蝙蝠
トーマお兄様は作り話が上手い。
面白い話、泣ける話、怖い話、なんでも即興で作って聞かせてくれる。いつも3人で寝る前に集まって話を聞いていた。
それも今夜で終わりだ。私とお兄様は明日から学校の寮生活が始まる。お兄様はなんと去年1年間学校へは行っていない。私と同じ学年から学園生活を始めたかったらしい。しかし私に勉強を教えたいがために1年次の内容をマスターしており、そのため2年生からのスタートになると昼間 ナナに聞いた。それを聞いたお兄様は泣き崩れていた。結局、ミュリーに先輩って呼ばれるのも悪くないと言ってけろっと泣き止んでいたが。
さっき別れ際にシャルが泣きそうになっていたのは見間違いではないだろう。今日はいつもよりも随分甘えられた。いつまでたってもかわいい弟だ。
そして今、自室でなかなか寝付けない私は月の明かりを頼りに日記を書いていた。
いつか、レイア嬢がダミアン様の日記を読んだという話を聞いてから私は怖くなって 内容を全て日本語で書くようにした。誰かに見られたくないことだらけだ。この家の誰かが見るとは思えないが。
日本語で手帳に記入していると綿密に客と会うスケジュールを立てていたことを思い出す。ギリギリの時間でなんとかやりくりしていた。キャンセルを受けた枠があれば必死で埋めた。いつも何かに追われて焦っていた。
『トーマとシャルとの兄弟仲は良好、ダミアン様は最高のビジネスパートナー、使用人とは仲良くできているし、テオは私なんて眼中に無い、今世は殺されるわけがない!ふふふ、いい感じこの調子!』
あれと比べるとなんと今の幸せなことか。
父は厳格でも愛があり、仲の良い兄弟がいて、形だけとはいえ婚約者もいて、お金に不自由していない。居場所がある。
欲を言えば女の子の友達をつくってみたいと考えていたが、それも明日からの学園生活を考えれば余裕のよしこちゃんだろう。にやけがとまらない。
明日荷物を寮の部屋に運んで、明後日は入学式。それからは素敵なスクールライフ…。前世の分もエンジョイして友達100人作りたい。気合を入れ、日記帳を閉じてベッドに潜り込む。
目を閉じてあの日からずっとつけているブレスレットを指の腹で撫でていると、突如として部屋に違和感が生じた。
視覚では確認できないが、こう、空気の流れ、澱み?が変化したのだ。上手く言葉にできないがとにかく不気味なのだ。
心拍数が急激に上昇するのがわかる。怖いのは苦手だ。
真実はふたつにひとつ、幽霊か、もしくは魔法か。
魔法というのは抽象的すぎるが、例えば人を呪う魔法とか…時間差で稼働する術式とか…稀有な魔法だと瞬間移動が可能か…。どちらにしても怖すぎる。目を閉じてやりすごせるのならそれがいちばんいい。
『………………………………』
相手に起きていると悟らせぬように呼吸だけは一定を心がける。
ベッドサイドのテーブルで何やら物音がしたあと、私の手の上に紙らしきものが置かれた。
耐えられず飛び起きると、そこにはだれもいなかった。
しかしベッドには2つ折りの紙が落ちている。誰かがいたのだろうか?
私はその紙を恐る恐る開くと、恐怖のあまり手に力が入り過ぎたらしくその紙は破れた。
〈寝た振りしても騙されない。あまり夜更かししないように。〉
白い紙に黒のインク、なんの変哲もなさに恐れ慄く。
だめだ、これはだめだ、あかんやつ。やばい。
その後私は枕だけを抱えて部屋を飛び出し、お父様の部屋に駆け込み強請り倒して、その日は一緒に寝た。
やはり瞬間移動の魔法を使う人間だったのだろうが、知り合いにそんな人はいない。知り合いでないからこそ怖い。知り合いであっても怖いことに変わりはないわけだが。
私は希望だらけだった学園生活に一抹の不安を感じ始めていた。




