王城の夜
湯浴み後に部屋に戻るとまだダミアンは帰ってきておらず、1人部屋で待つことになった。
本人がいないことをいいことに、改めてまじまじと部屋を見渡す。天井には天体や星の模型が飾られていたり、描かれていたりして、予想していたよりも幼い部屋だった。星が好きとは知らなかった。
もっとよく見ようとふかふかのソファに寝転んで天井を見る。魔法陣のようなもの、星座、数字など、本当に細々と書かれていて、なんだかまた別世界に来たような気分になった。
その時、扉がガチャリと音をたてた。ダミアンが帰ってきたのだろう。
私はどう反応すればいいか迷って、迷って、迷った挙句、寝たフリをした。無礼にも王子のソファに転げている私、すぐにおかえりなさいと言えなかった私に言い訳をするにはこれしかないのだ。
「ミュリー?」
ダミアンが近づいてくるのが足音でわかる。
よくよく考えれば天井が見たくてと素直に言えばよかった。まだ10歳なのだから、興味津々でも何らおかしなことは無い。でももう戻れない。寝たフリは起きるタイミングが難しいのだと、前世で休み時間中ずっと机に突っ伏していた私は知っている。
「寝ちゃったの?」
はい。私は寝ています。
英語の例文みたいだなと思考が逸れた瞬間、髪を触られて一気に現実に戻って来た。
さらさらと弄ばれ、手ぐしで髪を整えられている。
なんだなんだなんだ?何が目的だ?
ぐるぐる考えていると、次は手を触られた。おじいちゃんおばあちゃんがするように 両手で包むように握って撫でている。…ダミアンじいさんや、随分早く老けたのう。ウッいけない、茶番に危うく笑うところだった。墓穴なんて掘ってたまるかと堪える。
ひとしきり撫でると私の手は胸の上で組まされた。完全に死んだ人のアレだ。ミュリーばあさんは死んだのか。随分タイムリーだな。
ソファのスプリングが僅かに悲鳴をあげた。私の頬に手が添えられる。この展開は…と考えていると、ダミアンは耳元で囁いた。
「起きてるんでしょ?」
『………………………………………』
イイエ、寝てます。
耳に息を吹きかけられぞわぞわしても目は開けない。開けたら負けな気がする。くすくすと笑う声が耳を擽った。
「起きないとキスしちゃうよ?」
『起きてます』
半ば食い気味で言う。
しまった、ブラフだったかもしれないと思い至るも時すでに遅し。寝言だと誤魔化せもしない、完敗だ。
しかし意地になってしまっているためまだ目は開けない。
ダミアンは相変わらずの至近距離でたずねる。
「どうして寝たフリなんてしたの?」
『返事のタイミングを逃したので、寝たフリしてやり過ごそうと思いました。ごめんなさい。』
「そう。僕がミュリーの演技を見破れないほど、君のことを見ていないって思ったの?」
『バレないと思ってました。本当にごめんなさい。』
とにかく謝り倒すしかない。私はソファの背もたれの方に寝返りをうち、そのまま回ってうつ伏せになった。そしてもぞもぞと足を腹部に引き寄せる。ジャパニーズ謝罪、土下座だ。意味がわからなくても誠意が伝わればいい。
ダミアンはそれを見るとまたくすくす笑って、私の頭をぽんぽんと撫でた。
「いいよ。知らない場所で緊張もしてただろうし、怒ってないよ?ほら、顔を上げて?」
申し訳ない気持ちも勿論あるが、私は今、顔を合わせにくいから土下座をしているのだ。顔なんて上げてたまるか。いや上げないと宜しくないだろう、相手は王子なんだから。でも上げてたまるか。
『私、ここで寝ます。』
「風邪ひいちゃうよ?」
『泊めて頂けただけで充分です。』
「あ〜……もしかして眠いの?」
『……………………………眠いです。』
ダミアンはいつもの私との差異に驚きが隠せていない。
しかしよくわかったな、私は眠くなるとダル絡みを始めることで有名なのだ。私がダンゴムシのように更に小さくなると、彼はぷっと吹き出した。
「っあははは、ミュリーかわいい。眠くなるとぐずっちゃうの?」
『ぐずってないです』
「ええ、ほんとぉ?」
ダミアンは私をぐいぐいと押して転がして仰向けにした。リアルダンゴムシ、いやこの体勢は死んだセミか。
そんなことを考えている間に私の太腿の裏と背に腕を押し込まれ、あっという間に横抱きにされた。
『えっ…!?』
「ほら、眠いならちゃんとベッドで寝ようよ。」
涼しい顔でベッドに運んでいるが、私とダミアンの身長はそう変わらない。おんぶこそ出来れど、お姫様抱っこだなんて!
『おっお重いでしょう!?』
「まさか、軽い方だよ。」
絶対に重いだろうし無理してるはずなのに、そんなことは1ミリも顔に出さず、ベッドに私を下ろした。
その時、私のあまり働いていない頭をある単語がよぎった。
______初夜?
いつか私が輝くばかりのJCだった時に、貸してもらって読んだ漫画にこんな展開があった。あれは男同士だったが展開は酷似している。
まさか10歳なのに?10歳なのに??
「……どうしたの?」
あんまりじっと見詰めていたせいか、ダミアンが心配そうに私の頬を撫でた。
私は咄嗟に漫画のセリフをなぞった。
『綺麗だなって思って。』
「……僕が?」
私が頷くと、ダミアンは笑った。
「ミュリーは眠くなるとおかしなことを言うんだね。ほら、眠いならもうおやすみ?」
『ダミアン様は?』
「…僕ももう寝るよ。」
ダミアンはベッドに乗ってまた抱き上げる。私を中央に移動させて足元にあったタオルケットをかけると、その隣に彼も入った。
電気が消されると途端に瞼が重くなる。気を張っていたせいか、酷く疲れたようだ。
「ミュリー、トーマやシャルにはまだおやすみのキスはしているの?」
『…しているわ。』
いつの間にか瞑っていた目を開く。暗闇に慣れていない目ではダミアンは見えない。見ようとさえしてくれない。眠くて指先さえ動かしたくない。
「僕にもしてよ。」
『…でも、ダミアン様がどこにいるかわからないの。』
瞼が眠気により自然と閉じる。それを見計らったかのように、私の唇にしっとり濡れた唇が押しあてられた。押し包むようなキス。
情欲が混じったものではない、ままごとのような愛のある口付けは私を安心させた。考えすぎだった、よかった。
「………おやすみ、ミュリー。」
返事は明日の朝におはようでいいだろう。私は意識を手放した。
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ダミアンside
隣で無防備に眠るミュリーを見る。
雨は随分前にやみ、差し込む月光でミュリーの顔がしっかりと見える。今夜は月が明るい。
彼女のまつ毛の先に浮かぶ ガラス玉のような涙を人差し指で拭った。
キスをしたのはまずかっただろうか。
だがあれだけで我慢した自分を褒めたい。あんなにかわいい姿を見た後で何もしないなんて拷問だ。今だって何も手を出していないのだ。ちょっと頬を触ってしまったが。
それにしても、まだ兄弟とおやすみのキスをなんて…だいぶ前から諌めているのに聞く耳を持たないのは、恐らくあの2人がせがんでいるからだろう。つくづく、家族というのは役得なものだ。
ゆっくりと上下する胸元、誰よりも綺麗な指、細い腕は捩じ伏せることは容易だろう。ミュリーの青い髪を自分の指に絡めて弄ぶ。ふわふわした髪からふんわり甘い匂いがした。
「…儚いな」
白い肌のせい?華奢なせい?
わからないが、とにかく美しいものは短命だ。
この手で大切に大切に守らなくてはいけない。
あの日、守ると心に決めてからは 勉学だけではなく鍛錬も欠かしていない。そこらへんの男よりも強い自信はある。
だがそれだけではきっと足りない。
細い首に指を絡ませる。少し力を込めると、ミュリーが苦しそうな声を上げた。手を離すと また規則正しい寝息が聞こえる。
_____ほら、すぐ壊せてしまうではないか。
僕は込み上げる乾いた笑いを堪えられなかった。
誰かに壊されるくらいなら、どうか、僕の手で壊されてくれよ。
ミュリーの手を握り漸く、僕は眠ろうと目を閉じた。
夜空は夜明けを感じさせていた。




