ホールにて
国の中枢を担う人物の多くは、この学園が母校である。
故に今回の創立パーティは華々しい装飾と無駄に豪華な軽食・スイーツ、そして事実上の階級による住み分けがなされている。
両陛下やお父様を始めとした お偉いさんの近くにいられるほど良いお家柄で、警備が特に手厚い。私がロザリーに会いに行こうとすると、どこからともなく現れた警備服のナナがそばに居たりする。
私たちグループは結局、どちらでもないオーケストラの近くを陣取っていた。
場馴れしていないせいか、貧血を起こしかけているロザリーはまだ ぐったりしている。
『ロザリー、体調はどう?』
「まだ直視はできませんが…随分良くなりました…!」
目を細めて私の胸を見るのは、まだ顔を上げる余裕がないからだと信じている。ピンク髪が皆淫乱なわけではない。
こんなに大きなリボンのついたかわいいドレスの似合う女の子が淫乱なわけはない。絶対にそうだ。
ちなみにロザリーはこのドレスを手作りしている。ひと月前に、あたしに似合いそうなドレスってどんなのですか と問われて、落書き程度にこんなものが似合いそうよねと話したものが、今現実のものとなっているのだ。彼女のポテンシャルは留まることを知らない。
「うっ…、予想していたよりもずっとミュリー様が美しくて…。迷惑かけてすみません…。」
『いいのよ、何事も経験だわ。じきに慣れるものよ。』
背を撫でようとすると、レイアに腕を掴まれた。するなということだろう。これ以上 事を大きくしたい訳でもないため、大人しく従った。
レイアは今日何度目かもわからないが私の頭から足の爪先までをじっくりと見て、ようやく疑問を口にした。
「昔、同じドレスを着ていたけれど。どういうつもりなの?」
「僕がお願いしたんだ。背伸びしたドレスだと思っていたけれど、今着たらぴったりだね。」
上機嫌のダミアン様には悪いが、そうでもない。
可愛いはずのハートカットは胸が大きいせいでどうも相容れないし、プリンセス風のパニエでこれでもかと膨らませたスカートに重ねたチュールその他は総評すると幼い。ネイビーなのがせめてもの救いだ。
「小物までしっかり揃えるあたりに本気度を感じるよな。」
「ええ、これ以上ない本気ね。自分もあの時と似たものを着ているし。」
「あの時から揃えていたんだろうさ。」
双子も顔を見合わせ肩を竦めている。
私も混じりたいがそうはいかない。このドレス姿はお偉いさんたち全員に褒められたのだ。お父様だけは困惑した様子だったが。
フォローしようと私が口を開くと、急に話し声が止んだ。
このパーティに素直に創立を記念しに来た来賓はいない。出席率が異様に良いのには理由がある。そしてその人らは今、お目当てである死人に奇異の視線を向けている。
その視線を平然と受け止め、大胆不敵にもカーテシーをして見せたタマミはこの場に似つかわしくないサンドレスを着用していた。
低くて太いヒールをコツコツと鳴らして私に近寄るタマミの前に立ちはだかったのはナナ。恭しく礼をして、どうやらドレスコードの件で物申しているらしい。
その間に 遠くでそれぞれの友人と話していたトーマとシャルが私の隣に立った。
「…とりあえず先手を打ったみたいだな。」
「姉さま、自分の判断では何もしないでくださいね?すぐ危ないことするんだから。」
『善処するわ。』
しかしナナはタマミ相手にあまり強く出ることもできずにいるようで、私は言ったそばから早くも干渉したくなっていた。
それを察してか、みんなは私を真ん中に円を描くように立つ。囲われた。勝手なことはさせないという強い意志を感じる。オーケストラの演奏がとまっていることもあり、1歩でも動こうものならヒールの音でバレてしまう。
タマミは、外聞など気にも とめず、ナナを激しく叱りつけている。私になせることなどなく、このまま退場させられると思ったその時、タマミの赤く塗られた唇から懐かしい言語が飛び出した。
「中庭の桜で待ってるから!」
大きなホールに響いたその言葉は、私以外の誰も理解できない。私も皆と同じように首をかしげてみせると、忌々しげに睨まれた。
警備員、もといルアシータ家の使用人によって強制的に退場させられたタマミは最後に 待っているからと叫んでいた。
ぽつぽつと話し声がきこえてきて、楽団も演奏を再開した。
『……どうしたのかしら、タマミ様。』
「さあ。私たちには関係ないわ、きっと。」
後ろに立つレイアが肩にかけたショールを握ると、大丈夫だと言うように肩を叩かれた。ロザリーも私の手を握ってくれている。
「ミュリー様はあたしが命に替えても守ります!」
『ありがとう、でも命には替えちゃダメよ?お兄様とシャルも、わざわざ来てくれなくても自分でどうにかできましたわ。』
私が言うと、全員が微妙な顔をした。
「ミュリー様はすぐ危ないことしますよね…?」
「これまではどうにかなってきたかもだけど、今回もそうかはわかんないしさ?」
「やっぱり心配よね。」
ロザリー、レウス、レイアがお互いにそうだそうだと同調していると、シャルが怒気のこもった笑顔で私の手を引いた。
「姉さま、無茶しないようにって約束しなかったっけ?」
『いいえ、していないわ。考え無しに行動しない約束なら覚えがあるけれど。』
「さっきは勝算があったってことなの?」
『………それはなかったわね。』
シャルは天を仰いだ。そうしたくなる気持ちは分かる。
昔から考えが浅いのは誰かの遺伝だと思うし、シャルたちは考えすぎだと思う。反りが合わないのだ。
「シャル、苦悩はわかるが落ち着け。とにかく心配だし、ミュリーは今日 絶対に誰かといろよ?」
「はい!あたしの部屋に泊まったらいいですよ!」
お兄様の言葉に、ロザリーが元気よく挙手をした。
すると黙って聞いていたダミアンも1歩前に出る。
「ミュリー、明日の予定がまだないなら城においで。この国のどこよりも安全だよ。」
「いやいや王子サマ、あんたんとこいると危ないでしょ。姉さま姉さま、久しぶりにルアシータに帰りましょ?」
双子とお兄様は苦笑いで三人衆を見て、三人衆は期待の眼差しで私を見ていた。決定権は私にあるらしい。
王城は嫌だ、皇后陛下にロリータ服を押し付けられたくない。
消去法でロザリーかルアシータになるが、私は城への誘いを断れるほど肝の座った人間ではないのだ。
『みんなでルアシータへ向かうのはどう?自然しかない土地で良ければ案内するわ。』
「それはボクたちも?」
私は頷いた。無い知恵絞って精一杯の折衷案を出したが、全員が全員の考えを探りあっているようだ。
『反対意見がないなら決まりね。』
反対なんて嫌な言い方をしたが、考えれば考えるほどこれが最善手な気がする。ロザリーがまだ少し不満そうに言う。
「ミュリー様添い寝プランはありますか?」
『あるわよ。レイアもどう?』
「私は結構よ。」
ロザリーが急に顔を赤くして、ダミアンとシャルが悔しそうにした。それを見なかったことにして、許可をとるためにワインを飲むお父様に歩み寄った。
あと5歩、というところでお父様は顔を上げた。
「どうした?」
『お父様、今日 家に帰ろうと計画しているの。私の友人も一緒にいいかしら?』
「ああ、構わないが。」
ありがとうございます、と礼を言って去ろうとすると、お父様が私の名前を呼んだ。いつもの厳格な顔がもっと精悍になり、歴戦の勇士でも膝が震える顔をしている。恐怖で喉がひゅっとなったのは気づかれただろう。
『…どうしましたの?』
「そのドレスだが、もう少し露出を控えた方がいい。周りからの視線を意識しろ。」
『申し訳ありません、改悛いたします。』
私が深く頭を下げると、お父様はため息を吐いて私の耳元、煌めくイヤリングに指を添えた。
「王子も随分な趣味だな。何でも婚約者に合わせてやる義理はないんだ、お前も嫌ならそう伝えたらいい。もう行け。」
『…はい。失礼致しますわ。』
殺されるとさえ思ったが、生きて帰れて本当に良かった。
一礼してオーケストラ近くに戻ると、レイアとレウスしか残っていなかった。
「みんな準備してくるってさ。」
「貴女の兄弟なんて実家なんだから準備も何もないでしょうに。」
呆れ顔で言う姿に思わず笑うと、2人も笑ってくれた。
もうそろそろお開きになる頃合で去るにはちょうどいいと、ホールを後にした。
私は部屋に戻り 普段着に着替えると、忍び足で中庭へ向かった。




