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天使の所業  作者: ふたつきひみつ
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予測未満

 警察車両に乗せられた遊は黙って目的地への到着を待つ。ただ殺されるだけならば抵抗するが、自ら撒いた種で人質を取られたのなら抵抗する理由はない。恐らく目的地は人目のつかない山辺りだろう……そう自身の死地を冷静に考えていると、助手席の男──玄関先で遊と話していた警察官が徐に口を開いた。

「志神くん、君は冷静だね。助かる算段でも立てているのかな?」

 一見嫌味にも捉えられる質問だったが、その実負の要素など全く存在せず、本当に気になった為質問した様であった。

 突然かけられた質問に対して一瞬警戒はしたものの、純粋な疑問を感じた遊は、隠す理由も無いとばかりにふてぶてしく返答する。

「ははは、そんなの有りませんよ。でも、これで天使とのいざこざは終わり……万々歳じゃないですか。」

「…………君は今から何をされるか分かっているのかい?」

「分かりますよ。殺されるんですよね?出来れば一思いにお願いしたいですね。」

「…………………………。」

 言葉を失う、そんな表現が合致した。それは助手席の男だけでなく、車両に乗ってる全ての者に当てはまった。それほどまでに遊の発言は、異様に異彩を放つ異常性に充ちていたのだ。

 暫くの沈黙が流れる。遊は話が終わったのだと思い、座席に深く腰かけるとフロントガラス越しの景色を眺め始めた。あまりにも自然体な姿……しかしその態度とは裏腹に、遊に余裕など存在しない。結夢達を巻き込みたくないからこそ、故に諦めているからこそこんな振る舞いができるのだ。実際に死に直面した場合同じ態度をとれるかは定かでないが、変わらぬ態度でいられる自信はあった。

「…………一度止まろうか。」

 突然助手席の男がそう言った。目的地についたのかと遊は考えたが、運転席の男も、遊の両横にいる男らも驚いた顔をしており、どうやら今の発言は予定に無い行動のようだった。

 予定に無いのならば当然他の乗員は口々に理由を求める。その際理由を求めている者たちが敬語を使っているのは、助手席の男がこの場では長だからだろう。口に出さないにしても理由を求めるのは遊も同じだった。ここで状況が悪化して結夢達に危害が加わるのは避けたいからだ。

「少し……志神くんと話をさせてくれ。」

「ダメです、それは計画に組まれていません。」

「別に五分くらい問題ないだろう?」

「ダメです。そもそも話す理由を教えてください。」

「少し志神くんに伝えなければいけないことがあってね、上からも命令が出てるんだよ。」

 途端質問をしていた部下は怪訝そうな顔をする。それどころか、「またかよ」とでも言いた気な舌打ちまで聞こえる始末。それだけで遊は、長である助手席の男が部下から良く思われていない事を理解した。

「……そんな話は聞いてません。」

「それはそうだよ。だってこれは私に与えられた極秘命令だからね。」

 当然とばかりに、薄ら笑いを浮かべて助手席の男はそう返した。馬鹿にしている様にも感じられる態度に、部下は益々眉間にシワを寄せ、今にも掴み掛かりそうな怒気を放ちながらも、何とか堪えて質問を続ける。

「そんな話を信じろと?」

「別に信じなくてもいいけど、もしこの話が本当だった場合に君は責任をとれるかな?」

「………………ちっ!分かりました。しかし、もし虚偽だった場合はそれ相応の措置をとらせていただきます。」

「勿論だよ。あ、それとこの話は他言無用でね?これから合流する連隊にも。なんたって極秘任務だから。」

「そんな極秘任務を簡単に口にしてしまってもいいんですか?」

「時と場合だよ。それに、他者にバラしたら君達も共犯さ。一蓮托生ってやつかな?いい言葉だハッハッハ!」

 その後、助手席の男は地点を指定すると運転手に停まるよう指示をした。その場の全員が納得いかない表情をしているが、万が一、億が一の可能性を拭いきれない為黙って従うしかない。

 渋々と言った様子で警察車両を路側帯に停めると、助手席の男は他の者へ待機するよう命令する。

「あぁそれと志神くん、スマホを渡してもらえるかな?録音されたり助けを呼ばれるのは避けたいからね。」

「……わかりました。」

 助手席の男は遊からスマートフォンを受けとると部下へ渡し、その後遊と共に近くの路地へと姿を消した。


「こんなところに連れてきて、一体何の話をしようって言うんですか?」

「ん~……まぁとりあえず自己紹介だね。この私は渡口とぐち 将生しょうき、階級は警部補で、今回の連行は天使の指示なんだ。」

「……この話をするのもですか?」

「あぁいや、これは違ってね……これは他からの指示だよ。」

「他?」

「まぁそこは気にしないでおくれ。時間がないから本題に入るね?」

 将生はそう言い質問を打ち切る。それは聞かれたくない質問、答えたくない質問と言うよりは、本当に時間がないために打ち切った様だった。遊としては指示を出した者が気になるところだが、それを追求して無駄に時間を費やす訳にはいかず、静かに「分かりました」と返事をすると将生の言葉を待つ。

「志神くんはこの世界の事をどこまで知ってる?」

「せ、世界…?」

「そうだよ。今僕らが立っているココは正しいと思う?」

「質問の意図がよく分かりません…そんな答えのないような質問をされても答えられませんよ。」

「まぁ確かにそうだね……じゃあ、正しさって何だと思う?」

「また答えに困る質問ですね。」

 懲りずに回答のない質問を受け、遊は少しばかり呆れた様子だ。こんな事を聞くために態々部下の信用を地に落とすのは、誰から見ても明らかな愚行である。しかしこれは只の前座に過ぎず、遊の反応を予想していた将生は一度咳払いをし、「じゃあ─」と言い話を続ける。

「例として、天使に従う事は正しいと思うかい?もし違うなら、天使に従う事は悪かい?」

 突然出された例。しかも、よりにもよって天使を引き合いに出された事に、遊は僅かばかり面食らう。それと同時に、強い警戒心を沸かせた。先程の身勝手な行動や出された例を考えると、今の世ではとてもマトモな人間の行動ではない。それに加え政治家は勿論の事、警察官や自衛隊は天使との関係も深いのだ。もし何かしら遊の失言を狙っているのならば下手なことは言えない。遊は当たり障りなく慎重に言葉を選ぶ。

「それは……従う内容によるんじゃないですか?」

「そうだね、出した指示に善悪があるなら出した者にも善悪がある。」

「でも、少なくとも世間では天使に従う事を悪とは言いませんよ。」

「そうかい…。」

「そんな事を聞いてどうするんですか?」

「……これから君には悲しい事が起こる。」

「なっ!?」

 それまでの質問を無視した衝撃的な言葉。将生の柔らかな口調は消え、笑みも消え、射抜く様な冷たい眼差しが遊を映す。言葉を失う遊に構わず、将生は更に言葉を続ける。

「君の望む先には到着しない。」

「き、急になんですか…?」

「君の最も恐れる未来を迎える。」

「っ!だから何の話ですか!」

「言葉の通りだよ。君には、いいや君にとって悲しい事が起こるんだ。」

「一体何が!?いいや、一体何をするつもりだ!?」

「確か……君の魔力特性は未来視らしいね?サンダルフォンから聞いたよ。」

「…………それが?」

「違うんだ。」

「違う?何が?」

「君の魔力特性は未来視じゃない。」

「はぁ?何を言ってるんだ?」

「ハルマート……悪魔も気付いていただろうに、教えなかったようだね。」

「そんな事は無いだろ、マクアも否定しなかった。」

「じゃあ肯定はしたかい?悪魔は未来視だと言ったかい?」

「そんなの当、ぜ──!?」

──『貴様の特性は近い未来を視る事。』

 当然と言いかけて止めた。悪魔は言っていない、未来視とは言っていなかった。だが、それがどうしたと言うのか。悪魔の言った"近い未来を視る事"と"未来視"の違い、結局は同じ事のように思える。なにも変わらない…………はず。

 自信が持てない、断言ができない。悪魔にハッキリ「その通り」と言われていない以上、遊は自身の考えを肯定出来なかった。何故なら、未来視と言った後の悪魔とサンダルフォンの反応がおかしかったからだ。何かを呟くサンダルフォンに、歯切れの悪い悪魔の返答。決定打には乏しくも、懸念を抱くには十分だった。

 もし未来視では無かった場合、自身の魔力特性は何なのか……そんな疑問が当然出てくる。しかし、ここで更なる疑問が浮かんだ。それは──

(どうしてこの警官は俺の魔力特性が未来視じゃないと知ってるんだ?未来視はサンダルフォンから聞いたって言ってたけど、おかしいだろそれは…!)

 もし将生が元から知っていたのならば、サンダルフォンが態々天使側の情報を売ってまで聞く必要がない。遊が魔力特性を把握しているかの確認だったならば、そもそも魔力特性を聞かれた時の反応で十分な筈だ。

(何者なんだ……この警官は…?)

「大体だけど志神くんの言いたい事は分かるよ。まぁ丁度いいしここからが本題。志神くん……人間は争う生き物だよね?」

「そ、それはまぁ…。」

「じゃあ天使はどうかな?」

「……天使同士の争いなんて聞いたことないな。どっかの天使は用済みで殺されそうになってたけど。」

「そうだね、天使同士の争いはほとんど無い。西暦を追っても数えるほどしか起こっていない。つまりどう言う事か分かるかい?」

 遊は将生の質問に答えを返さず黙る。一見天使は人間とは違うと言われている様に聞こえるが、それは大きな間違いだった。争いは殆ど無い。数えるほどしか起こっていない。将生の言葉を正面からではなく裏から受け取ればつまり、天使同士の争いは存在しているのだ。人間と同じ様に対立し、人間と同じ様に傷つけ合う……そんな歴史を僅にでも刻んでいた。

 しかし問題は、何故このタイミングでそんな事を言い出したのか。遊は既にそこまで考え付き、だからこそ返答に困る。鵜呑みにするべきか、罠と取るべきか。答えあぐねる遊を見て、将生は薄い笑みを消し、真剣な表情で口を開く。

「……天使には自我がある。本来仕事をこなすだけなら不要な筈のそれは、しゅの気まぐれによって組み込まれた。」

「主?」

 日常的には聞き慣れない言葉に遊は首をかしげた。しかし、将生はその反応を無視して続ける。

「自我は多くの意思、思想、欲を生み出す。しかし、それは本来不要なもの。容量の決まった受け皿からはやがてこぼれ落ち、少しずつけがしていく。少しづつ蝕んでいく。もしこぼれ落ちたモノが溜まり続け、受け皿すらも飲み込んだ時は、天使として終わる事と同義。」

 将生はそこで言葉を切った。遊は難しい顔をして将生の言葉を頭の中で繰り返す。何とも抽象的な言葉だが、過去に天使から聞いた事を思い出すと、一つの可能性、そして一つの疑問が浮かんだ。しかし、遊はそれを口に出さず、代わりに遠くとも近い質問を投げる。

「……それは、悪いことなのか?」

「いいや、そんな事は無いよ。いくら綺麗でも皿に乗った物が安全とは限らないからね。」

「あんたの目的は一体…。」

「ハハハさてね。もう本題は伝わった様だし、これ以上は時間もない。そろそろ戻ろうか。」

「………………。」

「でも一つ。信じるも信じないも勝手だけど、私は嘘をついたつもりはない。良く考えることだね。」

 そう言い将生は遊に前を歩くよう促す。警察車両まで戻ると、他の警察官が酷く不満気な表情を浮かべているが、将生は全く気にした様子もなく車両へと乗り込んだ。

 遊の頭には無数の疑問が渦巻いており、冷静にどれか一つを解決に向かわせようとするが、他の疑問に流され、呑み込まれ、結局思考を整理することも出来ずにその場を出発してしまった。



 それからは特に会話もなく、演習場近辺で遊の身柄が自衛隊に引き渡されると、警察車両は来た道を戻り、遊は高機動車に乗せられ演習場へと侵入した。

 遊は横並びの後部座席へと座らされており、窓だけでく、本来空いてる筈の運転席と後部座席の空間すらも幌で覆われ、外の景色を見る事が出来ない。その上ダートとは比にならない起伏の激しい道を進んでいる為、感覚で右左折を覚える事も不可能だった。唯一分かるのは、カサカサと車両の幌を草木が擦る音。しかし、それだけで遊は疑問を増やす。

(逃げ出した場合、万が一でも見失う可能性があるのに、どうして見晴らしの良い場所じゃないんだ?)

 この演習場は、周囲全てを塀で囲まれているわけではない。当然外から見える地点もあるが、それは飽く迄一部のみだ。起伏の激しい地形ならば凹地も存在し、そこで遊を殺害するなら誰にも見られる事もないだろう。もし逃げようとしても山林の様に身を隠す場所もないため、すぐ見失う可能性は圧倒的に低い。それなのに山林地帯へと入ったのは不自然だった。

(一部の人間しか知らされてない?自衛隊内でも出来るだけ少数人だけで行いたかったって事か……いや、違うな。)

 考えたが直ぐに否定する。高機動車へと乗り換える際、隊員の襟についてる階級章を確認したが、四名の内一名が陸士長、二名が三等陸曹、残り一名が陸曹長だった。幹部がいない点を考えると、作戦行動の一環である事が理解できる。すると部隊での行動である可能性が高く、一部の人間のみが知らされていると言うのは考えられない。

(あの警官は「連隊」って言ってたし、天使に支配された部隊って考えも難しいよな。規模がでかすぎる。)

 考えを出しては一つずつ消していく。より明確な可能性を求めて、より正しい回答を導く。結果的に遊の取れる行動に大差は無いが、事前の知識を持っているのといないのとでは、成功率が大きく違う。知識がなければ、成功率どころか行動に移せない場合も出てくる。だからこそ考える。恐らく待っているだろう敵、恐らく起こるであろう展開、恐らく出来るであろう行動……百は無理でも九十九まで予想をたてる。

(最悪な結末なんて認めねぇ。絶対に阻止してやる…。)



 百は無理……僅かな一は考えもしない所から。

 予想した敵……それは考えもしない所から。

──「これから君には悲しい事が起こる。」それは考えもしない所から。



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