等しき犠牲
目がしばたたくその一瞬で、景色は入れ替わった。
物音もなく降り立ったのは海。それもルアシータ領の砂浜。
大きく息を吐き、また荒い呼吸を繰り返す魔法使いは もう座っているのもつらいようで 柔らかい砂の上に横たわった。
『傷をみせてっ!』
「…いいから」
医療の知識は一般常識程度にしかないが、だからと言って何もしないのも嫌だ。血塗れたシーツを剥ごうとすると、魔法使いは弱々しく私の手を払った。
その衝撃で しゃらん、と手首のブレスレットが音を立てる。自分の心臓の鼓動ほど気にならなくなっていたその音は、潮騒と似ていたからかやけに大きく聞こえた。昔、人魚の鱗は再生能力を高めると聞いた。
『でも、どうやって使うの…?』
焦りで狙いの定まらない指先でガラスケースの蓋を開けて鱗を取り出した。いつかと変わらない輝きを放つそれは、食べるのか、傷口に当てるのか、はたまた粉にして飲むのか、私は知らない。人魚にしかわからない
幸いにも鱗は2枚あり、1度の失敗は許される。
私の心は決まった。
『ねえあなた治したいでしょう?少し我慢してちょうだい!』
「いや、だ、もう死にたい、」
拒否をする手を払い除け、力ずくでシーツを胸まで捲る。
銃弾は脇腹に当たっていた。その痛々しい傷口を覆うようにオレンジ色の鱗を乗せる。
「ぐっ、ぁあ…!!」
すると鱗は中途半端に溶けて肌に根を張った。
それが痛んだようで魔法使いは短く叫んだ。
その飾っていない声を聞いて私はようやく目の前のひとがよく知った人だと気づく。
「痛い、痛い痛い…、嫌だ、殺してくれよ…」
『私、ひとの自殺願望を叶えて差し上げるほど善良な人間ではありませんの。』
シーツを完全に剥がすと、見慣れた金髪が月光に煌めいた。
不謹慎なのはわかっているが、苦痛に歪む顔に色気がある。それを見て妙に落ち着いた気持ちになった。
『お兄様、家に帰りましょう。お医者様に診てもらわないと。』
「帰れないんだよ…お前も帰るべきじゃないよ、あんな家…」
息も絶え絶えに、私の肩を支えにして上半身を起こす。手で背中を支えるとまた大きく息を吐いた。そして傷に手を翳すと、次の瞬間には銃弾が手の中にあった。
『あんな家って…、どうしてですか?それに それで治るかどうかもわからない。もう一度移動できませんの?』
「王子の愛玩人形を盗み、主の言いつけも守らなかった、俺に居場所なんてないんだよ。」
自嘲気味に笑うお兄様は、生を放棄することにあまり抵抗は感じていないようだった。いつも冗談ばかりの兄だったが、今回ばかりは本当だと嫌でもわかる。
『ならば逃げましょう。お兄様の魔法ならできるでしょう?』
「お前を置いていけないだろ…!」
『どうぞ置いていってくださいませ!』
予想外に大きな声を出してしまった。お兄様も目を見開き驚いている。しかし僅かに怒りの滲んだ目で私を睨んだ。
「ミュリー、お前、俺がどれだけ裏で助けてくれたか知らないだろ」
『えっ』
思わずたじろぐと、お兄様は軽く舌打ちをした。
苛立ちを隠そうともしないその姿は、長年兄妹としていきてきて初めて見る。
「お前が父と呼び親しむあの人は、俺らをなんのために拾ったか知ってるか?それはなぁ、お前を守る為だよ。俺も、シャルも、使用人も。まあ、ルアシータ家の人間がやけに過保護だし能力も高いのなんて、お前は気にもしなかっただろうけどな。」
掠れた声で言うと、お兄様は身を捩って背中を支えていた手から抜け出した。しかし自分で座ることはままならぬようで、砂の上に倒れ込んだ。
『…私、自惚れていました。好意から親切にしてくれるって。じゃあナナもテオも料理長も庭師もシャルも、お兄様だって、みんなみんな買収されて仕方なく優しくしてくれていたのですね。』
「そうだよ」
私は衝撃を受けているものの、思いの外冷静さを保てていた。それは前世よりは幸せだからか、やはり不自然に思っていたからか、どちらかはわからない。
『わかりました。では、早く行きましょう。』
横たわるお兄様の顔を覗き込むように見ると、目の前の顔は歪んだ。
「…俺の話聞いてた?」
『ええ、もちろんですわ。それに私、ひとつ良いことを考えましたの。屋敷へ帰りましょう。』
手を握るが払われる。私にだって気持ちは察することは難くない。のだが、逃げても隠れても良い方へは転がらない。堂々と生きていくしかないのだ。
『自分の居場所よりも私を助けることを優先してくれた、真に私を想ってくれているトーマお兄様に、折り入ってのお願いなのです。』
じりじりと後退する手を引っ掴み、私はヒロインの顔をした。
「~~~あぁもう、わかったよ!」
何やら文句はありそうだがお兄様も結局は攻略対象。頷くことは想定内だ。
ヒロインになりたくないと必死で目を背け瞑り続けていたが、もうそれが運命だと言うのなら全力で便乗するしかない。
世界の中心は私なのだ。私が道理だ。
『お兄様ならわかってくれると信じていましたわ!』
ぎゅっと抱きしめると、兄は傷が傷んだのか小さく呻いた。
耳元でため息が聞こえたが難聴のふり。私はさあさあと急かし、屋敷へと急がせた。ヒロインは純粋無垢で、それ故にタチが悪い。そう言う生き物なのだ。




