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天使の所業  作者: ふたつきひみつ
33/60

仕方が無い

 線香を焚いた遊と栞は、墓石の前にしゃがみ、静かに手を合わせ目を瞑る。想う事はそれぞれであるが、果たしてそこに悔やみは無い。二人は五年前からルールを決めていた。墓前での想いに後悔を加えてはいけないと。

 墓前で馳せる思案と言えば、近況報告が一般だろう。それは自身が進み続けている事の証明であり、眠り手への手向(たむ)け。決して進まぬ時間に置かれた者と、進み続ける時間に乗っている者。彼岸(ひがん)此岸(しがん)の断絶を意味する。後悔とは過去を悔やむ事。大きな後悔は時として、足を縫い付け外すに難い。つまり、堪えきれず立ち止まってしまった人間は、生きながら死んでいる事と同じなのだ。だからこそ、少しでもそれを眠り手へ伝えたくは無い。遊は、"両親"へ伝えたくは無い。

 暫くすると近況報告が終わったのか、遊と栞はほぼ同時に合わせていた手を離し、立ち上がった。

「……行くか。」

「うん。」

 交わす言葉も少なく、三名は来た道を戻る。



 時刻は二十二時十分。夜も深まり、月明かりに照らされる筈の景色は、生憎雲に覆われ真っ暗である。そろそろお(いとま)しようと考えた遊だったが、一瞬思考を巡らせる。暗闇の中栞を外へ出そうものなら、腕に張り付きマトモに歩く事は困難だろう。石段を踏み外す等したら堪ったものではない。

 ここまでを予想、否、予知した遊は、「帰るぞ」と言おうとした口を閉じ、ため息混じりに嘉良へ提案を立てる。

「嘉良爺さん……今日は泊めてくれないか?」

「……見返りは?」

 真顔で見返りを求める嘉良に、些か失望を禁じ得ないが、そこは五年来の付き合い。生臭ぶりは慣れっこなのだ。

 見返りとは等価でなければならない。その点嘉良は狡猾で欲深だ。等価……それ以上を求めることもあり得るだろう。そんな相手に対し、確実に取引を成功させるには勿論──

寝所(しんじょ)へ栞を送り込む。」

「何泊でもしていけえぃ!!!」

「うひっ!?…………え?え?何?」

 自分が売られている事もいざ知らず、嘉良の大声に体を一度ビクつかせた栞は、頭にクエスチョンマークを浮かべながらこちらを見ていた。

 挙動不審な栞に引け目を感じるが、これも栞の為だと己に言い聞かせる遊。笑顔を作り、(かつ)て無い程優しい目をして栞の肩に手を置く。

「何でも無いぜ、気にするな。それとマジごめん。」

「え!?何!?何で急に謝ったの遊くん!?」

「何でも無いぜ、気にするな。」

「リピート!?」



 奉公人の寝室。栞は嘉良の寝室へ送られた為、それ以外の三名が集まっていた。消灯時間が決まっており、寝室だけでなく寺全体が闇に包まれている。団欒を交える雰囲気でも無く、鐘と遊は布団に入り、悪魔は襖の隅で座って静かに夜明けを待つ。

 しかし今はGWの真っ只中。早く寝る理由もなければ、眠気も無い。そしてそれは鐘も同じ。客間に現れる以前は、寝て過ごし、食事を取ったら寝て過ごしを繰り返していた。故に鐘も眠気が無い。目が冴えた状態で何もせず、只目を瞑って睡魔を待つなど苦行に等しい。自然と両名は静かに口を開くこととなった。

「鐘さん、起きてる?」

「……どうした。」

「ちょっと眠れなくてさ。話し相手んなってもらっても良いか?」

「まぁ、合い槌くらいは打ってやるよ。」

 仕方ないと言った体ではあるが、何となく今日一日の鐘の生活が予想できた遊は、恐らく同じであろう状況に少し微笑む。

 その後、今からする質問の内容に苦い顔を加え、磐恵寺へ到着してから感じていた不安を口に出す。

「ありがとう……ぶっちゃけた話さ、この寺って後どれくらい持つんだ?」

「さぁ……院さんはそう言う不満を口に出さないからなぁ。俺も気になって聞いた事があるけど、毎回はぐらかされるばっかりだ。全く……全部一人で抱え込むなよって話だぜ。」

「それなら奉公人らしく手伝えば良いんじゃないか?」

 至極真っ当な意見。

「う、あ、そ、それ、は、無理だ……働きたく無い。」

「何たるクズ発言…。」

 怒りを通り越して呆れる。だが良く良く考えてみれば、奉公人が働いたとて意味がない事に気付く。確かに寺自体を清潔に保つ事は必要だろう。でなければ、参拝者の足が遠退いてしまう。場合によっては改葬もあり得るだろう。

 しかし、そもそも磐恵寺への参拝者は遊と栞しかいないのだ。嘉良や鐘が訪問紹介する訳にもいかない上、以前の問題として、磐恵寺へ墓を建てる人間など最早いない。

 それは宗教の問題。天使至上主義の世の中、数ある宗教の(ことごと)くが廃れ、今や『(あま)の光』と言う名の宗派が支配していた。更に『天の光』は形骸化した宗派であり、名だけであるが故、改宗に抵抗無く着手する寺院が増えたのも爆発的広がりを見せた結果である。

「じゃあさ、宗派を変えたりしないのか?他の寺みたいに。」

「……あ?」

「いや、馬鹿げた事言ってるのは分かってるんだ。でもさ、それでこの寺が潰れちまったら元も子も無いだろ?嘉良爺さんも嫌だと思うけどさ、磐恵寺存続の為にも、表面上だけでもそうはしないのかな……って。」

 最後まで言葉を吐ききった後、得も知れぬ不安に襲われた。自身の放った言葉に嘘は無いが、それが実現したとして、自分はいつも通りでいられるだろうか。そんな不安が内から沸き上がり、嫌に動悸を打ち付ける。

 だが、言葉に嘘は無い。磐恵寺存続の為の最善手である事に変わりないのだ。ハッキリとした言葉を貰えないまでも、肯定に近い返事が来ると予想していた遊だったが、鐘の返答は真逆のものだった。

「はぁ……お前は何も分かってねぇな…。」

「え?」

「あの院さんだぞ?強欲で欲深で欲張りな院さんだぞ?そんなの()うの昔に考えたに決まってんだろ。」

「だったらどうして?変えられない理由でもあるのかよ。」

「……………………そうだな、これは俺の口から言う話じゃない。だからヒントを出してやろう。」

「ヒント?」

「そうだ。院さんが宗派を変えない理由は、一番悲しませたくない人間を悲しませたくないからだ。」

「一番悲しませたくない人間?誰なんだよそれは。」

「それは自分で考えろ。ヒントはこれでお仕舞い。俺はもう寝る。奉公人の朝は早いんだ。」

 そう言いながら寝返りをうち、遊へ背中を向ける。まだまだ睡魔は襲ってこない。しかし、話を絶ち切る為、鐘は目を瞑り暗闇に意識を落とすよう努める。

「一番、悲しませたくない人間…。」

 背を向けてしまった鐘を見て、遊は思考の世界へ潜る事にした。五年間で拓けた嘉良の人間関係を辿るが、出会った人物はそう多くない。仏教を貫くのなら、悲しませたくない人間とは、もう故人となっている可能性もある。

 候補が出ては消えていく。確証を得られないまま時間は過ぎ、いつの間にか意識が遠退く。暫くをもって、寝息が静かな部屋に響き、今日の終わりを告げるのだった。



 深夜二時。ヒソヒソと話す声に遊は目を覚ました。とは言っても、半分は睡魔に漬かっている状態であり、覚醒とは程遠い。会話の内容はハッキリと聞き取れないにしても、この部屋には遊を除き鐘と悪魔しかいないのだ。会ったばかりの二名が話すなど想像もつかない。興味を(そそ)られた遊は、眠いのを堪え、どうにか聞き耳をたてる。

「悪……の魔…貸……れ。」

「…りあ……貴様…力………か?」

 しかし、会話の全容を聞く事は叶わなかった。抗えない睡魔がもう半分を引きずり込む様に、少しずつ、少しずつ感覚を奪うのだ。結局一分も経過しない内に、遊は再度眠りの世界へ落ちていった。




「起きろ鐘!小坊主!朝じゃぞ!」

 部屋に入るなり、声を上げて起こしに掛かる嘉良。起こされた両名は眠た気に(まなこ)を擦り、上体を起こしたまま呆けている。鐘はまだ微睡(まどろ)みの中にいるが、遊は何故自分が此処にいるのか理解していない様だった。

「栞くんとマクアはもう起きとるぞ。いつまでも呆けておるな!」

「ん……あぁそっか…俺、泊まったんだった。」

 昨日の出来事が蘇り、それと同時に意識が覚醒していく。微睡みの誘惑をはね除け立ち上がると、布団を片して着替えを済ます。テキパキと要領よく動き、直ぐ様部屋を出て客間へ向かう。

 磐恵寺暗黙の了解として、嘉良に三度起こされてはいけないと言うものがある。遊の場合は二度目で起床、お咎め無し。それでは三度目はどうなるかと言うと──

「起きんか馬鹿たれ!」

「あいったぁ!?」

 頭を(はた)く小気味の良い音が朝の磐恵寺に響いた。



「あ、遊くんおはよう。」

「ん、おす…。」

 遊の姿を見た栞は、嘉良に向けたら卒倒するレベルの満面の笑みを浮かべ、朝の挨拶をした。遊は眠気眼(ねむけまなこ)を擦りながら短く返事をし、栞の隣へ座り、テレビ画面に映るニュース番組を流し見する。

 内容は各地のイベントや天気予報、いつも通りの平和を現す情報ばかり。皆が皆天国を望んで日々を生きている為、暗い話題など無いに等しい。国の補助が充実しているのも一端だろう。補助をターゲットにしたビジネス、所謂(いわゆる)生活保護ビジネスも一時期は問題視されたものの、一人でも内部で反対を掲げると、簡単にそれも破綻した。当事者も良くない事である自覚はあったらしい。そう考えると、天使と言う存在は抑止力として今の人間社会に必要とも考えられる。

 そんな考察をしていると、テレビから耳を疑う音声が発せられた。

浜滝町(はまたきちょう)在住の吉岡(よしおか) (まこと)さん三十二才が、昨日(さくじつ)の深夜から本日の未明にかけて、行方不明になっている事が県警の調べで明らかとなりました。関係者の話によると、コンビニエンスストアへ向かうことを伝えた後行方が分からなくなっているとの事です。近隣コンビニエンスストアの防犯カメラには、昨日の二十三時頃、誠さんと見られる男性が映っているのを確認し、繋ぐ帰り道には誠さんが購入したとみられるスナック菓子が落ちていたことから、何らかの事件に巻き込まれたとして県警は調べを進めています。』

「えぇ……このコンビニって僕の家の近くだよぉ…。」

「あ、本当だ。何か見覚えあると思ったらあのコンビニか。」

 浜滝町は、遊の住む磐城町(ばんじょうまち)の隣町である。西隣が光華町(みつけちょう)なのに対し、東隣が浜滝町。遊は磐城町の東寄りに住んでいる為、浜滝町は自転車を使えば十五分程で入ることが出来る。そして栞は浜滝町の西側に住んでいる為、学校区域が遊と同じ中学に通っていたのだ。

 見知った場所での事件と言うだけでも、栞の不安は大きい。例えるならば、これは栞にとって、犯人の捕まっていない事故物件へ住めと言っている様なものなのだ。

「ゆ、遊くん……今日は明るい内に帰りたいんだけど良い?」

「そうだな、昼頃帰るとするか。」

「あ、後……帰り送ってってくれる?」

 モジモジとした後、上目遣いで悩まし気な顔。栞が男だと知らない初見さんならば、簡単に心を撃ち抜かれていただろう。否、男だと知った上でも怪しい。それほどの威力がこのお願いには込められていた。栞自身純粋な心であるのが加えて厄介である。

 だがしかし、当の遊に効果は無い。栞と知り合ってから、栞が遊に懐いてから、幾度と無くやられたのだ。嫌でも耐性がつく。勿論耐性が有るからと言って、栞の懇願をはね除ける外道では無いが。

「分かった分かった。だからそんな泣きそうな顔するなよ。」

「うぅ~ありがとう遊くん~。」



「じゃあ、お邪魔しました。」

「嘉良さん、色々ありがとうございました。」

「元気での、寂しくなったらいつでも顔を出すといい。」

「はい。」

 別れの挨拶を交わし磐恵寺を後にする。昼頃と言っても、図々しく昼食を頂くのを悪いと思った遊と栞の両名は、一度嘉良に断りを入れて帰る……筈だったのだが、嘉良は栞と一緒にいたい一心で、半ば無理矢理昼食へ誘い、今の時刻は十四時を回っていた。

 磐恵寺から栞の自宅まで徒歩一時間半。遊相手なら普通に会話が可能な栞は、学校での出来事、日常での出来事、昨晩の嘉良との会話等、世話しなく口を動かしている。まるで、残りの時間を惜しむ様に。遊は時に相槌を打ちながら、その話に耳を傾ける。

 しかし、過ぎて欲しくない時間ほど速いものは無い。お互いの会話も半ばに、目的である栞の家が視認できる距離まで辿り着いた。

「あ、もう家が見えるね。ありがとう、ここまでで良いよ。」

「最後まで送らなくて大丈夫か?」

「そこの角を曲がったら直ぐだから大丈夫だよ。」

「そうか。じゃあまた今度。」

「うん…………あ、遊くん!」

 遊が踵を返そうと重心を後ろに掛けたところで、栞にしては珍しい声量で遊を呼び止めた。突然の事に重心が不安定になり、バランスを崩しかけるがどうにか耐える。

「……ど、どうした?」

「あの、そのね…………こう言う時ばっかじゃなくて、もっと……えっと、遊べる時も連絡してくれたら嬉しいな~……なん、て…。」

 うつ向きながらそんな事を言った栞。その頬は(ほの)かに赤い。遊相手なら話せると言っても、今日は妙に要望が多い。それは楽しかったと言う気持ちの裏返しであり、今まで無かった事を(かんが)みるに、結夢と凛華との出会いが大きいのだろう。

 引っ込み思案の栞にとっては良い傾向である。我が子の成長を見る様な心境で、遊は朗らかな笑みを浮かべ、栞の精一杯に答える。

「あぁ……そうだな。今はGWだしその内また連絡するよ。」

「うん!待ってるね。」

 遊の返答を聞いた途端、栞は顔を上げて元気よく返事をした。そこには少しの不安も混じっていない。お互いに充実を得られ、今度こそ別れを切り出す。二人は背中を向け、(ほぼ)同時に歩き出した。

「じゃあな。」

「バイバイ。」




 遊と悪魔の両名と別れ、直近の角を曲がる。後は三十メートルほど進めば家の玄関へ到着……なのだが、その丁度中間地点に、一人の男が膝を抱えながらしゃがんでいた。

 何処か怪我をしている様子も無く、体調が悪い様でもない。手持ちの鞄に手を突っ込み、何やらブツブツと呟いている。

 気味が悪いが、そこを通らねば家へは着かない。わざわざ遠回りする気にもなれず、栞は勇気を振り絞り、微かに体を震わせながらも、我が家へと歩みを進めていく。

 着々と縮まる距離。男に意識が向いている為、嫌でも呟きが気になってしまう。最初こそ全く聞き取れ無かったものの、段々とそれは言葉となり、栞の耳へと入り込む。どうやら(しき)りに同じ言葉を繰り返している様だ。

「……が無い…………が無い………が無い。」

(探し物かな?)

 鞄に手を突っ込んだ状態で「無い。無い。」と繰り返す男。栞が感じた通り、探し物をしている様にも見てとれる。すると、先程までの恐怖心は身を潜め、次第に手助けをしたい気持ちが大きくなっていく。いつもなら素通りしてしまうのだが、気持ちが高ぶっていた故、それは気持ちだけでなく、遂には体を突き動かした。

「あの……大丈夫ですか?」

「………が無い………が無い…。」

「探し物なら手伝いますよ。」

「……が無い…………が無い…。」

 話しかけても反応を示さない男に、少し違和感を感じながらも、栞は男と同じ様にしゃがんで再度声を掛けようと試みる。その際、男が先程から何と呟いていたのか鮮明に聞き取れた。


「……仕方が無い……仕方が無い……"天使様が言うんだから仕方が無い"…。」




 志神宅。夕食や洗い物を一通り済ませ、遊がリビングで(くつろ)いでいると、固定電話から着信音が響いた。

 寝転がっていたソファーから立ち上がり、見知らぬ番号からの着信に受話器を取る。

「もしもし、志神ですが?」

『……………………。』

「もしもし?」



『芦屋 栞を誘拐した。』



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