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閑話 湯けむり殺人事件②

異国情緒漂う館内は、ルアシータの財力を窺わせる。

娘のわがままひとつでこれを作るなんて、とんだ親バカだ。


今、私(レイア)とミュリーとロザリーは、各自シャワールームで体を洗ってきて、脱衣場に戻ってきたところだ。最初こそ洗いあいっこが出来ないと嘆いていたロザリーだが、今では跳ねる髪を撫で付けるミュリーを見ながら顔を真っ赤にしている。性別が同じでもこれは弁護の余地がない。変態だ。


『タオルだけって何だか恥ずかしいわね。』

「あ、はい…♡」


その視線に気づかないこの子はどうなっているのだろう。頭の中には花畑しかないとしか思えない。

しかしまあロザリーの気持ちも分かる。体にタオルを巻いたミュリーの、その濡れた胸元。形の良い2つの膨らみはかなりの存在感を放っている。肌荒れがなく色も白い。ちなみにロザリーはほぼ無い、断崖絶壁だ。私は2人の中間。謎の悔しさがある。


「じゃあ行きましょうか。」


温泉に続く扉を開けると、ぶわっと暖かな空気と湯けむりに包まれた。その先には湯を張った広く浅い井戸のようなもの。岩で形づくられている。


「わぁあ〜!すごいですね!」

『本当ね、すごい再現度だわ…!』


滑るタイルに気をつけながら進み、恐る恐る温泉に入る。適温の湯はやんわり私の体を持ち上げた。前に授業で扱った、浮力というものだろうか。目いっぱい体を伸ばし、思わずほうっと感嘆のため息を吐いた。


「すごい、いいわね…。」

「ほんとですねぇ〜」

『この安心感…。』


ぽやんと蕩けきっていた顔を締めて、急にミュリーが私に寄ってきた。こういう時は決まってやらかした時にやらかした理由がわからないのだ。


『…今回の敗因は。』


そらきた、まったく自分でわかって欲しいものだ。

なぜわからないのかわからない。まぁミュリーだからと言われれば納得出来てしまうのだが。


「もっと好かれている自覚と令嬢としての自覚を持ちなさい」


ミュリーはしょんぼり項垂れた。


『…分からないけれど…分かりました。』

「もうっ、なんの話してるんですかぁ?あたしも混ぜてくださいよ!」


頬を膨らませたロザリーがざばざばと湯をかき分けてこちらに寄って来た。広々した空間なのにこう纏まるのもおかしな話だ、少し距離を置こうとすると、ミュリーに引き留められた。

にんまり笑うミュリーは、私の頬をつんつんとつつきながら訊ねる。


『レイアの、ダミアン様との初対面エピソードが聞きたいな?』

「はっ?」

「えっあたしも気になります!」


結局3人で固まって湯に浸かることになっていた。

なぜ急にエピソードなんてものを聞きたがるのか、まったく理解できない。が、本人もレウスもいない今なら幾分か話しやすい。さすがにないとは思うが、本人の前で言われない為にもここで言っておくのが吉だろう。


「…ダミアン様の誕生パーティーで、少し話をしたの。その時はただただかっこいい!としか思えなかったんだけど、今思えば聡明さとか落ち着きに惹かれたのかもね。親もベタ褒めだったし、すごい人だって洗脳もばっちりよ。今はもう私にも婚約者いるし諦めたけどね。……どう?満足?」


ミュリーは目を輝かせて大きく頷いた。対称的にロザリーはへぇと特別興味を持ったわけではなさそうだった。


『とっても!小さいレイアかぁ、懐かしいわ。…私、こうやって女の子だけで秘密のお話してみたかったのよ!』

「そりゃよかったわね。ミュリーはどうなのよ?」


話題がミュリーに移ると、ロザリーは途端に前のめりになる。

この子はミュリーと違って本当にわかりやすい、きっとロザリーの中ではこの青髪は神格化されているのだろう。もどかしくて叩きたくなるほど、この子は自分に関心がないから知らないのだろうが。


『ダミアン様との?私は最初はよく憶えていないの。』

「それを本人が聞いたら悲しみそうね」

「レイア様、遮っちゃ駄目ですよ!」


ロザリーに叱られた私は不承不承口を閉ざす。

ミュリーは曖昧な微笑で進めた。


『確かどこかの夜会でお会いしたわ。その後婚約のお話を頂いたけれど、病気のことが気がかりで辞退したの。兄弟も寂しそうだったし、それでいいと思ったのだけど…。』


記憶を手繰るミュリーはここで口を閉ざした。そして急に声を潜めた。


『強気に言い含められて婚約しちゃったの。ダミアン様は公爵家と縁が欲しかったのね。』

「…………はぁ?」


唖然。確かにルアシータは山も海もある豊かな領土ということで誰もが知っているし、もちろん縁だって繋ぎたいだろう。しかしあのダミアン様がそんな理由だなんて、絶対に、絶対にない。

そんなことを知る由もないミュリーは、困り顔で肩を竦めた。


『今ではお優しい方だとわかっているけれど、あの時はダミアン様をよく知らなかったから怖くて泣いてしまったわ。』

「…ぶ、あっははははは!!!」


それを聞いたロザリーははしたなく吹き出した。かく言う私も笑ってしまっている。澄ました顔してかわいいところあるのね、ダミアン様ったら怖がらせてしまってるじゃない、そして何よりその見解の的外れさと言ったらない!

爆笑する私とロザリーを見て、ミュリーは困惑しきった様子で狼狽えている。


『えぇえ…そんなに面白かったかしら…?』

「面白いどころじゃないわ、最高よ!ちなみにどんなところが怖かったの?」

『急に訪問が決まる、さらさらと私への小さな嫌味を並べ連ねる、強く強く婚約を奨められる、私手作りのクッキーを問答無用で全て持ち帰る…その日のダミアン様の言動全てが怖かったわ。』


指折り数えて笑うお馬鹿さんを見て、更に笑ってしまう。ロザリーなんて息ができないほど笑い転げていた。ぶくぶく湯に沈んでいくのでミュリーが抱き抱えると、疲労困憊のロザリーが水揚げされた。


「は、はぁ…死ぬかと思いました…ミュリー様、ありがとうございました…」

『そこまで笑われるとは思っていなかったわ、少し恥ずかしいくらいよ。』

「いいじゃない、こうやって女だけで話せる機会って少ないでしょ?」


先程の仕返しにと頬をつつけば、ミュリーは花が綻ぶようにふにゃりと表情を崩して頷いた。

何度も深呼吸をして息を整え終わり、悪い顔をしたロザリーがもう片方の頬を同じようにつんつんつつく。


「ミュリー様ミュリー様、トーマ先輩とシャアル君のことはどう思っているんですか?」

『え?少し甘えんぼな兄と弟よ。ふたりともすぐ暴走するけれどそこも可愛いわ。』

「暴走って?」


面白い話が聞けそうだと掘り下げると、ミュリーはうーんと首を傾げた。


『私に魔法科に通って欲しいからと研究を始めたり、熱を出した時に寮に忍び込んだり、私が心配だからって睡眠薬を飲ませて寝かせ続けたり…?』


すごい話が飛び出してきた。

弟から毎日手紙が届くと聞いた時の遥か上をゆく衝撃だ。


「えっえっえっ?熱を出したのは誰で?ミュリーの部屋に忍び込んだのは誰?」

「どちらもトーマ先輩ですよ!」

『その後シャルも来たわ。』


平然と言うが、普通に気が触れているし、忍び込んだのはバレたら恐らく停学どころではない。ロザリーはどうしてこんな狂気の沙汰でない話を聞いていられるのだろうか?私は思考を放棄しかけた頭をぶん殴るイメージを脳内で何度も繰り返し、何とか正気に戻った。


「普通に看病したの…?それだけよね…?」

『…?そうよ?』

「睡眠薬は…?」

『シャルよ。私が人のために命を張るのが嫌でたまらないって心配をかけちゃったの。眠姫症候群に見せかけるなんてまったく頭がいいわよね。』


突如として壁の向こうから男性陣の奇声が聞こえてきた。

私達はみんなで驚きに目を見開いてそちらを見る。


「…あっち、男湯なんですかね?随分近いですね?」


声がよく響くこの場所、この距離であれば会話の内容は聞こえてしまっていたかもしれない。五分五分だ、聞こえていないと信じている。


『お兄様〜、シャル〜、そちらは湯加減どうかしら?』


顔を引き攣らせたミュリーが恐る恐る壁向こうに声をかけた。するとすぐにくぐもった声が返ってくる。


「なかなか楽しんでいるよ!な、シャル!」

「……………………………っぁあ!!姉さま助けて!殺される!死ぬ!」

「嘘言うなよォ〜俺たち仲良し兄弟、だろ?」

「うわぁぁぁもう無理ギブアップギブアップギブギブギブ………」


ばしゃんと大きな音がして、弟くんの声は途絶えた。

それとなく死んだなと確信した。ロザリーも同じ顔をしている。

ミュリーだけは顔を青ざめさせていた。


『お兄様!?何があったの!?』

「なんでもないよ〜!」

「本当だよミュリー、心配しなくてもいいからね!」


トーマ先輩に続いて、ダミアン様の声が聞こえてきた。わざとらしさというか、妙な爽やかさというか、違和感が主張する。

鈍感なミュリーも流石に違和感に気づいたようで、決心したようにひとつ頷いて立ち上がった。


『今から乗り込むわ!』

「待って待って待って待って!ミュリー!?あっちではみんなタオル1枚でお湯に浸かっているのよ!?」

『主催者が責任を負うのは当然よ、様子が変だから少し確認するだけ!心配しないで!』


湯から上がるミュリーを、面白そうだと顔に書いたロザリーが追いかける。正気なのは私だけか!意を決して私も立ち上がった。


脱衣場に戻ると、待機していたナナがミュリーにバスローブを一瞬で着せた。私とロザリーにはローブを手渡される。そんな従者の温度差に気づかない主人はぺたぺたと足音を響かせながら脱衣場を飛び出して行った。ナナはそれに着いて行く。


「あの人、ミュリーしか見えてないわね」

「湯上がりミュリー様、色っぽくて素敵だから男湯に入った途端お湯が血で染まるかもしれませんね!」

「………あるかも。」


下らないがリアリティのある話をしながら、青い布が垂れた先である脱衣場のまた先へ急ぐ。扉は開け放たれていた。そこへ飛び込むと、その場はロザリーの予想を超越した空間だった。


ずぶ濡れで体のラインが顕著になったミュリーと、腹を切ろうとナイフを握るナナ。そして鼻血を出した男共。興奮した弟を見ると、なんだかやるせない。


「お嬢様をお守りできない私に価値などありません!どうか止められませぬよう!」

『いいえ!ナナは悪くないわ!私がありえない転び方をしただけだもの!』

「例えどんなことがあってもお守りするのが私の役目!この命も役に立たぬと今しがた証明されました!」

『嫌よ!これから精進すればいいじゃないの!』


「あーーもう!ナナは早くミュリーを男の目から離しなさいよ!!この状態だとお嫁にいけないでしょう!!」


水掛け論が展開されているのを見てられず、私は堪らず大声を出してしまった。それではっと我に返ったナナがミュリーを横抱きにして颯爽と去って行く。すごい早業だった。


未練がましく去った先を見つめる男たちに、今日何度目かもわからないため息を吐いた。

ふと隣を見るとロザリーも鼻血を出しているようで、バスローブの袖で鼻を覆ってい蹲っていた。

ほんのり鉄の匂いの場所の、死屍ではないが瀕死累々。


……大量虐殺、犯人はけしからんナイスバディ。


ふと思い浮かんだ言葉は口には出さなかった。


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