父親
モス先生はあれからロリコンの片鱗を見せることなく、1度目の長期休暇に突入した。
ロザリーが離れたくないと泣いたので私の住所を教えて文通することを約束した。シャルほどの頻度ではないけれど、かなりの量が来ていた。
ロザリーの文を拙いと感じた時、自分の周りがハイスペック過ぎるのだと改めて痛感した。最近の9歳はやけにませている。
休みの課題はさほど多くなく、久しぶりにシャルとトーマに会えた。
しかし私には不安不満が多くある。それもいくつかあるが、今1番ショックなのは。
『お兄様の…身長が…伸びてる…。』
背を抜かされたことであった。あと数年は抜かされぬだろうと思っていたのだが、現実は実に残酷だ。トーマの身長の伸びももちろんあるが、私の身長が伸びないのだ。理由は明白、タンパク質の不足だろう。わかっている。わかっているが、食べたくない。魚ならまだしも、厚い肉は吐いてしまうほど嫌いだ。最近拍車がかかってきている。
背比べをしては落ち込む私に、シャルが正面から抱きついてきた。私が屋敷に帰ってきてからずっとこの調子だ。離れようとしない。
「姉さま、俺はまだ姉さまよりも小さいです、安心してください!」
『シャル…!安心だわ、姉さまは嬉しい!かわいいシャルが好きよ!』
ぎゅっと抱き返すと、シャルは嬉しそうに笑った。
トーマはさすがに混ぜてとは言えないのか悔しそうにしている。
「お兄ちゃんだって好きで伸びてるわけじゃないのに…!」
それはそうだ。主に私の食生活に問題がある。
偏りすぎてそのうち死ぬかもしれないくらいだ。詳しくはわからないけれど。
私は小さな胸に、正しくはこれから巨乳になるであろう胸に、もっと突き詰めればこれからタンパク質を摂取することで巨乳になるであろう胸に、食生活を改める決意を込めた。
『私も大きくなるために今日から大豆をたくさん食べますわ!料理長にお願いして来ます!』
「俺も行きます、姉さまが大きくなるなら俺も大きくなりたい!」
「おっお兄ちゃんも…!」
大きくなりたいという共通の希望を抱き、3人で調理場に向かおうと扉を開けると、なぜかそこにお父様が立っていた。
シャルとトーマもキョトン顔だ。私は久しぶりに会うため何をすればいいのか迷い、小さくカーテシーをして見せた。相変わらず表情がかたく、何を考えているのやらさっぱりわからない。
『お父様、本日は家でお仕事ですの?』
「いや直ぐに出る。ミュリー、学校はどうだ?」
急な世間話に困惑。それは昨夜家族で食卓を囲んだ時にでもすれば良かったのではないかとふと思ったが、すぐに捨て去った。この家の主はこの人だ。言うことをきかせる権利を感じる。
『とても楽しく過ごしております。お手紙にも書いた通り友人もできて、本当に充実した毎日ですわ!』
「そうか…。」
会話は終わったもののお父様は退く気配がない。結構筋肉質で、身長も高いこの人に見下ろされると怖いし、阻まれると進めない。門番のようだ。
その様子を見ていると、もしかしたら、私と話しがしたいのかもしれないと感じた。
第3王子との婚約のことや、私が公爵令嬢らしく成長できているかを確認するためならば納得がいく。
私は後ろを向いて兄弟に言った。
『お兄様、シャル、先に行っていて頂戴。私はお父様と少しお話をしてから向かいますわ。』
「……はーい。」「わかったよ。」
目が笑っていない笑顔の2人を門番は通したものの、やはり私は通してくれなかった。余程気になると見える。
『それではお父様、お茶を淹れますので、どうぞお掛けになって?』
「ああ。」
子供3人で使うのに余裕のソファが大人1人で埋まった。
私はいつからかナナに頼らず、自分で紅茶を淹れるようになった。その頃から常備されるようになった、炎の魔法を施した現代で言う電気ポットと茶葉とその他ティーセットを棚から取り出す。
『お父様好みの甘いお紅茶にしますね。』
「ああ。」
ポットに水を注ぎ加熱スイッチをオン。その間にほかの準備も進める。
お父様のような寡黙な人が、私は前世から苦手だった。
何をして欲しい、何が好きと言ってくれる人の方が何かと接していて楽なことが多い。
『あの、最近領民の様子はどうですか?』
「例年と変わらん。」
『そうですか。あっそうだ、減税の議題は進みましたか?』
「まあまあだ。」
沈黙に耐えきれず話題を振るも、すべてすぐに終わってしまう。
次の話題に移る前にお湯が沸いてくれたので助かった。
温めたティーポットに茶葉を入れ、2人分のお湯を加える。
温かいポットとは反対に冷めた空気の3分間を耐えて、私はカップに紅茶を注いだ。それをソーサーに乗せてお父様の前へ出す。
一連の流れのすべてに視線を感じていた。
『お待たせ致しました。甘さが足りなければ、この花の形のお砂糖も使ってくださいね。』
お気に入りの砂糖の瓶を見せると、お父様は微かに首を左右に振った。
「いや、このまま頂こう。」
『そうですか。』
機嫌をとろうと考える日本人だったころの脳と、令嬢らしさを優先するべきだと喚く今の脳がバトルした結果、前者が勝った。
私はお父様の膝と膝の間に腰を下ろした。えへへと照れた笑みで見上げると、父は困った顔で見下ろしていた。
「…なぜ第3王子と婚約した?」
『王家との繋がりは、ルアシータ家の繁栄に繋がると思ったからです。お父様もお仕事の融通が効くようになるでしょう?』
「そんな理由か。」
ため息は吐かないものの、そこはかとなくげんなりされた。
なんだろう、もっとダミアン様が好きだから!とか可愛いことを言えばよかったのかもしれない。
私はローテーブルに置いた自分の分を紅茶を口にする。うん、上出来。私が飲んだのを見ると、お父様も飲んでくれた。頭上で嚥下の音が聞こえる。
「…うまいな。」
『よかった、ありがとうございます!』
しばらくまた沈黙が訪れ、お父様のカップの紅茶はなくなってしまった。
またいれましょうか?ときく前に、お父様は大きく咳払いをした。
「ハンカチ、とてもよく出来ていた。」
少し居心地悪そうにしながら言う、それを聞いた時、私は察した。遠回りしたけれど、お父様はこれが言いたかっただけなのね。
『うふふ、本当?嬉しいです。』
可愛い人だ。ついつい顔が緩んでしまう。ナナの言う通り、冷たいだけの人ではなかった。
でもむかーし見たお父様の罪人へのあの態度は忘れない。
血祭りにあげている姿を見て貧血を起こして倒れた幼き日の私。懐かしい。
「もうそろそろ出掛けなければならない。ミュリー、いい子で居るように。」
お父様は私を横抱きにして立ち上がり、すぐに下ろした。退いてほしかったのなら言ってくれればよかったのに。
『いってらっしゃいませ、お父様。』
私が小さくカーテシーをすると、お父様はいつものように気のない返事をして出ていってしまった。
扉の外からそこそこの大きさで、よしっ、なんて聞こえたのは、空耳だったことにしよう。




