異聞録 レウス
ミュリーの家にお邪魔して1泊して学園に戻る。寮の前で笑顔で手を振ったのはもう1週間も前のことだ。ミュリーはその後忽然と姿を消し、杳として行方が知れない。
西日のさす2人だけの教室は、重苦しい空気に包まれていた。いつもならば和やかなお茶会の時間だが、今は茶も菓子もない。
ボクは姉の背中をさすりながら何度言ったかわからない陳腐な慰めの言葉をかける。
「ダミアン様が必死で探しているから、きっともう見つかるよ。」
黙ったままのレイアは何も返さない。日に日に目の下のクマがひどくなり、元気が無くなっていく様子は見ていて辛いものだ。ダミアン様も授業以外の時間は文字通り血眼になってミュリーを探し回っている。孤児院にいるロザリーがこの件を知らないことこそ唯一の救いである。
「タマミ様もダミアン様にべったりはやめたみたいだし、きっと上手くいくさ。」
「代わりに弟くんが被害にあってるわけだけど。正気を保つのも必死な彼がタマミ様にどこまで耐えるのか見物よね。」
嫌な言い方だが、実際そうだ。
シャアル様もダミアン様と同じくミュリーを探している。彼に至っては毎夜寮を抜け出してまで捜索していると聞く。貴族の間では面白さや真実に関係なく噂が広まるのが早い。この学園の校舎もまた然りである。
レイアは手で顔を覆った。
「ルアシータ家が動かないから、きっと何か理由があるのよ。あの人たちがミュリーの行方知れずに何もしないわけない。」
「その通りだと思う。」
「でも、弟くんはその理由を知らない。それはなぜ?」
「それはわからない。」
「もしミュリーが痛い目にあっていたらどうしようって心配になるの、今私にできることってある?」
「ない。」
自問自答のような会話は、ボクたちが双子である証だとずっと思っていた。互いを補うように生きてきたボクらは何が起ころうといつもどちらかが冷静沈着。今回もそうであってほしかった。
レイアのように取り乱してはいないが、その実ボクもかなり憔悴していた。
それをレイアもわかっているようで、押し黙った。
しばしの沈黙。それは遠くから聞こえてくる足音で途切れた。足音と言っても優雅なものではなく、全力で走っているような激しいもの。それは段々と近づいてきて、後ろの扉を開けて入ってきた。
髪を振り乱したタマミはボクたちを見て、青ざめた顔で懇願する。
「…!?お、お願い、私がここに来たことは誰にも言わないで…!お願いします!!」
なぜかと問う前にタマミは教卓の下へ隠れると息を整えているようだった。
1分も経たないうちに今度は優雅な足音が聞こえて、それの主もこの教室に顔を出した。
シャアル、ミュリーの弟だ。捜索の疲れからか、随分昏い目をしている。
「…失礼。先輩方、ここに人が来ませんでしたか?」
「いいえ。ずっとここにいたけれど見ていないわ。」
レイアが首を振るのにボクも倣った。
そうですか と気のない返事をして彼は扉を閉めた。訪れる何度目かもわからない沈黙。
暫くして顔を出したタマミは怯えきった目で辺りを見回し、大きく深呼吸をした。そしてボクたちに向かって頭を下げる。
「…ありがとう、助かったわ。」
「いいわよ。でもどうしたの?遂に弟くんの逆鱗に触れたとか?」
レイアの嫌味はあながち間違いではなかったようで、タマミは顔を歪めた。そして教室の荷物を軽く纏めて吐き捨てる。
「…こんなとこにはいられない。故郷に帰るわ。あんたたちあんな化け物とよく平然と知り合いやってられるよね。この世界は狂ってる、シナリオは瓦解しきってる!何を信じたらいいのかわからない…!」
「どういうことなの?」
レイアが訊ねるもタマミは全く聞いていない。ガリガリと手の甲を掻きむしりながら、落ち着きなく窓の外や扉を開けて廊下を見ている。そして意を決したように大きく息を吸った。
「あんたたちも、自分の命が惜しけりゃミュリーに変なことしないようにね。」
そう言い放ち、タマミは教室を飛び出した。
来た時と同じく足音を響かせながら走り去るのを何も出来ずにボクらは見送る。
やがて足音は聞こえなくなり、それによって魔法が解けたような気持ちになった。
レイアを見ると少し怖い顔をしていて、恐らくボクと同じ顔をしている。
タマミは変なことをしたと暗に言っていた。聞き捨てならないことだ。
「…ダミアン様に相談してみようか。」
「そうね。」
無気力な時間は終わった。少し離れているが王城にいるはずのダミアン様の所へ行こう。
既に走りだしているレイアを追って、ボクも足を動かした。




