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天使の所業  作者: ふたつきひみつ
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(俺が見た予知は恐らくこのタイミング!視界に入ったのは破れた衣服だけ、どこにマクアが飛び込むかわからない……だったら!)

 遊は悪魔の怒号を無視し、あろう事か更に蹴り足に力を込める。

 そして強く一歩。

(まだ…!)

 更に一歩。

(もう少し…!)

 賭けの一途いっと

(ここだ!)

 蹴り足に体重をかける。膝を曲げ、確かに大地を足裏で噛ます。足を取られる事はあり得ない、機会を逃す事はあり得ない、脳内の瞬間的なイメージと合致したと確信する。

 蹴り足を踏み切る寸前、悪魔の短い悪態が耳に届いた。踏み切りを行った瞬間、悪魔が歯を食いしばって向かってくるのが見えた。

「止まれマクアあぁぁ!」

「っ!?」

 先程とは真逆の立場。遊は悪魔の制止を聞かなかったが、悪魔は遊の制止に思わず動きを止めた──瞬間、踏み切りをして前に大きく飛んだ遊の眼前を光線が横切った。的を外した光線は射線上の樹木を貫き、地面へと突き刺さり消滅する。どれ程深く地面へ穴を開けたかは少なくとも目視では測れない。それ程の威力だったと言うことだ。

 着地も半端に地面を転がる遊、その目は光を直視した為僅かに眩む。後コンマ一秒でも遅れていたら眩む程度では済まなかっただろう。しかし、避けたからと言って安心はできない。敵の攻撃はここで終わりではなく、外したのなら当然追撃が待っている。

 跳躍と転倒により、悪魔との距離は七メートルまで開いてしまっており、もし直ぐにでも追撃が来るならば悪魔が割って入るのは難しい距離だ。そんな懸念を実現するかのように、遊の真上2メートルの空間が歪む。それも、不意を突く必要がなくなった為か複数の空間が。流石に只の人間の力では光弾を捌くことなど不可能、万事休すの文字が遊の頭に浮かび上がる──事は無かった。

 光弾が射ち出されるより早く、空間が歪んだと同時に、遊は立ち上がり地面を蹴ってその場を離脱する。その直後、遊の元いた場所を光弾が轟音を撒き散らしながら吹き飛ばした。複数の光弾の威力は強力で、耐えきれず二メートル程着地点から転がり飛ばされる。

 回避できたのは良いものの、今は完全に体勢が崩れ更なる追撃を避けることは不可能だろう。当然攻撃の手が休まることはなく、仰向けに倒れている遊の目の前で、また空間が歪むのが見えた。しかし、遊が爆風で飛ばされた地点は、狙って戻った今いる位置は、悪魔に「止まれ」と言われた場所、悪魔に「止まれ」と言った場所、7メートルの距離を縮めた合流点。

「マクア!頼んだ!」

 遊が叫ぶと歪んだ空間との間に黒い影──悪魔が割って入った。放たれた光弾を悠々と、次々と弾き飛ばす。傷一つ負わないものの、やはり執拗な攻撃は肉体よりも精神をすり減らす。痛みはないが、悪魔は歯を軋ませ口元を歪ませていた。

「まだ見つからんのか人間!ダメージは無いが流石に鬱陶しい!」

「あぁ!もう見つからないから諦めた!」

「はぁ!?」

「探すのは諦めた!"だから作った"!」

「作っただと!?頭でも打っておかしくなったか!?どこにそんな時間があった!」

「そこにあるだろ!ラグエルが作ったのが!」

 叫び指し示した場所は、光線を避けて直ぐに放たれた複数の光弾の着弾地、大きく窪んだ地面だった。一点を狙った為か、それはクレーターと言うより深く抉った様な穴に近い。その形こそ理想的であり悪魔と遊が探していた地形なのだ。遊は悪魔の反応を待たずその穴へと飛び込むと、うつ伏せで着地し、もしもの為に顔を手で覆う。悪魔は一瞬驚いたものの直ぐに切り替え、その穴の上へと身を置き、共に上へと視線も置いて機会を待つ。


 業務用天幕から北へ三十メートルの位置、そこにはラグエル、パラシエル、そして葵がいた。葵は足を組みながら信玄椅子に座り、ラグエルの行動に興味無さげにうつむき目を閉じている。時折頭がカクンと動いている為、どうやら半ば眠っているようだ。

 先程からそんな態度の葵に対し嫌悪感を抱いているラグエルだったが、遊の行動が苦肉の策と考え堪らず笑みが溢れる。

「逃げても分が悪いと判断しましたか……しかしそれは悪手ですよ。」

「ふわ~あ……ん?やっと追い詰めたのか?」

 弾んだ調子のラグエルの声を聞いて、殆ど意識が落ちかけていた葵は、伸びをしながら意識を浮上させる。その姿にもラグエルは苛立ちを覚えたものの、この好機を逃すまいと直ぐに水晶へと視線を戻す。

「えぇ、先程光弾を撃ち込んで出来た穴へ人間が身を隠しました。どうやらハルマートはそこで私の光弾が尽きるまで迎え撃つようですが、なに、まだまだ尽きる事はありません。」

「穴?身を隠した?」

「さぁ、正義の名の元に裁きを下しましょう!」

「──待てラグエル!そいつらの狙いは…!」

 複数の光弾が水晶の中へと吸い込まれた。

 ラグエルの持つ水晶は対象を監視する役割と、光弾を水晶が映し出している場所へ移動させる二つの役割を持っている。

 不意を突いて攻撃する事は可能だが、飽く迄監視としての役割が大きい為、対象者から二メートル以上離れた距離からの監視となり、その距離がとれなければ映し出す事は出来ない。だからこそ前回も今回も屋内ではなく開けた野外でラグエルは対峙したのだ。

 そして、光弾を水晶の映し出している場所へ移動させる役割だが、その重要な点は出現ではなく移動と言うこと。光弾を水晶に撃ち込み、撃ち込んだ威力のまま目的の場へ射出する。初めてラグエルと対峙した際に悪魔が歪んだ空間の先にラグエルを見たのは、空間から水晶を持つラグエルの元まで開通していた事を示していた。水晶内は光弾以外を通さず、歪んだ空間からラグエルに直接攻撃を仕掛けようとしてもそれは不可能。歪んだ空間は光弾が射出されて初めて閉じ、空間自体を絶つ事は不可能。


 ならばもし、光弾の射出されるべき出口を塞いでしまったら…。


 水晶の移す景色が突如真っ暗に覆われた。すると、ラグエルの持つ水晶から大きな破砕音が響く。叩きつけたグラスの様に粉々に割れ、辺りに鋭利な破片を撒き散らす。当然手に持っていたラグエルは破片により薄くだが皮膚を切り裂かれ、破片の内一つは目を傷付けた。

「ぐっあぁ!?」

 余りに突然の出来事は痛みより驚きを強くラグエルへ与えた。堪らずその場に膝を付き混乱に息を荒げる。「何故」と言う疑問に答えを出そうと思考を回すが、上手く纏まる訳もなく、ただ疑問のみが重なって生み出されるばかり。

「くそ!一体、一体何故…!」

「……権能ちからを使いすぎたな。」

 葵は一言そう呟いた。半ば言い捨てた様な一言は混乱状態のラグエルの耳へと鮮明に届く。途端ラグエルの思考はピタリと止まり、引き付けられる様に葵の方へ向いた。「何故」と言った疑問はそのままに、その答えを持っているであろう者へと視線で答えを要求する。それこそが無意識にラグエルが導いた最適解だったのだ。

「光弾の出口を塞がれたんだよ。あのハルマートって奴によってな。」

「塞がれた!?自在の位置から撃ち出せる光弾を狙って塞いだと言うのですか!?」

「自在の位置ってお前……じゃあ今遊を狙った光弾はどの方向からだよ。」

「ま、まさか…!?」

「分かったか?簡単な話だろーが。アイツ等は元々探してたんだよ。お前の光弾が一通になる場所を。ここは駐屯地だから恐らく掩体でも探してたんだうが、まぁここの自衛隊員(連中)は使用後はしっかり埋めてあったから作るしかなかったんだな。」

「作、る…?」

「そう、お前の光弾を利用してな。」

「そ、そんな馬鹿な!?私があの人間の狙い通りに動かされたと言うんですか!?」

「あぁその通り、お前はまんまと誘導されたんだ。それも二度も。穴を作る時とその穴へ遊が身を隠した時にな。」

 あり得ないと否定したくとも、現実に起きている為それは出来なかった。偶然だと吐き捨てたくとも、あまりに都合が良過ぎる為それは出来なかった。納得など出来ないが、それでも納得を強要されている感覚は、理由を求めて無意識に一人言が口をつく。

「そんな、そんな事が……私の放った光線を避けただけでなく、その先さえも読まれて、いや、誘導されたと…?そんな馬鹿な…。」

「さぁな。遊の魔力特性は未来視って話だからな、何か見えたんじゃないか?」

 確かに全てが見えていれば説明はつく。しかし実際、遊が見たのは自身が立ち止まり、その前を光線が横切っている光景のみ。当然上から光弾が降り注ぐ光景も、悪魔と合流できる光景も見えてはいなかった。そんな事ラグエル達は知る由もないが。

 ラグエルは短く悪態をつき立ち上がる。水晶が使えなくなった今、攻撃は直接与えるしか手段はない。周囲の樹木の頂よりやや低い高さまで飛び上がり次の攻撃の準備をする。

 ラグエルの表情は暗い。水晶を割られた事もそうだが、今いる位置で攻撃の準備をするよう言ったのは葵であり、それは遊が演習場へ入る前に伝えられていたのだ。

(あの人間──前橋葵もこうなる事を予測していたと言うのですか…!人間ごときに先を読まれるとは何たる屈辱…。)

 堪らず歯を軋ませる。ここから暫くラグエルの役目は無く、葵や他の人間に任せなければならない。天使であるラグエルにとってそれは屈辱であり、今にも直接遊の元へ向かいたい思いであった。それをしないのはラグエルの自制心が働いているのではなく、ガブリエルから『葵に従う』よう指令を受けていたからである。尤も、"その先"まで聞いているからこそでもあるが。

(……まぁいいでしょう、取り合えず今は当初の目的を果たさなければ。座標の指示は何度か光弾を撃ってからしか受けれませんからね。志神遊……貴方は本当に面倒な事をしてくれた。)

 ため息を一つ吐いて静かに待つ。ラグエルの、否、天使の本来の目的は遊の予想とは外れている。今行ったのは下位の目的であり、これから実行に移すのが本来の目的。当然自衛隊員は知らず、更に葵も知らされていない。

 誰の意思、誰の指示、そして誰のめいか。それを遊が知るのはいつなのか。



「ふむ……これでどうにか天使からの追跡は免れたな。さて人間、これからどうする?」

「そうだな、取り合えず穴が深すぎて出られないから引っ張り出し──」

「なるほど、こうまで派手に事を起こせば人間の女共も気付くか。」

「いやマクア?取り合えずここから出し──」

「ふむふむ、流石に馬鹿正直にここには来ないのだな。来ても身を隠しながら周辺で様子を見る程度か。」

「あの、マク──」

「ならば俺たちも身を隠して合流しなければな、急ぐぞ人間!」

「だったら出せぇ!ここから出せぇ!」

「……何をしているのだ?」

「え!?素で気付いてなかったの!?」

 先程までの緊張感が嘘のように日常かのごとく対話をする。一見ふざけているが、これは悪魔の優しさでもあった。生死の掴み合いを行った人間の精神は酷く擦れてしまい、それが続けば壊れてしまう。どんな事にも休息は必要であり、それは傍らに日常を置く事に他ならない。一割の油断ではなく一割の余裕。それこそ情緒を保ち人間を保つ秘訣であり、悪魔の優しさなのだ。

 悪ふざけの時間はほんの三分。それ以上は油断になりかねない。悪魔は遊を穴から引き上げると、爆心地と化したその場を後にした。



 ラグエルの奇襲が失敗したのにも拘わらず、葵は嬉しそうに隣にいるパラシエルへと顔を向ける。寧ろ待ってましたと言わんばかりだ。

「さて、こっからは俺達でやらせてもらうからな。いいかパッシィ?」

「あぁ好きにしな。」

「にしても上の考えは良くわかんねぇな。何で一般人を自衛隊車両に乗せるような真似するかねぇ……受け渡しん時に他の一般人に見られたら不審がられるだろが。」

「志神遊の家の前にパトカーが停まった時点で周囲からの不審感はヤバイだろ。今更不審点が一つ増えたところでなぁ。」

「いやいやパッシィよ、リスクを増やすのは良くないって。それにもう忘れたのか?三年前からアイツの家の周囲には誰も住んでねぇよ。」



 先程の地点から離脱した遊と悪魔は歩いて移動をしていた。何故徒歩なのかは、ラグエルからの追跡が無くなった今、走るリスクの方が高いからだ。歩き慣れない地形に適さない靴、草木に当たれば音がなり、枝葉を踏めば音が鳴る。それを控えるため足場や進行方向に注意を向けて着実に進む。自衛隊を相手に余裕を見せられるほど油断はしていない。

 悪魔もそれを理解して口を出さずに追従しているが、天幕内でのやり取りを知らない悪魔は、地図も持たず進む遊に僅かばかり疑問を持つ。

「人間、今はどこに向かっているんだ?」

「取り合えず演習場の境かな。もし紫野月達がさっきの場所に向かってたとしても、最短で突っ切っては来ないだろうし。」

「ふむ、それは良いが……方向は合っているのか?」

「葵から地図をもらったから問題ない。」

「何?それは信頼できるのか?目印はいくつか覚えたから地図と照合したい。」

「もう破いて捨てた。」

「はぁ!?」

 あっけらかんと言い放った遊に堪らず声量を上げてしまう悪魔。直ぐに自身で口を塞ぎ遊の襟首を掴んで説明を求める。掴む腕が僅かに震えているのは怒りと羞恥によるものだろう。

「大丈夫大丈夫。中身は覚えてるし、違ってたのは現在地だけだったから。」

「何故そんなことが分かる?」

「え~と……陣地に入る手前で必ず歩哨から誰何すいかってのをされるんだけど、まぁ身元確認だな。遮光してある車両だから彼我不明ひがふめいと判断されたんだろうな、一度停車したんだよ。で、その位置から考えて通路が明らかにおかしいかったんだ。」

「おかしかっただと?」

「歩哨が置かれてるのは陣地の手前。大型が通る道を選定する必要があるから、そこから先は割りと方向感覚を戻せたんだ。で、覚えた道筋と地図とを照らし合わせてみたら、大体の現在地は把握できたって事。」

「成る程な、だがそもそもの話歩哨がいた確証はあるのか?」

「侵入時ならまだしも到着したときには天幕が建てられていたから、それこそ歩哨は配置されてなきゃおかしい。それに停車したのはその一回コッキリだったからな。聞き取れなかったけど何か話してたし。」

「ふむ、しかし捨てる意味があったか?」

「そうすれば俺が方向をわかって移動してるとは思わないだろ?地図を見て正解の道があるならそこに見張りでも置けば向こうの勝ちだし、そうならない為にも地図を持ち出すわけにはいかなかったんだよ。まぁ……葵相手に通用するかは分からんけどな。」

「……そうか。」

 納得した様子で返事をした悪魔だったが、何故か腕を組んで考え事を始めた。遊はその仕草に首をかしげるものの、追及はせず、目的地へと向かう。ラグエルからの追跡を絶ってから既に15分が経過しており、もし自衛隊員が最短で遊の元へ向かっていた場合、これ以上の会話は自殺行為だ。気になる気持ちをグッと堪えて遊は歩を進める。


 しかし、そんな遊の元へとある影が近づきつつあった。



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