課外授業
学校生活にも慣れたある日、教室にてモス先生からそれぞれ1000円分の貨幣を渡され、課外授業は平民の街で買い物をすることを告げられた。
買い物の内容は親へのプレゼント。それぞれ買ってきて、教室でいつもありがとうのメッセージカードを書いて、それを郵送する、まあ父の日母の日のような内容だった。
王都の街は広く、行ってもいい場所の制限は堅い。そして先生や顔写真付きのファイルを持った警備員がそれはもうそこかしこに配置され、トラブルが起こりそうになったら即座に止める。そしてこれは進級にも影響する。
ということまでわざわざ言われ、私たちは街へ放たれた。
街のど真ん中、平民の服を着たクラスメイトたちが立ち竦む中、ロザリーだけがいきいきとして私の手を握って私を連れ回している。それにダミアン様がついてきて、それに双子がついてくる。
この5人はいつの間にかイツメンと化していた。
ロザリーに手を引かれて茶器の専門店に入ると、綺麗にディスプレイされたティーカップが目に入る。柄や形が様々でとても興味深い。
「ミュリー様はどういうカップがお好きですか?」
熱心に見る私にロザリーが声をかける。
たくさんあって迷うが、白地に花の模様の入ったものを指さした。派手ではなく地味でもない、清楚なカップ。
『そうね…私はこういうものをよく使うわね。』
「じゃあこれにします!店員さん、包んでください!」
……ん?私が好きなデザインを言ったよね?
私が状況を理解できずにいるとレイアが代わりにロザリーに的確にたずねてくれた。
「え、ちょっとロザリー、両親へのプレゼントにどうしてミュリーの好きなものを?」
きょとんとして、さも何でもなさそうにロザリーは笑った。
「父さんと母さんにミュリー様のことを知って欲しくて…?」
「理解できないわ…」
レイアはこめかみを抑えた。私も全く同じ気持ちだ。レウスとダミアンも口には出さないが同じことを考えているだろう。
そんなことは知らないロザリーは店員に呼ばれてさっと会計を済ませてしまった。
浮き足立ったロザリーは戻ってくるなり綺麗に包装された箱を心底嬉しそうに私に見せた。よかったね以外に何もいいようがない。
「皆さん、何をプレゼントするか決めました?あたしが案内しますよ!」
店外に出て人の流れに沿って歩きながらレイアは即答する。
「いいえまったく。レウスの分と合わせて少し良いものを買おうと思ったけど…これしきの金額での買い物って難しいのよね。」
「上に同じ、レイアと合わせて買う。」
少し間を置いてダミアンが答えた。
「僕は使い勝手がいいペンにしようかなって思っているよ。」
「なら文房具店ですね!この辺りだと大きいお店がひとつあります、行きましょうか!」
再びロザリーは私の手を握ってあっちです!と歩きだそうとしたが、私は引き止めた。
『ごめんなさいロザリー、私さっき知り合いがいるのが見えて…、いつもお世話になっているから挨拶してくるわね。少ししたら戻るし、先に行っていてもらえるかしら?』
「ええ〜…待っていますよ、あたし、ミュリー様と一緒にいたいのに…!」
『大丈夫よ、すぐに戻るわ。先に行っていて。』
ぶすくれるロザリーの手を半ば無理に離すと、私は誰の返事も待たずに駆け出した。
知り合いなんて嘘だ。慣れない団体行動に飽きただけ。
そもそも今日の目標は平民の場でお使いをすることだ。団体行動は強いられていない。今まで家族で居る時は私が先陣切って行動を起こしていたし、シャルもお兄様も私の意見を高確率できいてくれた。
__そう、圧倒的貴族の思考、気まぐれ気分屋自己中の発動である。
さっきの場所から少し離れてから私は走るのをやめて 周りを見回した。
実はもう内容は決めてあるのだ。ハンカチを買って刺繍をしてプレゼントにする。名前の頭文字か、花などのモチーフかのイメージはまだ不明瞭だがとにかくそれがいい。お父様は食べ物には特別興味が無い。趣味もない。仕事一筋の人だ。変なものをプレゼントするよりも、サッと使ってサッと汚れてサッと捨てられるハンカチが無難だろう。
『さてさて、それではおひとり様を謳歌しましょうか。ハンカチの売っていそうなお店は…』
「あちらです。」
『ありがとう。』
私はいつもの癖でついていこうとしたが、はっと我に返る。
目の前にいるのは警備員の服を着たナナで。どういうこと?
『……ナナ?』
「はい、どうなさいましたか?」
『どうしてここに?』
人通りが多くなってきたためか、ナナは私に手を握るよう促した。そして空いた手で少し先、ある一点を指した。
『…テオ。』
ナナと同じ警備員の制服を着たテオは、私が彼に気づくと、ひらひらと手を振って見せた。
そんな軽薄な仕草さえ格好がつく彼は世界一だ。
「屋敷の者が入れ代わり立ち代わり学園の職員となり、ミュリー様を見守っているのです。料理長と庭師に至ってはミュリー様が恋しすぎて学園に転職しました。長期休暇に入ったら屋敷に戻ってくるそうです。」
『すごい極端ね。』
知らなかった。おまかせで食事をを頼むと毎回私だけとても美味しい大皿のサラダが出てきたのはそういう理由だったのか。タンパク質があまり好きではない私にとってそれは最高に嬉しかった。
「皆ミュリー様の安否が心配でたまらないのですよ。もちろん私も。さぁ、こちらでしたらご希望の品が見つかりますよ。」
ナナはそう言っていつも通り微笑んでいた。なんだかひどく懐かしく思えて私は何故か泣きそうになった。ホームシック気味なのかもしれない。
店内に入るとたくさんの反物が壁に立て掛けられていた。
その中のひとつ、フローライトのような色の綿の布が強く目をひいた。思わず立ち止まると、ナナも止まってくれた。
『ねぇナナ、手縫いのハンカチをお父様は喜んでくれるかしら。思いがこもっているし、重たく感じる?』
ナナは私の思っていたものと同じ反物を手に取る。
「旦那様はミュリー様が思っておられるほど冷たい方ではありません。きっと喜んでくださいますよ。」
『っいいえ、冷たいとは思っていないわ、少しだけしか!』
言い当てられて焦るとナナは珍しく声を出して笑った。
若干悔しいが仕方ない。ナナの洞察力は昔からすごいのだから。そう思うとまた懐かしくなった。
私はすぐにその布を買った。早く学校に戻って縫いたいと思っていると、ナナがダミアン一行に先に戻っていると伝えますと申し出てくれた。ありがたい。善は急げ、思い立ったが吉日。私はせっかちな性格なのだ。
早く仕上げて、私の作ったハンカチをお父様に届けたい。どんな顔をするのか見てみたいがそれは叶わないので、いつかシャルに事細かにきこうと心に決めた。




