異聞録 レイア
変な人。多分それがいちばんミュリーに似合う言葉だと思うわ。
あの日の自作自演以来、両親から白い目で見られて、ダミアン様は態度が一気に冷たくなって、私の世界はあっという間に色を変えた。
元々そこまで裕福ではなかったが更に底辺に近づくと、周りの目も変わった。曰く、どこの貴族よりも平民に近い存在。
ミュリーを嫌いになったのも、好きになってしまったのも、私。
ロザリーのために怒った彼女を信じたいと思ってしまった。身分なんて関係なく学友を思う彼女と友達になれたら、なんて、そんな身勝手な理由だった。
「そこの連符もたついているわよ?」
『あら、3連符は遊び心だって先生に教わったわ。』
今日最後のコマの音楽の授業。私たちは今度のクラス内での小さな発表会でミュリーがピアノ、私がヴァイオリンをセッションすることになっていた。正直上手くいっていない。
「譜面通りに弾いてくれない?」
『アップテンポだとアドリブで弾きたくなるの。レイアも楽譜を閉じてみたら?』
「話にならないわね。」
私がヴァイオリンを置いて休憩の姿勢になると、ミュリーは困り顔でひとり練習を始めた。それを眺める。
この国で珍しい青い髪は彼女がどこにいても目を引く。それに加えて化粧もしていないのに品良く赤い唇、抜けるような透明感の肌。青と赤というアンバランスな色合いなのにどうしてこうもうまく顔の中に収まるのか、幼い頃は妬ましく思い、今は不思議でたまらない。
それに比べて私はどうだ。ダメージが多く纏まらないダスティグリーンの髪なんて淑女らしくない。赤い目はダミアン様と同じだから少しは誇れるが、つり目なんてかわいくない。
「緑、赤、炎。私って色合いがドラゴンみたいじゃない?」
手を止めたミュリーは私をまじまじ見た。
品定めする嫌な目ではなく花を見るような優しい目。こういう目をこの子はよくする。何かと大人びているのだ。配慮がある。
『ドラゴンかどうかは分からないけれど、髪が多いからメデューサみたいに思えるわ。』
「は?」
撤回。配慮はない。
意図せず声に怒りが滲むのも仕方がない。
「メデューサ…?随分な言い様じゃない?」
『ふふ、ごめんなさい。そうねぇ…あ、ポニーテールにすればいいんじゃないかしら?』
「ポニーテール?」
大して悪びれずに言うところは昔からそうだ。自分が悪いと思っていないと本気で謝らない。私をバルコニーから突き落としたあの夜の件もこんな風に謝っていた気がする。
聞きなれぬ単語を鸚鵡返しにすると、ミュリーは少し焦ったように視線を忙しくさまよわせてから立ち上がった。
そして私の髪を許可もなくブラシで梳いてポケットから取り出した髪紐で結い始めた。
『えっと、ポニーテールっていうのは私が勝手にこう呼んでいて、レイアは顔が小さいからきっと似合うわ、ほら、かわいいでしょ?』
小さな手鏡を差し出され、それを覗くと私が覗いていた。顔周りがすっきりして見えるし、こ、これは位置が高いけれどダミアン様とお揃いの髪型だ…。上擦る声とニヤける頬を抑えながら言う。
「……いいじゃないの。」
するとミュリーはぱっと表情を明るくした。
満足そうに頷きながら手鏡をポケットに収納する。
『そうでしょう?レイアは美人だから何でも似合うのよ、羨ましいわ。』
「美人?そんなのなかなか言われないけど。」
ミュリーは首を傾げて椅子の前に膝をついて、私の顔を下から見た。公爵令嬢がたかが男爵家の私に膝を折るなんて言語道断だ。なんと注意すればいいのか迷っているとミュリーは私の頬を手のひらで包んだ。
『子供に求める美は一般的に可愛らしさ、でも成長すると艶が重要視されるの。レイアは綺麗よ、将来有望の美人さんね。レウスも将来は女の子が放っておかないほど美形になると思うわ。』
同い歳とは考えられない母親のような物言いに私は不思議な感覚に陥った。本来の姿が見えぬ不気味さというか、ひとり相撲をとっているような虚しさというか。
「ありがとう。レウスもあれでいてコンプレックスを抱えがちだから、伝えてみる。」
私が微笑むと、ミュリーも笑った。
そして立ち上がりピアノの椅子に座り直すと、思いついたようにまた話しかけてきた。
『レウスと言えば、私にもひとつ歳下の弟がいるの。』
「へぇ、そうなの。」
『あの子ったら、ひとりが寂しいみたいで毎日手紙が届くのよ。』
ま、毎日!?あまりの頻度に言葉を失う。どんなに想いあっている相手にも普通そんなにたくさんは送らない。
ミュリーはなんてことなさそうに続けた。
『会いたい、次の長期休暇まであと何日ですね、友達ができたら詳しく教えて、1日に1回でいいから俺を思い出して、絶対に無茶はしないように。基本的にはこの内容とあとは自分のことを書いて、だいたい5枚くらい毎回送ってくるんです。そんなに慕われているなんて離れるまで知らなかったし、なんだか嬉しくて。聞いて欲しかっただけなんですの。』
唖然。
慕われている?いやもうそれは束縛だしなんなら恋愛感情さえ含まれている。なぜ気づかないのだ。なぜそんなに嬉しそうに話せるのだ!!
「えっと…過保護?な弟さんね。どんな性格なの?」
『甘えんぼで寂しがり屋…かな?すぐにハグやキスをせがむし、愛情表現豊かないい子よ。』
頭がくらくらする。何から正せばいいのかわからない。いや、私とレウスが淡白なだけなのか?私なんかがよその家庭の事情に首を突っ込むべきなのか?老婆心は捨て去るべきか?
「あ、貴女魔法科にお兄さんもいたわよね?そちらは?」
『お兄様は少し…あの、頭が弱い、わね。普通に。学力とかは問題ないのだけれど…。魔法科の制服を着た私が見たいからと謎の特訓をさせられたり、私と同じ学年がいいからと1年まるまる学園へ通わなかったり…。私に勉強を教えたいがために1年の内容を完璧にしたおかげで今年2学年に特例で入ったの…。』
話しながら引いている姿を見て少し安心した。まだこの子にも少しはまともなところがあるらしい。
私もドン引きだ。愛だ恋だに憧れる時期だが、そんなに重い愛はさすがに遠慮する。
ここまで愛に疎いなんて…ふと、婚約者についてはどう思っているのだろうと興味が湧いた。
「ダミアン様のことはどう思っているの?」
『えっと、友達…?』
少し迷った様子のミュリー。それになんだか納得がいかず、私が更に問い詰めるとミュリーは躊躇いながら言った。
『あまり口に出したくはないけれど…本当は、良いビジネスパートナーだと思っているわ。きっとダミアン様も同じ考え。公爵令嬢と第3王子って、良い役どころじゃないかしら?』
ちがうちがうちがう!同じ考えなんかじゃないわよ!!
なんて言ってしまいたかったが、2人の恋路を助けることはしたくない。ただ、ダミアン様がものすごく可哀想だと感じた。
私が何かしらの返事をする前に、授業終了の鐘が鳴る。
もうこんな時間なのか。この子と話していると、いつも話題が衝撃的すぎて時間を忘れてしまう。
ミュリーは鍵盤に布をかけながら言った。
『…終わりね。私、友達とこうやってお話するのがずっと夢だったの。また来週もこの時間を楽しみにしているわ。』
夕日に照らされる彼女はどこか儚げで、大袈裟なことを言っているはずなのにどこかしっくりきた。
「私も。でも来週を待たなくても教室で話せばいいじゃないの。」
『うふふ、ふたりきりってところに魅力を感じるのよ。』
やっぱり、変な人だ。
変な境遇の変な人に囲まれた変な令嬢。
でも面白くて嫌いじゃない。




