97.未来には不安なことしかない
新章スタートです。
鬱蒼としげる森の中、道なき道を辿る3人の姿があった。
ひとりは銀の髪を持つ長耳のエルフで、顔半分は長く伸びた髪に覆われている。
露出している目は糸の様に細められており、瞳は窺い知れない。
その隣を歩くのは青い髪の少女。後ろで結えられた髪が歩くたびぴょこぴょこと跳ねる。
ただし、その頭はあるべきところに収まっておらず、少女の脇に抱えられていた。
ニコニコと陽気な表情を浮かべながら、遠足さながら口笛を吹いて手足を大きく振りながら歩く。
そしてその隣を歩くのは全身を純白の僧衣に包んだ女性。頭を覆うフードの隙間からは美しい金の髪が覗いている。
顔には白塗りの仮面をつけており表情を知ることはできない。
「ねーねー。まだ着かないの?」
「…………」
「もう! ユーリじゃないと道がわからないんだからちゃんと案内してよ!」
ぷんすこと少女は頬を膨らませる。
しかし頭が脇に抱えられているため不自然さが否めない。
少女の文句にユーリと呼ばれた男は渋々言葉を口にする。
「分かったよぉ。だからそんなに怒らないで」
ユーリは情けない表情を浮かべ謝罪した。
そのまま自分達が進むべき方向を指し示すと、あっちと小さくて言葉を発する。
その方角を見るも、青髪の少女はどこが道なのかさっぱり分からない。
「んもう! どっちか全然分からないわよ!」
「えー……」
正しく教えたのに文句を言わる理不尽に、ユーリはげんなりと肩を落とす。
エルフであるユーリにとっては森は遊び場だ。
周囲の僅かな変化や獣の足跡から道を見つけ出すなど児戯にも等しいが、森に慣れ親しんでいない者からするとそうでは無いらしい。
だが呼吸をする様に自然な行いのため、口で説明するのも難しい。
仕方なくユーリは先頭を歩き、2人が背後を着いてくる形となった。
気弱で自分の意志を表に出すことが苦手なユーリにとっては、先頭を歩くだけでもストレスなのだが、目的のためにはそうも言っていられない。
巧妙にカモフラージュされた木々をかき分けひたすら森の奥へと進む。
時折周囲から魔獣が飛び出し襲いかかってくるが、姿を現した時には既にユーリの手から放たれた矢が眉間に突き刺さり命を奪っていた。
その為彼らの通った後にはまるで道標の様に魔獣の死体が横たわっている。
それから暫く森の中を進むと、少しだけ緑の面積が少なくなってくる。
徐々に木々が減り、やがて開けた道が見え始めた。
「……見えてきた、よ」
ユーリが前方に伸びる道の先を指し示した。
その方向を辿る様に、青髪の少女が視線を向ける。
「…………て見えないよ! ユーリみたいに目が良くないもの!」
「えぇー……」
空いた手でバシバシと背中を叩かれその衝撃にユーリはつんのめる。
彼の目には確かに道の先に建つ家屋が見えているのだが、やはり他の2人には見えない様だ。
とは言えこればかりは種族特性のため仕方がない。
遠くを見通すエルフの目があったればこそできる芸当だ。
その時、ユーリ達3人に緊張が走る。
ユーリには家屋からこちらに向かってくる純白の衣装を身に纏った白髪の少女が見えていた。その耳は自分と同じく長く尖っている。
他の2人も目に見えずとも、確かにその気配を感じ取った。
びりびりと肌を焼く圧力。強敵が迫っている事を理解する。
しかし彼らが逃げることはない。
なぜならそれこそが目的であるからだ。
「ユーリ。援護、ちゃんとしてよね」
「……うん。今回は……頑張るよ。アオも、無茶しないでね」
「まかせといてー」
にっこりと脇に抱えた顔が笑顔を見せる。
よろしくとひと言、白の僧衣に身を包んだもうひとりへ自身の頭を投げ渡した。
頭の存在しない体が仲間を護るように一歩前へ出る。
やがて、圧力の主が目の前に現れた。
見惚れるような美貌にどこか幼さの残る少女のような雰囲気を漂わせる。
しかし身長は170cmを超えており、女性にしては高い。
現に青髪の少女を見下ろす形―頭がないので余計にだが―になっている。
白い髪は歳を経て色素を失ったと言うにはあまりに美しく艶めいており、緑の瞳は全てを見透かすような思慮深さを感じさせた。
「お前さんら。ワタシに何かようかのぅ」
軽く言葉を発しただけだというのに息が詰まるような熱を感じる。
現実に熱いわけではないが、白髪の少女はそれほど濃密な気配を漂わせていた。
「あんた、白皇喚鬼だよね?」
「んん? そう言うお前さんらは何者か? 何処かで会った記憶はないようだが」
「うん。初対面だよー。だから取り敢えず――」
ふっと青髪の少女、アオが姿を消した。
次の瞬間、白髪の少女の背後に姿を表す。いつの間にか取り出した大剣を手にし、それを振りかぶる。
「死んで」
常人では反応すらできぬ速さで振り下ろされた大剣が少女の首に吸い込まれる。
が、高質な音を響かせ刃は体の表面で止められた。
常人では及ばない膂力を持ったアオはいかな生物の体も切り裂いてきた。
増して魔力の乗せた剣戟である。威力も鋭さも通常の剣を遥かに凌ぐはずだ。
なのに目の前の光景は、少女の体に触れてそれ以上進まない。
受け止められたままさらに力を込めるが、まるでその場に固定されたかのように剣はびくとも動かなかった。
直ぐに攻撃が無駄だと判断して距離を取る。
だが逃がすまいと少女の手がアオへと伸びた。
その手がアオに届く前に横から飛来した矢によって動きが止められる。
「ふむ。なかなか優秀な奴らだの。しかし初対面でこれとは、随分な挨拶ではないか。魔人どもは礼儀も知らん様だの」
「へー。よく私たちの正体分かったね」
「あほうが。話のできる頭の無い人間に襲われれば誰でも分かるわい。明らかに魔物化した人であろうが」
そう言われてアオも気づく。
いつもなら頭を連結した状態で戦うのだが、今回ばかりは相手が悪い。
だからこそ弱点でもある頭を遠ざけていた訳だが、自分達の正体が気づかれる事まで頭が回っていなかった。アオは意外とアホの子なのだ。
「ユーリ、何で教えてくれなかったのー!」
「だ、だって、そっちの方が……その、安全だし……」
尻すぼみになるユーリの言葉に怒りが湧くが、自分を心配しての事なので何だか悪い気はしない。
にやける顔を押し隠して目の前の少女へと剣を向ける。
「あんまりあんたに動いて欲しくないんだよね。だから暫く大人しくしてて貰いたいんだけど」
「それは聞けぬ相談だの。これから可愛い弟子の晴れ姿を見に『冒年会』へ行かねばならんのでな」
「だからそれが邪魔なんだってばー」
ここまで来てアオも既に理解している。
人の理を外れ強力な力を手に入れたアオ達魔人は、人類最高峰と言われるSランク冒険者に匹敵、或いは上回る力を持っている。
だがそれでも目の前の存在は規格外。
Sランク冒険者である『白皇喚鬼』もまた、人外の力を持っていると。
だからと言ってこのまますごすご引き下がるわけにはいかない。
頭のないアオの体が一瞬で距離を詰め大剣による突きを繰り出す。
しかし『白皇喚鬼』の体の表面にぶつかった所で傷ひとつつけられない。どころか服すらも無傷だ。
これは服の材質云々ではなく、動いても形すら崩れないことから存在の固定化、或いは表面を何かの力で覆っていると推察された。
「その術、体を覆っているの? だとしたら厄介だね」
「ほぅ。これに気づくとは、中々に聡い様だの」
「ふ、ふんだ。ちっとも嬉しくないやい!」
体と離れた位置から声を上げるアオは、褒められた事で少しだけ嬉しそうな表情を浮かべた。
それを見ていたユーリが少しだけ呆れる。
すると今までただ見ているだけだった仮面の女が声を発した。
「その術は術者の体を結界で覆う様です。どこか別の場所から強力な防御魔法を掛けているのでしょう」
「ちっ、解析持ちがおるのか」
「て事はその防御魔法を掛けてるやつを倒せばいいんだね。ユーリ、そっちは任せるよ」
「う、うん」
ユーリは木の枝に飛び移ると周囲を見回し術者の姿を探す。
鬱蒼と繁る森の中で術者を探すなど至難であるが、ユーリであれば見つけ出せると言う確信がアオにはあった。
「やらせると思うとるのか」
地面を跳躍、一気にユーリとの距離を縮める。
しかしユーリは全く『白皇喚鬼』へと振り向こうとしない。
何故ならその間にアオの体が割り込むと分かっているから。
隙だらけの少女に対し、割り込んだ勢いで大剣を振り回す。
回避は不可能。受けた所でダメージはないが、それではユーリを止めることができない。
同族の勘からこの男であれば術の根源を見つけるだろうと理解する。
どう動くべきか、一瞬で判断を下す。
だがその一瞬が致命的だった。
「ぬ!?」
背後から伸びた無数の鎖が少女に襲い掛かった。
鎖は空中に浮かび上がった魔法陣から伸びており、その先で仮面の女が手を翳している。
絶妙なタイミングで浴びせかけられる攻撃。
少女は襲い掛かる目の前の大剣を白刃どりの要領で受け止めると、そのまま力を抜いて体を大剣の勢いに任せた。
その時点で幾本かの鎖は先ほどまで少女がいた空間を通り抜け、残る鎖が軌道を変え大剣の進む方向へと向かっていく。
少女は大剣の動きに合わせ器用に剣の腹へと着地すると、それを蹴って跳躍、アオの背中をさらに踏み台にしユーリへと迫る。
「ウソぉ!!」
そのあまりに鮮やかな動きに思わずアオも声を上げた。
まるで少女だけ止まった時を動いているかの様な信じられない芸当。
魔物である自分達ですら出来ないだろう。
それを人の身でやってしまうのだから、どちらが人外か分からなくなってくる。
標的を失った事で鎖は動きを止め、踏み台として蹴られた事でアオの体は地面へと落下した。
少女はユーリへと肉薄するが、しかしそれより早くユーリの手から2本の矢が放たれる。
それは森の中に吸い込まれていくと何かにぶつかった音を発した。
少女は舌打ちすると、しかし獲物を逃すまいとユーリへと襲いかかった。
すらりと伸びた足をスリットから大胆に露出させて蹴りを放つ。
蹴りは先ほどまでユーリのいた枝を粉砕するが、ユーリ自身は背後に宙返りをする事で攻撃から逃れた後だった。
そして落ちる前に2本の矢を少女へ向けて放つ。
だが矢は少女に届く事なく両方とも素手で受け止められた。
空中で体勢を立て直すとそのまま着地。と同時に真横から大剣による横薙ぎが飛んでくる。
これまでと違って受け止める事はせず体を背面に逸らすことで攻撃を回避した。
そこに上空から鎖が伸び前方からは矢が放たれる。
体勢が崩れた状態で放たれた攻撃では、いくら『白皇喚鬼』とて回避は不可能。
その様子を傍観しているアオの頭は勝利を確信し顔を歪めた。
周囲の様子を窺いながら少女の頭は高速で思考していた。
これは不味い。
先程のユーリの攻撃で離れて置いていた鬼が潰された。それにより現在防御魔法が消失している。
まともに攻撃を受ければ無事では済まないだろう。
大剣は言うまでもないが、あの矢も不味い。多量の魔力が込められた矢は受け損なえば体を抉り貫くだろう。
そして最も不味いのが鎖だ。動きを止められてしまえば後は狙い撃ちである。
少女はため息を吐きつつ、左右に手の平を伸ばすとその場に2体の小さな鬼が現れる。
キシシと笑い声をあげ、鬼が両手を少女に向けて翳した。
すると少女の体が光に包まれ体内にエネルギーが充満する。
既に間近に迫った鎖と矢は今までの動きで避けるにはとても間に合わない。はずだった。
少女は今までと比べ物にならない速さで体を動かすと体をさらに背後へ逸らしてその場で一回転をする。
その際矢と鎖を蹴り上げ弾いた。
着地後、間髪を容れず隣に立つアオの腹部へ掌底を叩き込む。
続いて地面を蹴ってユーリへと肉薄すると拳を繰り出した。
速度の増した攻撃にユーリは一瞬反応が遅れるが、拳が体に届く前に弓を間に挟み威力を殺す。
だが威力も増した攻撃により踏ん張りが利かず体が流され吹き飛ばされた。
次は仮面の女。
地面を蹴ろうとした所で火球が迫る。が、それを裏拳で打ち砕く。
魔法を素手で打ち砕くと言う状況に仮面の女も驚愕を隠せない。
目の前の少女は人外にして人外と思わせるだけの存在であると、改めて認識させられる。
仮面の女は少女の追撃に備えたが、それ以上の追撃はして来なかった。
「意外と慎重なのですね」
「はっ、間に罠を拵えてよく言うのぅ。魂胆がバレバレだわ」
少女の言う様に仮面の女はお互いの間に罠となる魔法陣を設置していた。
それを踏むと発動する類のものだが、今の一瞬でそれを複数設置する女もやはり人外の実力であり、それを難なく看破してしまう少女もまた同じだった。
「くっそー! 何だよコイツ。めちゃくちゃ強いじゃん!」
と、仮面の女の手の中にいるアオが叫んだ。
体は別の場所に吹き飛ばされたが頭は無事。この頭がある限り彼女は傷を負うことがない。
「ふむ。見た目から想像しておったが、やはりデュラハンか。であれば先ずは頭を叩くのが先決かの」
そう言って少女の周囲に先ほどとは別の鬼が2体現れ、再び少女に向けてをかざす。
少女の存在感が更に強まった。
「なるほど。鬼を召喚し自身に強化魔法を施す戦闘スタイルだと聞いていましたが、実際に見ると恐ろしい程の強化具合ですね」
驚いた風もなく仮面の女は淡々と告げる。
Sランク冒険者として『白皇喚鬼』という名は広く知られているが、戦い方までは知れ渡っていない。
それを知っているという事は、魔人たちの背後にいるものが彼女を知る人物であると言う事。
「お前さんら、一体何者だ?」
「ふふ。あなたなら察しがつくのではなくて?」
「質問に質問で返すのはあまり感心せんがの。……………………………………………………………はて、そんなやついたかの?」
「あら。それは我らがマスターも悲しむでしょうね」
「ふむ。長く生きたせいで最近古い記憶は忘れがちでのぉ。逆に心当たりもあり過ぎて絞り込めんと言うのもあるが」
「そうですか。ではまた近いうちにお会いしましょう。あなたをこのまま足止めするのは疲れそうですから。後はマスターに押し付けてしまいましょうか」
「みすみすお前さんらを逃すと思うとるのか?」
今度は最初とは逆に、少女の姿が仮面の女の背後にあった。
腕の中でアオは『やややややヤバイよぉ!』と焦っていたが、女の方は仮面の奥の表情を崩さない。
少女の手がまさに女の命を刈りとらんと振るわれる瞬間、真横から巨大な光が駆け抜けた。
周囲一帯を巻き込む光の暴威が少女を押し流し森を大地ごと抉り取っていく。
強化した体で受け止めながら攻撃を弾き飛ばそうと力を入れるが、ふっと体の奥底から溢れていた力が消失した。
(ぬぅ、あやつらめっ!)
残してきた鬼が倒され強化魔法が切れたのだ。
強化を失った体は光を受け止めきれず、なす術なく押し流される。
時間にして2秒にも満たなかったが、力を維持できなくなったのか巨大な光の奔流は周囲へと霧散した。
「まったく。やってくれたもんだの」
恐らく見掛け倒しの相手を押しやるためだけの攻撃。
十中八九、あの弓使いのエルフがやったのだろう。
形のある矢を放つのではなく、魔力そのものを放つ魔弓。その証拠に体に大したダメージは無い(この感想も少女だからこそのもので、並の冒険者であれば死んでもおかしくないが)。
おまけに鬼まで倒されたため直ぐに攻撃を相殺することができなかった。
その手際の良さからも相手の実力が窺い知れると言うものだ。
さらに攻撃を受けている間に感じた魔力の動き。あれは転移魔法を行使した気配だった。
今から戻った所で既に逃げた後だろう。
相手はどうやら少女が冒年会に行くのを防ぎたかった様である。
となると、その場で何かが起こると見て間違い無いだろう。
折角のイベントの先行きが不安でしかないが、それをギルドに伝えないわけにもいかない。
まして愛弟子であるトールも今回は参加が決定しているとのことだ。
あれは万能だから何が起こっても問題ないだろうが、それでも先程の魔人の実力は自分をもってしても手こずらされた。
少なくとも他にマスターと呼ばれている者がいる様なので、さらに厄介なことになるだろう。
未来を思わずため息が出てしまう。
とは言え考えても仕方がない。何が起こるか、未来を予測する事はいくらSランク冒険者の『白皇喚鬼』といえども出来ないのだ。
「取り敢えず出発するかの」
そうして『白皇喚鬼』ルヴィア・ルビーは考えるのをやめた。




