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天使の所業  作者: ふたつきひみつ
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味は二階級特進

 志神家のキッチン。料理をするだけでありながら、その場にいる二名──結夢、そしてハニエルの闘士は計り知れない。可愛らしいエプロンが甲冑ではないかと錯覚する程の気合、それは正に戦場へ(おもむ)く者のそれだ。

「始めますか……結夢。」

「そうだな……ハル。」

「先ずは道具と食材の確認を!私は道具を担当します!結夢は食材をお願いします!」

「よっしゃまかせろ!」

 言うが早いか、ハニエルは引き出しと棚、結夢は冷蔵庫と調味料置き場を確認する。

 調理器具にはこれと言って最先端の物は無い。鍋、包丁、フライパン……あるとしても圧力鍋程度だ。しかし、基本的な物は揃っている為、普通に料理をする分には問題無いだろう。反面食材は豊富だ。肉は鶏股肉と豚バラ肉が、買ったばかりの白トレーの状態で二つづつ冷蔵されており、野菜は根菜、葉菜、果菜、キノコ等の菌類も揃っている。調味料においても、料理におけるさしすせそだけでなく、バジルやオレガノと言った香り付け用の物まで充実していた。

 これだけあれば全く問題は無い……はずなのだが、確認した後の結夢とハニエルの表情は暗い。

「不味い……不味いですよ結夢。」

「あぁ……これは確かに不味いな…。」

「ここには"わたあめつくーる(商品名)"も"クッキー屋さん(商品名)"もありません!」

「ザラメもないしポップコーンの種も無い!」

「これでは料理が出来ません…!」

「志神は一体何を考えているんだ!?」

 凡そ真剣な顔でする発言ではないのだろうが、残念な事に二名は真剣そのもの。自身の作った事のある物を料理と呼び、それ以外の選択肢が存在しない。なんとも自分勝手な考えだろう。そも、わたあめやクッキーが料理であるならば、だが。

「どうしましょう……自信満々で言った手前後に引けないですし…。」

 暫く考え込む二名。すると、妙案を思い付いたとばかりに結夢がハッと顔をあげる。するとポケットからスマートフォンを取りだし、『YAーHAー!知恵袋』と打ち込んむ。

 結夢の考えは、質問サイトで簡単にできる料理を聞こうと言うものだった。しかし、これは(あなが)ち間違いではない。寧ろいい選択をしたとさえ言えるだろう。

「ハル、こんなときこそYAーHAー!知恵袋だ!素人でも簡単にできる料理はなんですか?っと……よし、後は待つだけだ。」

 投稿してから回答が届くまでの間は、画面を見つめ、息をする事以外は何も出来ない。しないのではなく出来ない。全ての神経を視覚に注いでおり、それ以外の思考が不可能なのだ。一分一秒が永久に感じられる。やがて……実際は二分も経たない内に回答が届いた。スマートフォンの画面を結夢だけでなく、ハニエルも食い入るように覗く。

 そこには必要な物、調理法がしっかりと記されており、二名は懇切丁寧な回答に目を輝かせた。

「なるほど……この手順通りにすればいいですね。」

「これなら私たちにも出来そうだ!材料を探すぞハル!」

「はい!」



「人間、本当に奴等を信用していいのか?」

「ん~?まぁ正直俺も不安だけどさ、練習したって言ってたし大丈夫だろ。」

「そ、そうですよ!結夢ちゃんとハニエルさんなら大丈夫ですよ!」

「貴様らはあの惨事を見てないから言えるのだ…。」

「始まっちまったのは仕方ないだろって。ほら、紫野月たちの頑張りが聞こえないか?」

 遊達がいるのはリビング。キッチンの様子は隣接したダイニングからしか見えないが、声はある程度聞き取ることが出来る。耳を澄ませば、テレビの音声とは別に聞き慣れた声が届く。


『ここには"わたあめつくーる"も"クッキー屋さん"もありません!』

『ザラメもないしポップコーンの種も無い!』

『これでは料理が出来ません…!』

『志神は一体何を考えているんだ!?』


「「……………………。」」

「おい人間ども、聞いたか?な?聞いたのだろう?あのアホ共は料理の概念を間違えているぞ?」

「「いや、多分気のせいだと…。」」

「二人して気のせいと言っている時点で気のせいではない。」

「き、気のせい気のせいきっと気のせい。ほら、お茶でも飲んで落ち着けよ。」

 誤魔化すために慌ててお茶を悪魔の前へ突き出す。ただしそれは、お茶はお茶でも湯飲みではなく急須に入ったお茶だが。

「……………急須でどうしろと?」

「え、あ、えと……そのままいけば?」

「どんな罰ゲームだ!?」

「ゆ、遊くん落ち着いて!急須じゃなくて湯飲みに入れないと!」

 半泣き状態でそんな事を言った栞の手には、何処から出したかヤカンが握られており、急須を自分の前に引き寄せお湯を入れる。しかし、勢いよく傾けたヤカンは蓋が外れ、中身の大半は隣にいる遊の足へぶちまけられた。

「熱っちゃあああぁぁあぁぁ!!!」

「あわわわわ!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」

「えぇい落ち着け!貴様が一番落ち着け!と言うかそのヤカンは何処にあった!?何処から出した!?」

 絶叫と共に転げる遊と、ヤカンの中身をぶちまけ慌てる栞を、悪魔の怒声が遮った。

 遊は変わらず転げ回っているが、栞は我に返ると同時に、床に頭を打ち付けながら土下座を繰り返す。額は赤く腫れ上がり、然れど痛みは混乱で感じていないようだった。

「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさいいぃぃぃ!!!」

「うおおぉぉい!落ち着けと言っているだろう人間!?」

「し、栞!大丈夫だから!俺は大丈夫だから!な!」

 悪魔の怒声も虚しく、栞は一心不乱に謝り続けている。流石の異常事態に、遊も熱さを我慢して栞を(なだ)める。この場が収束したのは五分後の事であった。


 落ち着きを取り戻した栞は、正座をしながらうつむいている。しょんぼりといった表現がこれ程似合う者はいないだろう。

 先程の発言で、結夢とハニエルは料理が出来ない事を理解した。しかも、初心者と言うレベルではない。"無"心得者だ。えも言えぬ焦燥感が駆り立てる。もうダメなのではと絶望一歩手前の遊に、又も声が聞こえた。


『ハル、こんなときこそYAーHAー!知恵袋だ!』


 一瞬遊は何を言っているのだと思ったが、成る程その手は悪くない。善手はレシピを検索してその通りに作る事だが、質問の回答として、似たような状況に持ってくる事が出来るだろう。心残りがあるとすれば、悪戯(いたずら)の回答を鵜呑みにして実行してしまわないかどうかだが、幾つもの回答を得られればそれも心配はない。

 ついでに、善手が検索ならば最善手は"遊に任せる"である。

 さて、後は回答を待つだけ。質問したのは結夢だが、間接的に関係ある遊や栞にとっても、待ち時間は永久に感じられた。

 やがて回答が来たのか、キッチンの方から僅かに声が聞こえる。


『なるほど……この手順通りにすればいいですね。』

『これなら私たちにも出来そうだ!材料を探すぞハル!』

『はい!』


 聞こえてくる会話から、どうやら悪戯の回答では無い様だ。とりあえず一安心と、遊と栞は胸を撫で下ろす。

「旨い不味いはともかく、どうにか料理が出てきそうだな。」

「う、うん。でも材料はあるのかな?」

「その点は大丈夫だろ。昨日に食材は買いだめたしな。それに、無い食材があっても、代わりになるのはいくらでもある。」

「でも……結夢ちゃんとハニエルさんが適切な物を選べるかな…。」

「……………………。」

 嫌な予感。それも、とてつもなくだ。暑くもないのに汗が垂れた。今すぐにでも飛び出して、キッチンにいる二名を止めたかったが、任せてしまった手前それを言うのは憚られる。遊は材料があること、手順が簡単であること、そして失敗しないことを祈るばかりであった。



「よっしゃ完成だ!」

「皆さんお待たせしました!」

 意気揚々とキッチンから飛び出す二名。そのまま転倒して、手に持つ料理をぶちまけてくれれば良いのに……と、邪な考えはグッと飲み込む。

 結夢とハニエルはやりきったとばかりの笑顔である。故に危険だ。失敗は無かったと言わんばかりの笑顔である。故に危険大。

 後ろめたい表情や、失敗をした様子であるならば、そこを指摘すれば食べずに済むが、こうまで自信満々であると指摘がしにくい。しようものなら、確実に傷つける事になるだろう。

 悪い事は悪いと言える遊であるが、料理に関しては完全な善意。当人らは失敗した等これっぽっちも思っていない。何とも厄介だ。

 しかし、これは失敗していたらの話。マトモな料理ではない場合の話。嫌な予感も下手な予想も、全てが杞憂に終わることもあるのだ……と、考えていた遊はどれだけ浅はかだったことだろうか。

「さ、召し上がれ。」

「おあがりよ!」

 出されたものは乳白色の液体、茹で玉子、それと食パンだった。液体には乱雑に千切られた豚肉が浮いており、それ以外の具は見当たらない。匂いは空腹を刺激するジャガイモと肉のコク深い香りであり、凡そ"食べられない点が見つからない"物だった。

 出された料理の安全性を見て、遊、栞、悪魔の三名は驚きに目を見開いている。特に悪魔は、過去の惨状知っているが故に、料理と結夢達の方を交互に見やり、恐怖すら感じている様子だ。

「……驚いたな。まさかマトモな料理が出てくるとは…。」

「良い匂いだね。凄く美味しそう!」

「これってアレだよな?えっと~何だっけ?ビシソワース?いや、それは冷製ポタージュのことか。紫野月、ハニエル、これって何て名前だっけ?」

「「コロッケ。」」

「「「コロッケ!!!?」」」

 予想外過ぎる回答に、三名の声はピタリと揃った。

 コロッケと言うのは、蒸かしたジャガイモを潰し、挽き肉やみじん切りにした玉ねぎを炒め、それをコネ合わせて揚げた物だ。確かに調味料や材料が似ている部分はある。しかし、一番大きな違いとしてコロッケは固形物なのだ。断じて液体ではない。

「待て待て待ておかしいだろ。どうして揚げ物がポタージュになるんだよ。」

「いや、揚げる前にこうなったから出来なかった。」

「はぁ!?」

「だって先ず芋を茹でるだろ?柔らかくなったら潰すだろ?そしたらもう既に液体じゃないか!」

「ボウルに移したんじゃないのか?」

「移したけど結局お湯に溶けたぞ?」

「……………………。」

 絶句。これ程とは……これ程経験が無いとは思わなかった。

 本来必要の無い注意は省くものだ。例えば、車で民家に突っ込まないで下さいなど、言われなくとも分かるだろう。しかし、結夢とハニエルは違った。ジャガイモを潰す際は茹でていたお湯を捨てる……と言う本来必要の無い注意をやらかしたのだ。

 その後、肉以外が綺麗に溶けているのは恐らく、フライパンで炒めた玉ねぎ、乱雑に千切られた肉、バッター液用の牛乳、全てを混ぜ合わせる際にボウルでは入りきらず、再度鍋に移したのだろう。牛乳を入れたことで冷えてしまったので、再度火にかけ煮込んだ。

 ここまではいい、理解できる。しかしまだ足りない。バッター液に必要なのは牛乳、玉子……そして"小麦粉"だ。牛乳は鍋にぶちこんでいる。玉子は何故か茹で玉子になっている。では小麦粉はどうしたのだろうか。

「……小麦粉はどこに使ったんだ?」

「小麦粉は無かったからな、片栗粉を代用したんだよ!」

「は?小麦粉が無かった?」

「おう。薄力粉ってのはあったけど、小麦粉は無かったぞ?」

「……………………はぁ~。」

「な、何だよ!揚げ物は片栗粉でも出来るんだろ?しかも、ちゃんと水に解いて使ったからな!」

「知識が混ざって奇跡が起きてるじゃねーか!」

 結夢の中では、竜田揚げととろみの知識が混濁している様だ。今回は奇跡的にとろみの役割として、ポタージュをポタージュ・リエに変化させるに至った。

 そんな事はいざ知らずな結夢は、自分なりに頑張った結果として怒られたり呆れられたりと、流石に参ったのか、僅かに涙目となっている。

「何だよぉ……やっぱり私が料理するのは迷惑だったのかよぉ…。」

「う、あ、いや……そういう訳じゃ…。」

「いいんだ…無理言った私が悪いんだ…。」

 完全にイジけてしまった結夢。予定とは違えど、形は違えど、確かに料理は完成した。本来なら責められる謂れは無いのだ。

 結夢の姿を見てハッと我に返ると、複数からジトっとした視線を向けられていた。

「……人間。」

「うぐ…。」

「……遊くん。」

「ぐぬぬ…。」

「……志神遊。」

「お前は違うよね!?」

 せめてハニエルに反論してみたものの、結局捲し立てたのは遊自身。僅かに葛藤をした後は、降参とばかりに手を上げ、その手をイジけている結夢の頭に置いた。

「ごめんな紫野月。折角作ってくれたのに文句ばかり言って。」

「え、あの!?この……手…は!」

「作ってくれたことは嬉しい。これは嘘じゃない。本当だ。」

「あのののの……志、神ぃ?何で撫ででで…!」

「あ、悪い。つい…。」

 明らかに動揺している結夢を見て、遊は自分の中では驚くほど自然に撫でていた手を離した。その際に一瞬、結夢が名残惜しそうな表情をしたのには気付かなかったようだ。

「とりあえずごめんな。少し冷めてしまったかもしれないけど、有り難くご馳走になるよ。」

「お、おう…。」

「いただきます…………っ!?」

 口に含んだ瞬間食材の風味が鼻を抜ける。ジャガイモの質素な味わいが土台となり、玉ねぎの甘味が引き立つ。豚肉の脂と牛乳のコクが味を整え、メインとなるこれらの食材は正に四天王。全てが癖ある強者でありながら、全てが互いを高めあっている。とろみの増したポタージュ・リエは、熱を逃がさず味も逃がさない。簡単に冷めること無く、旨味の余韻に浸る事を可能にした片栗粉は、縁の下の力持ちと言えるだろう。

 極めつけは味付けである。

 明らかに塩と砂糖を間違えた味付けは、前半の称賛を完全に打ち消すレベル。独特の苦味は、胡椒ではなく珈琲の粉を入れたに違いない。色は似ていても、匂いやラベルで気付いて欲しいものだ。玉ねぎと砂糖の甘味と珈琲の苦味、過剰な甘味と不要な苦味が見事にミスマッチして、過去に食べたことの無い不思議な味を口に残す。未知数……つまり銀河、宇宙、コスモ、文字通り次元が違う。三次元の存在が十一次元に挑戦したとて敵うはずもない。縁の下の力持ちと言う片栗粉(暗殺者)によって、余韻に浸る時間はいくらでもある。勘弁してくれと言っても舌に残る味は、簡単に遊の意識をブラックホールへ飲み込ませた。

「……………………(コテ)。」

 何処と無く"らしさ"と言うものを感じるが、限度があるだろう。

薄れ行く意識の中、遊は最後に思った──


──だめだこりゃ。



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