学生寮
王都とルアシータ領は遠い。朝早くから起きて準備をして、必要なものを詰めたトランクを馬車に乗せ、私とお兄様は同じ馬車に乗り込んだ。ちなみに昨夜のことは誰にも言えていない。
学園付近は馬車の大渋滞が起こっていて、ようやく降りられた時には昼時だった。
私たちの通うことになるこの学園は自立を謳っている。学園は美術館博物館図書館湖その他を揃えた広大な敷地を誇るが、考え事でもして歩いていたら迷子待ったナシだろう。自立する為にもすべて逐一見学に行けばいいのに。
『料理長の料理も庭師の花もテオの顔もナナの声もシャルの温もりも全てが恋しいわ。お父様はよく王都にいらっしゃるから会えるだろうけど。』
「よく行事にも来賓として招待されてるし、そこそこの頻度で会えそうだよね。」
『そうね、手紙もたくさん書くし心配は……あら?貴方、落としましたよ?』
と、前を歩いていた生徒がハンカチを落とした。
私はそれを拾って前を歩く赤毛の男の子に近寄ると、妙なデジャヴを感じた。
「あ、ありがとう…っ、ミュリー様!?」
受け取ろうとした手を引っこめてどうしよう、と助けを求めように連れを見る男子生徒。そこには答えがあった。
『どういたしまして。あらレイアさん、お久しぶりですね。この方はもしかしてご兄弟なの?』
変わらず緑の髪を縦に巻き、猫のようにつった目は忌々しげに私を見据えている。そう言えば同い歳だった。今年入学でまあ間違いないだろう。
しばらく睨まれていたが、やがて吐き捨てるようにレイア嬢は言った。
「…………………そうですね、本当に。」
「初めましてミュリー様、レイアの双子の弟のレウスと申します。」
『レウスさん、よろしくお願いしますね。』
私が精一杯の優しい笑顔で言うと、レウスはようやくハンカチを受け取ってくれた。
それでは、と去ろうとする私の腕をレイア嬢が掴んで止めた、
「…私、ダミアン様のこと諦めていませんから。」
そんなことを私に言われても困る。私だってルアシータ領の将来を担っているのだ、例え譲れと言われても譲れない。
取り敢えずにっこり笑って思ったことをそのまま言うことにした。
『レイアさんは一途なのね、素敵だわ。応援しています。』
「レイア嬢、俺たちは少し急いでるから…ごめんね、それじゃ。」
『失礼致します。』
お兄様がレイア嬢の手をやんわり解こうとすると、手は先に離れた。
悔しそうにする姉を見て焦るレウスは何だか可哀想に思えるが、恐らく私たちが何かをするよりも良い結果を生むだろう、うん、きっとそうだ。
レイアとは面識があるし、改心した彼女とならお友達になれるかもと淡い期待を抱いていたが、速攻砕かれてしまった。無念。
そんな考えを察してか、お兄様は歩きながら私の頭を撫でてくれた。安心する手だが、それとももうすぐお別れだ。寮は男女で建物が別れていて行き来は許されていない。あの無駄に大きい校舎ですれ違うこともないだろう。同じ敷地にいるのに手紙を書くか遠い教室まで歩く他ないのだ。
『なんだか不安ですね。上手くやれるかしら。』
「ミュリーならできるさ。制服が誰よりも似合っているからね。」
お兄様は自信たっぷりにウインクをした。それがなんだか可笑しくて私もウインクを返した。
寮の部屋は事前にアンケートがあり、広さや設備を選べる仕様だった。キッチンがほしい、大きなテーブルがほしい、本棚がたくさんほしい、角部屋がいいなど、お金さえ積めばどんなことでも出来た。
とはいえ必要ないものは買わない主義の私にはそんな大層な部屋は必要ない。普通の部屋でお願いしたはずなのだが、なぜか私の部屋は見慣れた家具しかなかった。すべて真新しいところを見ると、家にあるものを新しく購入してここに揃えたのだろう。
ありがたいが小っ恥ずかしい。この部屋に友達を呼ぶのは難しいだろう。
早々に荷物を片付け終わり暇になった私は寮の中でも見て回ろう、もとい友達になれそうな子を探そうと思い部屋の外に出ようと扉を開けると、目の前に女子生徒が立っていた。
「あっ…ごめんなさい、間違えました!あっ、あっ、隣でした、本当にごめんなさい…!」
手元の紙と部屋番号を見比べるとさっと顔を青ざめさせ、ぺこぺこと頭を下げる姿は小動物を連想させる。
ピンク髪は淫乱といつかの客が言っていたがそんなことはきっとないだろう。この子はいい子だ。是非友達に欲しい。
『こちらこそ驚かせてごめんなさい。1年生よね?私もなの、是非仲良くしてくださいね。』
「あ、ありがとうございます、あたしはロザリーです。すみません、平民なんです、あの、それでも良ければ仲良くしてください!」
今度は深く頭を下げられた。平民?貴族のための学園に?
言葉に詰まるが貴重な友達第1号を逃す訳にはいかない。
『私はミュリー。是非仲良くしてくださいね。でも初対面の人に平民だと言わない方がいいわ、立場だけで判断してしまう人もいるから。』
「あっ、わかりました、気をつけます、ありがとう、ございます!」
怖がらせない為にもルアシータの名は伏せた方がいいかもしれないと考えたが、言わなくてもロザリーは充分萎縮してしまっている。全く知らない世界に飛び込んできたのだ、不安で仕方ないのだろう。しかし貴族の世は堂々と振る舞うに限る。
平民がどうしてこの学園にいるのかはさておき、できるだけたくさんのことを教えて守っていきたいなぁと漠然と考た。
『荷物を持ったままなのに引き止めてしまってごめんなさい、また落ち着いたらお話しましょうね。』
「はい!ありがとうございます、ミュリー様!」
ロザリーはその大きな目を細めて可憐に笑った。
美しい子だ。口調さえ直せば貴族と言われても分からないだろう。
お互いに礼をして別れ、私はまた友達探しの旅に出る。
私の学年は2クラスで、ダミアン様と離れなければぼっちは回避出来る。それにダミアン様は王族だし、みんな悪くは扱わないはず。とはいえ、普通の友達への憧れは強い。
女の子は結婚をしたら学園を去る。比較的身分の低い者からいなくなりがちだ。それを考えると侯爵 伯爵家くらいの友達が望ましいがまぁ選り好みはしていられない。
授業が始まればレクリエーションや体験学習のようなものもあるはずだ。今から急いで探さなくとも友達はできるかもしれない。
社交界で面識がある子も多いし、案外何とかなるかも。
そこまで考えたところで、帰り道がわからなくなっていることに気がついた。




