異聞録 タマミ
私は流れる景色を見ながらずっと悪態を吐いていた。
最初は本当に嬉しかった、ずっと見ていた背景イラストが眼前に広がっていた。夢にまで見た異世界転生に、心は浮かれきっていた。
要請された研究に協力して得た大金で、没落していた家を持ち直し、学園へ行く資金を調達し、ヒロインはイケメン攻略対象と出会う。
何度も何度もなぞったストーリーをヒロインとして生きるのはとても楽しくて毎日が嬉しかった。たくさんの知識があるチート状態で、最高のエンディングを迎えられると信じて疑わなかった。
だが、この体たらくだ。
おかしいと思ったのだ。よく知っているはずなのに、知らない人だった。仲良くさえなれない。なぜ。どうして。
「………くそ!!」
私はトランクを殴った。リボンの形をしたストラップにヒビが入るが気にならない。
依頼した馬車に乗り込み向かうのはミュリーを幽閉した塔。
私がシャルといい感じになるまで合意の上そこにいてもらっている塔。
出てきてもらって安否を明白にしないと私の命が危ぶまれる。今ほどスマートフォンが欲しいと思ったことは無い。
ゲーム中ではヒロインが死んでもすぐ立ち直る屑しかいなかったくせに、この現実では行方不明になっただけで皆狂い始めている。もう元々狂っていたとしか思えない。
嫌だ、こんな世界は望んでいない。
強く歯を食いしばると、突然馬車がとまった。
塔はもうすぐだがもう少し進める。もしかしてシャルに追いつかれたか?
血の気が引いた手で内側から鍵をかけ、息を殺して聞き耳をたてるも何も聞こえない。隙間なく閉められたカーテンからはなにも窺えない。
首に手を当てて私は思い返す。夕方の陽に照らされて狂気の笑みを浮かべるシャルが、私の首に手をかけた。
前々から隠し事ができないタイプだといわれていたが、ミュリーのことを悟られぬよう細心の注意を払ってシャルと話していたはずだ。何が彼をあの殺意に駆り立てたのかわからない。まったくわからない。
私は震える左手首を握った。わからないことばかりで気が触れそうだ。
ミュリーにはできないとは思うが、嵌められたのかと疑うほどに何かがおかしい。
「もう嫌…。」
頭を抱えようとした瞬間、馬車の扉が壊れた。
蝶番が外れ、ガラスが砕け、木が裂ける。
思わず頭を庇うと、頭上から声をかけられた。
「へえ、ミュリーはなかなか近い場所にいるんだな。」
恐怖で上げられない私の頬は荒く掴まれ、無理矢理目を合わせられる。
目の前にはシャルがいた。微笑をたたえたその姿は笑えちゃうくらい怖い。
馬車は壊れた扉をそのままに走り出した。
「…何を勘違いしてるのか知らないけど、この件はミュリーも同意しているの。ミュリーは今痛くも苦しくも寂しくもない、私はいじめてない。」
頭の中で反芻していた言葉は、震えて惨めに発音された。
それを聞いて目の前の顔からすっと表情が抜け落ちる。
「どうだっていいよ、そんなこと。もしかしてお前は綺麗な蝶を狭い虫かごに閉じ込めたい派?俺は手に入らないなら誰の手にも渡らないように画策する派なんだよなあ。」
「その考えのどこにミュリーの幸せがあるの?あの子は…」
私が紡ごうとした言葉は痛みによって先を絶たれた。
頬の内側と歯がぶつかって切れてしまいそうなくらいに、力を込めた手は少し震えている。
「いやいや、どうだっていいんだって。ミュリーがどう思おうと関係ない。俺の思うミュリーの幸せの形があるから。自己満足でいいんだよ。」
にっこり笑って断言するシャルはスチルで見た事ない顔をしている。
私は漸く理解した。見ないふりをしていた事柄を直視した。ここは私の夢見た場所ではないと。
私は強く頭を殴られて気を失った。振り上げられた鈍器が何だったかさえ覚えていない。




