白い造花
暗がりの中目を覚ますと、そこは無骨な鉄の牢の中。
カントリーテイストの家具と対比は最早芸術の域だ。
寝起きのぼんやりした頭で記憶を辿っていくと、思い出したくないことばかりを思い出す。
もうすっかり冴えた目を再び閉じ、私は考えていた。
ロザリーを凶行に駆り立てた理由。
寝転んだベッドの感触がかなりの良い値段であることから、おそらくロザリー1人の犯行ではない。睡眠薬と言えばシャルだが、彼は誰かと共謀するタイプではない。それに警備隊にお世話になっている説もある。まさかお父様が手引きを?いやいや、さすがに過保護が過ぎるだろう。
ロザリーの家族を誰かに人質にとられたくらいしか思い至らないが、彼女は私が眠る瞬間 楽しんでいた。信じたくはないが、ロザリーが望んで私をここへ連れてきたのだ。
現実に向き合うのが面倒で閉じていた目を開けた。
考える方が面倒だ、本人に尋ねればいい。
ゆっくりと体を起こし周りを見渡すと、微塵も見覚えのない景色。日当たりの良い部屋に、後付けのように違和感のある牢。その中に私。
『嵌め殺しの窓をぶち破る…なんてね。』
知らないベッドから出ると、知らないドレッサーに これまた知らない夜着を着た私が映った。
水族館の大水槽のような窓に近寄り外を見ると、遠くに学園が見えた。と言うことはここは王都か。それならこの方角には、そう、きっと……。
嫌な予感に打ち震えていると、背後の扉が突如として開かれた。
そこに姿を見せたのは見慣れた2人だった。
『ダミアン様、ロザリー…』
「わあ、素敵っ!」
牢の前に駆け寄り うっとりと私を眺めるロザリーは、新しいおもちゃを前にした子供のようだ。
ダミアン様も満足そうに私を見ている。
『ここから出してください。』
「やっぱりこのドレスにして良かったですね!」
「そうだね。でも明日は僕のドレスを着せるからね?」
「交代なら仕方ないですね…」
いつになく強気な口調で言った私を見ているはずの2人は、まるで聞こえていないかのように自然に会話をしていた。
私はそれに激昂しかけ、しかし堪える。
『どうして?何が目的なの?』
「しっかしダミアン様は胸元の開いた服が好きなんですね~、やっぱり大きいですもんね!」
「…それ、本人の前では言わないでね?ロザリーこそ真っ白な服ばかりで、まるで天使じゃない?」
「いえ、そんなものではなく神です。」
空気か透明人間にでもなった気分だ。ここまでしっかり無視をされると、私は存在していないと錯覚してしまう。
しかし姿は認識されている。着せ替え人形のようなこともされている。言語に齟齬がある、そう、まるでペットのような感覚。
『ダミアン様!ロザリー!ねぇ!』
牢の鉄に駆け寄り、握って揺らす。何度も必死で呼びかける。
しかし目の前の顔は一切こちらを見ない。
呼びかけをやめて どれくらい時間が経っただろうか。侍女に呼ばれた2人は部屋から出て行ってしまった。
『どうして…?』
声が震える。ベッドの上に戻った私は落ち着こうと部屋を見回していた。そこで、ふと家具や小物が全て柔らかいプラスチック製だと気づく。窓をぶち割ることもできないのか。私は笑った。どうしたら。どうして。
することも無く体を丸めていると、いつの間にか夜だった。
寝ていたのか起きていたのかも分からないくらい、思考が飛んでいた。
なぜ意識が戻ったかと言うと、頭を撫でる手の感覚に気づいたからだ。
横を向いて寝ていた体を仰向けに転がすと、傍らに真っ白なシーツを被った誰かが立っていた。
「やあ」
以前見た時とは布の色が違うが、腕だけが布から出ていて、恐らく前は見えていないところは変わらない。魔法使いの背後からは月光が差して、それは幻想的な風景だった。
『…私を連れ出してくださる?』
ゆっくりと起き上がりながら伸ばした手は、しっかりと掴まれる。久しぶりに存在を肯定された気がした。じわり、涙が滲む。
少し困ったよう魔法使いは、私の頭をまた撫でて抱きしめた。
「もう大丈夫。」
シーツ越しに届く体温は 私をひどく安心させる。しゃくりあげそうになるのを堪えて、私は背中に腕を回して綺麗なシーツを握りしめた。
『私がいなければ、全て元通りになるかもしれない、から、消えたの、タマミも言っていたし、私、私は……』
「大丈夫。みんな空回り。ミュリーのせいじゃない。」
穏やかな口調は涙腺を刺激する。私は口を噤んだ。
「安心して」
姿こそ見えぬものの、目の前のひとは笑った気がした。
そして突然部屋が明るくなり、銃声が響いた。
「ミュリー!!」
「ミュリー様っ!!!」
呻き声が聞こえる。腹部あたりからじわじわと染みが広がって止まない 真っ白なシーツから目が離せない。
『逃げて…私はいいから、あなただけで…』
荒い呼吸を無理やり深呼吸で整えた魔法使いは震える私を一際強く抱いた。
がちゃんと音を立てて牢の鍵を開け 駆け寄ろうとするロザリーとダミアン様が目の端に映ったような気がしたが、次の瞬間には目の前の景色が移り変わっていたため確信は持てない。




