異聞録 ダミアン
ルアシータ公爵の宿泊する部屋を訪ねた時に、トーマも公爵の傍らに立っていた。
「どうぞお掛けください。何用ですかな、ダミアン王子。」
威厳ある男はにんまり笑って僕を見た。
トーマは無表情でただ突っ立っている。
「いや結構。急な訪問で申し訳ない、ルアシータ公爵殿。しかし盗聴は趣味が悪いと思ってね。」
得体の知れないものと対峙する恐怖を押し殺して僕は飄々と言う。
先程至近距離で見て気づいたのだ。ミュリーの耳に魔法がかかっていると。
公爵は笑みを深め、演技がかった様子で立ち上がった。
「ほう、よくご存知で。」
「実の娘とはいえ、よくないと思うけど。トーマは知っていたの?いつから?」
人形のように表情を変えないトーマは淡々と言う。
「勿論存じています。愚弟は何も知りませんが。この前の創立記念式の後から会話は筒抜けでしたよ。」
「へえ、知らなかったや。早く魔法を解いてくれない?話を聞かれているとどうもやりにくいんだよね。」
ルアシータ公爵は再び椅子に座って僕をじっと見据えた。その何もかも見透かすような瞳は時々ミュリーもする。変なところで血を感じた。
少し時間をおいて、公爵は口を開いた。
「お断りです。我が家の問題でありますからな、申し訳もない。」
「婚約者である僕にも関係はある。…王家の力添えあってのその爵位だと忘れるなよ、元は平民のくせに。」
僕の言葉、もとい平民ときいたトーマが驚いた顔をした。そして顔を背けて何やら考え込む。
もしや、自分のことを話していなかったのだろうか?そう不安になっていると、公爵はくつくつと笑った。
「主語が大きいですな。王家ではなくダミアン様の御両親、両陛下のお心でしょう?それに個人的にこの婚約には反対なんですよ。」
「…そうだろうね。」
両親の前ではなりを潜めるが、僕には素直に悪意を感じていた。ずっと、長い間。気に入られようとは露も思わなかったが、やはり心地いいものでは無い。
「これは盗聴なんてものではなく、ただ守っていただけ。見ることは出来ないから聞くことで です。いつでも危険が及ぶ時助けられたのはこのおかげです。」
「…つまりイカサマをしていたから、僕たちよりも早く 自分の雇った警備隊を送り込めたんだね。」
「そうですな。」
今度はあっさりと頷く公爵。トーマは相変わらず無表情で何を考えているのかさっぱり掴めない。しかし10センチほどの水晶の球を取り出すと、僕に差し出した。
「覗いてみてください。つい数時間前の、その水晶の記憶ですよ。」
トーマが何か呪文を詠唱する。映し出されたミュリーに跪く血にまみれたシャアルは動き出す。僕はそれを見たままトーマにたずねる。
「…これがどうしたの?」
「騎士を気取っていますが、自ら手を下すなんて愚の骨頂。そんな考え無しはルアシータ家には必要ありません。」
水晶の中からは誰もいなくなり、僕は顔を上げた。
つまりなんだ、体良くとは言い難いがもう要らなくなったから追い払ったと言うのか。
「…そう、なんだ。」
トーマの大きな手が僕の手から水晶を取り上げた。
気の利いた言葉が思いつかずまごついていると、公爵はまた不敵な笑みを浮かべた。
「時にダミアン様。女遊びは男の性ではありますが、相手を孕ませるのは良くないですぞ。火加減を間違えましたな。」
「はっ……!?」
言葉を失って狼狽する僕を見て、公爵は更に口角を上げた。頭の中で関係を持った女を思い返したが、女に興味が無さすぎてわからない。愛を語っている時も、心はなんの昂りも無く凪いでいたからミスをするなんてこともない。
「女の名前を言ったところで思い出せぬでしょう。あれは何年前だったかな?」
「2年前です」
トーマがすかさず答えると、公爵は頷いた。
「そうか。まあとにかく、明るみになる前にこちらで処理をしておきました。我が家の使用人は有能ですから。」
「世間にそれが知られれば婚約破棄も可能だっただろうに…何が目的なの?」
「やはり手札は無闇に開示するものではありませんからな。ここで開示した意味は、もちろん、分かっておいででしょう。」
脳の端がびりびりと痺れるような感覚。ミュリーと僕の唯一の絆が今解かれようとしているのだ。そうなると、もう手には入らない。
相変わらずにんまり笑って此方の出方を伺う姿はまるで狡猾な蛇。その蛇の前では僕はネズミのように矮小な存在になってしまった。
「拒否権はありません、今こそ この国の第3王子が女好きのどうしようもない男だと世間に知らしめる時ですからな。そして傷心のミュリーは深窓の令嬢となり、皆の同情を引きながら永遠に我が家に閉じ込める。」
僕は絶句した。狂気としか言い様がない。
実の娘を閉じ込めてどうするつもりなのだ。それはミュリーにとって幸せなのか。
言い返してもろくな答えは返ってこないだろう。ならばここでやいやい言うよりも、ミュリーの理解を得る方が先決だ。
「…なら、僕はミュリーに言い訳でもしに行ってこようかな。」
踵を返し、退室する。
公爵は勝者の笑みを浮かべていることだろう。
「邪魔なシャアルは牢の中、第3王子は爪弾き者、トーマは人形。これで長年の夢が叶うというもの。俗塵はすべて消えればいい。ミュリー以外は瑣末事なのだから。」
扉を閉める直前、鷹揚に紡がれる言葉は僕に向けてか。
気にしたら負けだと自分に言い聞かせ、完全に扉を閉めた。




