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天使の所業  作者: ふたつきひみつ
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ミーア・ワーグナー

「………………は!?え!?何で!?」

 予想外の転校生の姿に、結夢は思わずその場に立ち上がる。教室に椅子の倒れた音が響き、クラスメイトは一斉に結夢を見たが、当の本人はそんなこと気にしていられない。

 恐らくの原因である遊に視線を送ると、完全に我関せずな態度で窓の外を眺めていた。仕方なく栞の方へ向き直ると、栞は少し怯えた表情でいる。無理もない。結夢は驚きに戸惑い、端から見ると怒っている様子だからだ。

「ど、どうして栞が!?」

「え!?あ、えと…ごめんなさい。」

 訳もわからず頭を下げた。自分に非があるか定かでないにしても、相手が怒っている(様に見えている)ならとりあえず謝るべき。争いを好まない栞らしい行動である。

「いや、別に謝らなくてもいいけど、そうじゃなくて!」

「は、はい!」

「あの、えと、何で!?」

「何でって…?」

「だからぁ!」

「ひぃ!」

「……落ち着きなさい、結夢。」

 声がしたかと思うと、ペチンと頭を(はた)かれた。それの威力は無いに等しいが、結夢を混乱から引き戻すのには十分効果的だった。ハッと我に返ると、やっと周りからの視線に気付き赤面しながら席に着く。

 一瞬騒然とした教室は静寂を取り戻し、教師は栞を席へ向かわせる……事なく続けて口を開いた。

「今日はもう一人転校生がいるんだ。おい、入って良いぞ。」

「ハイ!」

 教師の予想外の発言、そして廊下から響く活発な女性の声。一度に二名の転校生など前例の無い状況に、静寂を取り戻した筈の教室はまたも騒然となる。いくら他人に興味を示さない世だろうと、興味が"無い"訳ではないのだ。中には抑えきれない好奇心に、笑みを浮かべる者さえいた。

 勢いよく開いた引き戸から姿を表したのは、身長百七十センチの眼鏡を掛けた女性徒。絹のように美しい金髪を両側で束ね、惹き込まれそうな紺碧(こんぺき)の瞳が、暗と明で強調されている。眼鏡が良く似合う大人びた風貌であるが、それに反して女性徒の目はキラキラと輝やいており、いかにも留学生で新天地に興味津々です、と言った様子が見てとれる。

「じゃ、自己紹介を。」

「ハイ!ワタシはドイツから来ましタ!名前は、Mia wagner(ミーア・ワーグナー)デス!皆さんヨロシク!」

 堂々とした自己紹介、それに伴い態度も堂々。簡単に言うと、腕を組んで仁王立ち状態なのだ。何故か。

 ヨロシクと言ったわりに、全く宜しくない状態である。しかし、それは留学生ならば仕方がない。そも、驚きを示す者はいても、口を開く者はいないのだ。

 ──いや、それも間違いか。

 殆どの生徒は、声こそ出ていないが口は開いている。それは何故か、答えは簡単、ミーアの隣には天使がいたからだ。

 少年か少女か、中学生くらいの見た目の天使。中性的な顔立ちは、白銀の短髪、ストレートな胸部も相まって、どちらかは全くわからない。だが、分からないところで、その天使には"美"が付くことは明らか。美少年、または美少女。天使全集には総じて、醜悪な外見をしている天使は記載されておらず、どの天使も清らかな外見をしている。しかし、ミーアの連れている天使は、その中でもずば抜けて美しい。天使相手でも思わず見惚れてしまう人間もいるほどだ。正直、美の天使である筈のハニエルが薄れてしまう。

 ただし、ハニエルは優美であり、可愛らしさも含めた美しさ。対するミーアの連れている天使は、氷刃のような近寄りがたい美しさである。

 その天使は周りから視線を受けながらも、何故か終始仏頂面をしており、名乗る気配がない。そして、その視線に気付いたミーアは、一度天使へ目線を送ると、笑顔で生徒に向き直り口を開く。

「この天使のナマエは『メルケヤル』デス。二年前からワタシと共に過ごしてマス!」

 クラスが一斉に「は?」と言う雰囲気に包まれた。

 それも仕方がない、天召のルールは『年齢が十八歳以上』となっているのだ。2年前と言えば十六歳、誕生日が来ていなければ、十五歳の時点で天召を行っていたことになる。

 クラス中から一斉に視線を浴びたミーアは、人差し指を顎においてキョトンとしている。隣の天使──メルケヤルが肘でミーアをつつくと、「あっ」とした表情になった。

「え~と、コノ情報は国家機密デシタ。皆さん忘れテネ?」

 ニコっと満面の笑みを浮かべたミーア。お茶目では済まされない程度のカミングアウト、それでも笑顔を作れるミーアに対し、クラス中が得も言えぬ恐怖に包まれる。

 そんなミーアの暴露癖は茶飯事なのか、隣ではメルケヤルが仏頂面を崩し、頭を抱えてため息をついた。



 自己紹介も終わり、栞とミーアが指定された席へ座ると、HRは準備時間にも繰り越していた為、早速一限目の授業に突入する。

 先の自己紹介でミーアが馬鹿……(もとい)天然であるとクラスメイトは判断したが、その実寧ろ逆であった。

 授業において、出題に回答するのは指名制でなく挙手制であり、ミーアは嬉々として回答をしていく。一限目は現国、まだ片言なミーアには難しいだろうとする教師の予想とは裏腹に、(ことごと)くを正答して見せたのだ。堪らず「日本語はいつから勉強し始めたんだ?」と言った教師の質問に対し、ミーアの回答は「一昨日から」であった。

 これには、興味がありながら無関心を決め込んでいたクラスメイトも、またも一斉に視線を向けた。それが煩わしかったのか、メルケヤルが一度睨みを聞かせると、一斉に視線は外されたが。

 朝から怒濤の驚愕を見せる展開に、休み時間に入った途端、殆どの生徒は机に突っ伏してしまった。それほどまでに精神的疲弊が大きいのだろう。

 さてそんな中、殆どの生徒カテゴリから外れた僅かな生徒は、勿論遊、結夢、栞、そしてミーアである。

 遊は元々、自ら席を移動したりしない為、心細さから栞が、栞の登場で気分の戻った結夢がそこに集まった。

「うぅ~急に転校何て言われたからビックリしたけど、遊くんと同じクラスで良かったよぅ…。」

「あぁ、本当偶然だな。良かった良かった。」

「偶然なんて白々しいなぁ。栞の転校には志神が一枚噛んでんだろ?」

「さあな。」

「あと遊くん、一昨日はごめんね、怒鳴ったりして…。」

「いや、謝らなきゃいけないのは俺の方だよ。栞の言う通りだったし、俺はそうする事によって逃げようとしてたんだ。ありがとう。」

「う、うん。」

「な、何だ何だ?志神と栞のただならぬ雰囲気は?私だけ仲間外れか!仲間外れなのか志神ぃ!」

「おわ!ど、どうしたんだよ急に。」

「ホッホ~ウ!シカミューさんは中々やり手デスネ!こんな可愛い子タチをかこうナンテ!」

「待て待て待て、何かひどい誤解が生まれてるぞ。」

「アレ?でもどうして栞サンは男子の制服をキテいるんデスカ?」

「え!?そんなぁ……ぼ、僕は男だよぅ…。」

「ソウなんデスカ!?はぁ~にしてハ可愛すぎますネ。」

「それ、褒めてないよね。」

「おぉフィラー、訂正しマス。栞サンはアレですね。そう、うん……アレ?」

「結局訂正は出来ないみたいだな。」

「酷いよ~。」

「「ははははは!」」

「──ちょっと待ったぁ!!!」

 栞の反応に、ミーアと遊が堪らず声をあげて笑うと、それを遮るようにして結夢が前のめりに割り込んできた。

「え!?何で!?何でそんな自然に接してるんだ!?志神!栞!ミーア…ちゃん…。」

「あ、ワタシの事はミーアでいいデスヨ。」

「あ、おう、分かった。私の事は結夢って呼んでくれ……じゃなくて!」

「ハイ?どうしマシタ?まるで、『自然に会話に入ってキタ転校生に対して、シカミューさんと栞サンがこれマタ自然に対応してイルので自分がオイテケぼりになってしまっているカラ、慌てて割って入った』ミタイな反応シテ?」

「一から十まで大正解だよ!」

「でも、正直なハナシ……シカミューさんと栞サンの、あまりにノリの良い対応にスコシ引いてマス。」

「引いてんの!?」

 正直すぎるミーアにツッコむ結夢を他所に、遊は確かにと頷く。人見知りの筈の栞が、ここまで平気に話せるのは驚きだった。

「栞が初対面でこんな話せるのは驚いたな。」

「ミーアちゃんとは今朝顔を会わせて、色々お話したんだ。それに、環境が変わるから僕も変わらなきゃって。」

「そうか……頑張れよ。」

「うん!」

「って、言ってるそばからまた良い雰囲気に!何故だ!?まさかの栞がライバルなのか!?」

「フゥ~ン……ナルほどナルほど、結夢はワカリやすいですネェ。」

 結夢の発言に対して何か(と言っても白地(あからさま)だが)を読み取ったのか、ミーアはニヤニヤと顎に手を置いて意味深な視線を送る。

 気付いてしまったぞ、とでも言いたげな内容に、結夢はハッと口を手で塞いだがもう遅い。ミーアの笑顔は悪戯なものを含み、そっと遊の背後へと回り込む。そして、一際ニヤァと口を歪ませると、次の瞬間遊へ思いきり抱きついた。

「おわっ!」

「ウーン、シカミューさんは中々引き締まった体ヲしてマスねぇ。運動は結構得意ソウ?それにタシカ成績は学年一位ナンですよね?いやぁ~ワタシ、シカミューさんに興味津々デス。どうデス?放課後一緒に親睦をフカめませんカ?勿論二人で。」

 遊の頬に指を伝わせ、最後の言葉は吐息がかかる距離、耳元でそっと囁く。更に、豊満な胸を背中に押し当て、弾力を感じさせるよう細やかに前後左右へと動かす。明らかに誘っている様子は、ひどく蠱惑的だ。

「あわわわわ、わわわ、わわわ、わわわわ!」

 そんな光景を見せられた結夢は堪ったものではない。口をパクパクとさせ、吃音症の様に言葉を紡げないでいる。

 思春期真っ只中の男子には、ミーアの行動は正にウィークポイント。こんな誘いを断れたら、その男は精神がイカれているか、男色の変態か、そして…………"志神遊であるか"のどれかだろう。

 遊は人差し指をミーアの額に押し当て、離れるよう突き押す。

「おっトト…。」

「悪いけど遠慮しておく。親睦を深めるなら、栞や紫野月も一緒に頼むよ。」

「ムゥ、中々ガードの固い殿方デスネェ。」

 照れ隠しでもなく本気で言っている遊から、ミーアはそう呟いて抱いていた腕を離した。間もなくスッパリ断られたのは、女性として多少なりともダメージを受けたのか、離れた際のミーアは少し不機嫌そうであった。

 一方結夢は、涙目で真っ赤になりながら事の成り行きを見守っており、断った遊の姿を見て、ホッと胸を撫で下ろす。直ぐに袖で涙を脱ぐいとり、腰に手を当て堪った不安を吹き飛ばすかの様に笑う。

「あっはっはっは!残念だったなミーアぁ!」

「ウウム、人の不幸を笑うトハ、結夢も中々酷いデスネ。」

「それはお互い様だろ?」

「タシカに。でも、コンナ美人からの誘いを断るトハ、シカミューさんは男色ナノでは?」

「う、それは否定できないな。」

「本人を前に不吉なことを言うな。」

「「イタっ!」」

 進行形で自信の名誉を傷つけられていた遊は、両名に対してデコピンを繰り出した。

「ちゃんと健全に興味は有るって。でも、さっきのはミーアが冗談で迫ってきたから断ったんだよ。」

「ジャあ、真剣に迫れば受ケテくれたンデスカ?」

「真剣に検討した後、真剣に断ったな。」

「ウゥ、酷いデス。」

「遊くん、それはミーアちゃんに興味がないって言ってるのと同じだよ、もう少し言葉を選ぼうよ。」

「ん?興味はあるぞ?寧ろ津々だ。」

「「「ふぇ?」」」

 まさかのカミングアウトに、その場にいた三人は気の抜けた声をあげた。そこで斬り込み時と言わんばかりに、遊は一度ニヤリと笑うと、攻めの一手を口にした。

「そうだな、例えば…………どうして天召をしているのか、とか。」

 到底この場で聞くべきではない話題に、その場にいた三人だけでなく、マクア、ハニエル、仏頂面を崩さなかったメルケヤルさえもが驚きの表情で遊へ振り向いた。

「何驚いてんだよ。こんなの皆思ってる事だろ。」

「あー、シカシ…。」

「国家機密か知らんけど、中途半端な情報は余分な憶測を生むぜ?もしかしたら、真実の先、くるまれてた闇までもが明るみに出るかもしれないしな。」

 ミーアの方へ向いてそう説明するが、その実、遊の言葉はミーアではなくメルケヤルへ放っていた。遊の持っている情報は既に、天使にとって不利益となるものが揃っている。ただ、それを裏付ける証拠がない。例え言いふらしたところで、妄想、絵空事、机上の空論と片付けられるだろう。

 しかし、だからこそ賭けた。もし通用すれば、天使は遊がどこまでの情報を持っているか把握していない事になる。そして、多用は出来ないにせよ、何度かの交渉材料にも化けるのだ。ただし、交渉の回数や内容に比例して、遊の身の危険が上昇する。故に賭けである。

 ミーアは吃りながら何度もメルケヤルへ視線を送る。メルケヤルは暫し考えた後、遊を睨み、歯を軋ませ、怒りを顕にしながらも口を開いた。

「国家機密としているものの、これは国ではなく我々天使で決定した事だ。ワーグナー家は由緒正しき血統であり、ミーアもその才を十分受け継いでいる。万事を想定し、二年前特別枠として秘密裏に天召を行わせた。」

 初めて聞いたメルケヤルの声は、容姿と同じく中性的なものだったが、口調はそれに似合わず堅苦しいものだった。

 駆け引きの末、口を開かせることに成功したものの、結果メルケヤルの発言からは"何も読み取れない"。一見、国を巻き込んだ天使の計画が浮かび上がっているが、そも、天召は天使からの許可が必要であり、国が独自、独断で出来ることではないのだ。ミーアが二年前に天召を行ったと言った時点で、遊はそこまで読み取っていた。

 更に、遊がどこまでの情報を持っているか把握していない故に、下手な発言をしないよう重要な部分は霞ませている。だからこそ霞の様に、見えても掴めない情報ばかりの為、何も読み取れない。

 しかし、遊は一点の重要な情報を聞き逃さなかった。直ぐにミーアへ向き直り、疑問を投げ掛ける。

「ワーグナー家の血統って何だ?」

「ん?あぁソレハ多分家業の事デスネ!」

「家業?」

「ハイ!ワーグナー家は代々、農業ヲ副業とシテ、別に本業を持ってるンデス。」

「それは何なんだ?」



「………悪魔祓い(エクソシスト)です!」



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