栞はどっち
「あ、あわわわ、あわわうう腕、ううででで…。」
結夢は栞に組まれた遊の腕を見て、壊れたレコーダーの様に声を震わせ、ゼンマイ式のオモチャの様に体をガクガクと震わせている。
友達どころか、それ以上を見せつけられれば無理もないだろう。しかし、それは見た目だけの問題であり、実際その通りでは無い。その証拠に、遊は先程から終始苦い顔を浮かべている。恥ずかしがっている、と言うよりは、迷惑な事をされている、と言った様子だ。
「栞……いい加減離れろよ。」
「だって知らない人ばっかりなんだもん。それに、遊くんから久し振りに連絡もらって嬉しかったし…。」
「本当、人見知りは変わらねーなぁ。あ、ごめんな紫野月、久留。見ての通りコイツ極度の人見知りでさ、こればっかりはどうしようもないんだ。気分悪くしないでくれよ。」
「え、あ、だ、だだだ大丈夫大丈夫!気にすんな!あはははは!」
突然遊から声を掛けられた結夢は、狼狽しながらも強がりを見せる。勿論大丈夫な訳が無い。頭の中では、栞と遊の関係を無数に分岐させていく。しかし、それは所詮仮説。本人の口から聞かぬ分には答えなど出る筈もなく、結局無駄に混乱するだけであった。
「……栞、さん。」
「ひっ!?」
いつの間に移動したのか、凛華が栞のすぐ側におり、うつむきながらそっと声をかけた。栞は意識外から掛けられた声に一度体をビクつかせ、絡めている遊の腕に一層力を込める。そして、オドオドとした様子ながらもどうにか返事を返す。
「え、な、なな、何かな?」
「……………………。」
「ど、どう…したの?」
「…………………………。」
凛華は自分から声を掛けたにも拘わらず、うつむいたまま黙っている。反応の無い凛華を心配してか、人見知りながらも勇気を振り絞って栞が出した質問にも、全く反応を示さない。
栞は相手が初対面の相手な上、勇気を出した質問への返答も得られなかった為、堪らず半泣き状態になっていた。否、堪えて半泣き状態である。
「ゆ、遊く~ん…。」
「あ~も~!大丈夫だって!久留、お前は自分から呼んどいて黙ってるなよ。」
「……………………。」
「久留?」
「……………………。」
「おいおいどうかたんだよ?ついに俺の溢れるオーラに恐れをなしたか?それとも湧き出るカリスマ性に怖じ気づいたか……なんてな。あっはははは!」
「……………………。」
「ははは!はは……は…。」
「……………………。」
皮肉の一つでも返ってくるかと思いきや、凛華は相も変わらず無言のまま。堪らず涙目。こうまで徹底した無反応は、今までで初めての事。罵倒を返す様な相手ではあるが、だからこそ無言、無視と言うのは一際堪えるのだ。
遊まで涙目になってしまった結果、栞はしかめ面を更にクシャクシャにした。組んでいた腕を抱き込み、上目遣いで遊を見る。
「遊くぅん、やっぱり"僕"達無視されてるよ~。」
「僕っ娘キター!」
「「うわ!?」」
突如凛華の叫び声。先程までとは打って変わって、爛々とした瞳と興奮気味な態度は、遊と栞を驚かせたものの、余りもの情緒不安定に、それ以上の反応を示す事は打ち消されてしまった。
「栞さんは僕っ娘なんですね!初めて見ました!感激です!」
「え、な、何?怖いよ遊くん…。」
「怖くない。怖くないですよ~。ほら~怖くな~い。」
手を広げながら不安定な瞳で訴える。その声は上気した様に震えており、言葉の内容とは裏腹に安心させる要素が皆無である。
「怖いわ!やめろよ!栞のトラウマになるだろ!」
咄嗟に遊は栞を庇う形で半身となった。その行動に栞は赤面しながらも、先程よりは雰囲気に余裕をもつ。
現在蚊帳の外である結夢は、会話に置いてかれている事に寂しさを感じるが、目の前の光景にそれは打ち消され、思わず怨嗟の視線を送っていた。
「ちょっとゴミむ……遊先輩!早く自己紹介の空気を作ってくださいよ!」
「おい待て、今何て言おうとした?」
「結夢先輩も栞さんに自己紹介しましょう。」
「あ、お、おう!」
空気を作れと言ったものの、凛華自身の発言により、何をせずとも自己紹介の流れが作成された。
それまで負の感情を漏らしていた結夢も、呼ばれて我に返り慌てて平静を装う。少々声が上ずってしまったが、凛華の支配する空気の中、誰も気にする者はいなかったのは、不幸中の幸いだろう。
「え~と、じゃあ紹介するな?向かって右側が後輩の久留。」
「久留 凛華です!気軽に凛華って呼んで下さい!」
「う、うん。よろ……しく。」
「で、左側が紫野月。」
「ん?おぉ私か。私は紫野月 結夢。結夢でいいよ。よろしくな芦谷。」
「よ、よろしく結夢ちゃん……ぼ、僕も下の名前で、いいから…。」
「そっか。じゃあよろしく栞。」
「うん…。」
何とはない自己紹介、やり取りだったのだが、遊は一人意外そうな顔をしていた。それもその筈、今まで栞が自身の事を名前で呼ぶよう提言したのは、遊が見た中では初めての事だったのだ。
そもそも会話が成立することすら難しく、成立したとしても、終始まごまごとした栞の様子に、二、三言葉を交わした後呆れて離れる者ばかり。そんな栞と嫌な顔せず会話を続けられるのは、結夢と凛華の人柄あっての事だろう。
しかし一点。遊にはどうしても理解できない事があった。それは、栞に対する凛華の言動。一見不可解な点は見当たらないが、遊からすれば明らかに異常。
「なぁ久留。どうして俺にはアレで、栞にはそんな友好的なんだ?」
「はぁ?何で私がゴミ虫……遊先輩に優しくしなきゃいけないんですか。」
「今言ったな?ゴミ虫ってハッキリ言ったな?」
「栞さんは可愛らしい女の子ですよ。それだけで、先輩と扱いが違う理由には充分だと思いますが。」
「また無視かよ……ん?あぁ成る程。そう言うことか。」
「私に優しくしてほしければ、性転換でもするんですね。まぁ元が元なので大した期待は出来ま──」
「久留。」
「せんが…ね………って何ですか?私が話してる途中で。」
「お前に一つ言っておく……………………栞は男だぞ。」
「………………?」
「栞は男だ。」
「………………は?いやいやいや、あり得ないですって。いくらなんでもそんな嘘信じるわけ無いじゃないですか。それに、栞さんにも失礼ですよ。ねぇ栞さん。」
忙しなく否定し、栞の腕を取りながら確認をとる。笑顔で問いかけた筈だったが、その口元は僅かに引きつっていた。もし遊の言った事が冗談であるならば、凛華は冗談二割憎悪八割で攻撃を仕掛けただろう。しかし、信じられないながらもそうしなかったのは、遊の雰囲気が本気そのものだった為だ。
「あ、え~と……遊くんの言った事は本当、だよ。」
「…………あ、は、ははは…またまたぁ~。栞さんもあんな戯れ言に付き合わなくていいんですよ。」
「ごめんね凛華ちゃん…。」
心から申し訳無い表情で謝る栞。冗談などこれっぽっちも含まれていない雰囲気に、凛華は遊の言った事が事実であると理解した。理解したのだが、勿論納得は出来ない。男ではない、女であって欲しい、そんな願いを込めて凛華は最後の確認をする。
「…………ほ、本当に男なんですか?」
「うん。」
迷いの無い栞の肯定により、凛華は瞳孔の開ききった目を自身が触る栞の腕へ、そして顔へを繰り返した。まさか女だと思われていた事に、戸惑いを隠せない栞は、凛華と目が合う度困った様な笑顔を向ける。
三度ほど繰り返した凛華は、栞と目を合わせた状態で固まり、わなわなと口を動かす。
「い……い…。」
「……い?」
「いやあぁぁぁ!!!」
瞬間、凛華は手加減など存在しない力量で栞を突き飛ばした。栞は悲鳴を上げる間も無く、昨日の遊と同じ様に玄関へと退場。
「「えええぇぇぇ!?」」
先程までの団欒は何処へやら。転じて悲惨な光景に、遊と結夢は揃って驚きの声を上げた。
驚きに時間を取られたが、それは数秒。遊はハッと我に返り、慌てて栞の安否を確認しに行く。結夢はそれに遅れて凛華の方へ向かった。
「大丈夫か栞!?」
「ゆ、遊くん……栞って僕の事?栞のしに、栞のおに、栞のりで合ってる?」
「よし重症だな!大人しくしてろ!」
「久留!何やってんだよ!」
「あわわわわ……栞さんは男で可愛い女の子で栞さんがいなくなって突き飛とんだ私が女の子にとばして…。」
「志神ぃ!こっちも重症だ!」
咄嗟の出来事に被害者だけでなく、加害者の凛華でさえ混乱の只中。どうにかそれを納めようと、遊と結夢は声を掛けて掛け合っている。端から見れば異質な光景。初手から傍観者となっていた悪魔とハニエルは、呆れながら場が納まるのを待つばかりであった。
「さて、落ち着いたところでもう一度、栞に自己紹介をしよう。」
「だな。今回はマクアとハルも含めて。」
騒動から凡そ十五分。落ち着きを取り戻した四人は、段をとる為志神宅のリビングへと集まっていた。
遊の提案は、先程の様な中途半端な自己紹介ではなく、おおよその人柄を理解した状態で再度、事実確認の意味を込めて自己紹介をしようと言う考えである。勿論悪魔の事は伏せて。それは知っている者の暗黙の了解。口にせずとも皆目で分かり合っていた。
「では一番手は紫野月。」
「おう。私は紫野月 結夢。志神とはクラスメイトで、天召経験者だ。正直な話、天召経験者だからって怖がらないで欲しい。結構傷つくからさ。」
「う、うん。分かったよ結夢ちゃん。」
「次は久留。」
「久留 凛華です。結夢先輩の後輩で、一年です。」
「改めてよろしく……凛華ちゃん。」
「え、えっとぉ……さっきは栞さんが女だと思って名前呼びを認可しましたが、男だと分かった今、そう易々と呼ばないで下さい!」
「こ、こら久留!」
「確かに驚いて突き飛ばしましたがそれはそれ!私は男と馴れ合うつもりは……な……ぃ…?」
突然凛華の言葉が尻すぼむ。視線の先には栞。その栞の瞼にはなんと、大粒の涙が流れんと待機していたのだ。
仲良くなれると思っていた相手から、突如として嫌悪を示される。極度の人見知りとは、裏を返せば傷つき易いと言う事。栞にとって、その精神的ダメージは計り知れない。
「あっ……ごめんね凛…久留ちゃん。友達が出来た、と、思って…嬉しかった、から…。ごめん、ごめんね。」
「あ、えと…あの…。」
「「…………(ジー)。」」
「う、うぅ……ううぅ~…。」
涙を堪えながら、必死に笑顔を作って謝る栞。無言でジト目の遊と結夢。圧倒的アウェーな状況に、凛華の良心は嘗て無く揺れる。男だと分かっていても、見紛うほどの可愛らしさを持っているのだ。簡単に割り切ることは出来なかった。
暫く唸りながら葛藤を続けた凛華だったが、一度ため息を吐くと、観念した様に口を開く。
「……分かりました。私が悪かったです。すぐに仲良くは無理ですが、出来うる限り努めるので、よろしくお願いします…。」
「ありがとう凛……久留ちゃん。」
「……凛華で良いですよ。」
「うん、凛華ちゃん!」
下心や企みなど皆無な満面の笑み。無邪気なそれは、いじけていた凛華の心を簡単に浄化した。釣られて浮き出た笑顔に気付いた凛華は、すぐさま口許を隠し栞から視線を外す。
それが照れ隠しだと栞は理解していた。それが嬉しいのだろう。更に笑顔に花を咲かせ、凛華へ視線を送る。
「よしよし、一件落着。じゃあ次はマクアだな。」
「俺の名はハルマート。ここの人間共にはマクアと呼ばれている。呼び方が混同するのは面倒だ、貴様もマクアでいい。」
「うん…?名前がハルマートなのに、どうしてマクアなの?」
「それは貴様が気にすることではない。」
「う、あ、ご、ごめんなさい。」
「馬鹿マクア。栞を怯えさす…な!」
「痛っ!?なんだ貴様!俺は気にするなと言っただけだろう!?」
「次はハニエル頼む。」
「こら!俺の話を聞かんか!」
「私の名はハニエル、美と愛を司る優美の天使。そちらのハルマートが志神遊、私は紫野月結夢から天召された者です。なに、恐れる事はありません……我々天使は、信仰厚い人間に対して一切の危害を加えませんので。」
「……はわぁ~………綺麗…。」
慈愛に満ちた笑顔、神々しさを感じる物腰に、栞は思わず頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出した。栞の眼差しは正に尊敬のそれ。
天召をされてから初めての扱い、反応に、ハニエルは堪らず片側の口許を吊り上げてしまう。
「ふ、ふふひ…………ゴホンッ!素直な感想をありがとうございます。貴方は関心な方ですね。」
「ハルぅ~今の笑いかたは気持ち悪いぞ?」
「だ、黙りなさい!気持ち悪くなんてありません!」
「ふん!そこの天使は、人間に初めて天使らしく見られて嬉しいのだろう。」
遊から無視され機嫌の直っていない悪魔は、捌け口を見つけたとばかりにハニエルの心の内を暴露した。ズバリ言い当てられたハニエルは、天使故否定も出来ず、吃音的に口を動かすだけである。
「あ、ななな…!」
「え~?そうなのかハルぅ~?」
「お、え、あ、い…うぅ…。」
「あっははは可愛いなぁ~。」
しょんぼりとしてしまったハニエルを、抱いて撫でて愛でる結夢。栞は天使の扱いに驚きながらも、少女の姿であるハニエルに何処と無く"らしさ"を感じ、朗らかな笑顔を向ける。
結局今回も威厳を保つ事の出来なかったハニエルは、毎度の事ながら、その情けなさに涙した。
対する全員の自己紹介が終わり、残すところ栞のみ。この場は栞への自己紹介の場であり、本来なら必要の無い事なのだが、遊と悪魔を除く他メンバーが視線で訴え掛けているのだ。
(志神と同中……どんな知り合い方をしたんだ?)
(女っぽい男……アリかナシか…。)
(この人間には、結夢たちには無い信仰心を感じます…!)
目的はバラバラであるが、その根本は栞の事を知りたいと言う思い。それに答える様、栞は一度考える素振りを見せた後、モジモジとしながら口を開く。
「えっと……僕の名前は芦谷 栞。遊くんとは中学二年生の時に知り合って……よく、助けてもらってたんだ。」
「助けてもらった?」
「僕…こんな性格だから、中学に入ってすぐイジメの標的にされたんだ。誰かに相談することも出来なくて、只我慢するだけの毎日……そんな中助けてくれたのが、遊くんだった。「馬鹿野郎!栞は俺の友達だ!つまらねー事してんじゃねぇ!」って……本当はその時初めて会ったのに、友達だ~何て言われたのにはビックリしたよ。えへへ……でも、嬉しかったなぁ。」
哀愁漂う表情、その中に光る暖かさ。一番辛い思い出の中に、一番嬉しかった思い出があるのだと、暗に表していた。
その場にいる者は、穏やかな眼差しで栞を見やり、誰一人として蔑する者はいなかった。
「遊くんは学年のムードメーカーと言うか、人望厚い人だったんだ。遊くんが怒ってくれたから、その日からイジメはパッタリ無くなったよ。」
「人望厚い?その割には志神先輩って、高校ではクラスから浮いてますよね?」
「どうして久留が俺のクラス事情を知ってるんだよ。」
「は?私は毎日結夢先輩に会うため行ってるじゃないですか。」
「え?あ……あぁ~…。」
一度首を傾げたものの、以前凛華と遊のクラスメイトが話していた事を思い出す。あの口振りからするに、凛華の言っている"毎日"も嘘では無い。
煮え切らない返事をした遊に疑問を持った様子もなく、凛華は話が終わったとばかりに栞へ質問する。
「栞さんはさっき、志神先輩と遊ぶのは久しぶり……みたいな事を言ってましたけど、もしかして結構遠いんですか?」
「いや、そんな事は無いよ。でもまぁ……色々あって、ね。」
「家庭の事情ってやつか。うんうん。」
「え?あ~……そう、かな?うん、そうだね。」
こちらもどうも煮え切らない。嘘ではないが、丸々本当でもない。そんな含みがある返答。
勿論遊はその理由を知っていた。だからこそなにも言わず黙っている。そして、凛華と結夢も黙っている。気にならないと言えば嘘になるが、無理に聞いても栞が困るだけ。そう考え、適切な距離感を保っているのだ。
無神経かとおもいきや、こう言う場合は人一倍気を遣う事の出来る二人に、沸き上がる感謝と感心を、遊は内に飲み込んだ。
「質問と言えば僕からも。遊くんはどうして急に連絡をくれたの?」
「あ、あ~…そ、それは……ほら、そろそろあの~近況報告的な?」
友達がいる証明をしたかった。冷静になってみれば、そんな下らない理由で呼び出すなど失礼だろう。栞ならば怒るような事は無いが、それでも見栄やプライドと言ったものがそれを許さない。
「近況報告?……あ!もしかして結夢ちゃんって遊くんの彼女!?」
「ふぇ!?」
誤魔化しの為、いい加減な事を言った遊の言葉を真に受け、更に勘違いまで起こした栞。まさかの発言に遊は驚いたが、当然結夢の驚きはその上を行く。
「成る程ね~遊くんも隅に置けないなぁ。」
「違う違う!私は別に志神の彼女じゃあ……えっと、その…。」
「そうだ!紫野月はクラスメイト!只の友達!そんな関係じゃ全く無…………って、どうした紫野月?」
「そんな必死に否定するなよぉ。」
「は?どう言う事──うぐっ!?」
突如、腹部中央付近に衝撃が走った。息が塞がれ喉を締める。まるで殴られた様な衝撃は、否、凛華に殴られた衝撃は、遅れて体全体を駆け巡り堪らずその場に膝をつかせた。
「ぐ、お……ぉ…。」
「安心してください。峰打ちです。」
「ふふ、ふ…き、今日はもう…無いものだと思っていた、ぜ……あと、峰打ちじゃなくて………鳩尾、な…(ガクッ)。」
「ゆ、遊くーん!?」
空は夕暮れ、時刻は十八時。先程まで響いていた子供達の声も掻き消え、辺りは静寂に包まれている。
遊びに向かう筈だった遊たち一行は、結局外へは出ず、栞と親睦を深める為家内で話し続けていた。
「ん?もう十八時か。今日はお開きだな。」
「まだ大丈夫だろぉ。あ、何か予定でもあるのか?」
「まぁ……ちょっと、な…。」
「何でそこで言い澱むんだよ。」
「まぁまぁ結夢先輩。志神先輩も事情があるんですよ。」
「なんだ久留?俺の味方してくれるなんて珍しい。」
「勘違いしないでください。私利私欲百パーセントです。」
「ですよね~…。」
一見ツンデレの様な台詞だったが、凛華の態度には恥じらいなど微塵も存在しない。本気でそう言っているのだ。一抹の希望を持って聞いた遊であったが、予想通りすぎる凛華の台詞に、落胆を隠せなかった。
「ま、久留の言う通りだな。今日は帰ることにするわ。」
「結夢、羽慎に連絡を入れましょう。今日は夕飯を作らないよう言ってあったのですよね?」
「おぉそうだ。このままじゃ飯が無くなっちまう。」
「悪いな。事前に言っておけば良かった。」
「いいよいいよ。じゃ、久留、栞、行こうか。」
「あ、ごめん。僕は残るんだ。」
「そうなのか?分かった。行くぞ久留。」
「はい。」
結夢はそう言い立ち上がると、別れを惜しむ事無く玄関へ向かった。見送りの為遊と栞もその後に続き、狭い玄関には、天使と悪魔含め六名と、少しばかり飽和気味な状態。
「じゃあな志神。」
「お邪魔しました。」
「さようなら栞さん。」
「家主俺な?」
その場にいた内の半数が姿を消す。話をしていただけではあるが、騒がしかったことは事実。時間帯と照らし合わせて更なる静寂は、名残惜しさを微かに胸へと燻らせた。
しかし感傷に浸るのも数秒。結夢たちを帰らせるに至った目的は、そんな寂しさを簡単に上回るだろう。
「じゃあ行こっか、遊くん。」
「そうだな。本当は朝とか昼の方が良いのかもしれないけど…。」
「天召までしちゃったんだもん。見られたらまた嫌な思いをするかも知れないし。」
「いまさらだけど、栞までついてこなくてもいいんだぞ?もし見られたら、関係者として迫られるかもしれないし。」
「大丈夫だよ。おじさんとおばさんには僕もお世話になったし。」
「人間……一体何処へ向かうんだ?」
それまで極力黙っていた悪魔は、全容の見えない会話に堪らず疑問をぶつけた。遊は少し困った様な表情を浮かべたが、すぐに笑顔を作る。何処と無く儚げなそれは、悪魔の目には酷く悲しそうに映った。
「ん、あぁ、あれだ…………墓参り。」




