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天使の所業  作者: ふたつきひみつ
29/60

出来る事、やった事

「!?……あ、れ?ここって…。」

 目を覚ました結夢の前に広がるは、見慣れない天井。(しば)(ぼう)とした(のち)、ここが遊の家である事を思い出した。ザドキエルにとって不利な情報を与えた為、仮想世界から爪弾きにあったのだと言う事も。

 とりあえず寝そべっている訳にもいかない。特に何をする訳でも無いが、寧ろその"何か"を考える為体に力を入れる。

 しかし、起き上がることは叶わなかった。金縛りとは違う体の不自由。酷い倦怠感。

「…んだよ、これ…!」

 悪態をつきながらも必死に力を込める。生まれたての小鹿の様にガクガクと全身を震わせながらも、肘をつき、上半身を起こし、どうにか胡座(あぐら)の姿勢まで持っていった。ただそれだけで相当な疲労感が襲う。シャトルランでもやったのかと思い違う程の、絞り出した様な体力の消費。

「はぁ!はぁ!はぁ……キッつ!」

「お帰りなさい結夢。」

 体の不自由に、堪らず自棄(やけ)になってしまいそうな結夢を、聞き慣れた柔らかな声が迎えた。その声は耳を通るとフッと体に安心感を与え、結夢の心を自然と沈着させる。

「あ……ハル。戻ってたんだな。」

「何を言ってるのですか。私は意識の一部を潜り込ませただけです。常に現実世界では動く事が可能でしたよ。」

「あれ、そうなのか。何だか感覚が違うから変なこと言っちまったな。」

「それよりも先ずは、何か食料を持ちますね。流石に一日近く飲まず食わずは辛いでしょう。」

「は?一日?」

 結夢は首をかしげた。確かに体の倦怠感は一日寝続けたものに似ているが、仮想世界では一時間と少ししか居なかったのだ。ハニエルの言葉を鵜呑みにするには些か疑問が邪魔をする。

「まぁ、無理もありませんね。いいですか?ザドキエルの創り出した仮想世界では、現実と時間の進みが全く異なります。仮想世界での一時間は現実時間にすると、(およ)そ十三時間。結夢は一時間半程いたので、約二十時間眠っていた事になります。」

「えぇ、そんなに?どうりで…。」

 一日寝続けたものに似ていると思っていたら、まさか本当にそうだとは思いも寄らなかった。しかし、不思議と簡単に呑み込んでしまう。結夢自身の出来る事は全て終わった。その喪失感とも達成感とも言えない感情が渦巻き、衝撃や情報を呑み込んでいる様だ。

「とりあえず食糧を持ってきます。結夢はそこで待っててください。」

 そう言い冷蔵庫へ向かうハニエル。遠慮無しに漁り、ハムやカット野菜、牛乳等の直ぐに食べられるものを取り出す。大事の際の小事ではあるが、ここまでの遠慮の無さは、遊の事などどうでもいいと考えているのか。又、ハニエルは「私は志神遊よりも貴女の方が大切なのです。」と言っていた。その気持ちの表れなのだろうか。食糧を漁るハニエルの姿は、何処か嬉しそうに見えた。



「っぷはぁ~食った食ったぁ!味気ないのばっかだったけど、やっぱり空腹は最高の調味料だなぁ。」

「豪気な食べっぷりでしたね。そのまま食べれる物は全て食べ尽くしたのではないですか?」

 結夢は最初こそ遠慮していたものの、一口頬張るや、そこからは野獣の様に片っ端から口の中へ掻き込んでいった。空腹に勝る調味料は存在しないのだ。一日浸けとなれば尚更だろう。

 空腹により回らなかった頭が、時間を掛けて平常運転を再開する。遊の事は心配だが、今出来る事の無い結夢にとって、とある疑問を解決させる事が優先された。

「さて、仮想世界での最後の言葉……あれはどう言う事だ?」

 最後の言葉とは、勿論遊に言った凛華との協力を促す発言の事である。正体や位置、それらを伝えてしまえば仮想世界は終わり。にも拘らず、それを制したハニエルが、結夢はどうしても納得がいかなかった。

「結夢の気持ちは分かります。しかし、こと仮想世界において、それは非常に危険な賭けなのです。」

「賭け?ザドキエルは真実を知られない様努めてるんだろ?だったら、その情報は私達のジョーカー(切り札)じゃないのかよ?」

「いいえ。確かにザドキエルは真実を隠す事を第一としていますが、形をもった真実は利用されやすいのです。真実を伝えられる事を恐れているのならば、その手口の用意は様々。最悪、そのジョーカーは切り札ではなく、道化師となって志神遊を追い込みます。」

「え、え~と……ハルの言いたい事は何となく分かるんだよ。真実を伝えようとも、ザドキエルが邪魔するから確率は半々。どちらかに転んだらその結果はほぼ覆せない。そう言うことだろ?」

「その通りです。」

「だったら、どうしてハルが私に言わせた言葉は良いんだ?あれも真実に近い言葉だから、ザドキエルは邪魔をしたんだろ?」

「確かにそうです。しかし、それこそ私の狙いでした。」

 結夢は首をかしげた。どうにも話が見えてこない。ザドキエルが干渉するのを避けるため真実を伏せた筈なのに対し、ハニエルはそれを狙っていたと言う。結夢が感じた限りでは、完全に矛盾してしまっているのだ。

 訳が分からず言葉も出てこない。納得するには、ハニエルの説明を全て聞かなければならないのだろう。結夢は出ない言葉の代わりに目で続きを促した。

「……もしあの時、結夢が真実を伝えた場合、ザドキエルは何処に何をするでしょうか?」

「あ、え?ど、何処に何を?ん~と…………って、そんな急に言われても出てこねーよ。」

「それは何故ですか?」

「えぇ!?え~……まぁ候補がいくつもあるからだろ。」

「分かりました。では、私が結夢に言わせた言葉ならば、ザドキエルはどうすると思いますか?」

「ま、また質問…?言わせた言葉だろ?確か~……久留は味方。それと協力をしろって内容だよな。だったら久留が敵である様見せかけるんじゃないか?」

「はい。私も同じ考えです。今、結夢には二つの質問をぶつけました。しかし答えられたのは後者……ここでもう一つ質問です。何故後者は答えられたのですか?」

「それは……誰が、何で、どうするのかを伝えたから?」

「はい。そして結夢が考えた事は、ザドキエルも考えるでしょう。」

「……あっ!」

 そこまで言われ、話の全容及びハニエルの意図を理解した。もし仮想世界の真実を全て伝えたならば、ザドキエルはそれを覆す為、何らかの手を用いて偽るだろう。しかし、その手口は数知れない。考えれば考えるほど候補が増えるばかり。

 ここで、ハニエルが結夢に言わせた言葉はどうだろうか。結夢の予想だけでなく、これも考えれば考えるほど候補は上がってくるだろう。しかし、これは前者と圧倒的に違う部分がある。それは──"確率"。

 前者も後者も考えられる候補は数えきれない。その中でも、行う確率が高いものを取捨選択したらどうだろうか。

 真実を伝えた場合起こす行動の例として、偽りの悪魔や凛華を呼び出し真実を覆す。フェイクを用意して注意をそらすかもしれない。若しくは、結夢を消さず、敵に仕立て上げる場合もあるだろう。さて、ここで上がった候補の中、確率と言う点で考えると、微量な差はあるものの、どれもほぼ同率である。

 では、後者であるハニエルが言わせた言葉はどうだろうか。同じような候補はあるものの、確率と言う点で考えると、結夢の予想──凛華が敵である様見せかける。が、他を押し退け圧倒的な確率を誇っているのだ。

 凛華と言う一個人をぶら下げ、味方である、協力せよと、明確で細かい情報を与えているからである。つまり、ハニエルはザドキエルの行動選択を一択へ強制的に絞ったのだ。それは川の水を引く様に、ザドキエルの思考を簡単に誘導しただろう。

「で、でもそれが出来たからって、どうやって志神を助けるんだよ?」

「そこは私と悪魔がどうにかします。結夢は体力の回復に努めてください。」

「回復っても、もう寝られねーし、飯も食ったし、何すれば良いんだ?志神の家に入り浸るのもアレだし、とりあえず自分の家戻った方がいいか。」

「いや、もう少し残りましょう。もしかしたら志神遊が目を覚ますかも知れません。その時に結夢は、食事を用意する義務がありますよ?」

 そう言い机の上を指差すハニエル。そこはカップ麺や食糧の包装紙、牛乳パックなどが積み重なり、一心不乱に食べた結果、食べかすもそこら中に散らかっていた。あまりの惨状に結夢は何も言えないまま、堪らず目を逸らす。いくらハニエルが用意したとて、いくら仕方なかったとて、食べ尽くしたのは結夢なのだ。自責の念が逃げたくなる結夢の足へ纏わり付き、容赦なく縛り上げる。

「あ~……ははは…。」

「結夢は料理は出来るのですか?」

「出来ると思うか?」

 絶望。正にその言葉が当てはまる結夢の表情に、ハニエルは色々と察しため息を吐く。

「はぁ……分かりました。手順を教えますから、その通りに動いてください。」

「え?私が作んのか!?コンビニとかスーパーで買ってくれば良いだろぉ~…。」

「今、お金はいくら手元にあるんですか?」

「ん、え~と…。」

 鞄から財布を取りだし中身を確認する。あまり使う機会が無い為、無一文とは思えないが、そもそも最近財布へ現金を補充した記憶も無い。拭いきれない不安を抱えながらも、最初はお札の方を確認する。

 中にはレシートが二枚あるだけで、現金は見られない。そのレシートの日付を確認してみると、(およ)そ一年前のものだった。結夢の頭に嫌な予感が駆け巡る。

 次は小銭。チャックに手を掛けたところで、中からチャリチャリと小銭の擦れる音が響き、流石に無一文と言うお約束は無いのだと安心した。ジッパーを開き、無遠慮に床へ小銭をぶちまける。そして転がった小銭を集め合算。

「…………………………。」

 出てきた小銭は十円玉が四枚、一円玉が二枚の計四十二円。内心そんな気はしていたものの、実際突きつけられるとショックが大きすぎた。結夢は現実から目を背けるかの様に、笑顔でハニエルへ問いかける。

「ハル?これはいくらに見える?」

「四十二円ですね。」

「他には?」

「四十二円ですね。」

「と、見せかけて?」

「四十二円ですね。」

「…………………………。」

「腹を決めましょう結夢。」

「や~だ~!暗黒物質(ダークマター)の結夢って呼ばれたくな~い~!」

 過去にそう呼ばれた時代があったのか、子供の様に手足をバタつかせて拒否する結夢。勿論、そんな事をしたところでハニエルが諦める訳も無く、結夢を安心させる為笑顔を向けて諭す。

「大丈夫です。私の言う通りに動けば、何の問題もありません。」

「……本当か?」

「必ずや食べられる物を作りましょう。」

「……分かった。頼むぜハル先生!」

 自信たっぷりのハニエルの姿に感化され、結夢は覚悟を決めた。袖をまくり、いざ、台所へ。



 二時間後。

 机の上に並ぶは、味噌汁、肉じゃが、唐揚げ、根菜の酢漬け。冷蔵すれば、ある程度の期間保存が可能なものばかり。米は炊いても保温を続ける訳にはいかない為、奇跡的に残っていたパック飯を用意している。これで文句は言われないだろう。ハニエルの指示のお陰で難なく試練(料理)を乗り越える事が出来た………………と、なる筈だった。

「ハル?」

「…………はい。」

「私はちゃんと指示に従ったよな?」

「…………はい。」

「出来上がったこれは?」

「…………暗黒物質(ダークマター)です。」

「だよねぇ!?何で!?何でこうなった!?ハルのあの自信何だったの!?」

 机の上に並ぶは、焼け焦げた何か、蒸発した何か、消し炭となった何か。およそ料理と呼ぶには問題があるものばかり。

 結夢の言った通り、結夢はしっかりとハニエルの指示に従っていた。食材の選択、切り方、日の加減、全て指示通りだったのだ。結果出来上がったものは形容し難い何か。それから導き出される答えはただ一つ。

「ハル!正直料理なんて知らないだろ!?」

「………はい。」

「うわ~何にも大丈夫じゃなかったよ~。ハルの嘘つきぃ~。」

「結果が明瞭では無い状態での発言は嘘にはなりません。それにちゃんと宣言通りですよ。」

「宣言通り?何の?」

「料理を始める前に言いましたよね?必ずや食べられる物を作りましょうって。」

「それのどこが宣言通りなんだよ。」

「だってほら、あの、食べられますよ……物理的に。」

「そりゃあね!?」

 自身の失敗を認めたく無いのか、的外れな部分で主張をするハニエル。頑なになったハニエルと目の前の料理の処分をどうしようかと考えていると、急にリビングの扉が開いた。

「!?」

 ハニエルは結夢の隣におり、遊は眠っている。他に扉を開ける人物に心当たりなど無かった結夢は、反射的に振り返り、持っていたさえ箸を握り締めて臨戦態勢をとった。果たして、扉を開けた人物は──

「何だこの臭いは?貴様ら一体何を仕出かし…………って何をしている人間?」

「はぇ?マクア?」

 思わぬ登場に、ポカンと口を開けて首をかしげる結夢。その向かいには、口は開けてないものの、同じ様に首をかしげる悪魔がいた。

 扉を開けたのが敵でない事を理解した結夢は、自身の滑稽なポーズに気付き、慌ててさえ箸を隠して悪魔へ向き直る。

「ど、どうしてマクアがここに?志神の仮想世界にいるんじゃないのかよ。」

「何を言っている?仮想世界とやらにいる俺はただの思念体……そこの天使と同じようなものだ。」

「え、あ、そう…なのか?」

 良く考えればその通りだった。悪魔はザドキエルの攻撃を受けてはいない。仮想世界とは記憶や夢で繋がる、紡がれる世界。実態の介入は不可能。故に、悪魔の言った「干渉する事が可能」とは、意識でなければならないのだ。

「ところで、貴様らは何をやっている?錬金術か何かか?」

「え、え~と……料理?」

「…………は?」

「だ、だから料理だって!」

「おい天使。人間の女は素直に言うつもりは無いらしい。本当は何をやっていたんだ?」

「料理ですよ。」

「バカな!?」

「「そんな驚かなくてもいいだろう(でしょう)。」」

「悪い……あまりにも酷かったのでな。」

「謝ってんのかそれは?」

「でも何故料理などし始めたのだ?」

「志神遊が目を覚ました場合、食事が必要となります。しかし、目ぼしい物は全て結夢が摂食したので、私たちで作る他ありませんでした。」

「成る程な。状況は理解した。だからと言って、食料を消し炭にしてしまっては元も子も無いだろう。」

「「う、うぐ…。」」

「……仕方無い。俺が教えてやる。人間の女、貴様は指示通り動け。」

「で、でもハルもそう言って失敗したし…。」

「俺をそこのアホ天使と一緒にするな。」

「あ、アホ!?」

 暴言に反応したものの、実際散々な結果を叩き出してしまっているハニエルは、強く反論できず反抗的な目を向けるばかりだった。



 二時間後。

 机に並ぶは、今度こそ味噌汁、肉じゃが、唐揚げ、根菜の酢漬け。ハニエルの指示の元作っていた材料の余りで、見事同じメニューかつ、物理的にも健康的にも食べられる物を作り上げたのだ。

「はぇ~……スゲエな。本当に料理が出来た。正直"てんどん"を覚悟してたのに。」

「失礼な奴だな。手順さえわかっていれば、味など知らずとも簡単に出来る。」

「ぐぬぬ~…!」

 ハニエルと違い、料理を宣言通りこなしてしまった悪魔。失敗したら馬鹿にしてやろうと内心ほくそ笑んでいたハニエルは、予想外の光景に怨嗟の視線を向ける事しか出来なかった。

「さて、食糧事情は解決した訳だ。次はそこで寝ている人間をどうにかせねばならん。と、言うことで、仮想世界へ入る前に言っておいた事を実行する。」

「あ~あれか、記憶を貰うとかってやつか。いいぜ、どこの記憶なんだ?」

「そこのアホ天使との記憶だ。屋根から突き飛ばされた際のな。」

「アホ!?……ではなくて!あ、あれは事故です!突き飛ばしたなんてトンでも無い!」

「まぁまぁ気にするなよハル。私はもう気にしてないからさ。」

 悪意など無い、無邪気な笑顔を向ける結夢。その気遣いが逆に申し訳無く、ハニエルは何も言えず縮こまってしまう。

「よし、では早速頂くとしよう。少し痛いが気にするな。」

「え、痛い?ち、ちょっと待てよ!そんなの聞いて無──」

 制止の言葉も虚しく、結夢は悪魔の衣服に包まれその姿を隠した。



 気がついたら闇が広がっている。目の前には光など存在しない、ただ深い闇。本当に目を開けているのかさえ怪しい。意識がハッキリすると共に、体の感覚は奪われていく。いや、奪われていくと言うよりは、奪われている事を意識が教えているだけなのだろう。

「どこだよ……ここ?」

 発した声に響きはない。まるで、耳を塞いで声を出しているかの様に籠って聞こえる。感覚を奪われ、目に映るのは闇ばかり。沸き上がる焦燥感が不安を掻き立てる。動機が酷く激しい。

「大丈夫か?人間の女。」

「マ、クア?」

「ここに長居するのは危険だ。早々に目的を終わらせるぞ。」

「あぁ頼む。このままだと頭がどうにかなっちまいそうだ…。」

 姿は見えないが、聞きなれた声に少し安心感を得た。それでも微々たるもの。根本的な解決には至らない。早急にこの場を抜け出したい結夢は、「痛い」と言われていた事など思い出す余裕も無く、悪魔へ記憶を貰うよう促した。

 結夢が痛みの事を忘れているのは悪魔も理解していたが、無理に振り返す事も無いだろうと判断し、目的の記憶を探り一気に飲み込む。



「痛ってぇ!!!──え?」

 あまりの激痛に飛び上がる。その際自身の手足の感覚や、目の前に色付きの光景が広がり、闇に覆われた場所から移動している事に気付いた。しかし、(わず)か一瞬で戻ってきた事が信じられず、どれだけ見ても変わらないリビングを、右に左に目を剥きながら振る。

「どうしたのですか結夢?」

「は、は、は……ハルー!!!」

「うきゅっ──!?」

 涙を浮かべながら突然に飛び付いた結夢。その姿は人間砲弾さながら。ハニエルは変な悲鳴と共に軽々と吹き飛ばされ、応接椅子へ突っ込んだ。

「うおおぉぉ~!やべーよぉ~。痛いし暗いし寂しいし、どうにかなりそうだったよぉ~。」

「こ、こら離れなさい!十八にもなって、みっともない姿を見せるんじゃありません!」

「うおおぉぉ~!オカンみたいだ~。」

「誰がオカンですか!」

 おふざけも入ってはいるものの、口に出した感情は、程度は違えど本物である。それを理解していたハニエルは、突き放す様子を見せながらも、結夢の気持ちが落ち着くまで、強がる為の茶番に付き合うのであった。




 それから、結夢が落ち着きを取り戻すまで十五分が経過。抱きついていたハニエルは解放するかと思いきや、チャッカリ結夢は膝の上に乗せて両腕でホールドを決めていた。何となく予想はしていたが、だからと言って、もうどうする事も出来ない。ハニエルは自身の甘さにため息を吐く。

「なぁハル?マクアは何処へ行ったんだ?」

「あの悪魔なら志神遊の中へ入り込みましたよ。」

「え?入り込む?何かエロいな。」

「何処がですか!?……ゴホンッ!結夢の記憶を飲み込んだ悪魔は、それに準じた能力を手に入れました。詳細は聞かされてませんが、ザドキエルの能力の上位互換の様です。」

「ならもう志神は安心って事で良いのか?」

「恐らく。いや、今回は断言してもいいでしょう。私たちの出来ることは終わりました。悪魔からは、結夢が落ち着いたら帰るよう言われてますので、そろそろ戻りましょう。」

「ん、了解。料理はアレだったけど、ハルを信じよう。」

「余計なことは言わなくていいんです!」


 遊はもう安全。その言葉を聞いて、今までの疲れがドッと肩にのし掛かった。御茶落気(おちゃらけ)ていても、常に心のどこかには遊を置いていた結夢。その反動は計り知れないだろう。しかし、ここは強がる場面だとばかりに、結夢は胸を張り、堂々とした態度で志神宅を後にする。

「今回は結夢がいなければ、志神遊は無事では済まなかったでしょう。私からも礼を言います。ありがとう。」

 ハニエルの言葉に、結夢は目尻が熱くなるのを感じた。強がっている最中でその不意打ちは酷いだろう。と、内心思うものの、その感情の元は喜び。流れそうになる涙を下唇を噛んでグッと堪え、帰路についた。


 お互いが命の恩人である事実。ハニエルの件で正直後ろめたさを感じていた結夢は安堵する。次からは友人として会いに行こう。そしてあわよくば──

「ふふ……ふふふ…。」

「どうしたのですか結夢?気味の悪い笑い方をして?」

「いやいや何でもぉ~。ふふふ、ふふ…。」

「???」

 さて、暴走した乙女回路に誹謗(ひぼう)は通用しない。ハニエルは紫野月宅に着くまでの間、気味の悪い笑いと共に帰路へつくハメとなった。



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