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天使の所業  作者: ふたつきひみつ
59/60

合流

 場所は変わり演習場の東北東。作戦を変更し、そして実行するため結夢、ハニエル、鐘の三名は、演習場中央の山林地帯終点に向かい移動していた……のだが、突如響いた爆発音に移動を一旦止め、身を隠していた。

「んだよ今の音……戦車が訓練でもしてんのか?」

「音が響いて場所の特定は難しいな。ハル、何か分かるか?」

「どうやら志神遊がラグエルと交戦中のようです。今のはラグエルの権能による攻撃ですね。」

「こ、攻撃!?志神たちは大丈夫なのか!?」

 天使と交戦中である事をサラリと言ったハニエルに対し、結夢は僅かばかりの苛立ちと大きな憂慮を込めた目で質問を叫んだ。大声を出した事にハッとして口を押さえながらも、決して答えを逃すまいと視線は外さない。

「まだ殺害の報告はありませんので、今のところは大丈夫でしょう。」

「おいおいハニエルよぉ。天使たちは秘密裏に遊をどうにかしたいんだろ?こんな派手なやり方してて良いのか?」

「許可は得ています。」

「許可ぁ?誰から?」

「日本においての人間の代表……太田和おおたわ 吉敷よしきからですよ。」

「はぁ!?」

 結夢は堪らず頓狂な声を上げた。無理もない、太田和 吉敷とはハニエルの言った通り日本の代表……総理大臣の名であるからだ。

 しかし、それは当然と言えば当然である。警察を動かし、自衛隊を動かす。そこに国の長が介入していなければ寧ろ不可解ですらある。ならば太田和の名前が出るのは至極当然だった。

 十分にあり得る可能性だが、実際突きつけられるのとは衝撃が違う。その衝撃の分、心の何処かでは違ってほしいと懇願していたのだろう。

「何だって志神が国から狙われなきゃならねぇんだよぉ…。」

 結夢の口から出たのは疑問ではない。何故なら答えは既に持っているからだ。ただ現実を受け入れたくなかった、何かの間違いであってほしかった、誰かから否定してほしかった……そのどれもが到底叶うことはないが。

「悪魔は我々天使にとって不利益になります。あの悪魔は今、この世の誰よりも"大きな罪"を持っているので…。」

「……罪?」

 よく知る言葉、しかし日常会話では聞きなれない言葉に思わず聞き返してしまった。そも、今の時点で日常とはかけ離れているが、慣れているのは非日常ではないので仕方ないだろう。

 ハニエルは一瞬"しまった"と言った顔をし、結夢から顔を背ける。当然それで話が終わるわけもなく、結夢が続きを聞き出そうと口を開きかけたところで、鐘が手で制してそれを止めた。

「そんな話は後にしとけよな。今は遊を助けて脱出する事が最優先だろ?」

「そ、そうだな……今は志神の元へ急ごう。」

 わずかな疑問、わだかまりは残るものの、所詮当初の目的には代えられない些末な事である。今はこれ以上余計な物事に思考を割くのを止め、現時点での行動を選択しなければならない。時間は限られているのだ。

「ハル、そのラグエルって天使はどんな権能を持ってるんだ?」

「ラグエルの権能は視審ししん。一目見た者を水晶越しに監視できる能力と、光弾と言われるエネルギーの塊を撃ち出す能力があります。なお、監視している地点へ撃ち出すことも可能です。」

「厄介だな……一目見た者ってのは、水晶越しでも対象になるのか?」

「いいえ、実際に見なければなりません。しかしそれは以前までの話です。ラグエルは一度天界へ戻った後、昇華し再び人間界へ来ていますので、権能は強化されている筈です。詳細は分かりませんが、警戒するに越したことはないでしょう。」

「…………分かった、他に天使がいるかどうかはわかるか?」

「今のところラグエルは一使で交戦している様です。ただ、ラグエルの攻撃に関する能力は単体で発揮するものではなく、我々天使との連携の末発揮するべき意表の撃です。まだラグエル以外に天使がいる可能性は十分にあります。」

「そっか…………とりあえず音のした方へ向かおう。ここより西側だから、出来るだけ迂回しながらいくぞ。」

「ん~と紫野月だっけ?」

「ん、どうした後部さん。」

「普通に正面から向かってったらいけねぇのか?」

「音の現場に志神がいたとして、もし周囲に天使や自衛隊がいたらバレる可能性が高いからな。志神の元へは向かうけど、援護に回るには索敵をして不意をつかないといけないんだよ。」

「もし敵を視認できたら私の権能を使うと言うことですね?」

 爆発音は一点、又は周囲から響いてるのではなく、確実に進路をもって移動していた。身を隠しているのならば爆発音は大きく移動しない。それはつまり、遊が移動していることに他ならないのだ。そして、身がバレ、狙われているなら走る以外の移動はあり得ない。

 そこにもし結夢達が合流した場合、標的は増えて狙いはバラけても、遊にとっては負担が倍になる。何故なら絶対に結夢達を助けようとするからだ。敵がそれを知れば確実に狙いは変わる。そうならない為にも正面から助けに入る訳にはいかない。

 もし複数人が遊を追っている場合、その内の数名をハニエルの権能で操れば場を混乱させる事ができる。林が濃ければ車での追跡は困難であり、唯一の歩兵を足止めできれば結夢にとってのベストである。

「その通り。それに私たちが足手まといになったら元も子もないだろ?」

「なるほどな、分かった。じゃあ先頭は俺が歩く。」

「危険だけどよろしく後部さん。」

 周囲を警戒しながら歩いて進む。この間にも遊が危険に晒されているのだろうが、焦る気持ちをどうにか抑え、これから至る戦闘に向けて心を落ち着かせる。



 それから十分後。先ほどまでの轟音は急に鳴り止み、結夢に大きな不安を募らせる。

(どうして音が止んだ?もしかして志神はもう…。)

 一瞬最悪の状況を考えてしまい慌てて首を降った。

(止めろ!考えるな!)

 しかし、一度頭に浮かんだ光景は簡単には消えず、状況を変えて同じ結果をもたらす。交戦の証である轟音は、遊が生きている証でもあったのだ。

 酷い動悸が結夢を襲う。十分前までは混乱しても直ぐに持ち直した結夢だったが、今はそんな余裕もなく、最悪の想像を否定する度に募る不安に蝕まれていく。それ程までに精神は限界に近かった。

 すると先頭を歩いていた鐘が突然立ち止まった。

 不安により注意が散漫になっていた結夢はそれに気付かず、まともに鐘の背へとぶつかり尻餅を付いた。ハッと我に返った結夢を尻目に、鐘は面倒臭そうに口を開く。

「なぁ紫野月よぉ。」

「え、は、はい?」

「お前は遊を助けたいんだよな?」

「……と、当然です!」

 至極当然な質問だったが、無意識に間が空いてしまった事に結夢は内心焦りを感じた。それを見透かした様に、鐘は一度ため息を吐いて続ける。

「……だったら今何を考えてた?」

「何って…。」

「最悪の状況を今考える必要があるのか?」

「っ!?」

「遊を助けたいからお前たちはここまで来たんだ。遊を助ける為にアイツ等はお前の案に乗ったんだ。今お前が抱えている命は一つじゃない……それを覚えておけよ。」

 励ましでもなく、心配でもなく、与えられたのは厳しい叱責。甘い言葉の一つでもかけられたなら、すがる先を与えられたなら、恐らく結夢は壊れていただろう。決して逃げ道を選択しない結夢の性分は、自身を徐々に追い込んでしまうからだ。

 鐘の言葉は一見結夢に責任を押し付けている様に聞こえるが、その実、一人ではない、仲間がいるのだと暗に示していた。厳しさの中にある小さな蜜は、結夢の心を確実に解きほぐす。

 結夢は大きく深呼吸をすると、両手で頬を叩き迷いを断ち切った。

「よし!ありがとう後部さん。」

 軽く手を上げそれを返事とした鐘は、再度当初のルートに沿って歩きだした。その間結夢は考える。当然最悪の事態ではなく、遊と合流した際、自衛隊員に追われていた場合の対処法だ。

「なぁ、ハルの権能はどれくらい使えるんだ?」

「そうですね……短時間なら六人程でしょうか。長い時間となると一人が限度です。」

「そっか、権能が必要なタイミングは指示するからその時は頼むな。」

「分かりました。」



「おい人間。」

「ん?どうしたマクア?」

「貴様、自衛隊のマニアか何かか?」

「何だよ急に…そんなわけ無いだろ。」

「だったら何故、名称や歩哨の配置するタイミング等を知っている?」

「あぁ~それは……父さんが自衛官だったからかな。細かな部分は分からないけど、大まかな事は教えてもらったんだよ。」

「初耳だな。そもそも貴様の両親を見たことがない。」

 思い返すも一度として遊の両親を見ていない。それどころか、写真や私物等の住んでいる痕跡すらないのだ。

「まぁ、俺が中学の頃に死んだからな。」

 努めて平静に言った遊の表情は、その声色とは裏腹に酷く険しい表情であった。両親を失った悲しみは尤もだが、もっと別の……自責の念とでも言うべき感情が感じ取れる。

 それ以上何も言わず、遊は先を急ぐ。そう、急ぐのだ。表面を取り繕おうとも、内心は大きな葛藤を宿しており、平静を保とうとすればする程、比例するかの様に歩調が早まっていた。一点の自然体を意識しすぎているが故に、他の不自然に気付いていない。嘘を嘘で固めれば固める程ボロが出てしまうのと同じだ。

(今回に限った事ではないか。)

 自身の過失で何かを失った時の反応、過去の話を掘り下げたときの反応、どちらも今回と同じ様な不自然が目立った。

 つまりそう言う事なのだろう。遊の過失で両親は亡くなり、その過去は、触れられたくはない傷となって心に深く刻まれている。

(こんな時代で悪魔に興味を持った事にも関係してくるのか?いや……今はやめておこう。)

 疑問は尽きないが、敵地であるここで思考に意識を割くのは危険だ。今失敗すれば話を聞く機会は永遠に失われ、悪魔の疑問を解消する手立ては二度と無くなる。悪魔は出そうになる質問を飲み込み、演習場からの脱出の為、現状把握に努める事にした。

「人間、そろそろ三十分が経過したぞ。葵とやらの話が本当なら、もう追跡を始めている頃だ。」

「そうだな。まぁ、どうせラグエルの攻撃が失敗した時点で追跡させてるだろうから、最短距離で来てるとなると数分で追い付かれるけどな。」

「何か手はあるのか?」

「いいや、これと言って。マクアに周囲を警戒してもらって、身を隠しながら移動くらいだろ。最悪マクアの力を借りて敵を無力化するしかないかな。」

「完全にジリ貧ではないか。これで人間の女と合流し、更に脱出までとなると中々骨が折れる……せめてアイツがいれば幾分かマシなんだがな。」

「アイツ?人間界(こっち)にマクアに知り合いなんているのか?」

「あぁいや、気にするな。万が一あったとしても、望みが薄い事に期待するものではない。」

「……そうか?」

 そこで会話は途切れ、遊を先頭に当初の目的地まで移動を続ける。



 十五分、距離にして800m程移動したところで、遊と悪魔は同時に動きを止めた。そして示すでもなく、小さな窪地に生えた樹木の陰に身を隠し、枯れ葉を被り息を殺す。

 足場を確認しながら移動していた遊たちの背後から、枝を踏みつけて折れる音が聞こえたのだ。お互いに確認を求めようとしたが、お互いに動きを止めた為、それは確信となり行動を省略させた。

 自身の足音が消えた事により、微かだった背後からの音は鮮明になる。そして、数秒の間で情報を得ると互いに意見の交換を行う。

「人数は二人以上。距離的に五十メートルってとこかな?マクア、他に気付く事はあるか?」

「そうだな、加えて林道を歩くのに慣れていない。前方と足元の両方に気をとられ、歩調がどうもぎこちない。」

「確かに……もしかして紫野月か?」

「そう思わせる罠かもしれん。」

「だとしたら、俺たちの位置はバレてるって事だろ?近くなれば相手を視認できるのに、そんな事をする利点がない。」

「クハハ、だろうな。まぁ姿を確認してから近づくとするか。」

 幸いな事に、足音は遊が歩いていた道を僅かに逸れているだけで、二十メートルも近付けば身を隠している位置から視認することが可能だった。その為、特段何か行動を起こす訳でもなく、遊たちは息を潜め足音が近づくのを待つ。

 足音が視認可能範囲に入りその元を確認すると、やはり結夢の姿を確認できた。それだけでなく、ハニエルと鐘の姿も確認し、遊は些か驚いた表情を浮かべる。ハニエルは仕方ないにしても、鐘が同行している事が想定外だったのだ。

 一瞬、ザドキエルの様な相手の記憶を元にした権能を警戒したが、そんな心配はそれこそ一瞬にして吹き飛んだ。何故なら…………結夢達の後ろ、二十メートルの地点に自衛隊員を発見したからである。

「走れ紫野月ぃ!」

 窪地から飛び出し、十メートルの位置まで近づいていた結夢へ怒声の如き叫び声をあげる。突然自身の名を叫ばれた結夢は堪らず体を硬直させるも、それからの行動は早く、遊を視認すると鐘とハニエルに対し「付いてこい」と指示を出し、窪地へと駆け込んだ。

(相手は二人!紫野月たちに気付いてなかった可能性もあるが、今ので確実に見つかった…!小銃はマクアが防げるだろうけど、人数が多い分頼りきるのは難しい……どうする!?)

 反射的に結夢を呼び込んだため、この先の展開を考えていなかった遊は酷く焦る。窪地に飛び込んだ結夢を抱き止めて受け、その後に続いて鐘が窪地へ滑り込む。ハニエルは上へ飛び上がり、樹木の葉へ身を隠した。

「無事だったのか志神ぃ!」

「あ、あぁ…。」

(どうする!?走って来られたらほんの数秒で追い付かれる!)

「遊、本当にこんなところにいたんだな。」

「鐘さんこそ…。」

(通常銃弾なんて持っている訳がない!それに、隊員が発砲する事なんてあり得ない!でも、天使がバックに付いている場合はどうなる!?本当にあり得ないと言い切れるか!?)

「急に走れだなんて、もしかして後ろに敵がいたのか?」

「あぁ…。」

(マクアと俺と鐘さんで隊員二人を無力化するか?でも、発砲されたり銃剣を用いられた場合鐘さんの命が危ない!)

 武装している人間を相手取って戦う準備など出来ている訳がない。遊の最善は、天使や隊員に見つからないよう脱出する事だったからだ。悪魔の力を借りようにも、武器になる物がなければ攻撃に転じれず、防御に回れば守る的が多く難しい。結夢たちと合流して直ぐ隊員に見つかる事は完全な誤算だった。

(天使がどんな指示を出しているかが問題だ……天使がどんな……天使?)

「そうだ……ハニエルは!?」

 ハニエルの権能は愛を司る。引いては、相手を操る事が可能だ。ならば一瞬でも、足止め程度の時間でも稼いでもらえればこの場を離脱する事が出来る。しかし、そんな考えを見通したかの様に一発の銃声が響き渡った。その銃弾は窪地ではなく、樹木の上方へと向かう。

「うぐぅ!?」

 なんと、隊員の一人がハニエルへ向けて発砲したのだ。身を隠していたにも拘わらず、的確に位置を割り出した弾丸は肩を撃ち抜き、ハニエルは堪らず苦痛の声と共に窪地へと落ちる。

「ぐうぅ…!」

「ハル!だ、大丈夫か!?」

「問題、ありません……これで時間が稼げます…。」

 痛みに表情を歪めそんな言葉を口にした。天使に対しても容赦無く発砲した事で、敵は遊達を本気で殺害するつもりかと思われたが、ハニエルの言葉を裏付ける様に、数メートル離れた位置にいる隊員の一人が怒声を放った。

「吉川貴様!何故許可なく発砲している!よりにもよって天使様を撃つなど!」

「え、あれ、ど、どうして?どうして俺は発砲なんて…?」

 その様子は明らかにおかしい。怒声を聞くに、実弾を装備しているものの発砲の許可は出ておらず、天使を撃つなどもっての他である様だった。発砲をした隊員は自身の行動に困惑しており、まるで"誰かに操られていた"様な反応をしている。

「まさか……ハニエルお前!」

「これぐらい……くぅ…!必要な犠牲です。早くこの場から離れなさい…。」

「ありがとうハニエル!」

 遊は短く礼を言うと、ハニエルを背負い窪地を脱出する。隊員は遊達の行動に気付いたが、天使を撃った事、それを止められなかった事に引け目を感じたのか、怯えと悔しさを混ぜ会わせた表情で遠ざかる後ろ姿を眺めるだけだった。


 順調に、順調に事は進んでいる…。



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