閑話 湯けむり殺人事件①
登場人物が多すぎてセリフばかりの閑話です。読み飛ばしても問題ありません。
いつだったか、お父様に温浴施設が欲しいと強請ったことがあった。
あのころ私はまだ幼くて、日本のように湯船にゆっくり浸かりたくてたまらなくなって言ったのだ。しかしこの世には裸の付き合いは存在しない。水着もない。子供の描くちゃちな設計図を見たナナからも申し訳なさそうに実現不可能なのだと言われた。
しかしなぜか今になって温泉が現実のものとなったらしく、年に1回ほどしか届かないお父様からの手紙には 今度の週末に馬車をやると書いてあった。
『…ですから、一緒にお風呂に入りませんか?』
「あんたそれダミアン様にも一言一句違わず言ったりした?…行くけど。」
みんな快く承諾してくれたが、レイアだけは呆れた様子だった。
週末、丁度いいサイズの馬車と御者のテオが待っていた。
久しく会っていなかったが、相も変わらず色気が半端ではない。
『久しぶりね、テオ。』
「我々はよくお姿拝見しております。さぁお嬢様、お手をどうぞ」
どんな姿を拝見されているのか詳しく聞きたいが、テオは私の手を離した。
程なくして出発した馬車の中、右隣のダミアンはなぜか不機嫌だった。笑っているのだが、目が怖い。
左隣に座るロザリーが私にそっと耳打ちをする。
「ダミアン様、ミュリー様とふたりきりだと思っていたみたいですよ。まさかですよね。」
「聞こえているよ、ロザリー。」
にこやかに言うこの威圧に負けないロザリーは私にバスケットを見せた。
「ミュリー様、お腹が空いたら言ってくださいね。サンドイッチを作ってきたので!あたし、今日が楽しみで眠れませんでした!」
ダミアン様は軽く舌打ちをして窓の方を向いた。
この雲行きの怪しさにくらくらしていると、向かい側に座るレイアがため息を吐いた。
『ねぇレイア。何をするにしても次から貴女に相談するわ。』
「それがいいわね。」
「ところでミュリー、結局温泉ってなんなのさ?説明は聞いたけどよくわからなかったんだよなぁ。」
「あ、あたしもです!まぁミュリー様に誘われたら地獄でもお供しますけどね!」
レウスが首を傾げ、ロザリーが同調した。
しかしなんなのと聞かれれば説明に困る。湯船に浸かる文化が受け入れられるかどうかも肝だ。
『うーん…あのね、お湯を張ってそこに浸かったらすごくリラックスできそうだと思ったのよ。ほら、体を洗ってから入るなら汚くないでしょう?それにみんなで一緒に入るのも楽しそうだし…いい考えだと思って、昔お父様に強請ったのだけど…。』
「それは男女別なの?」
『別ですよ。なにかあってはいけませんからね。』
ダミアンが残念そうに眉を下げる。年頃の男子は思うところ多いのだろう。気にしないであげよう。
目をキラキラと輝かせたロザリーが私の手を包むように握った。
「でもでも、確かにそれはすっごく楽しそうですね!」
『そうでしょう?極東に似たような娯楽があって、それを参考にしたとナナから聞いているわ。』
「そうだ、あたし洗いあいっこしたいです!」
キャッキャと騒ぐ私たちを尻目に優雅に外を見ていたレイアとダミアンがぐりんと勢いよくこちらを向いた。
「ロザリー、そんな不躾なお願いはやめた方がいいよ。君の将来のためにも、ね。」
「…言わなくても分かってるとは思うけど、私は不参加よ。」
「えー、ならあたしとミュリー様でしましょ?その綺麗な御髪にずっと触ってみたかったんです!」
相変わらずロザリーはダミアンの話を聞かない。平民が王族に軽率に逆らう場面など、ここでしか見られないだろう。しかしダミアン様の射るような視線は 私を挟んで送られる。いたたまれなさに思わず口を開いた。
『ダミアン様、私はさほど気にしませんので問題ありませんの。お気遣い感謝致しますわ。』
「…いいえ。」
刺々しい口調で返される。レイアはため息を吐いて私をじっと見詰める。何かをやってしまったらしい、後で教えてもらおう。貴族は難しい。
「ロザリー、君が女であることが心底恨めしいよ。男だったら即刻叩き切れたのにね。」
「あはははっ、ダミアン様ったら!冗談がお上手ですね!」
『………もう、ダミアン様!女湯を覗きたい気持ちはあるかもしれませんが、ロザリーに嫉妬するのは筋違いです!ロザリーも、ダミアン様にもっと敬意を表すべきですわ。』
バチバチと謎のバトルが開幕していたから仲裁に入ったつもりだったが、結果的には大炎上してしまった。何故かわからない。レイアとレウスが同時にため息を吐いた。
右手はダミアンに 左手はロザリーに捕らえられて、気まずい空気の中到着したのは、比較的シンプルな外観の建物だった。
テオに手をとられて馬車を降りると、ナナとトーマお兄様とシャルが立っていた。この2人は連れてくるなと手紙に書いてあったから来れないと思っていた。嬉しくて思わず駆け寄ると、みんなも後ろから着いてきた。
『皆様、こちら私の兄弟ですの。』
「あぁ大丈夫、僕はよーーく知っているよ。」
ダミアン様、殺意が隠しきれていない。本当に今日はどうしたのだろうか、実は来たくなかったのか?
兄弟が小さく礼をして笑う。
「トーマ、高等部魔法科1年生だ。いつもミュリーが世話になっているね。」
「シャル、中等部魔法科2年生です。」
「…ヤバそうには見えないけど。」
「能ある鷹は爪を隠すものよ。」
ひそひそ話をする双子を他所に、純粋なロザリーは深深と礼をした。双子もそれに続く。
「ロザリーです。初めまして!」
「レイアと申します。ミュリー様にはとても良くしていただいていますわ。」
「レウスと申します。お目にかかれて光栄です。」
ひととおり自己紹介が終わったところで、私に左右から寄りかかる なぜかドヤ顔の兄弟の腕を組んで引っ張る。
『さぁさぁ堅苦しいのはおしまいにして、早く行きましょう!』
「あぁ、楽しみだな!」「はしゃいでる姉さま、かわいい〜!」
すると後ろから小さな悲鳴が聞こえた気がした。
また何かやらかしたのかもしれない。これもレイアに聞きたいがここはやはり逃げるが勝ち、勢いよく建物の中に飛び込んだ。




