、そうだな」
ヘクスが懐かしいと言ったのは飛竜の姿ではない。
冒険者をやっていると、こんなはじめてのワクワクがとうに過ぎてしまった遠い過去のように感じる。
冒険者にとって魔獣は、あくまで獲物という感覚に近いのだ。ただの除去すべき対象。
だからこう言った目を輝かせるような反応を見ると、微笑ましくもあり自分が置き去りにした感情を見せつけられているようで、どこか寂しさを感じた。
「まあ感傷に浸るようなタイプでもないしな」
俺はわしゃわしゃと自分の髪を掻くと、再びそんな3人の姿を眺めるのだった。




