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天使の所業  作者: ふたつきひみつ
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思い出になる

 目を覚ますと、そこは辺り一面真っ白な世界だった。どこまでも白く先が見えない。何もない、誰もいない世界。気が付くと、そんな中に遊は一人佇んでいた。

「何処だよ……ここ。」

 思い当たる節はない。また輪廻した魂の記憶だろうか……そう考えた遊の予想はいとも簡単に、絶望的な展開で打ち砕かれる。

「お~……みぃ…!」

 突如背後から人の声が聞こえた。それは女性の声であり、馴染みのある声。そしてそれと同時に、タッタッタッとリズミカルに地面を蹴る音も耳に届く。察するに、誰かが遊の元へ駆けて来ているようだ。

 特に慌てる様子もなく、ゆっくりと振り返ると、前方六十メートル程の位置に黒い影が見えた。その影の姿は段々と鮮明に見てとれ、声は明瞭に聞き取れる。

「お~い志神ぃ!」

 結夢だ。手を振りながら、万勉の笑顔で遊の元へ向かって来ている。

 見知らぬ場所、存在し得ない場所、そこに結夢と遊だけ。ならばこれは夢なのだと、遊がそう答えを出すまで時間は要さなかった。

 夢とは何でもありの世界。但し、自分の意思は一切受け付けられず、自身の無意識が主導権を握っている。今回はどこまで非現実が顔を出すのか、期待と恐怖が五分五分の遊であったが、結夢の一言により、迅速に恐怖十割と変換される。

「お~い志神ぃ!私の手料理まだ残ってんぞ~!食ってくれよぉ!」

「御免被る!」

 結夢が手を振るのと反対の手には、忌々しきポタージュ入りの器が持たれていた。遊は驚きに一瞬硬直したものの、すぐに切り替え踵を返す……事は叶わなかった。

 まるで地面に固定されているかのように足が動かない。足元をみてみると、地面と靴の裏の境が無く、完全に一体化している。

「な、何だこれ!」

 何度か力を踏ん張ってみたが、一向に動く気配はない。その間にも、劇薬(ポタージュ)を持った結夢は万勉の笑みで接近している。追い詰められて危機一髪。そんな時こそ初歩的な解決を忘れ、そんな時こそ冷静になれるのが遊であった。

「そうだ……靴を脱げは!」

 地面に固定されている分靴を脱ぐのは容易だ。即座に靴を脱ぐと、素足のまま脱兎の如く走り出す。幸い地についた足が地面と張り付くことは無かった。

 体力には自信がある。いくら結夢とは言え相手は女子だ、長期戦なら負けないだろう……と、考えた遊だったが、夢の中で体力と言う概念が通用する訳がない。そも、夢とは何でもありなのだ。有利であればとことん有利、不利であればどこまでも不利。今回は後者。つまり、逃げ場は無い。

「へぶっ!?」

 突如何かにぶつかった。全力で走っていた分の勢いが全て返り、鈍器で殴られたような衝撃が遊を襲う。

 涙目で鼻血を垂らしながらその何かを探ってみると、どうやら見えない壁がそこにはあるようだ。しかし、悠長に壁の範囲を探っている余裕は無い。背後からは着々と結夢(死神)料理(カマ)を持って接近しているのだから。

 前後がダメなら残るは左右。どちらが良いか考える間もなく、遊は一歩目からトップに乗り右側へ駆け出した。

「へぶっ!?」

 二度目。まさかの二度目。鼻を打ったため、ついに涙が流れる。恐らく、原因はそれだけでは無いだろうが、そんな事はどうでも良い。

 なぜなら──結夢が追い付いてしまったからだ。

「つーかまーえた!」

(あぁ……グッバイマイライフ。)

「全く、何で逃げるんだよ?」

「殺人鬼が来たら逃げるのは当たり前だろ?」

「あ、もしかして照れてんのかぁ?」

「いつもの話し聞かないスタンスか。」

「まぁ、それもここまで!残った分は…あの~………わ、私が…食べ食べ食べさせてや、ややるよ…!」

 頬を染めながら、恥じらいながらそんな事を言った結夢。しかし、その仕草とは裏腹に、遊の胸ぐらを掴み、見えない壁に押さえ付けた。そして、スプーンで一口分を掬う事もせず、器ごと大きく振りかぶる。

 どうにか解放されようと、両腕で結夢が抑えんでいる腕を外そうとするが、何故かビクともしない。この夢の流れには逆らえない……そう悟った遊は、強がりに引きつった笑顔を浮かべて僅かな反論を(こころ)みる。

「あはは~おかしいなぁ。食べさせるって、そんなアクロバティックな動きだったっけ?」

「照れるなよぉ。何だかこっちまで恥ずかしいだろ。」

「そっかぁ、じゃあやめよ?放そ?一度落ち着いてから解決策を考えよう?」

「ふふふ……志神が照れるなんて嬉しいなぁ。」

「紫野月?紫野月さん!紫野月様!?頼むから!()めて許して解放してぇ!」

「これは俗に言う『はい、あ~ん。』ってやつだな!」

「おかしいなぁ!俺の知ってるヤツとは違うなぁ!」

「じゃあ行くぞ志神!」

「来ないでくれ紫野月!」

「はい……あああぁぁぁぁん!!!」

「うあああぁぁぁぁあああぁぁ!!!!」




「あああぁぁぁぁああ…………あ、あれ?」

 遊は叫んでいる間に違和感に気づいた。先程まで立っていた筈が今は見慣れた天上が見え、目に映る景色は色に満ちている。つまり、現実に戻ってきたのだ。

 しかし、当の遊は悪夢のショックが大きく、上体を起こすと、周りを見回しては混乱している。すると、遊の手を取り心配そうな顔で覗き込む人物が一人。

「……遊くん大丈夫?」

「栞……あぁそうか。俺ってどのくらい意識失ってたんだ?」

「十分くらいだよ。」

 栞の姿を見ると、混乱していた頭が妙に落ち着いた。遊の中では栞に心配をかけまいと、無意識のうちにブレーキや虚勢がかかる様になっているらしい。

 状況を理解すると、遊は今回の事の発端を探すことにした。勿論結夢の事だ。ハニエルも共犯の筈なのだが、悪夢の印象が強く残っており、遊の頭にはハニエルの事は完全にすっぽ抜けていた。

 玄関とリビングを繋ぐ扉。視線を感じてそこに目を向けると、結夢が申し訳なさそうに覗いていた。しかし、遊と目が合うとすぐに引っ込んでしまい、後ろめたさから素直に出てくる事は出来ないようだ。

「………………紫野月。」

「ひゃい!」

「来なさい。」

「ま、まま待ってくれ志神!悪気はなかったんだ!良かれと思ってやったことなんだよ!確かに結果で言えば悪いことになったかもしれないけど……それでも私なりに一所懸命──」

「紫野月。」

「ひゃい!」

「来なさい。」

「ひゃい…。」

 必死に言い訳をする結夢に対し、淡々と無表情にそう言い放つ遊。怒っているのかいないのか、実の分からない圧力に結夢は観念して、言われた通り遊の座るソファーまで歩み寄った。

 (しば)しの沈黙。遊はジッと結夢を見据え、結夢は居心地が悪いのか、脂汗を流しながら目線を彼方此方(あちらこちら)へさ迷わせている。

「紫野月。」

「ひゃい!」

「お前が今からやるべき事は何だ?」

「あ、えと…あの~………………ごめん!迷惑かけてごめん!言い訳してごめん!浮かれて変なことして意地張って……本当にごめんなさい!」

 ガバッと勢いよく頭を下げた。拳を握り、唇を結び、目を瞑る。全身をプルプルと震えさせ、短い謝罪であっても全力であることは遊に伝わっただろう。

 そんな姿に遊はフッと笑顔を浮かべ、そっと口を開く。

「紫野月。」

「はい!」

 結夢が顔を上げると、遊はとても優しそうな笑顔を浮かべていた。慈愛に満ちたような、全てを包み込むような笑顔。そんな笑顔に結夢の心臓は大きく跳ねる。

 遊はソファーから立ち上がり、笑顔を崩さないままこう言った。

「……違う。」

「はい!…………へ?違う?」

「お前がやるべき事は謝罪じゃない。」

「謝罪じゃ…ない?えっと、じゃあ何をすれば?」

「簡単だよ………………自分の料理を食べるんだ(ニヤァ)。」

 突如遊の笑顔は変貌した。それは慈愛に満ちたものではなく、自愛で満ちた邪悪なもの。「絶対許さねぇからな?」オーラをここぞとばかりに放出した醜悪なもの。

(あららら!!?志神めっちゃ怒ってるよー!)

「あ、ははは……えっと、冗談?」

「本気。」

 そう言うと遊はキッチンへと姿を消した。これからの展開が予想できてしまった結夢は、ゆっくりと、然れど早くリビングから退出しようと試みる。が、それを分かっていたかのように、キッチンから遊の無慈悲な声が届く。

「ハニエル~紫野月が逃げないようにリビングの扉は閉めといてくれ。」

「分かりました。」

 すると、リビングと玄関を繋ぐ扉が勢いよく閉じる。姿を見せていなかったハニエルは、先程の結夢と同じように、リビングの扉付近で待機していのだ。それを察知していた遊は、ハニエルの後ろめたい気持ちをまんまと利用したのだった。

 勿論ハニエルも利用された事は理解しているが、それよりも何よりも、一口で意識を失う料理を食べたくないのだ。

「ハル!?え、ちょ!裏切ったなおい!」

「元より私は味方ではありません。」

「ハルぅぅぅ!!!?」

 愕然と膝をつく。淡々とした決別の言葉は、結夢にとって過去五本の指に入るショックだっただろう。

 魂の抜けてしまったような表情で呆とする結夢。しかし、そんな姿にもお構いなしと、器にポタージュを用意した遊が立ちはだかった。遊はスプーンで一口分を掬うと、その場にしゃがんで結夢と同じ目線の高さをとる。相変わらずその表情は邪悪だ。

 匂いだけは一人前なポタージュが鼻孔を擽る。そこでやっと結夢に感覚が蘇った。ただしそれは恐怖のみの一点。

「さぁ観念しろよ紫野月。大丈夫、一口だけで良いんだから。」

「う、うう…。」

「はい、あーん。」

「うわあああぁぁぁぁ!!!」



 白目を向いて意識を失った結夢をソファーに寝かせ、栞、悪魔、ハニエルは各々リビングで寛いでいた。と言っても、人見知りの栞はまだ悪魔とハニエルには慣れていないため、テレビを見ながらも横目でチラチラと気にしている。ハニエルは気付いていても特に何をする訳でもないが、悪魔はそれが鬱陶しいのか、たまに視線を会わせては睨み付けている。恐らく、全てがイラつきではなく、慌てて視線を逸らす栞の反応を面白がっている、と言うのもあるだろう。

 そんな栞の気が休まらない中、遊はキッチンで料理の後始末をしていた。折角の料理を捨てるのは勿体無いが、事このポタージュに関してはその域を越えている。主夫の血が責め立てるも、遊はそれ以上に考えなければならない事があった。それは、今後の栞の安全だ。

 クシエルの事は誤魔化したものの、それ故に動きにくい。誘拐も戦闘も全て訓練だったと伝えた為、これから先護衛や護身をつけさせる理由が無くなってしまったのだ。

(日常的に使って、携帯してても不審に思われなくて、栞でも扱える攻撃力のある物………何てねーよなぁ…。)

 ため息を一つ。クシエルの一件で敵の規模が絶望的であることを悟った。天使同士だけではない、警察、場合によっては国単位での規模かも知れない。もしかしたら事前に警察へ、"大きな音を出す"、"絶対に見るな"と言った情報を与えて牽制した可能性もあるが、それは著しく低いだろう。すると、公的機関は信用ならない。栞には、自身で身を守ってもらうしかないのだ。

(刃物は無理だし、ハサミは学校ならまだしも私生活で携帯しない。そも、近接系は栞には扱えないか…。)

 明日でGWは終了してしまう。対応を急がなければならないが、慌ててはいけない。一旦落ち着くためにお茶でも飲もうと、ヤカンに水を入れ火にかけた。その間に洗い物を済ませ、急須と茶葉を用意する。

 僅かにヤカンの口から湯気が出たら火を止め、出来たお湯を茶葉の入った急須へ少量入れ、一度蓋を閉じ茶葉を蒸らす。その後普通にお湯を入れて湯飲みへ注ぐ。この際急須を揺らしたりせず、自然にお茶が出ようにするのが遊のこだわりである。

 コポコポと音をたてて注がれるお茶は、飛沫を起こし遊の手の甲へ跳ねた。

「熱っ…!」

 咄嗟に手を引き危険区域から離脱させる。完全な条件反射であるが、遊は自分のとった行動に何か引っ掛かった。それは、疑問と言うよりは閃きに近い。暫くその場で固まり、やっとその正体に気付いた。

 片付けとお茶の準備を終わらせると、遊はキッチンの収納スペースの奥へ追いやられていたモノを持って、栞達が寛いでいるリビングへ向かった。



「お茶飲むか?っても、もう用意しちゃったけどさ。」

「ありがとう遊くん。」

「ふむ、折角だ。」

「私も頂きましょう。」

「……………………。」

 相変わらず結夢は意識を失っているが、既に心配している者は誰一人としていない。悲しいかな、因果応報自業自得。

 お茶を配り一息をつく。緊張していた栞も落ち着きを取り戻し、本題を達するべく遊は(おもむろ)に切り出した。

「そうだ栞?」

「ん、どうしたの?」

「栞は学校に水筒って持ってってるのか?」

「ううん、水分は登校前にペットボトルを買ってるかな。」

「そうか……いかん、それはいかんな~。」

 腕を組み染々と頷く。言葉だけでなく体を使うことにより、否定的な意見を尚更相手に伝える。そうすると、簡単に否定するだけの場合よりも、自身の言葉に対して相手の興味をひくことが出来るのだ。

 遊のジェスチャーもそれを目的としたモノだったが、如何せん演技臭い。しかし、栞がそこに不信感を抱くことはなく、まんまと遊の思惑通りに動いてしまうのだった。

「い、いかん?どうして?」

「そら毎日買ってたら勿体無いだろ。例え1日一本100円だとしても、土日抜いて大体一月二千円以上だ。」

「むぅ、確かに…。」

「だろ?そんな問題を解決するには~……これだ!」

 遊のキメと一緒に、机の上へドンッと勢いよくある物が置かれた。あまりに唐突な行動だった為、栞は一瞬体をビクつかせて怪訝そうな顔をする。

「急に大きな音出さないでよ、ビックリしたなぁ。」

「悪い悪い。ま、そんな事はさておき、栞の水分事情及び金銭面をサポートしてくれるのがコチラのお方……そう、水筒です!」

 自信満々と、遊が手で誇張したのは何の変哲もない水筒であった。誇らしげな顔をするのは良いのだが、先程から不自然なまでのテンションに付いていけない栞は、より一層眉間にシワを寄せていた。

 そんな栞をいざ知らず、遊は更に得意気な顔で説明を続ける。

「この水筒は、内容量500mlとコンパクト。保温性に優れ、飲みたい分を注ぐことのできるコップ式。これなら熱いお茶でも紅茶でもコーヒーでも、自分の好きな温度に冷まして飲むことができるんだ。そしてそして、何よりもこの洗練されたボデェエエエエ(高音)!!!水筒の側面には肩掛け紐が付けれるようになってるから、持ち運びも便利!紐を付けずにスタイリッシュに決めるもよし、肩にかけて初心に帰るもよし、一つで三度も四度も美味しい水筒。これは使うっきゃない!良し明後日から携帯しよう!な、栞?」

 栞に水筒を突きつけ最後にウインクで決めた。明らかに不自然な導入、紹介、テンションであるが、遊は全く気付いていない様子。勿論栞は呆気にとられ、反応を出来ないでいる。そして、遊の不自然さには悪魔とハニエルも栞と同じ気持ちの様だ。口をあんぐりと開け、信じられないモノを見るような目を向けていた。

 暫くすると、栞は何かに気付いたかの様にハッとした表情を浮かべ、途端に目を潤ませた。

「ゆ、遊くん!まだ料理の後遺症が残ってるんだね!?どうしよう、救急車を呼ばなきゃ!」

「おいおい栞、どうしたんだ急に。別に俺はいつも通りだろ?」

「自覚症状が無いなんて……僕が、僕がしっかりしてれば!」

「待て待て待て、本当に大丈夫だから。だから手に持った受話器を置け。な?」

「大丈夫じゃないよ!でなきゃ遊くんが、あんなクソみたいにふざけた詰まらない事言わないもん!」

「………………………………。」

「僕が……僕が悪いんだ。あのポタージュは遊くんが手を付けるまで食べないでおこう、なんて考えていた僕が…。」

「嘘だろ衝撃なんだけど!?てか、ちょくちょく腹黒だな!」

「え、今の反応……もしかして本当に普通なの?」

「え!?今ので確認になんの!?」

「やっぱりそうだ!後遺症に打ち勝ったんだね!良かった、良かったよぅ。」

「……………………え、えぇ~…。」

 半泣き状態で遊に抱きつく栞。いつも通りであったと思う遊にとっては何とも釈然とせず、引き吊った笑みを浮かべて微妙な返事をするだけであった。



 栞が落ち着きを取り戻し、遊が普段通りを取り戻した後、再度水筒を持つことの利点を上げ、どうにか納得させようとする。遊の言うことは一理あるのだが、どうしても先程の不自然さが栞は引っ掛かってしまい、二つ返事で了承することは出来なかった。

 それに加え、仕切り直して利点を説明された栞には、二つほど疑問が生じたのだ。

「…………と、まぁそんなこんなで、栞はこれから水筒を持ってくべきだ。」

「うん、それは分かったよ。でも……どうして"中身は熱い飲み物だけ"なの?」

「そんなの不審者にぶっかけるため…………ゴホンッ!冷えた飲み物は体に良くないからに決まってるだろ。」

「今物騒な事言わなかった!?」

「気のせいだ。」

「そ、そう?じゃあ、どうして"紐を取り付けられる水筒じゃないとダメ"なの?」

「そんなの不審者を殴り付けるため…………ゴホンッ!持ち運びに不便だからに決まってるだろ。」

「やっぱり言った!今絶対言ったよ!」

「……き、気の迷いだ。」

「それは遊くんの事を言ってるの?」

 と、栞の疑問は以上であり、遊の目的は異常であった。しかし、平時から携帯し、犯罪性がなく、手軽に手に入り、攻撃威力の高い物と言ったら、水筒がかなり有力なのだ。天使相手では通用しないかもしれないが、表立って誘拐などを仕掛ける場合は、人間が行うのが自然かつ安全だろう。ならば、水筒は護身用としての役割を十分に果たす。これが、どうしても栞に水筒を携帯してもらいたい理由であった。

 次はどう切り込もうか迷っていると、今まで黙っていた悪魔が唐突に口を開く。

「今回の訓練で、貴様は自己防衛能力が低いと判断されたのだ。」

「あ、え、マクアさん?」

「貴様はお人好し、臆病、非力、その上体力も無いだろう。故に自然な護身用武器として、水筒を携帯させろと命令が下ったのだ。」

 フンッとそっぽを向いて話を区切る。栞は悪魔の話を聞いて、分析には少し傷ついているが、理由には納得している様だ。その反面、遊はまさかの方向から来た助け船に、感謝や感嘆よりも前に驚きに固まっていた。

 遊の真意に気付いたのは「不審者に~」のくだりだろうが、そこから朝に言った訓練の話に繋げたのは、天晴れと言う他無いだろう。

 粗方納得している栞には、後一押して事は済む。折角の機会を無駄にしてはいけない。我に返った遊が、最後の一押しのために口を開いた瞬間、またも予想外の方向から言葉が投げ掛けられた。

「あのな栞──」

「訓練ってなんだ?栞が誘拐されたのは、天使が志神を殺そうとしたからじゃないのか?」

「っ!?…………紫野、月…!」

 いつの間に復活したのか、遊が振り返ると、結夢が不思議そうな顔をして首をかしげていた。しかし、結夢が首をかしげている理由は悪魔の発言にではない。確かに最初は疑問をもったが、その際自身の口を突いて出た言葉の方が、結夢にとっては理解不能だったのだ。

 何故ならば、結夢は昨日の件を"全く知らない"からである。

「あれ?私今変なこと言ったな。でも、ハルの様子がおかしいのはそれが原因か?」

「ど、どうしたんだよ急に……そんな事あるわけ無いだろ?」

 急な図星に明らかに狼狽してしまう遊。その様子を見て、結夢は自身の謎の発言が真実である確率を見いだした。

 そう考えた後の結夢の行動は速い。事実確認をするために遊……ではなくハニエルへ視線を合わせる。その瞬間ハニエルは明らかに動揺を見せ、堪らず視線を背けてしまう。結夢は確信を得、口を開くよりも早くハニエルの腕をつかみ、逃がさない為に引き寄せた。

「さぁハル、答えてもらおうか。勿論答えられませんは通らないからな?」

「う、うぅ…。」

「あと五秒以内に答えなければディープキスの刑だからな?」

「ううぅむむむ…。」

「一週間な?」

「結夢の予想は合ってます!その通りです!助けてください!」

「いや、だからそんな嫌がらなくてもいいだろぉ…。」

 自分で罰を出しときながら自分で落ち込んでしまう。しかし、ハニエルの発言で確証も得られた。すぐに切り替え、残りの説明を遊に詰め寄る。勿論、話を聞いていた栞も怒った視線を向け、遊へ説明の催促をしている事は言うまでもない。

「さぁ、もう話すしかないなぁ?志神ぃ?」

「遊くん…。」

「あ、いや……その…。」

「ハルが白状したんだ。言い逃れはできねーぞ?」

「遊くん、僕は怒ってるんだよ?」

「えと、あの………………はぁ、分かったよ。」


 それから、遊は昨日の一件の全てを語った。訓練の話が嘘であるのなら、悪魔は天使でない事も栞は見逃さず、それについても説明を要求された。

 疑わしい部分はハニエルに確認をとれば真実となるが、結夢と栞は確認をとらず、遊の言葉を鵜呑みにしている。それはある種の信頼であり、二人の気持ちを汲んだ遊は誤魔化すのは止めにした。

 説明は事実、実際に起きた事だけを伝え、憶測を話すことはしない。勿論事実だけでは空白に憶測を与えてしまうが、口に出さない限りそれが驚異になることはない。それは、"どちら"にとっても。

「これくらいか、俺が話せるのは。」

「そうか……まぁ色々疑問はあるけど、話さなかったってことは、私たちが知っちゃいけないんだろ?」

「その通り。てか、そこに気を使うならこの話も聞かないでくれよ…。」

「嘘をついたのは誰だ?」

「分かった分かった。俺が悪かった。…………まぁ、てな具合でさ、栞も納得してくれたか?」

「うん…。」

 誘拐は本当であり、(ちかし)い人間が命を狙われていた。悪魔が本物である事にも驚いたが、それを遥かに上回る衝撃に、栞は僅かに体を震わせている。無理もないだろう。命を狙われ生きている……ならば明日、もしかしたら一時間後、十分後にはまた狙われるかもしれないのだ。しかし、栞は自分が巻き込まれる可能性ではなく、遊が死んでしまう可能性に酷く恐怖していた。

「ま、暗い話は置いといて飯にするか。流石に腹減ったろ?」

 遊は立ち上がり明るく振る舞う。結夢の料理を食べるわけにもいかず、皆が空腹なのは事実。後ろめたさと気立ての良さから、結夢は遊の提案に乗っかることにした。

「そうだな、そうしよう!料理の手伝いなら任せてくれ!」

「……じゃあ紫野月は冷蔵庫係だ。俺が開けろって言ったら開けてくれ。」

「え……そんな重大な役割もらっていいのか?」

「おかしいなぁ!皮肉のつもりで言ったのに!」

「………………ふふふ、大丈夫だよ遊くん。僕も手伝うから。」

 二人のふざけたやり取りに緊張が和らいだ栞は、柔らかな笑みで楽しそうに笑う。それを見た遊と結夢は、良かったとばかりに顔を見合わせて笑った。

「よーし、栞には汁物とサラダを頼むかな!煮物も作りたいから、出汁は多目に取っておいてくれ。」

「分かったよ。ちょっと冷蔵庫の中確認するね。」

「おっと、私が任されたのは、志神が開けろと言ったら開けるだけだ。栞が言っても開けないし、開けたところで閉めないからな?」

「え、えぇ…。」

「紫野月~少しなら手伝ってもいいぞ。」

「っしゃおらぁ!任せろ!」

 不安を吹き飛ばすように、明るく騒がしく調理にはいる。問題の解決は全く出来ていないが、今この時間は掛け替えの無いものであると、思い出として焼き付けておこうと、遊、結夢、栞の三人はそう思った。



 もしかしたら、どこか予感がしていたのかもしれない……近い内、この三人で笑い合う事がもう出来なくなると言うことを…。



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