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天使の所業  作者: ふたつきひみつ
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目的と地

 現れたのは、鋭い目付きに反して気だるげな雰囲気を持つ長身の男性。磐恵寺に奉公しており、栞と遊とは数年前からの知り合である後部うしろべ かねだった。

 当然栞は「どうして?」と言った疑問が浮かび、結夢達は「誰?」と言った疑問が浮かぶ。しかしどちらにせよ、到底巻き込んで良い訳がないと全員が思った。

「ど、どうして鐘さんがここに!?」

「あ~?何かピンチなんだろ?助けてやるのが大人ってもんよ。」

「気持ちは嬉しいですけど危ないんです!危険なんです!」

「知ってる知ってる事情は聞いたから。そこの、えーと…。」

「……凛華。」

「そうそう凛華から。」

 あっけらかんと鐘はそう話した。天使が遊を狙っている事、今からその現場へ向かう事、命の危険が伴う事、全てを理解した上でこうも余裕な態度をとれるのは、蛮勇か策があるのか、はたまた別の理由かは分からない。しかし、理解した上だとしても了承は出来なかった。車が到着すると凛華が言った時点で一人以上増えるのは予想できた筈なのだが、実際目の当たりにしてみると、無関係な人間を巻き込むのは酷く恐ろしく感じたのだ。栞のように知り合いならば尚更だろう。

「もし鐘さんに何かあったら…。」

「大丈夫だって。俺は特に大丈夫だから気にすんな。ヤバくなったら必殺技でちょちょいのちょいだっつの。」

「でも…!」

「じゃあ遊を見殺しにするか?」

「っ!」

 突如切られたジョーカーに栞は言葉を詰まらせる。巻き込んではいけない……そう言った思いが先走り、放流されていた所にせきを建てられたのだから詰まるのは当たり前だった。そしてその堰こそが現実であり、事の現状になりうるのだ。

 頭で分かっていても切り替えるのは難しい。しかめ面をして拳を握る栞の姿に、鐘は一度ため息を吐くと栞の頭に手を乗せポンポンと叩いた。

「栞の気持ちは分かるけどさ、そう簡単に諦める事も出来ないだろ?じゃあ決まりだ。後入りだけどよ、俺もお前らと今の志は同じだ。」

「…………はい。」

「後ろの女の子らも良いか?」

「お、おう…!」

「オ願いしマス。」

「よし、時間が惜しいからさっさと行くぞ。」

 納得は得られずとも了承を得られれば問題ない。鐘は栞たちを急かして車に乗せ、考える間も与えず出発した。



 ハニエルから遊を連れた車両が向かう凡その位置を確認し、制限速度を無視して街を走り抜ける。その道中、落ち着いた栞は鐘と自分達の関係を結夢とミーアに説明し、その間に兎に角激しく脈打つ心臓を落ち着かせる。どれだけ覚悟して来たとしても、ゼロではない死の危険性があるのならば仕方ないだろう。

 運転席には鐘、助手席に凛華、後部座席に栞、結夢、ミーアの三人が乗り、その更に後ろの座席にハニエルとメルケヤルが座っていた。車内の中央では緊張の糸が張り、三人の顔が自然と強ばり肩に力が入る。しかし、三人がそんな状態にも拘わらず平然と助手席から窓の外を眺める凛華の姿は、栞たちにとっては異様に映っていた。

「凛華ちゃん。」

「…………何ですか?」

「ちょっと聞きたいんだけど…。」

「質問はしないよう言いましたよね?今すぐ引き返しますよ?」

「そ、れは…。」

「はっはっは!運転してるのは俺だからな、そいつぁ無理なこった。ってことで栞は遠慮せず聞きたいことを聞いておけ。」

 大きく笑い凛華の設けた制約を飛ばす。栞はそんな鐘に礼を言うと、真剣な表情で凛華へと向き直り、その場の三人が気にしている質問を投げ掛けた。

「凛華ちゃんは何者なの?」

 それは、質問と言うには随分と曖昧な内容であった。しかし、そう聞く他無いのだ。

 思い返せば凛華は異常だった。仮にも天使であるハニエルへの態度、周りの目を気にしない行動、そして今。見知った人間の命が脅かされているのにも拘わらず落ち着いている。落ち着きすぎている。遊が嫌いだからと言った感情ではなく、当然の事、良くある事と納得している様に感じた。まるで日常かの様に。

 そんな、遊とはまた違った異常性に触れ、浮き上がる幾つもの疑問を凝縮した結果の質問が「何者か?」なのだ。酷く頓珍漢な質問かも知れないが、それが栞の出したベスト。その質問に対して、凛華は何故か少し憂いを帯びた表情をし、そっと口を開く。

「……私はただの人ですよ、久留凛華と言う人。それ以上にもそれ以下にも成れない人です。」

 回答は明らかにはぐらかした内容だったが、それにしては不自然な言い回しをしていた。そこに"何か"を感じた栞はそれ以上言及せず、悲しげな凛華にこれ以上言及出来ず、何も言わず座席に背を預ける。黙って聞いていた結夢とミーアも会話が切れた事を悟り、栞と同じく背を預けると、妙に釈然としない空気のまま目的地への到着を待つ。

「ふぅん、人……人ねぇ。成る程そんな言い方もあるのか。」

 僅かな沈黙の後、徐に鐘が隣に座る凛華に聞こえる程度の声量で話しかけた。何故かニヤニヤと笑みを浮かべる鐘に、凛華は一瞥いちべつしただけで直ぐ窓の外へ視線をやる。

「素っ気ねえな~昔はそんなじゃなかったのによ。」

「はぁ……アル、あんたは本当に嫌な奴ね。」

「何だ不満か?だったらアスタにでも頼めばよかっただろ。」

「アスタになんて無理よ。あんたも分かってて言ってるでしょ。」

 もう一度大きなため息を吐いた凛華は、話は終わりとばかりに再度窓の外へ顔を向ける。しかし、鐘はそんな空気を無視して続けて話しかけた。凛華は「そう」、「うん」等生返事を返すばかりなのだが、それでも鐘はお構い無し。流石の凛華も鐘のしつこさに半ば呆れながら、仕方なしと話に耳を傾ける。

「──それでな、え~とり……り、凛…?」

「凛華。いい加減覚えなさいよ。」

「そうそう凛華ね。面倒なんだよなぁ、お前の名前覚えるの。まあいいや…それで、凛華はいつまで秘密にするつもりだよ?」

「言う必要が無いわ。」

「黙ってる理由も無いだろ?」

「………………………。」

 凛華は何も答えなかった。鐘はその後も二、三度話しかけたものの、今度は完全に無視を決め込まれたため諦めて運転に集中する。その間栞たちの座る後部座席から痛いほどの視線を感じたが、鐘は何も気づかないフリをした。



 それから三十分後、到着した場所は2メートル程の高さの塀に延々と囲まれた山。その先には鬱蒼と茂る木々が結夢たちを見下ろしていた。何故山に塀が設けられているのかは簡単、ここが"自衛隊の演習場"だから……つまり国の所有地だからだ。その為、これから破裂音や破砕音が鳴ろうと、例え発砲音が響こうと問題にならない。

 遊を助けようと勇み足になる栞たち三人を制し、凛華はスマートフォンで調べた地形図を開きながら、メモ用紙に情報を書き込み状況を整える。

「今私たちがいるのは演習場の東端です。この演習場の広さは約75k㎡で、その内北東側の25k㎡が山林地帯になっています。恐らく遊先輩はその山林地帯の何処かにいます。」

「細かい場所はハルにも分からないのか?」

「ガブリエルは私に対して詳細を報告はしてきません。もしこちらから踏み込んで聞けば怪しまれてしまいます。予定通りならば、山林地で志神遊を殺害するでしょう。」

「さ、殺害って…………遊くんを乗せた車両の通った痕跡でもあればそれを追えるのに…。」

「今のゴ時世自衛隊の行動ハ周囲の目ガ向きますカラ、むこうハ怪しマレない為にモ形ばカリな訓練ノ様式をとらナイといケませン。シカミューさンノ引き渡シハ別で行っタトしテ、演習場ヘノ侵入は正規に門カラ入ってルと思いまスヨ?」

「あ、確かにそうだね。凛華ちゃん、この演習場の入り口は何処があるの?」

「入り口は北西と南の二ヶ所があります。」

「う~ん、もし既に入ってるのなら時間的に侵入は南からになるね。僕らの出発時刻のロスを考えても北西まではいけないし……でも流石にそこまでは分からないか…。」

「それなら南だ。ガブリエルから詳細は無いにしろ、演習場内へ入った連絡は受けている。」

「ナラ時間がアリませんネ……作戦を立テマしょウ。」

 ミーアがそう提案したところで凛華の顔が曇った。おずおずと手を挙げた凛華にその場の視線が集まると、凛華は萎縮したままその理由を話す。

「肝心の作戦なんですが…………私の指示に従うこと何て言っておきながら、私には作戦をたてるノウハウも能力もありません…。無責任な話ですが、作戦は他の方にお願いします。」

 酷く申し訳なさそうに体を縮込ませる。文句を言われても仕方がないと言わんばかりだが、勿論そんな者は一人もいない。絶望的だった救出も間接的に車を用意してもらった事で小さくとも可能性が見え始めたのだ。寧ろ十分すぎるくらいだった。

 しかし責任は重大。作戦を考えると言うことは、携わる全員の命を預かる事になるからだ。暫しの沈黙と困惑、お互いがお互いを見合い、誰かが名乗り出るのを待つ嫌な間が生まれる……普通ならば。

「私がやる。そもそも言い出しっぺだしな。」

 凛華が言葉を切ってほんの数秒、手を挙げ名乗り出たのは結夢だった。その場の誰もが意表を突かれたように呆けた視線を送る。ならば真っ白な頭にこそとばかりに、結夢は短く、けれど強い意思を込めた言葉を放つ。

「作戦は私が立てる。当然皆不安かもしれない。でも、でも……私は志神を助けたい。どうしても助けたいんだ…!協力してくれ!」

 事今に関しては結夢に信用も信頼もある筈がない。日常とかけ離れ、安全とは程遠い場所で二つ返事を置くなどあり得ない。今の時世ならば尚更だ。故に間もおかず、思案する様子もなく賛同するのは常軌を逸していると言えるだろう。つまり…………この場の誰もが異常だった。ただそれだけの事。

「そんなの当然だよ!」

「シカミューさんを助ケたイ気持ちハ同じデス。不安ナんてアリませんネ!」

「私は元より結夢先輩に従うつもりです。」

「若いねぇ熱いねぇ……まぁ俺も多分年長者だし、極力手伝ってやるよ。」

「私も結夢についていきます。」

「……仕方ないな、あの人間には借りがある。」

「皆……ありがとう…!」

 誰もが結夢を信用し信頼していた。他人に心酔し頼りきる事は愚の骨頂だが、仲間を慕い協力する事は信の重畳とでも言えるだろう。

 全員の決意が固い事を確認できたものの、感傷に浸る時間はない。凛華の集めた情報を書き記したメモを手に、結夢はこれ以上無いほど頭を回転させ作戦を立てる。重要なのは遊を発見する事だが、それと同等に、発見した場合どうするかが重要になる。相手は十中八九武装しており、簡単に発砲はしないにしても、一般人の結夢たちを無力化する方法などいくらでもあるだろう。重要なのは発見と対策の二点。

「志神を捜索するために班を三つ……いや、二つに分けよう。一班はミーア、メルケヤル、久留、鐘さんの四人で、残りは二班。一班は山林と原野の境を移動して南側からの動きを調べて、二班はここから北に山林を突っ切って志神の捜索に入ろう。」

「見つけた場合とか緊急時の連絡はどうするの?」

「そうだな……連絡はスマホを使ってくれ。逐一通話をかける時間が惜しいから、別れる時にスピーカーモードの通話状態にしておこう。あと、通話状態にするのは各班一人だけで、他のメンバーから着信が来た時が非常事態の合図ってことで。そしたら直ぐにその場から演習場外へ離脱してくれ。」

「二個班に分けて一班をミーア、メルケヤル、久留、鐘にするのは良いですが、残りの栞と私と結夢だけで東端から北に向かって山林を突き抜けるのは些か危険が過ぎませんか?一班の山林と原野の境に沿って観察する役こそ私たちが行うべきです。」

「確かにそうだけど、ハルはまだ権能が使えるんだろ?万が一危なくなったらどうにか出来るのはハルだけなんだよ。それに、もし志神を見つけたときにも権能を使ってほしい。」

「………………分かりました。」

「他に質問はあるか?」

 質問と言うよりは賛同を得る為の問いかけ。ハッキリした状況が分からないままで口を出せる者などおらず、結夢の提案したメンバーで決まる筈だったが、三秒程の間を開けて一人が手を挙げた。少し思い詰めた様な、何かを決意した様な表情で手を挙げたその人物は凛華だった。

「すみません……二班にア、鐘を入れてもらえませんか?」

「鐘さんを?」

「はい……相手は恐らく自衛隊員ですし、もし見つかった場合少しでも力のある者を置いといた方がいいと思います。」

「う~ん、そうだな…。」

「ぼ、僕も腕力に自信がないから、鐘さんの方がそう言う役では適任だと思うな。」

「分かった。じゃあ班のメンバーを栞と鐘さんを入れ換えよう。」

 凛華の提案は的を射ている。明らかに二班の方が危険度が高い為、大人の男性をメンバーに加えるのは合理的だろう。結夢がそれをしなかったのは、今日が初対面であるが故の無意識からの遠慮、又は疑心が原因であった。

 了承と同時に内心でその事に気付いた結夢は、一度大きく深呼吸をすると、全ての遠慮と疑心を消し去る。遊を助けたい一心を軸に、再度作戦を構築し始める。そして五分ほど黙り込んだ後、結夢は組み立てた作戦をメンバー全員に伝えた。

「──よし、質問はないか?じゃあ……皆頼む!」

 ハニエルとメルケヤルが他のメンバーを引き上げ塀を越すと、当初の予定通り二班編成で別れ、それぞれがその場所を後にした。

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