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天使の所業  作者: ふたつきひみつ
30/60

金の週

 五月三日、土曜日。今日から土曜、日曜、振り替え休日で月曜、火曜、更に学校からの厚意で水曜日まで天隨士高校は休み……俗に言うゴールデンウィークだ。

 五日間と言う長い連休に、生徒は日にちが近付くにつれ心踊らせた事だろう。誰もが待ち望んだ"金"の名を冠する週の初日。そんな中、何処へも行かず、自室のベッドでグッタリと絶望に暮れる生徒が一人。

「暇だぁ~……GW(ゴールデンウィーク)のお陰で、今日から五日間休みだぞ?このままでいいのかJK!青春を浪費していいのか女子高生!否、断じて否ぁ!…………はぁ。」

 ややつり目の整った顔立ち、時たま覗かせる犬歯が無邪気さを醸し出す。赤い短髪を寝癖でいつも以上にクシャクシャにしている女子生徒。そう、結夢である。

 結夢は天に向かい持論を放った。しかも、誰もいない部屋で一人。登校日でなければ遊の家へ行く口実が無い。休日であれば学校の友人と遊びに行くものであるだろうが、生憎天召を行った結夢に声を掛ける者はいなかった。犇々(ひしひし)と伝わる疎外感。黙っていると、それに押し潰されそうで恐ろしい。結果、先程から同じ様な独り言を繰り返しているのだ。ハニエルは三度程は相手をしていたが、余りに執拗に繰り返す為、呆れて階下のリビングへ降りて行ってしまった。

 次いでに、遊の家へ遊びに行けば良いのでは?と言う疑問も浮上するが、そこは年頃乙女の羞恥心(リミッター)が発動し、明確な理由がなければ自ら行動するのは不可能であった。

「誰か……誰か遊んでくれる人…。」

 仰向けからうつ伏せへシフトチェンジ。肘で上体を起こし、必死にスマートフォンの電話帳をスクロールしながら、画面に(かじ)り付く。何とも情けない姿ではあるが、このまま何もせずに五日間を浪費出来る程、結夢は落ち着いた性格では無いのだ。

 高校の友人ではなく、中学の友人へ連絡を入れようと考えたが、ハニエルの姿を見られた場合、どんな反応が帰ってくるかは想像に易い。かと言って、遊んでいる間ハニエルに隠れてもらうのも流石に良心が痛む。結果的に、八方塞がり成す術無し。

「うわ~!いねぇ!」

 スマートフォンを投げ出すと同時に両腕も投げ出す。五体投地の体勢で、絶望に暮れる事を覚悟した──瞬間、スマートフォンからポップな着信音か響いた。

 メールやSNSならば一度の着信音で終わりだが、それは二度三度と鳴り続けている。どうやら電話の様だ。

「……誰だろ?」

 天召経験者である結夢に電話する相手など、皆目見当がつかない。あるとすれば親戚やそれに近い人間だろう。微かな期待も持たず、表示されている相手を確認する。

「──!」

 その相手は意外な人物。しかし、唯一結夢に連絡を入れられる人物でもあった。そこから結夢のGWの予定が、刹那の間で組み立てられる。部屋に誰もいないからか、堪らずニヤけてしまう口許を隠そうともせず、結夢はスマートフォンの通話ボタンをタップした。

「もしもし?」




 時刻は十三時五分。志神宅に聞き慣れたチャイムの音が響く。リビングで雑誌を読んでいた遊は、電話機の子機を手に取り相手を確認する。

「はい。志神ですが?」

「あ、えと……し、しし紫野月だけど…。」

「紫野月?………おぉ、まあ待っててくれ。今開けるから。」

 予想外の訪問者に、遊は首をかしげながら玄関へと向かう。その反応より、先程結夢へ電話を掛けた相手は遊でない事が見て取れた。では、電話の相手は誰だったのか?答えは遊が扉を開けて約五秒後、残念な形で明かされる事となる。

「どうしたんだよ紫野月。ウチに何か忘れ物か?」

「先輩に用なんてねぇですよ。さっさと戻って天使に媚でも売ったらどうですか?」

「いきなり口悪いなお前!?」

「こ、こら久留…!は、ははは、悪いな志神ぃ。急に来ちまって。」

 初手からフルスロットルな凛華の言動に、冷や汗を流しながら笑って誤魔化す結夢。注意された事に、口を尖らせムスッとしてしまう凛華。そして、その凛華こそ結夢へ電話を掛けた相手だった。

 勿論、凛華は結夢と二人きりで遊ぶつもりだったが、「行きたい場所がある」と、目的地を知らされないまま、ここまで連れて来られたのだ。インターホン越しの会話で誰の家かを理解した凛華は、それまでの嬉々とした笑みを消し、沸き上がる怨嗟を隠す事無く遊へぶちまける事と相成った。

「い、いやさ?やっぱ久留も志神も、私の中じゃあ良き友人である訳だし?その二人がずっとギスギスしているのは私的にどうにかしたくて……だ、だから今回思いきって、ハルも含めた四人で遊ぼうかな~……なんて。」

「だったら、事前に連絡くらいしてくれればいいのに。予定が被ったりしたら来てもらった意味無いだろ?」

「その点はほら!志神って友達いないだろ?」

「………………。」

 一点の曇りも無い笑顔。その言葉に遊だけでなく、ハニエルと、凛華でさえも真顔になる。明らかに「それは言ったらいかんやつだろ」な雰囲気。そんな空気も、遊の家に来たと言う事実により、テンパっている結夢には感じ取る事など不可能であった。

「どーせGWも一人で寂しく過ごすんだろうな~って思ってさ。」

「……………………。」

「連絡も入れるだけ無駄かな?…………って、どうしたんだ志神?暗い顔して?」

「……さよなら。」

「え!?あちょ、待っ!」

 静かに閉まる扉のドアノブを、結夢は咄嗟に掴む。悪意の無い発言故、何故急に遊が扉を閉めるのか理解していないが、このまま見過ごした場合二度と開かないだろう事は感じ取っていた。

 男相手に腕だけの力では流石に勝てず、壁に左足を押し当て、全体重を掛けてノブを引く。遊は暗い表情のまま閉める力を一向に緩めない。

「な、ん、だっ、て、ん、だ、よ、志神ぃ~!」

「いや、もう本当帰ってください。一人にしてください。」

「ダメだ~…!今日は絶対四人で遊ぶって決めてんだ~!」

「それ、俺の意思が入ってない…。」

「あと……俺が人数に入ってない。」

「っ!?」

「おわっ!?」

 背後から発せられた孤独感を彷彿とさせる声。完全に意識の外から発せられた声は、遊の背中へ怖気を走らせ、堪らずドアノブを離してしまう。それにより、結夢は急に抵抗が無くなった為、自身の引く力によってバランスを崩し、その場に大きく尻餅をついた。

「痛ってぇ~!急に離すなよ志神ぃ!」

「わ、悪い大丈夫か?何処か怪我は無──」

「大丈夫ですか結夢先輩!」

「ぶはっ!?」

 痛がる結夢の姿に罪悪感を持った遊は、玄関から外へ出て結夢の安否を確認する。が、その言葉を遮る様に、凛華がタックルの要領で遊を吹き飛ばし結夢の前へ現れた。

 吹き飛ばされた遊は玄関へと戻され、ダメージにより仰向けにグッタリとしていると、先程の声の主がフワフワと浮きながら頭上へ滞空して登場した。

「……マクア。悪戯にしては悪質だぞ。」

「悪いな。まさか、こうなるとは予想していなかった。しかしだ人間。せっかくの女からの誘いは、断るものではないぞ。」

「あれは紫野月が心の傷を抉ってきたから……って何だよ急に。マクアは紫野月の味方なのか?」

「人間の女の必死さを見ていると、どうしても味方をしたくなってしまう。貴様が鈍感と言うのもあるがな。」

「意味がわからん。」

「分からんくて良い。兎に角、貴様はあの人間の女達と出掛けてこい。俺は邪魔にならぬよう空にでもいる。」

「いや、そんな気を使わなくてもいいだろ。なんならマクアも一緒に遊ぼうぜ?」

 言うが早いか、遊はその場で首跳ね起きを繰り出し、凛華から執拗に安否確認をされている結夢の元へ向かった。

 疑問形の筈が、答えを聞いたところで遠慮されるのは理解している。故に、遊は悪魔の制止の声を聞かず、答えを聞かず、結夢の元へと向かったのだ。

「紫野月。さっき遊ぶ人数は四人って言ってたけど、マクアも入れて五人で頼む。」

「え?あ、あぁ!ごめんごめん。マクアの事忘れてた……じゃあ五人で、五人?今さらだけど"人"でいいのか?まぁ皆で遊びに行くか!」

 何とも締まらない宣言ではあったが、それもご愛敬。先行する結夢を追うように、残りの四名はゾロゾロとその後ろをついていった。




 変わらず結夢を先頭に追従する四名。その中、今後の予定をどうするのか知らされていない遊は、自信満々に先頭を歩く結夢へそれについて確認をとる。

「紫野月。遊ぶって言っても、これから何をするんだ?」

「あ、何も考えてなかった。」

「「「「えぇ!?」」」」

 まさかの回答に、遊だけでなく後の三名も驚きの声をあげた。

 しかし、それは仕方の無い事。何故なら、結夢の組み上げたGWの予定とは、「誰と遊ぶ」しか考えられていなかったのだ。初日は四名(悪魔は忘れられていた為数には含まれない)で遊ぶ。翌日からは「志神と遊ぶ。他のメンバーは要相談。」を最終日までコピー&ベーストを繰り返した、ペラペラな上に穴だらけな予定である。

「まぁ皆で遊ぶんなら、皆の意見を取り入れよう。私は人数を提供したから、後の四人で何するかを決めてくれ!」

「グッズグズじゃねーか。」

「い、いいだろぉ~!GWに予定が出来ただけで舞い上がっちまったんだから…。」

 最後の言葉を聞いて、遊は成る程と納得。天召経験者の孤独感は、早々拭いきれるものではない。今まで多くの人間と関わって来たのならば尚の事。そこまで理解した遊は、同時に、同じ天召者として結夢を放っておく訳にはいかなくなった。

「分かった分かった。じゃあ、とりあえず街へ向か──」

「はいはいはーい!結夢先輩!私の案を聞いてください!」

「えばっ!?」

 提案を出そうと口を開いた遊を、凛華が殺意の籠ったタックルで吹き飛ばし、又も結夢の前へと現れた。

 遊が提案を出したら、そのまま結夢は提案を了承するだろう。それをさせない為にも、凛華は遊の発言を遮る必要があったのだ。しかし、それは全体の三割。後の七割は純粋な憎悪であった。

「はい久留。提案をどうぞ。」

「はい!私は結夢先ぱ……皆さんと服を買いに行きたいです!」

「服……服か…。」

 凛華の提案に、結夢は顎に手を置き困った表情を浮かべる。凛華はその反応を予想していたのか、答えを聞く前に、腕を組み、ウンウンと頷きながら理解者の如く語りかける。

「分かります。分かりますよ結夢先輩。今、先輩はこう考えてますね?自分に合う服など分からない。」

「うっ!」

「正直ちょっと出るくらいならジャージでいいし。」

「うぐっ!」

「今ある服をテキトーに着回せば事足りる。」

「うぐぐっ!」

「服なんていらなくね?……そう思っているでしょう!」

「な、何故そこまで!?」

「ふっふっふ……この私にかかれば、結夢先輩の考えている事など百も承知。全てを見透かす"くるりんアイ"がありますので。」

「何だそれ?」

 くるりんアイなる謎の単語に首をかしげる結夢。調子に乗って、変な言葉を口走ったと気付いた凛華は、羞恥にうっすらと頬を染めながら、咳払いをして話を続ける

「ご、ゴホンッ!とにかく!結夢先輩はもっとお洒落をするべきです!特に可愛い方面で!」

「い、いや……可愛いとかはちょっと…。」

「ん~?本当に良いんですか~?いざ自分で勉強しようにも、この手のセンスは一朝一夕(ちっちょういっせき)で身に付くものではありませんよ?自分では良いと思っても、周りから見たら堪らず目を背けたくなる姿になること必死。もし、ここで、私がその気の時に、チャンスを逃したら二度と来ないかもしれませんよ?良いんですか?本当に良いんですか?」

「う、ぐぐ、ぐ…。」

 上目使いながらも言動は結夢の動揺を誘う。足元から蛇に巻きつかれる様に、ジワジワと恐怖が這い上がった。それにより、結夢の心は激しく揺れる。凛華の言っている事は一理どころか、八理も九理あるのだ。それに加え、こんな時に限って仮想世界での光景が思い浮かぶ。


「遠慮しないの。結夢はもうちょっとオシャレしなさい。」

「うぅ……痛いところを…。」

「あ~オシャレした結夢は絶対可愛いだろうな~。私見たいな~。」

「や、止めろよ恥ずかしいな…。」

「ほら、志神に良いとこ見せないと。」


「分かった……行く、行くよ…。」

「ふっふっふ。何か加えて言う事はありませんか?」

「お、お願いします、久留先生。」

 途端、凛華の顔に笑顔が咲く。両手を頬に添わせ、堪らんと言った心境を体イッパイに表現をする。それは一見無邪気に見えるが、その実、(よこしま)な考えで埋め尽くされていた。凛華の提案は無償の善意ではなく、無明の権威を振りかざす為のものなのだ。

「あは~!まっかせてください!必ずや結夢先輩を素敵コーディネートで彩ってあげますよー!」

「あ、おい!」

 結夢の手を取り意気揚々と走り出す。突然手を引かれた為、つんのめりながらも、どうにか凛華の速度に合わせて走る結夢。

「あ、あの!それ以上離れたら──っうぐ!?」

 規定範囲五十メートルに達したハニエルは、見えない壁に打ち付けられた様に、短い悲鳴を上げて自動的かつ強制的に結夢の元へと引かれていった。

 遊、悪魔の二名は、ハニエルの哀れな姿に顔をしかめながら、渋々と言った様子で凛華達の元へ歩き出す。




 辿り着いた場所は、遊たちの住む磐城町(ばんじょうまち)唯一の大型ショッピングセンター。ここに無い物は磐城町では手に入らないと言われるほど、品揃えや店舗の豊富な商業施設である。

 裏を返せば、そのショッピングセンターだけで事足りる故、それほど規模の大きくない磐城町は市場を独占され、他の店舗が生き残れないと言う事。その為、ショッピングセンターへの店舗設置申請が後を絶たず、尚の事その影響力を知らしめ、消費者はショッピングセンターを選ぶ……一強のサイクルができているのだ。

 このショッピングセンターの創始者は天召経験者であり、自身の指揮能力と、天使の助言により、ここまでの発展を得られたと明言していた。目に見えなくとも、"天使"と言う絶対的な社会ブランドが客足を増やす要因でもある。更に、"天使の助言"による発展と言う事実は、民間人へ天使の必要性、有用性を伝えるに充分。図らずとも、ショッピングセンター及び天使の名を上げる事となった。

「何だここは?多くの人間がごった返しているではないか。」

 店の中に更に店がある風景は珍しいのか、大きな目玉を(せわ)しく動かしながら、興奮気味にそう言った悪魔。遊は無邪気とも取れる悪魔の姿に軽く苦笑いをしながら、説明するべく口を開く。

「ここはショッピングセンターって言って、色んな店が複合されてる、この町最大の商業施設だよ。だいたい買い物するって言ったら皆ここに来るんだ。」

「成る程。だから貴様は、人間の女達を見失っても迷わず歩いていた訳か。」

 今この場には遊と悪魔の二名しかいない。他のメンバーは、ここへ辿り着く前に既に見失っていたのだ。

 しかし、行き先等は示されてなかったものの、買い物と言ったらショッピングセンター。と、磐城町暗黙の了解があり、特に学生の間では、予定だけ決めて場所は示さない事が多々あった。

「そゆこと。どうせ久留も目的地はここだろ。」

「そんな安直な考えで見つかる訳が…………いた。」

 呆れた様子の悪魔であったが、目の前、前方三十メートル程の位置に、ハニエルを視認する。しかし、ハニエルはグッタリとその場に座り込み、疲弊しきった様子で口を開けて肩を上下させていた。

 尚、そんな姿の天使がいたならば、勿論通行人は敬遠してその場を去っていく。その為、ハニエルを中心とした謎の空間が出来ていたのも、すぐに見つけられた理由である。

 遊と悪魔は特に心配した様子も見せず、いつも通りの速度で歩いて近づく。ハニエルはそんな二名に気付いたものの、反応する元気も無いのか一瞥しただけであった。

「大丈夫かハニエル?その様子からすると、最初から最後まで引っ張られたみたいだな。」

「あの人間……どこまでも無尽蔵な体力でした…。」

「それを言うなら結夢とか言う人間の女も、ついていってるならば同じだろう。」

「あぁ、そうです。そうですよね……まぁ、どうでもいいですが…。」

「とりあえず二人を探そう。ハニエルがここにいるって事は、半径五十メートル以内に二人もいるって事だしな。」

「しかし、こんな人でごった返していると、その範囲でも一苦労だ。せめて方向さえわかれば良いのだがな。」

 すると、変わらずグッタリと座り込んでいたハニエルの体が、僅かに後方へ引きずられた。遊は勝手に動いた姿に些か驚きを浮かべたが、すぐにその原因を理解する。

「あ、あわわ……ぬぐぐ…!」

 しばらく歩く程度の速度だった動きは、途端速度を増し、人が走る程度にまで上がった。引かれるハニエルはなんとか堪えようとしたが意味は無く、バランスを崩し前のめりに倒れてしまう。

「た~す~け~て~く~だ~さ~い~。」

 ハニエルは絶望的な表情を浮かべ、足元から引きずられる様にして、驚く人混みの中へと姿を隠していった。

「マクア、方向が分かったぞ。」

「だな、俺も同じ事を思ったところだ。」

「「…………さて、行くか。」」




 ハニエルが引かれていったと言う事は、その方向五十メートル先に結夢がいる事になる。速度からして、走って移動している事も推測できる。傍に凛華がいるのならば、恐らく走っているのは凛華で、結夢はそれに引き連れられているだけだろう。更に、走っている推測が正しければ、凛華のテンションが上がっている事が予想される。つまり、ハニエルが引かれた方向、騒がしい女性客がいたならば、その正体は十中八九久留。その傍には結夢もいるのだ。

 幾つもの仮定を断定した考えだが、浅慮で充分であるのが凛華クオリティ。遊と悪魔の向かった先、女性服売り場では、未だ興奮気味な凛華が結夢へ、あれよこれよと夥しい枚数の服を薦めていた。

「結夢先輩!これなんてどうですか!?あと、これとこれとこれとこれ!」

「いや、久留?そんな大量に渡されても困るんだが…。」

「あ~これもいいですね!あと、これも追加で!」

「話聞いてる?」

「やっぱ先輩は、シャツとかキャミソールの体を強調する方が良いと思うんですよ。と、言うことで、無難にクレリックシャツとかスキッパー、ロング丈ってのも有りです。他にはカップ一体型のキャミソールか、大胆にべ、べべべ…べアトップなんてどうでしょう!?うへへへ…。」

「いや、そんなドンドン言われてバンバン渡されても、私には何が何だかサッパリなんだが…。」

「下は、デニムだったらストレート。スラックス……よりはテパードの方がいいですかね?スカンツなんてのも有りです。他はやっぱりスカート!可愛くチュール?無難にプリーツ?丈はミディですよね。マイクロミニなんて履かれたら、私の理性が……ハァハァ…」

「聞いて。話聞いて。な?お願いだから。」

「靴はスリッポン?ショートブーツ?ミュール?パンプス?デニムならモンキーも有りです!小物はシルバーとかの鉄製ではなく、レザーのブレスレットを!二回巻きの物なら尚良し!」

「落ち着いてくれ。横文字が多すぎて日本語に聞こえない。それに、時間はあるんだからもっとゆっくり。」

「そーーーはいきません!やっとあの三人を振り切ったんです!結夢先輩との二人きりの時間は、一分一秒でも惜しいんです!」

「悪いな後輩。到着したぞ。」

「滅殺!」

「ごはっ!?」

 凛華の気分は最高潮。そんなタイミングで現れてしまった遊は、上がった分の気分を殺意に変換した凛華の一撃によって、店内の試着室へと一瞬で退場させられた。

「さぁさぁ続きですよ結夢先輩!」

「え、あれ?さっき志神がいなか──」

「いません。」

「食い気味に!?」

 先程まで表情をコロコロと変えていた凛華は、急に真顔になり遊がいたことを否定。食い気味と真顔の二点を受けた結夢は、遊がこの場にいたことを理解した。そして同時に攻撃を受け吹き飛ばされた事も。

 自身が聞いた声の位置、凛華の位置、そして掛けてある商品の乱れ具合から、おおよその遊の位置を割り出す。その方向へ視線を向けると、横一列に五つ並ぶ試着室の中央。その仕切りカーテンがヒラヒラと動いているのを確認した。

 結夢は凛華に止められる前に、ダッシュで試着室の前まで移動し、カーテンの端を力一杯乱暴に掴む。

「ここだあぁぁ!!!」

「いやああぁぁ!誰ですか貴女は!」

「あ、間違えました。」

 中にいたのは見知らぬ女性。結夢は自分でも驚くほど冷静に、謝罪とカーテンの閉鎖を迅速に行った。幸いにも、憤慨した女性が飛び出して追いかける様な事は無かったが、自信満々に開いておきながら見当外れだった事に、結夢は試着室のカーテンを閉鎖した後、堪らず掌で顔を覆い赤面する。

「結夢先輩……女性の裸が見たいのなら私に…。」

「違う!断じて違う!勘違いしないでくれ!」

「あ、ツンデレですか?」

「いや、違うって!本当に違う!」

「大丈夫です。先輩がどんなでも、私は受け入れるので。」

「後輩。そこまでだ。」

 恥じらう姿の結夢に一層(いとお)しさを感じ、茶化してしまう凛華。羞恥に思考の鈍った結夢は、マトモな反論もできず、余計に顔を赤らめるばかり。その姿を見かねて、やっと復活した遊は凛華の頭に手を置き、二人の時間の終了を告げた。

「え?何ですか?手に付着した汚れを私の頭に塗りつけるとか有り得ないんですけど?」

「こ、この野郎…………はぁ、まあいい。とりあえず落ち着け。」

「五月蝿いですね。落ち着けばいいんですか?落ち着いたところで、結夢先輩をコーディネートすると言う、私の崇高な目的は変わりませんよ。」

「いいや終わりだ。さっきも言っただろ?そこまでだって。」

 遊は凛華へ店内を見渡すよう手を広げて促す。目に映るは山積みになった服、倒された掛け棚、怯えた客、そして憤然たる様子の女性店員であった。

 店員はどうにか笑顔を作ってはいるものの、口元は引くつき、青筋を浮かべ、腹部で組んでいる手からはギリギリと音がする。特に雰囲気からはただならぬものを感じ、さすがの凛華も血の気が引く。

「あ、あののの~これこれこ、こここれはははは…。」

「お客様。」

「はい!」

「申し訳有りませんが、本日は退店願います。そして、二度と来んんじゃねぇバカ野郎。」

「ご、こめんなさい。」

 凛華の消沈を以て、一時間にわたる巫山戯(ふざけ)た騒動は終わりを迎えた。



 それから暫くの間大人しくしていた凛華だったが、欲望は抑えきれず、結局二時間後にはいつも通りの凛華であった。暴走はしないものの、時に結夢に迫り、時に遊を罵倒し、時に遊を殴り、時に遊を吹き飛ばす。

「何か俺の割合多くね!?悪い意味で!」

「ど、どうしたんだよ志神ぃ?」

「……結夢先輩察してあげてください。志神先輩はほら、あれですよ。あまり人に言えない、あの……ラリってるあれです。」

「お前は何を察したんだ?」

「人間、貴様がそんな趣味だったとは…。」

「マクアはマジで何を察したんだ!?」

 今は道中帰り道。とっぷりと日の暮れた空には満天の星。色々と問題は起きたが、それを思い出と割りきってしまう程、輝く星は美しかった。

 程無くして志神宅へ到着。このまま約束を取り付ける事無く帰ってしまえば、翌日からは凛華とマンツーマンのGWとなるだろう。騒がしく楽しい日々になる事は間違いないが、折角の連休は遊と親睦を深めたいと考えている結夢。どう切り出せばいいか迷っていると、そんな葛藤を知らない遊は、簡単に別れを切り出してしまう。

「紫野月、今日はありがとな。こんな騒がしい休みは久しぶりだったよ。」

「あ、おう。こっちこそありがとう。」

「全く……誰かさんのせいで出禁になってしまったじゃないですか。」

「そうな。お前のせいな。」

「じゃあ、帰りましょう結夢先輩。お休みなさい志神先輩……永遠に(ボソッ)。」

「おいコラ後輩、聞こえてんぞ。」

 最後まで攻めの手を緩めない凛華であったが、そのやり取りは当初のギスギスしたものではなく、何処と無く柔らかいものに変わっていた。

 しかし、このやり取りが終われば、それぞれ帰路につかなくてはならない。

「悪いな紫野月、ひき止めちまって。」

 終局間近。この返答次第で明日の予定が大きく変わる。考えを巡りに巡らせすぎて、グチャグチャになってしまった結夢が出した答え(言葉)は──

「大丈夫だよ志神!これは友達のいない志神の為に計画したことなんだ!楽しんでもらえたなら、大成功って事だな!」

「………………え?」

「事前に連絡とか強がるなよな!どうせ家でゴロゴロするか、マクアと一緒に過ごすの二択だろ?」

「ちょっと、あの。」

「今日はしっかりと私たちに感謝して、いつ来られても良いように、予定は常に空けておく事!ま、予定は入らないから心配してないけど!」

 静寂。その場にいる誰もが口を(つぐ)む。体裁を気にした故の発言を全て出し尽くしてから、結夢は自身の酷い発言に気付き、堪らず顔を下げ口元を隠す。

 ついでに、凛華は口を噤むと言うよりは、笑いを必死で堪えているだけである。

(あああぁぁあ!!!やっちまったー!!!何であんな事言ったんだよ私!志神ヤベーよ!拳握ってプルプル震えてるよ!)

「み…て…………よ。」

「ん?」

「み……やん……よ。」

「あ、あの志神?」

「見せてやんよー!!!」

(ええぇぇ!?泣いてるぅー!?)

 急に叫んだ遊は、握った左拳を胸に掲げながら両目から涙を流していた。

「お、俺にだって友達の一人くらいいるわ!」

「一人くらい~?じゃあ二人はいないんですか~?勿論結夢先輩を除いて。」

「……………………見せてやんよー!!!俺にだって友達の一人くらいいるわ!」

(やり直したー!?完全にリピートしちゃったよー!)

 一言一句(たが)わぬ遊の叫び。それにより、結夢除き一人しか友達がいない事を、その場の(みな)が静かに理解する。

「兎に角見てろ!いや、見せてやる!明日!明日またウチに集合だ!集合時間は十時半!それじゃあお休み!」

 捨て台詞をはき、乱暴に扉を開け姿を隠す。まさかの反応に暫しポカンとした結夢だったが、結果的に好転した事に対し、罪悪感を感じながらも安堵のため息を漏らした。

「…………帰るか。」

「はい!」



 凛華を送った後、結夢は自分の家へ帰宅する。その帰り道、暗がりの路地から憎しみの眼差しを向ける何者かがいた。結夢の姿を視認すると、一度歯を軋ませ駆け出す。その走り姿は手負いの獣の様。

 何者かは、距離が近づこうとも速度を落とさない。そのまま結夢へ襲いかかろうとしているのだ。

「──っ!」

 足音に気付きその方向へ顔を向ける結夢。しかしもう遅い。何者かは二メートルまで距離を詰めており、当に飛び掛かる瞬間。その正体は──

「ゆうぅぅぅめえぇぇぇ!!!」

「え!?ハル!?」

 そう、何者かの正体はハニエル。実は今の今まで、ハニエルは結夢を探してさ迷っていた。ショッピングセンターで遊と出会ってから、引きずられ、引き釣られ、引きずり回され、やっとの思いで出会えたのだ。

 原因は結夢でないにしても、行き場を失った怒りは、関係していると言う理由で結夢を選ぶ。流石の結夢も勢いの付いたハニエルを、不十分な姿勢で受け止めることは出来ず、諸共(もろとも)その場に倒れた。

「痛てて…。何だよハルぅ。何処行ってたんだよ?」

「何処!?何処に!?それは私の台詞です!店の場所も分からず引っ張られ、人間からは奇異な視線を向けられ、所々壁にはぶつかり、天使の尊厳など皆無!謝罪!謝罪を要求します!」

 馬乗りのまま、両手を上げて怒るハニエルの両目には涙が浮かんでいる。その姿に胸を貫かれた結夢。堪らず寝転がった状態でハニエルを抱き締め、頬をグリグリと擦り付ける。

「ごめんなハル。寂しかったんだろぉ?今日はイッパイ甘やかしてやるからなぁ!」

「こ、コラ!離しなさい!」

「ん~ごめんなハルぅ~。」

「だあぁ鬱陶しい!!!」

 結局結夢が帰宅したのは、それから二十分後の事であった。





 翌日。時刻は十時二十八分。凛華とハニエルを連れた結夢は、意気揚々と遊の家のインターホンを押す。

 友達を紹介するとは言っていたが、遊ならば電話帳に片っ端から連絡を入れるだろう。しかし、疎遠な上、天召を行っている遊の呼び掛けに答える者などいない。そう考えた結夢。結果、これで遊びに誘いやすくなる事を考えると、昨日までの緊張が嘘の様に消えていた。

「…………はい。」

「おっす!紫野月だけど、約束通り来たぜ!」

「分かった……今行く。」

 遊の反応は暗い。これは、友達と呼べる人間がいなかったのだろう。結夢のテンションはぐーんと上がった。つまり倍。

 志神宅の玄関の扉が開かれる。そこから出てきたのは勿論遊だけ………………でなく、長めのポニーテールで髪を束ねた、大人しい雰囲気の可愛らしい子なのだ。

 身長は結夢と同じくらいだが、心配そうに縮こまっている為通常より低く見える。何より結夢の目を引くのは、その子が遊の腕を組んで登場したことである。

「え~と、コイツは芦谷(あしや) (しおり)。中学の時の同級生だ。」


 予想外すぎる光景に、結夢は只々唖然とすることしか出来ないでいた。




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