奇妙な転入生
私たちが高等部に入学した春、国中が激震した。
どこでも話題を独占するのは、人体蘇生。死んだ娘を忘れられないどこぞの子爵の男がオカルトに傾倒した結果、死体が動き出したと言うのだ。それは死人と呼ばれた。
ただ、悲願を達成したにもかかわらす、男は死んだ。巷では悪魔に魂を売り渡しただの何だのと騒がれている。
しかしそれは、自分にはまったく関係ないと思っていた。その娘は然るべき研究機関に収容されると確信していた。なのに、なぜなのだろうか。
「タマミでぇす。死人なんて呼ばないでね?よろしくお願いしまぁす!」
まさか、転入してくるとは。
誰もが刮目し 同時に好奇の視線を注ぐが、タマミはまったく怯まない。
よく手入れされた黒髪ストレートの美少女は、死んでいたとは思えないほどいきいきした顔をしている。
「あの席が空いてますね。何かわからないことがあれば級長のダミアンくんを頼ってください。」
高等部に入ってからは 座席を決めることはせず、早いもの順で好きな席を選ぶことが出来た。空いている後ろの席を指定されたタマミはその席を見るや頬を膨らませた。
「いやん、私、ダミアン様のお隣がいいですぅ〜」
くねくねと体を揺らすタマミは上目遣いでモス先生を見、袖をつまんだ。
ダミアンは現在壁際に座っており、私は隣だ。級長の隣に座れば何かと便利だろう、特別断る理由もないので立ち上がろうとすると、ダミアンに腕を捕まれ とめられた。
「行くのは構わないけれど、僕は君の隣がいいから空いてるよって声をかけたんだよね。それだけは忘れないでね?」
頷くと、何事も無かったように腕は離された。
最近ダミアンは私への好意をわかりやすく表現してくる。婚約者が仲睦まじくしていないと、暇な貴婦人の多い社交界では噂の的となり、憶測が憶測を呼び大変なことになる。王族としては、マイナスイメージは避けたいのだろう。私としても冷たくされて噂になるよりも、嘘でも愛を語った方が楽だ。
軽く会釈をして後方の席へ移動する。
『レイア、隣いいかしら?』
「どうぞ。」
綺麗な深緑をポニーテールにまとめた彼女は、最近美人さに拍車がかかってきた。その隣に座るレウスは、宝石のようだと噂される真紅の髪を風に靡かせている。
転入生と話すダミアンは歳を重ねるごとにテオのような色気がふとした所作に現れる。
最近、急にみんな大人になった。変わらぬものと言えば私の顔と、ダミアンの髪飾りくらいだ。
容姿はさほど変わらぬロザリーも教師になる夢のため 自由登校状態で、最近は学園の授業を受けたり街で奉仕活動をしたり忙しくしている。
ぼんやりモス先生の話をききながら、なんとなく置いていかれたような気から生まれる 寂しさを心の中で反芻していた。
前世は友達がいなかったから感じなかったこの思いは、私にはどう処理すればいいのかわからない。
2度目の人生と言えども、1度目はまったく参考にならない。山賊の時に世話になったが、男を悦ばせる手練手管なんて普段は必要ない。危うい時もあったが、男女の距離も測り損ねることなくなんとかやってきた。上手くいっているはず。大丈夫だと心の中で何度も唱えて、起立の号令に従った。
「あの子、どう思う?」
『王族相手にあの態度は不敬だと思うわ。』
放課後の教室。西日の差す中、私、レイア、レウスは勉強をしていた。話題は例の転入生。ダミアンにべったりくっついて片時も離れようとせず、ふたりきりでいたがる姿は 貴族とは思えない。いや、貴族らしいといえば貴族らしい反応だが。
「ボクは嫌だな、なりふり構ってないところがさ。媚びへつらうにしても場所を考えて欲しい。」
予習を終わらせたレウスがノートを閉じ、食堂で販売しているクッキーの包みを開くと、横からレイアが2枚攫っていく。そのうちの1枚を私の口元へ運んで、レイアは首を傾げた。
「確かにそれはそうなんだけど、レウスもタマミ様に前会ったことあるでしょ?その時はもっと物静かで穏やかな人じゃなかったかしら?」
私がクッキーを口にすると、レウスも私にクッキーを差し出した。
「覚えてないけど 覚えてないってことはそうなんだろうなぁ。あの人なら、頑張っても忘れようがないしさ。」
飲み込んでレウスに差し出されたクッキーを食べると、なぜか少し怒った様子のレイアがまた私にクッキーを差し出した。食べ物を使った遊びはあまり好きではない私は首を左右に振った。
『…手ずから食べるわよ。』
「わかってるわよ。」
レイアもノートを閉じる。全員が予習を終えたところでおやつの時間だ。そろそろロザリーも学園に戻ってくる頃合だろう。持参したテーブルクロスを敷き、レウスのクッキー、レイアのプチチーズタルト、私のスコーンをそれぞれ皿に並べる。ある日始まったこれはいつからか習慣化していた。
「ロザリー、最近頑張っているわよね」
『そうね、すごく大変そう。』
レイアの独り言に同調すると、後方のドアが勢いよく開かれた。目を瞑れない程に淑女らしからぬことをするのは、もちろんロザリーだ。
「ごめんなさい、時間なくて…桃のコンポートでもいいですか!?」
タッパーを掲げて不安な顔をしている。今日も手作りなのだろう、忙しいのだから既製品でもいいのに。私たちは頷いた。
『ええ、もちろん。』
「座って座って、早く始めようよ」
安堵のため息を吐いたロザリーは、席に座ってフォークを配り始めた。すると今度は優雅に扉が開かれた。
「あらぁ?今からお茶会するの?」
間延びした神経を逆撫でする声。振り向くと、ダミアンとタマミが立っていた。心底嫌そうな顔をしているところを見ると、やはり彼女に連れ回されていたのだろう。お気の毒だ。
『ええ、そうよ。』
品定めするようにお菓子を見、私たちを見、タマミはダミアン様と腕を組んだ。控えめの胸を押し当てられて困っているのか、顔が若干引きつっている。
自論でしかないが、胸が無い部類の女の子は 体のメリハリで勝負すべきだと思う。結局胸で勝負できるのは巨乳だけなのだ。
「ねぇねぇ、私達もまぜてもらいましょうよ。ダミアン様が居た方がみんな嬉しいはずですよぉ。」
「いや、遠慮するよ。」
「ええ〜っ、皆様、ダミアン様と一緒にお茶したいよねぇ!」
猫撫で声、か弱いカマトト演じる姿に既視感。こういう奴はいつの時代でもいるものなのか。
ダミアン様はタマミから私たちを庇うように立った。
「寮まで送ろうか、明日も授業があるからね。」
「それもそうですね。お願いしまぁす!…って、あらあら?」
タマミはダミアンの横をすり抜け、ロザリーの前に立った。
「…?貴女、お名前は?」
「ロザリーです。」
「………そうよね。」
自己紹介しながらお互いが首を傾げる 奇妙な光景だ。
2人は今初対面のはずだが、なぜわかるのだろう?珍しいピンク髪だから噂になっているのだろうか?
普通の話し方もできるところを見ると、頭が悪そうな話し方はわざとなのだろう。
「貴女は、レイアよね?」
「ええ、そうです。」
タマミは向かいのレイアに声をかける。面白くないと顔に書いたまま返事をしてしまうレイアに怒りはしないものの、また首を傾げた。
タマミがもう一度口を開く前に、笑顔を貼り付けたダミアンがタマミの手を握った。
「ほら、続きは明日でもいいよね?もう行こう?」
嘘くさい顔に、やっつけ違和感の拭えない言葉。それでもタマミは目を輝かせた。
「ダミアン様…。はぁい!」
「それじゃみんな、また明日ね。」
嵐は軽やかな足取りで去っていった。
『…ダミアン様、憔悴しきっていたわ。』
そう言いながらテーブルに視線を落とすと、お菓子が半分以上なくなっていた。
驚く私を見て3人は自慢気に言う。
「バレないように食べるゲームをしていたんです!」
「あの子に見つかったら大目玉だろうけどさ!」
「なんだか面白くないし、反抗よ。」
小学生並みの反抗に呆れつつも、私はレイアが魔法で温め直した紅茶を口にした。
レウスがスコーンで汚れた手を拭きながら笑った。
「ミュリーは知らないだろうけど、ダミアン様はああいうのには慣れっこなんだよ。大丈夫、そのうち女も靡かないってわかるとてのひらを返すからさ。」
『…知らなかったわ。』
「そりゃそうよ、ダミアン様だもの。」
さも当然だと言うようにレイアが頷く。隠す必要は無いのだが、気遣いはありがたい。私はコンポートの糖分で脳を満たして、タマミを頭から追い出した。
何だか好きになれない、そんな子と関わるのはごめんだ。はやくダミアンが何とかしてくれればと他力本願であった。




