茶話会
授業の内容も特別難しくはなく、友達と呼ぶにはまだ早いかもしれないが話せる相手もできた。狂喜しかない。
早速放課後、1学年の談話室でお茶をすることを伝えると誘った子は皆頷いてくれたし、今も約束通り集まってくれている。
『最近のお気に入りの茶葉ですの、皆様のお口に合えばいいのですが…。』
「ミュリー様、何かお手伝いすることはありませんか?」
『いいのよロザリー、手作りアップルパイのお礼をさせて?』
ロザリーは席を立とうとしたが、私は手で制した。
可愛い子だ。ピンク髪はヒロインだ。
それを聞いたダミアンが驚いたように斜向かいに座るロザリーに声をかけた。
「へぇ、このパイはロザリーが作ったの?おいしいよ。」
「よかった!簡単なものしか作れないのであまり誇れませんが、そう言って貰えると嬉しいです。」
ウフフウフフと楽しげに会話しているが、私は男子は誘っていない。
「確かに美味しい…ダ、ダミアン様、私にもできます!ね、レウス!」
「えっ、あの炭素の塊のこと?」
レイアとレウスも来ている。
そう、何を隠そうこの場にはAクラス全員が揃っているのだ。
なぜかは分からないが、蓋を開けるとこうなっていた。
貴族揃いのこの場でサーブするのは私しか居まい。自分で淹れろと言いたいがそんなことしたことない人が殆どだろう。言うだけ無駄。それぞれ既製品のお茶菓子や軽食を持ってきてくれた為、もはや軽いパーティー状態である。
まぁ私を除くがみんな楽しそうにしているのが唯一の救いだ。
紅茶をいれたティーポットをテーブルに置いて回っていると談話室の扉が開かれて白い制服の5人組が現れた。魔法科1年生だ。
「あっっらぁ?魔法も使えないA組のみなさんが仲良く集まっているわ!今日談話室は私たちが使う予定でしたのに!退いてください、わ、た、く、し、が、先約ですからね!」
わざとらしさナンバーワン。こういうのをDQNと呼んだ気がする。
私はちゃんと確認を取って今談話室を借りている。さっきロザリーとモス先生に話したし、許可証だってある。
『…失礼、許可証を拝見しても?』
「これよ!」
自信満々に提示された許可証は確かに本物だ。
交付の日付は昨日。これは面倒なことになった。
『先生を交えて話をしましょうか。』
「嫌よ、私たちが使うんだもの。」
ぷいっとそっぽを向かれた。可愛げがない。いや、あるのか?
ダミアンが座ったまま彼女たちに声をかける。
「うーん困ったなぁ、でも僕たちもここまで準備してしまったし…1時間ほど待ってくれないかな?それで僕たちも解散するから。」
「ええ〜っ、ダミアン様のお願いでもそれはダ・メ♡」
レウスがレイアを小声で宥めているのが聞こえた。全員が引いているのを背中でひしひしと感じるが、相手の背後の4人はまったく動じていない。むしろそうだとばかりに頷いている。
『王子に向かってその口の利き方は無礼ですよ。』
「あなた、魔法も使えない癖に何なのその態度は!……あら?そちらにいるのは平民の方ではなくて?まぁまぁまぁ皆様ご覧になって!魔法も使えない、財力もない、下々のお嬢さんだわ!」
水を得た魚のように生き生きと彼女はロザリーに近づく。びくりと肩を揺らして小さくなる少女に全員の視線が彼女に集中した。ロザリーは私の言いつけ通り教室では平民だと明かしていない。Aクラスの皆が驚きに目を見開いている。
「あ、あの…。」
「失礼よ貴女。私に口がきけるお立場?冗談じゃないわ、早く退きなさい!」
ロザリーは肩を強く押されよろめくと、そのはずみに紅茶のカップを倒してしまった。白いテーブルクロスに紅茶の染みが広がっていく。それのように私の心にもじんわりと怒りが広がっていくのを感じた。
『どこのどなたか存じ上げませんが、私の大切な級友に酷い扱いをするのならルアシータ領から今後海産物の輸出はないと思ってください。』
我が国の海産物の殆どはルアシータ公爵領のものだ。空っぽの脳みそでもそれはわかっているらしく、先程までの威勢はなくなり目に見えて焦る。
「なっ、いいじゃない!こいつは平民なのよ、汚らしい…!同じ空気も吸いたくないわ!」
そう言ってロザリーに詰めよろうとしたところを 間に入って阻む。すると思いの外呆気なく諦めた。根性のないDQNだ。
『この国の9割以上が平民ですよ?その平民たちが働いて納めた税で私たちは生活しているのです。感謝こそすれ、そんな馬鹿げた思考…貴女に貴族の資格はないようにさえ思えます。』
「そ、れは!」
「はいはーいしつれーしまーす」
女生徒が言い返す前に立ち上がったレイアがパンパンと手を叩いて視線を集めた。そして唖然とする女生徒の手から許可証を奪い取ると、指先から炎を出してその紙を焼き払った。
これには全員が瞠目する。
「貴女達は許可証を無くしてしまいました、ということで、私たちがこの談話室を使わせてもらいますねー。早々にお引き取りをお願いします。」
「貴女…魔法が使えるのにどうして普通科にいるのよ!」
わなわなと震える指先がレイアに向けられる。
それを見たレイアは勝ち誇った笑みを浮かべて鼻で笑った。
「ダミアン様と同じ科に行きたかったからに決まってるじゃない。学園側にも許可とってるわよ。それに貴女たちみたいに能力に驕る嫌な人間もいるし。」
「ボクも使えますよ、毒の魔法が。これから少し気をつけて生活してくださいね!何を使っても検出できない毒がどこに含まれているかわかりませんから!」
ぱくぱくと何か言いたげにしていたが、魔法科の皆様は踵を返して談話室から去っていった。残ったのは好奇心に満ちた空気のみ。
誰もがロザリー、レイア、レウスを見ている。
その視線に最初に耐えられなくなったのは半泣きのロザリーだった。
「黙っていてごめんなさい、あたし本当は平民なんです!将来教師になりたくて、でも平民の学校は読み書きくらいしか教わらないからどうしてもこの学園に入りたいっていつも言っていたら、なぜか許可がおりて、今ここにいます!平民なんかが貴族様の学園になんて場違いって分かってます!本当にごめんなさい!」
ぷるぷる震えながら罵詈雑言を待つロザリーはやはり小動物のようだ。クラスメイトたちはそれを見て頬を緩めた。もちろん私も。
「僕は平民だからって何かを言おうとは思わないよ。ミュリーの言った通り、この国は平民の尊い労働によって回っているんだからね。」
「ダミアン様に同じですわ。アップルパイの作り方、今度教えてくださいませ。」
「ボクも。学園は勉強をする場だし、身分なんてそう気にすることでもないさ。」
ダミアン様と双子に続いて、クラスメイト達も口々に大丈夫だよと励ますように言う。
ロザリーはもうぼろぼろ涙を流してしまっていた。
震える肩に手を置くと、振り返ったロザリーにきつく抱きしめられた。よしよしと頭を撫でると1層激しく泣かれてしまった。
その後ロザリーが落ち着くのを待ってお茶会は再開された。
ロザリーが先生となり、紅茶の淹れ方をみんなに教えたおかげで私も着席してゆっくりお茶を楽しむことが出来た。
お開きになり人がはけた談話室で片付けをしていると、レイアが私に話しかけた。
「ミュリー様、」
『ミュリーで構いませんよ。』
少し考えて、レイアはミュリーと呼び直した。
「ミュリー、私、貴女みたいにおかしな公爵令嬢を知らないわ。妙に落ち着いているし、馬鹿みたいにお人好しで、人に頼るのが下手よね。」
褒めているのか貶しているのかまったくわからない。
レイアは気まずそうに視線を泳がせながら続けた。
「全員分のお茶を淹れたり、こうやって片付けるのも手伝って欲しいと声をかけない。そんなの非効率的じゃない。現に今残っているのはダミアン様とロザリーと貴女だけだし。」
これは貶されているな…と思ったが、彼女は顔を赤くしながら何やら呻いている。
談話室に戻ってきたレウスがそんな姉を見るなりやれやれと肩を竦め、レイアに近づく。
「レイア、言わないと絶対伝わらないよ。」
「うううう、わかっているわよ!」
スカートをぎゅっと握り、レイアは悔しそうに言った。
「私が!手伝ってあげてもいいのよ!」
『…え?』
違った。悔しそうではなく、照れているだけであった。
私はなんだか急にレイア嬢が可愛く思えてきて、にんまりにやけてしまう。レウスも同じだ。それを見たレイアがまた恥ずかしさに呻いた。
『ありがとう、助かるわ。』
「は、早く片付けましょう!あと手伝うからって恋は別よ!ダミアン様を諦めた訳ではないんだからね!」
『ええ、わかっているわよ。』
と、言って後ろを振り返ると帰ったはずのクラスメイトたちがいた。A組全員がまた談話室に揃ったのだ。
彼らは申し訳なさそうな顔を見合わせながら私に言った。
「あの…お手伝いします」
「レウスから自分の分くらいって言われて」
「まぁそうだなって思って」
『…戻ってきてくれて本当にありがとう。それじゃあみんなで片付けましょうか。』
青春。その2文字が頭を掠めるどころか脳を占領した。
前世で私が喉から手が出るほどに欲しかったのに、手に入らなかったものだ。私は泣きそうになるのを堪えて笑った。
最初こそなんで全員いるんだと不満に思ったが、クラスメイトと分かり合える良い日になった。今夜はこの充足感に包まれて眠れるのかと思うと、途端に夜が恋しくなった。




