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天使の所業  作者: ふたつきひみつ
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動き出す

「……ん、あれ?私の家じゃない…。」

 朝日に照らされ結夢は目を覚ます。見慣れない処か、眠っていたのにも拘わらず寝そべっていたのは床の上、通常なら有り得ない事だろう。二重の混乱に起き上がる事もせず床の上で思考を巡らせていると、キッチンから遊が顔を覗かせ声をかけた。

「起きたか紫野月。」

「え、どうして志神が……ん、痛!何でか頭が痛い…!」

 遊の声を聞いて起き上がろうとした途端、結夢に激しい頭痛が襲いかかる。よく見ると結夢だけでなく、側にはミーア、栞、凛華の三人が横たわっていた。眠っていると言うよりは気絶しているに近い寝顔は、酷く苦悶の表情を浮かべている。

 そんな三人を見ても変わらず結夢の記憶は曖昧だ。それは寝ぼけている訳ではなく確実に昨晩の出来事による弊害だろうが、都合良く頭痛の理由も合わせて完全に抜けていた。どちらにとって都合が良いかは当人のみぞ知る事。

「覚えてないのか……まぁ、それならそれの方が良いな。」

「何の事だよ……って、志神疲れてる?目のクマやばいぞ?」

「あ?あぁ……まぁ色々あってな。」

「おいおい、志神はただでさえ気を遣いがちなんだから休息くらいはしっかりとらないと。」

「そう、だな…。」

「で、いったい何があったんだよ?」

「…………何だろうな~?」

 遊は結夢とミーアが眠りについてから今まで、滅茶苦茶にされたリビングの掃除を行っていた。眠っている結夢達を起こさないよう極力静かに動いていた為、結局朝までかかってしまっていた。

 昨晩の出来事について結夢は悪くない。明らかに様子のおかしかったメルケヤルを問い詰めたところ、全てを白状したのだ。だから結夢は悪くない……のだが、そう割りきるには難しい苦労を強いられたのだ。頭では分かっていても全てを帳消しにして許す事などできない。遊は不敵な笑みを浮かべ結夢の頭を掴むと、ゆっくりと力を込めていく。

「あいたたたたたた!し、志神ぃ!?何でアイアンクローをかますんだ!?痛たたたたた!」

「頭痛にはこめかみのツボが効くんだぞ~?」

「痛い痛い痛い!越えてる!頭痛の痛みを遥かに越えたたたた!」

 怒りの収まらない遊のアイアンクローは、結夢が本気で涙を浮かべるその時まで続いた。



「うぅ……酷い、酷いぞ志神ぃ…私が何したって言うんだ…。」

「何もしていないって言ったら嘘になるけど……ごめん、やり過ぎた。」

「ア~ア、シカミューさんが結夢を泣かセテます~。」

「自然に入ってくるな、いつの間に復活した?」

「ついサッキですヨ。それニシても昨日はスミマセン…。」

「……ミーアは昨日の事覚えてるんだな。」

「え、ハイ…まぁ…。」

 質問の内容だけなら未だしも、妙に引き吊った表情を浮かべる遊の意図を読み取れないミーアは、曖昧な返事をして首をかしげている。

 折角結夢の昨晩の記憶が抜けていても、ここでミーアに全てを暴露されては意味がない。しかしミーア、あのミーアである。容易に口に戸は立てず、簡単に口を割って、裕に口を滑らせるミーアである。一抹の希望、藁にもすがる思いで遊はミーアへ提案をかける。

「……償いといっちゃ何だけど、昨日の事は口外禁止で頼む。」

「え、ドウシ…………はは~ん?」

「な、何だよ。」

「イエイエ何でもありまセンヨぉ?」

「何だ何だ?志神とミーアばっかり秘密の話をしやがって。私にも教えてくれよぉ!」

「フフフ、そんな結夢に耳ヨリな情報が。実は昨日デスネェ…。」

「言ったそばから!こうなったら……メルケヤル!」

「え?メルケ──わぷっ!?」

 遊がメルケヤルの名を呼ぶと、何処からともなくメルケヤルが姿を現しミーアの口を塞いだ。まるでこの時を待っていたかのような流れるような動きに、ミーアは何の抵抗も出来ずただ驚きに目を見開くばかり。

「許せミーア。今回ばかりは私は志神遊の味方となっている。」

「むむー!むぐぬぐぐぐー!?」

「昨晩の騒動は私に原因があったからな。志神遊からはミーアが余計な事を言い出すだろうから、合図をしたら口を塞ぐよう言われていたのだ。」

「むぐぐ、ぐ…。」

「人間の味方と言うのは些か不満はあるが、今回ばかりはそうも言ってられなくてな。」

「む……ぐ…。」

「ストップ!メルケヤルストップ!鼻も塞いでるから!息できてないから!」

「え?あぁ!ミーア!申し訳ない!」

「て、天使に殺サレるところデシた………ガクッ。」

「「「ミーアあああ!!!」」」



 それから十五分後、ミーアが目を覚ますと既に栞と凛華の二人も目を覚ましていた。そも、ミーアが意識を失った際に他三名が上げた大声で目を覚ましたのだ。

 ついでに、勝手に何かを勘違いした凛華は遊に謂れの無い暴力を振るっていたのだった。

「さて、さっさと飯を食ってくれ。そしたら俺は寝る。」

「し、志神やっぱ怒ってる?」

「もう一回いっとくか?」

「はい遠慮します!すぐ食べます!」

 今までの疲れは既に限界を迎えており、気を緩ませば直ぐにでも寝てしまいそうだ。うつらうつらしながら朝食を口に運んでいると、何やら視線を感じた。その方向へ顔を向けると、視線の主は意外にもハニエルだった。

「……どうした?」

「人間は睡眠を怠るとどうなるのですか?」

「は?へ、変な質問だな……えっと、意識が朦朧としてくるから~判断力が鈍ったり、ストレスが溜まりやすくなったり?たまに意識が途切れる事もあるな。」

「そう、ですか…。」

 ハニエルはそう一言呟き黙り込んでしまう。とても深刻な顔をして。

「ど、どうしたんだよ?」

「………………………………。」

「ハニエ──」

「それでも…………気を付けるべきですね。」

「気を、付ける…?」

「どんな手を打つか分かりませんから。」

 途端に遊は理解した。ハニエルは注意喚起をしているのだと。余りに突然の発言は、恐らく今に危機が迫っている事を示唆しているのだろう。僅かながらに睡魔を飛ばし、遊はせめて結夢達を帰すまでは気を引き締めようと誓った。



 朝食を取り終え食器洗いを行っている最中、不意に呼鈴が鳴った。時計に目をやると時刻は7時40分。こんな時間に訪問の予約は無い上、そも訪問する者など既に志神家にいる。ならばこれは警鐘だ。先のハニエルから与えられた警告だった。

「ん、誰か来たみたいだな。志神ぃ~私が出とくか?私、セールス断るのは得意だぜ?」

「いや……俺が出るよ。こんな早くからセールスは来ないしな。」

 冗談を交えてポーズを決めている結夢を制し、遊は手に付いた泡を洗い落とすと足早に玄関へと向かう。途中、自宅の鍵をポケットへ押し込んだ所で二度目の呼鈴、そして玄関到着までに三度目の呼鈴。この短い時間に三度の呼鈴は異様である。これは、明らかに家に人が居るのを分かった上での行為だ。

 あえてドアホンや覗き窓を使用せずドアノブへ手をかける。理由は簡単、訪問者の"不信感を煽る"ためだ。

「はい、何か御用ですか?」

「……!どうも、突然お邪魔してすみませんね。志神遊くんでいいかな?」

「そうですが…。」

 案の定訪問者は一度驚いた表情を浮かべた。しかし、直ぐに平静を装って社交辞令を口にする。そのわずかな間で、遊はこれから起こる出来事を瞬時に理解した。それは遊だから出来た予測と言う訳でなく、特に訪問者の服装が特徴的であるからだ。

 紺色を基調としたジャケットにスラックス、胸には無線機を吊り掛け、誰もが知っている金色のエンブレムが付いた帽子、その正体は──

「私警察の者でね、ちょっとお話いいかな?」

 訪問者は中年の筋骨粒々とした警察官だった。付近にはパトカーが停車しており、その中にもう三名の警官が見える。話を聞くだけと言った割には同行を視野に入れた、否、同行を前提とした人数だろう。

 無闇に引き伸ばしたところで、状況は悪化すれど好転する事はない。遊は少しの間を置き「分かりました。」と了承した後、極力扉を開け放さない形で外へ出て扉を閉めた。それは結夢達に余分なことを言われない為、そして余計な事を知らせない為に。

「ありがとう。少し質問に答えてもらいたいんだけど、五月六日に君の通う天隋士高校で謎の爆発や火災があったのは知ってるかな?」

「…………えぇ、話は聞きました。」

「その日の爆発の後、君を目撃したと言う情報が入っているんだけど……志神くんはその時何をしてたか教えてもらってもいいかな?」

 正直分が悪い、意地が悪い……遊は素直にそう思った。リスクを負ってまで学校で事を起こしたのは、こう言った理由があったのだろう。一般人である栞を誘拐してまで事を起こしたのは、こう言った理由があったのだろう。

 この警官は言った「爆発の後君を目撃した」と。悪魔の事は伏せているのだろうが、爆発の後ならば遊だけでなく栞もいた。栞の事さえ伏せている理由は恐らく警告……"ついてこい"と暗に言っているのだ。ならばここからの問答は無意味、適当に切り上げ大人しく同行、もとい連行されるしか無いだろう。

「どうでしょう?よく覚えてませんね。」

「数日前の事なんだけど、全く覚えてない?」

「思い出せません。」

「そっか……立ち話もなんだし場所を変えようか。同行願えるかな?」

「えぇ分かりました。その前に電話をしてもいいですか?今日は知り合いが来る予定でしたので。」

「あぁうん、どうぞ。」

「ありがとうございます。」

 許可を得ると遊は早速スマートフォンを手に電話を掛ける。しかし、勿論約束など無い。

『え、遊くん?どうして電話なんか…。』

「いやちょっとな。悪いけど正面の奴に電話を変わってもらえるか?」

『しょ、正面?うん、分かった。』

『もしもし志神?何だよ電話なんて。』

「あぁ悪いんだけど、今日は予定が出来たから家に来る約束は無しにしてくれ。」

『は、え?何を言って──』

「ほんと悪い、とりあえず家を出なくていいからな。」

『………………志神。』

 何かを察した結夢は静かに遊の名前を呼んだ。ただ、それは承諾ではなく明らかな沈痛の声。不幸が待っているであろう道を進む遊に対する「待って」の言葉を飲み込み、心の痛みと不甲斐ない悔しさに歯を軋ませていた。

 聞くに耐えなかった。電話越しでも容易に想像できてしまう結夢の表情から逃げるように、遊は『じゃあな。』といって通話を終わらせる。

「終わりました。じゃあえっと……そこのパトカーに乗ればいいですか?」

「そうだね、後部座席に乗ってくれる?」

「分かりました。」

 一度玄関へ向かい施錠をすると、遊は不気味なほど平然と、異様なほど平静と後部座席へ乗り込む。その際一度上空へ目をやり、隠れて様子を見ていた悪魔へアイコンタクトを送った。果たしてその意味は何だったのか。



 志神家のリビング。通話の切れたスマートフォンを、下唇を噛みながら握りしめる。不自然な電話に不自然なやり取り、そして結夢の反応を見て、その場の全員が嫌な予感を沸き上がらせるには十分だった。

「結夢ちゃん……遊くんは何て?」

「家から出るなって…。」

「家から出るなって……どうして?それに遊くんは何処に行ったの?」

「分からない…。」

「分からナイってドウ言う事ですカ?」

「分からないもんは分からないんだよ!くそぅ……また志神は一人で勝手に…。」

 悲痛な呟きが妙に鮮明に響く。今にも泣き出してしまいそうな結夢の姿に、これ以上の質問や詮索は憚られた。遊が何処へ行ったかは検討もつかない。しかし、誰によってかの検討はついている。結夢は全容を知っているであろう者へ声を掛ける。

「ハル……志神は何処に連れてかれたんだ?」

「……答えられません。」

 ハニエルの回答に結夢は歯を軋ませた。それは悔しさ等ではなく、明らかな怒りである。大体の察しがついているからこそ、凡その結末が分かっているからこそ、その怒りは急激に沸点へ到達しうるのだ。しかし結夢はどうにか自身を諌め、拳を震わせながらも再度ハニエルへ質問を投げた。

「どうして答えられないんだ?」

「知ったら結夢にも被害が及ぶ可能性があります。」

「……だから何だよ?」

「だから……ですって?結夢、被害と言うのは軽いものではありません。最悪命に係わ──」

「だから何だよ!!!」

 限界を迎えた。予想通りの結末を示唆する発言がハニエルの口から発せられたのだ。当然我慢など出来るわけがない。

 初めて向けられた結夢の怒気に、ハニエルは体を硬直させ何も言えずに目を見開く。当然結夢の怒りはそんな怒声一つで収まるわけもなく、掴みかかる勢いで固まるハニエルへ捲し立てる。

「つまりだ!今志神が同じ状況にいるって事だよな!?私のは可能性!志神のは確実!だったら考えるまでもない!さっさと教えろハル!志神は何処に!誰に連れてかれた!?」

「ゆ、結夢……少し落ち着いて下さい。」

「そんな余裕あるわけないだろ!今の私には落ち着く時間すらも惜しいんだ!」

 机を叩いて怒りを顕にする。鬼気迫る表情にその場の誰もが何も言えず、一様に悲しい表情を浮かべて結夢を見つめていた。当然遊の身を心配しているのは結夢だけではない。栞も、ミーアも、凛華でさえも遊の身を案じていたのだ。そう、事情を知らない凛華までも。

 結夢は落ち着くべきであった。事情を知らずとも遊の身に"何か"が、そして"天使により"起きている事は容易に理解できる。凛華が疑問を抱くのに、その疑問を投げ掛けるのは自然なことだった。

「結夢先輩……一体何が起こってるんですか?」

「あっ、え…。」

「遊先輩に何があったんですか?どうしてそれを天使に聞いているんですか?」

「それ、は…。」

 今更「何でもない」と誤魔化す事は不可能だろう。しかし、事情を話す事もできない。話せば凛華をも巻き込んでしまうからだ。

 凛華に詰め寄られ少しばかり冷静さを取り戻した結夢は、続けてハッとしてミーアへ視線を移した。何故ならば、ミーアは遊が天使から狙われている事をメルケヤルから聞いていたが、結夢はミーアが聞いている事を知らない。天使を連れ、そして友好的であったが故にその事を失念していた。つまり、ミーアに余計な事を教えてしまったと考えたのだ。

 先程とは違う焦りに煽られた結夢が、ほぼ無意識に向けた視線の意味を瞬時に理解したミーアは、今の空気を壊す為、結夢に詰め寄り凛華に乗っかる事にした。

「ワタシも気にナリます。結夢は何を知ッテるんでスカ?シカミューさんの身に何ガ起こっテルンですか?」

「え、と、それは…。」

 適当な答えが出ず狼狽する結夢。そこに無鉄砲な怒りは無く、良い意味で焦りに振り回されている様だった。怒りで頭に血が昇るより、失言で血の気が引いた方が好都合。

 ミーアは吃音的な声を出している結夢へ笑顔を向けた。それは優しさに満ちたもの……ではなく悪戯な笑み。そんなものを突然向けられた結夢は堪らずキョトンとする。そして、ミーアはそんな結夢の反応を見ると「それジャア」と言い一度目をつむり、詰め寄っていた体を離して続ける。

「シカミューさんを助ケル算段を立てマスか!」

「……え?」

 当然結夢は更に呆けた顔になる。何を言っているか分からない、言わずとも伝わるそれは正に、口ほどにものを言っている。

「どうシタんですカ結夢?」

 すると、またも悪戯な笑顔を向ける。結夢は完全にミーアに呑まれ、緊張の糸が切れた様にも感じてしまう場の空気は、段々と状況を飲み込み始めた結夢に冷静さを戻す。それこそミーアの狙いだったのだ。

「ありがとうミーア。それに……ごめんなハル、皆。」

「私は大丈夫です、結夢の気持ちは理解できますから。」

「さあさ、デハ状況を整理しまショウ!今カラの話を聞いたラ久留サンの身に危険が起こるカモ知れまセン。それデモ聞きますカ?」

「…………聞きます。私だけ除け者なんて許しません。私だけ除け者なんて許されません。」

「そうデスか……デハ簡単に状況を整理しマス。まず久留サンの為に前提ヲ話してオキますと、シカミューさんは天使に命を狙ワレていまス。そして、シカミューさんが天召したのは悪魔デス。何を言っていルカ分からナイかもしれまセンガ、どうニカ納得してくだサイ。」

「……分かりました。」

 凛華に驚いた様子はない。納得したフリではなく、ミーアの言葉を理解し、その上で納得している様だった。元々感付いていたのか、衝撃が大きすぎて麻痺しているのか、はたまた別の理由かは分からないが、話が順調に進むならばと、そこを掘り下げる事なくミーアは話を続ける。

「さて、分カッテないのはシカミューさんの現状デス。メルケヤル……答えてモラいますヨ?」

「う、しかし…。」

「シカシもヘチマもありません。さすがのワタシも結構キてるんですかラネ?」

「……いいですメルケヤル。私が答えます。」

「ハニエル…!」

「信用のためにも仕方ないでしょう?」

 やれやれと言った様子で、ため息と一緒にハニエルがメルケヤルの前へと出る。メルケヤルはごねていた分やはり言うのは反対らしいが、それでもうつ向くだけで何も言いはしなかった。「もう勝手にしろ」とでも言いたげに。

「志神遊は今、警察車両に乗って移動しています。」

「え、警察?」

「クシエルとの戦闘によって天隋士高校に大きな被害が出ましたが、その日に志神遊の目撃情報があったと言う事で同行を強要されました。」

「そ、そんな!遊くんは僕を助けるため……それに元は天使が…!」

「元から狙いだったんですよ。クシエルが失敗したときの保険としてですが。」

「もしかして、あの日ハルの様子が変だったのって…。」

「そうですね、言い出すべきか迷っていました。志神遊から責められたら恐らく話していたでしょう。だからここには来たくなかったんです。」

 結夢はその日を思い返す。遊からクシエルの説明は受けていたが、それを踏まえても確かにハニエルの様子は不自然だった。何故なら、ハニエルは"何も言わなかった"からだ。

 ハニエルはどんな事でも必ず理由を言っていた。ザドキエルの事も、天界の事も、魔力の事も、ハニエル自身の事も……どんな事でも話す理由、話せない理由、話した方が良い理由、話してはならない理由を付けていた。濁される場合もあったが、ただ濁して終わることなど無かった。それをその日に限り、理由を一切教えてはもらえなかったのだ。

 葛藤の最中さなかだったのだろう。天使としてか、味方としてか。しかしそれを責めることは出来ない、今はそれに気を取られている場合ではない。結夢は視線を送りハニエルへ続きを促した。

「話を戻します……志神遊は警察署へは行きません。」

「強要だったとしても形は任意同行なんだろ?警察署以外どこに行くんだよ?」

「これはかなりグレーな手段です。天使が指示を出して一市民を人気の無い山へ運ぶんですから。」

「お、おいおい待てよハル、その言い方じゃまるで…。」

「その通り……そこで志神遊を"殺害"するつもりです。」

 突然の単語、"殺害"。日常からかけ離れた単語が冗談ではなく、冗談にもならず出てきた。その場の誰もが口を挟めず息を止める。こうなる予想はしていたのか、ハニエルは一度全員を見回すと、再度話を続ける。

「当然悪魔が邪魔をするでしょう。だから少しでも被害や目撃者の少なくなる山を選んだんです。」

「ちょ、チョッと待ってくだサイ!シカミューさんはソレを知らずニ同行を許可シテしまったっテコとですカ!?」

「いいえ違います。」

「ち、違ウ?何が!何が違ウンですカ!」

「志神遊は恐らく分かっていました。分かっていた上で何もしなかったのです。」

「それは……マクアが助けてくれると思ったからなのか?」

「分かりません。悪魔は助けに入ると思いますが、それでも人間はあまりに脆い生き物です。事態は貴方達にとって最悪の結果になる可能性が高いでしょう。それに、貴方達に及ぶ危険は既に目を背けていられない所まできています。志神遊がその事を知り、更に私たちの計画を理解した上でついていったとなると…。」

「まさか…。」

「薄々感じているかと思いますが、志神遊の価値観はただ一点、大きく狂っています。」

「狂っテ………っ!」

「そうです、あの人間は…………自身の命に価値を持っていません。」

 凛華を除く全員が思い当たった。遊の行動の中には常識を逸しているものが多い。特に誰かを助ける場合は。

 それは、誰かに危険が及んでいるから助ける──そんな慈善なものではない。それは、危険に晒されている者が大切だから助ける──そんな綺麗なものではない。遊の行動は……自身の命を度外視しているからこそ出来る凶行だった。

「どうして……遊くんはまた…!」

 栞は拳で机を叩き激情を表す。妙に静かなリビングに衝撃音が大きく響いた。普段大人しい栞の行動に、結夢とミーアの二人は思わず栞を見るが、その気持ちは大いに分かる。同じ気持ちだった。だからこそ歯がゆく、だからこそ悔しい。

「志神遊を救うにしても移動手段がありません。どちらにせよ結果を待つしかないでしょう。」

「車ナンてメルケヤルが言えバ誰でも貸しテクれますヨ!」

「ならば運転はどうするのですか?まさかその貸してくれた人間を巻き込む気ですか?それとも乗り方も交通ルールも知らない自分達で運転をしますか?」

「う、グ…。」

「それに貴方達が行ってどうなります?私たちがいると考えても、メルケヤルは権能が使えない。私は志神遊との一件で権能を多用した為あと数回、それも数人程度にしか効果を及ぼせません。どちらにせよ足手まといになるだけです。」

「じ、じゃあ…。」

「どうするんですか?先の話で分かる通り相手は国家ですよ?大きな動きは出来ないにしても、警察や自衛隊に助けを求められないだけで十分絶望的です。」

 全てを否定し有無を言わせない。正論である事もそうだが、何よりもハニエルの雰囲気、口調が酷く厳しい事が原因だろう。それは天使の計画を幇助ほうじょしている訳ではなく、純粋に身を案じているようにも思えた。

 消沈した結夢、栞、ミーアの三人が何も言えず俯く中、何故か凛華だけはハニエルを睨んでいた。その目は様々な感情が渦巻いており、殆どが負に寄った感情ばかり。

 それにいち早く気付いたのは結夢。目の端に拳を握りしめて震える凛華の腕が映ったからだ。

「どうしたんだ久留?何でそんな怖い顔をしてるんだよ。」

「………………………。」

「なぁ久──」

「結夢先輩は……遊先輩の元へ行けたとして、どうしますか?」

「そんなの、助けるに決まってるじゃないか。」

「どうやってですか?」

「それは、分からない……けど…。」

 気持ちはある、意気込みもある、しかし考えが無い。最も致命的で最も愚かな点だろう。諦めきれないからと言ってしまえばそれだけの事で、それほどの事だ。それは結夢だけでなく、栞もミーアも同じ気持ちだった。

 そんな三人の姿を見た凛華は、一度ため息を吐くと、真剣な顔つきで結夢に三本の指を立てた。

「三つ、約束してください。」

「約束?」

「一つは危なくなったらすぐに逃げること。」

「く、久留?」

「二つ目は私の指示に従うこと。」

「おい久留!一体どう言う──」

「三つ目は私に質問をしないこと。」

「っ!?」

「この三つがもし呑めないならこの話は終わりです……どうしますか?」

 口振りからするに、移動手段が確保できると言っているのだろう。到底信じられる事ではない上、無関係な人物が巻き込まれる様な事態は避けたい。しかし、巻き込んではならない事など凛華も重々承知している筈だ。どんな手段を持っているか検討もつかないが、今は藁にすがるしか道はない。それに、凛華には何かがある。前から感じていた僅かな違和感が。

「…………分かったよ久留。」

「そうですか……じゃあ栞さん、スマホを貸してくれませんか?」

「え、ぼ、僕の?」

「久留、スマホなら私のを貸すぞ。」

「いいえ、栞さんのじゃないとダメなんです。だから栞さん、貸してください。」

「う、うん……わかったよ。」

 一度礼を言うと、スマートフォンを受け取った凛華はリビングを出ていった。何やら話し声は聞こえるが、聞き取れる程ではなく、そも、そんな余裕もなく結夢達は凛華が戻るのを黙って待つ。

 三分ほど経過したところで凛華はリビングに戻り、借りていたスマートフォンを栞へ返した。

「……さて、話はつきました。五分ほどで車が到着しますから、皆さんは準備をしてください。」

 その言葉に、否、凛華の言動全てに誰もが疑問を抱く。しかしそれは許されない。出かかる疑問を飲み込み各々は準備に取りかかった。準備と言ってもこれと言った物はなく、ただ護身用になりそうなものを身に忍ばせるだけで、五分と短い時間の中で一番時間を割いたのは、心の準備だった。


 凛華の指定した時間になると志神家の玄関から音がした。それは明らかに扉を開く音、そして誰かが近づく足音。すぐに警戒して各々護身用に持った武器を構える結夢達だったが、凛華が静かにそれを制す。

 足音がリビングの扉前で止まり、今度はドアノブがカチャリと音を立てて回る。扉が開かれ緊張が走るリビングへ入ってきたのは、思いがけない者だった。

「お~す、話は聞いたぜ栞。んじゃさっさと出発するぞ。」

「か、鐘さん!?」


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