温もりのある地
ダミアン様が部屋を出てすぐ、ナナが部屋をたずねた。
ナナは私にシンプルなデザインの封筒を手渡すと、すぐに出て行ってしまった。
手紙は、タマミからだった。
週に一回のペースで食料等と一緒に届いていた手紙と 何も変わらない内容で、シャルと上手くいかないことや、クラスに馴染めないこと、他愛ないことが書いてあった。
しかし書いた本人からすれば何でもないであろう文が私の心に刺さった。
「ずっとなんで違うのって思ってたけど、そりゃ当然だわ。私たちがいるから、それに合わせていろいろも変わるよね。」
長い間、ゲームという認識はなかったし、知ってもその実感もなかったから斬新な切り口だった。言い得て妙だ。
これがゲームの世界だとしたら、この異常な現象はバグだ。
そう考えると、父親から盗聴されること、弟が人を殺すこと、私みたいな平々凡々な人間がやたら愛されること、すべてに納得ができる。
ここが現実ではないと思い至ってから、私は気が楽になっていた。死は眠りのようなもの、夜を明かすのと同義。まあコンティニューなんて望んでいないから、ゲームオーバーなのだが。
異分子である私とタマミ、2人がいなくなればこの世界に平和が訪れるという、一種の逃げの思考。しかしあながち間違ってはいないはずだ。もう考えるのにも疲れたしそれでいい、それがいい。
しかし甘ったれた考えではあるが、死ぬのは嫌だ。この世界でこそ生きると決めたのだ。
なら私がとるべき行動はひとつ。表舞台から姿を消すこと。
つまりモブキャラになれば良いのだ。
最初からそうすれば良かった。私には商売道具になり得るものがある。
この身体。そして前世で身につけた知識。
お父様の持っている盗聴の魔法道具をぶっ壊した私は、誰にも気づかれぬようには無理だが目撃を最小限に抑え、ナナたちに手伝ってもらって隣国へと移動、逗留。
自分にこんなに行動力があるとは知らなかった。
そして簡単に出国、入国できるとも思っていなかった。
もしこれでもダメならば、死ぬしかないとぼんやり考えながら、色街で男を漁る。まったく、異性との付き合いを見直すと言っておきながら結局これだ。性に合うと言えば合うが。
名が知れ渡ると見つかる可能性が出てくるため、私は1箇所には留まらず、ある程度金が溜まったら移動をし続けた。それが功を奏してか、はたまた追うほどの価値はないのか。暫くの間、私は誰とも会わずにやってこれた。
しかし肌寒くなってきたある日、夕飯を食べようと小さな町の食堂に入ると、懐かしい声が聞こえた。
「ミュリー様!?」
返事をする暇もなく、綺麗な桃色の髪が目の前に広がる。
久しぶりに欲のない抱擁を受けた気がした。
私はそれを拒むことはせず、彼女の背中を撫でた。
『久しぶりね、ロザリー。会えて嬉しいけれど、あまり目立ちたくないから離れてくれないかしら?』
「あっ、ごめんなさい…!」
ぱっと離れたロザリーは申し訳なさそうに眉尻を下げたが、私が微笑むと 彼女も微笑んだ。
『…ここだと静かすぎるし、端の席に行きましょうか。』
「はい!ミュリー様とならどこへでも!」
相変わらずだと思わず笑うと、ロザリーは照れ笑いをした。
話を聞くと、ここはロザリーの両親の営む食堂らしい。私は店の奥、居住スペースに案内された。
木製のテーブルをはさみ、リビングの椅子に向かい合わせに座った私たち。お互い少し大人になった気がした。
「ミュリー様、誰にも見つからないなんてすごいですね。ダミアン様もルアシータ公爵様も血眼ですよ?」
声を潜めて話すロザリーはどこか楽しげだ。
『…そうよね。たぶん私のことを慕ってくれていた使用人たちがなんとか躱してると思うの。ロザリーはどうしてこの国に?』
「今日は休みだから店を手伝ってるけど、あたし、ここで教師として働くことになったんです。そしたら心配だからって父さんと母さんもこの国に移住して。あたしももう子供じゃないのに!」
と言って頬を膨らませる姿はとても無邪気で、そう、まさに主人公だ。
私がいなくなったらロザリーが皆から好かれる可能性もあったが、そうはならなかったらしい。
『夢を叶えたのね。流石ロザリーだわ、誰よりも努力していたものね。』
「えへへ、子供たちからは舐められっぱなしですけどね…。あ、食堂に来たんだし、お腹すいてますよね!今何か作ってきますね!」
バタバタと足音をたててロザリーは部屋の家庭用キッチンに走る。まったく忙しない子だ。なぜだか少し安心した。
手馴れた様子でキッチンを歩き回る彼女を眺めていると、直ぐに湯気のたつスープと、木製のスプーンが目の前に置かれた。
「とりあえず、先にスープ飲んでてください。すぐサラダ作りますから!」
『ありがとう、頂くわ。』
満面の笑みのロザリーは、大きく頷いた。
キッチンに戻る姿を見送ってからポタージュスープをひとくち口に含むと、不思議と前に口にしたことのあるような気がした。
懐かしさを感じた私はロザリーに声をかける。
『ねぇロザリー?もしかしてこのスープ、前にもご馳走してくれた?』
「コーンスープならあるけど、それはないですよ?」
そうなの、と答えてまたスープを口に運ぶ。美味しい。しかし少し苦味がある。
口を動かしながらなんの苦味か考えていると、ロザリーははっとこちらを振り向いた。
「あっ!ミュリー様ごめんなさい、これ焦げてたかもしれません!」
『問題ないわ、とっても美味しい。気にしないで?』
私が言うと、しょんぼりしながらまた背を向けた。
しばしの沈黙。あたたかな空間にいるせいか、少し眠くなってきた。それを散らすため、そして何か手伝おうと立ち上がると、急に目眩がして再び椅子に座ってしまう。
「どうしたんですか?」
私の挙動を見ていたらしいロザリーは首を傾げる。私は 目眩とも眠気とも似た感覚に揺られて返事をすることもできなかった。重い瞼と戦っていると、ロザリーが私の背を撫でた。
私はようやく思い出した。懐かしさの正体を。
「ミュリー様、疲れてるみたい。少し眠ってもいいですよ?今まで大変だったでしょう。大丈夫、後で起こしますから。」
『眠らせ、た、わたく しを、どう、するつ もり、なの…』
背後でくすくす笑う声が聞こえる。
いつかシャルに飲まされた睡眠薬に似た味のスープを無警戒に飲んだ私の負けだ。
「大丈夫、大丈夫ですからね。」
ロザリーは心底嬉しそうに、眠りに落ちていく私を撫でていた。




